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5-3・言い過ぎたかもしれない。

ー/ー



 だめだ、捕まえなきゃ止まってくれない。
 まばらに電車を待っている人達を避けながら上りのホームを駆ける。
 端から端へ、意外と距離がある。中々思うように距離が縮まらない。
 またもや美穂ちゃんが階段をのぼる。3回めの階段だ。流石に彼女も疲れてきたのか、足取りがバタついている。
 このまま一気に距離を詰める。と言いたいところだが、俺もすでにボロボロだった。気力だけで足を動かして階段を這い上がっていく。
 この階段をのぼればまた改札だ。そして左側には下り路線のホームへ降りる階段。ここで捕まえなければ追いかけっこは終わらない。
 いや、おそらく俺の体力が尽きて逃げられるか、女子高生を追いかける不審者として捕まるか。おそらく後者だろう。
 今はまだ誰も通報していないし駅員も駆けつけてないが、それも時間の問題だ。
 そうならないうちに捕まえなければ。遅れて階段をのぼって改札へと出たところで、ガッと足が何かに当たった。
 視界が一気に傾く。咄嗟に手を前へ突き出すが受け身もとれずそのまま床に倒れ込む。
 身体の色んなところが痛い。多分自分の足にひっかかってもつれて転んだんだろう。足を打ってないはずなのになんか痛いのはそのせいだ。
 だが今は痛み以上に疲労が大きい。それまでずっと全力で稼働していた身体が急停止したのだ。うずくまって呼吸するが、ちっとも身体が落ち着かない。
 バクンバクンと心臓が動いているのに、指一本動かせない。終わった。今頃美穂ちゃんは下りのホームに降りているのだろう。
「……日之太さん?」
 囁くように彼女が俺の名前を呼んだ気がした。
 紛れもなく美穂ちゃんの声だ。でもどうして。とっくにどっか行ったんじゃないのか。
 スッと、左手に柔らかいものが触れた。きっと彼女の手だ。なんでと思っている間にも彼女が俺の頭や首、肩に触れる。
「日之太さん、やだっ、大丈夫ですか? 日之太さん?」
 まさか、コケてピクリとも動かない俺を見て心配になって駆け寄ったとでもいうのか。
 あんなに怒って俺の家から飛び出して、その後なんの連絡もなしで、さっきまで必死になって逃げていたってのに。この子はお人好しなのかおバカなのか。
 その優しさに付け入るのは少々忍びないが今は手段を選んでいる場合じゃない。
 慌てた手つきで俺の肩に触れる彼女を、俺は勢いよく掴んだ。
 ぐあっと顔を起こし、もう片方の手で彼女の肩を掴む。
「なっ! ひのたさっ――」
「捕まえた」
 呟いてグイっと引き寄せる。掴んでしまえばこちらのものだ。いくら疲れてるといっても男と女、大人と子供の差は覆せない。
「ずるいっ! 動けないと思ってたのに!」
「動けないのは本当だけど、こうでもしなきゃ捕まってくんないでしょ」
 美穂ちゃんの腕を掴んだままどうにか足を動かし片膝をつく。やがて逃げることは無理だと悟ったのか、美穂ちゃんは俺を睨みつけてきた。
「酷いです、騙すなんて。私本気で心配したのに」
 普段よりも低い声色で彼女が軽蔑の表情を浮かべる。
 だが俺はハッと吐き捨てるように笑い、座っている状態で彼女を見下ろした。
「酷いって、俺だって本気で心配したよ。それに、今まで騙してたのはそっちなんじゃないの?」
 俺が放った意趣返しは想定していたよりもずっと効いてしまったようで、美穂ちゃんはそのオレンジ色の瞳を震わせ、顔を伏せてしまう。
 言い過ぎたかもしれない。俺は思わず彼女の肩から手を離し、ぽんぽんと二の腕に触れた。
「……騙したっていうのは、言葉が良くなかった。ごめん……でも、ちゃんと教えてほしいんだ。あのときどうして、急に帰ったのか」
 彼女の顔を覗き込むが、前髪がおりているせいで表情が見えない。
 いつまでたっても返事が来ないので、俺は諦めて次の質問を投げかけた。
「なにか、事情があったんだろ? その、誰にも言えない事情ってやつ」
「……そんなんじゃないです」
 ようやく返事が来た。俺は目を真ん丸にしながらも、顔を伏せたままの彼女へ小首を傾げる。
「そんなんじゃないって、じゃあなんであのとき血相抱えて逃げたの?」
「別に大した理由はないです。日之太さんとはもう一緒にいたくなくて帰っただけですから」
「……俺なにか悪いことした?」
「だから、別にいいですって。分かってもらおうとも思ってないので」
 俺の右手を軽く払って、美穂ちゃんが立ち上がる。
 このままじゃだめだ。まだ何も分かっていないんだ。このまま帰すわけにはいかない。
 俺は急いで立ち上がり。美穂ちゃんの腕を掴む。グッと引き留めると美穂ちゃんはムッとした顔を向けてきた。
「……離してください」
「美穂ちゃんが本当のこと言ってくれるならね」
「話しました。もういいでしょ」
「良くない。なぁ美穂ちゃん、俺ってそんなに頼りない? 信用ない? 君から見た俺はさ、人の悩みを笑って馬鹿にして、平気で足蹴にするような、そんな大人の男の人?」
「……日之太さんはそんな人じゃないです」
「だったら――」
「でも日之太さんには関係ないの!」
 バシッと再び掴んだ手が弾かれる。
 オレンジ色の瞳に涙を浮かべ、ワナワナと震えている。怒っているというよりも悲しんでいるようだった。
「日之太さんは私なんかとは違う! 違う生き物なの! 私が傍にいたら、日之太さんはきっといつまでたっても幸せになれない……一緒にいちゃだめなの……」
 涙混じりに叫ぶ美穂ちゃん。その声は段々と小さくなっていき、やがて、囁くような嘆きとなっていく。
 俺の前にいるのがいたたまれなくなったのか、彼女は今度こそ俺の前から逃げていった。


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 だめだ、捕まえなきゃ止まってくれない。
 まばらに電車を待っている人達を避けながら上りのホームを駆ける。
 端から端へ、意外と距離がある。中々思うように距離が縮まらない。
 またもや美穂ちゃんが階段をのぼる。3回めの階段だ。流石に彼女も疲れてきたのか、足取りがバタついている。
 このまま一気に距離を詰める。と言いたいところだが、俺もすでにボロボロだった。気力だけで足を動かして階段を這い上がっていく。
 この階段をのぼればまた改札だ。そして左側には下り路線のホームへ降りる階段。ここで捕まえなければ追いかけっこは終わらない。
 いや、おそらく俺の体力が尽きて逃げられるか、女子高生を追いかける不審者として捕まるか。おそらく後者だろう。
 今はまだ誰も通報していないし駅員も駆けつけてないが、それも時間の問題だ。
 そうならないうちに捕まえなければ。遅れて階段をのぼって改札へと出たところで、ガッと足が何かに当たった。
 視界が一気に傾く。咄嗟に手を前へ突き出すが受け身もとれずそのまま床に倒れ込む。
 身体の色んなところが痛い。多分自分の足にひっかかってもつれて転んだんだろう。足を打ってないはずなのになんか痛いのはそのせいだ。
 だが今は痛み以上に疲労が大きい。それまでずっと全力で稼働していた身体が急停止したのだ。うずくまって呼吸するが、ちっとも身体が落ち着かない。
 バクンバクンと心臓が動いているのに、指一本動かせない。終わった。今頃美穂ちゃんは下りのホームに降りているのだろう。
「……日之太さん?」
 囁くように彼女が俺の名前を呼んだ気がした。
 紛れもなく美穂ちゃんの声だ。でもどうして。とっくにどっか行ったんじゃないのか。
 スッと、左手に柔らかいものが触れた。きっと彼女の手だ。なんでと思っている間にも彼女が俺の頭や首、肩に触れる。
「日之太さん、やだっ、大丈夫ですか? 日之太さん?」
 まさか、コケてピクリとも動かない俺を見て心配になって駆け寄ったとでもいうのか。
 あんなに怒って俺の家から飛び出して、その後なんの連絡もなしで、さっきまで必死になって逃げていたってのに。この子はお人好しなのかおバカなのか。
 その優しさに付け入るのは少々忍びないが今は手段を選んでいる場合じゃない。
 慌てた手つきで俺の肩に触れる彼女を、俺は勢いよく掴んだ。
 ぐあっと顔を起こし、もう片方の手で彼女の肩を掴む。
「なっ! ひのたさっ――」
「捕まえた」
 呟いてグイっと引き寄せる。掴んでしまえばこちらのものだ。いくら疲れてるといっても男と女、大人と子供の差は覆せない。
「ずるいっ! 動けないと思ってたのに!」
「動けないのは本当だけど、こうでもしなきゃ捕まってくんないでしょ」
 美穂ちゃんの腕を掴んだままどうにか足を動かし片膝をつく。やがて逃げることは無理だと悟ったのか、美穂ちゃんは俺を睨みつけてきた。
「酷いです、騙すなんて。私本気で心配したのに」
 普段よりも低い声色で彼女が軽蔑の表情を浮かべる。
 だが俺はハッと吐き捨てるように笑い、座っている状態で彼女を見下ろした。
「酷いって、俺だって本気で心配したよ。それに、今まで騙してたのはそっちなんじゃないの?」
 俺が放った意趣返しは想定していたよりもずっと効いてしまったようで、美穂ちゃんはそのオレンジ色の瞳を震わせ、顔を伏せてしまう。
 言い過ぎたかもしれない。俺は思わず彼女の肩から手を離し、ぽんぽんと二の腕に触れた。
「……騙したっていうのは、言葉が良くなかった。ごめん……でも、ちゃんと教えてほしいんだ。あのときどうして、急に帰ったのか」
 彼女の顔を覗き込むが、前髪がおりているせいで表情が見えない。
 いつまでたっても返事が来ないので、俺は諦めて次の質問を投げかけた。
「なにか、事情があったんだろ? その、誰にも言えない事情ってやつ」
「……そんなんじゃないです」
 ようやく返事が来た。俺は目を真ん丸にしながらも、顔を伏せたままの彼女へ小首を傾げる。
「そんなんじゃないって、じゃあなんであのとき血相抱えて逃げたの?」
「別に大した理由はないです。日之太さんとはもう一緒にいたくなくて帰っただけですから」
「……俺なにか悪いことした?」
「だから、別にいいですって。分かってもらおうとも思ってないので」
 俺の右手を軽く払って、美穂ちゃんが立ち上がる。
 このままじゃだめだ。まだ何も分かっていないんだ。このまま帰すわけにはいかない。
 俺は急いで立ち上がり。美穂ちゃんの腕を掴む。グッと引き留めると美穂ちゃんはムッとした顔を向けてきた。
「……離してください」
「美穂ちゃんが本当のこと言ってくれるならね」
「話しました。もういいでしょ」
「良くない。なぁ美穂ちゃん、俺ってそんなに頼りない? 信用ない? 君から見た俺はさ、人の悩みを笑って馬鹿にして、平気で足蹴にするような、そんな大人の男の人?」
「……日之太さんはそんな人じゃないです」
「だったら――」
「でも日之太さんには関係ないの!」
 バシッと再び掴んだ手が弾かれる。
 オレンジ色の瞳に涙を浮かべ、ワナワナと震えている。怒っているというよりも悲しんでいるようだった。
「日之太さんは私なんかとは違う! 違う生き物なの! 私が傍にいたら、日之太さんはきっといつまでたっても幸せになれない……一緒にいちゃだめなの……」
 涙混じりに叫ぶ美穂ちゃん。その声は段々と小さくなっていき、やがて、囁くような嘆きとなっていく。
 俺の前にいるのがいたたまれなくなったのか、彼女は今度こそ俺の前から逃げていった。