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5-2・いや、隠れる場所なんてない。

ー/ー



 ひとまず七葉ちゃんからの論文を片付けるため、俺は午後の講義をサボって帰ることにした。
 実を言うとある程度は進めていたので、これからすぐに取り掛かればおそらく今日の夜中には終わるはず。なにもアクシデントが起こらなければ。
 美穂ちゃんとのことはひとまず論文を片付けてから考えよう。というかそうせざるを得ない。
 電車に揺られながらボーっとスマホを眺めていると、列車は次の駅に到着しようとしていた。
 この駅はホプ女の最寄り駅だ。今は下校するには早すぎる時間だ。それに美穂ちゃんはテニス部のマネージャーをしている。今頃テニス部の皆のサポートをしているだろう。
 さすがに学校へ行くわけにはいかない。今度こそ警察にしょっ引かれてしまう。
 電車が駅に着き停止する。ホームドアが開き、続いて電車のドアが開く。
 人が乗り込んでくる。微妙な時間帯だからか、人数はまばらで、スーツ姿の男性や女性、そしてホプ女の制服を着た女の子――
「……あっ」
「え?」
 ドアの前に美穂ちゃんがいた。思わず目が合って、同じタイミングでパチパチと瞬きをする。 
 ホームのザワザワとした空気が静止する。俺を見つめるオレンジ色の瞳は相変わらず綺麗で、思っていたよりも顔色が良くて元気そうで――バッと、美穂ちゃんがすごい勢いで踵を返した。
「美穂ちゃん!?」
 俺は慌てて電車を降りる。まさに脱兎の勢いで駆け出した彼女は既に俺の視界にはない。
 確か左へと逃げたはずだ。振り向くとホプ女の制服を着た走る女の子を見つけた。
 話をするなら今しかない。俺はバッグを肩にかけ直して彼女を追いかける。
 平日の午後、中途半端な時間帯のこの駅は利用者があまりいない。ゆえに、人の流れに邪魔されて振り切られることはない。
 本気で走れば追いつけるはず。グッと歯を食いしばって足を動かす。
 美穂ちゃんが階段をかけあがる。一段飛ばしでピョンピョンと、跳ねるようにのぼっていく。
 俺も遅れて階段に差し掛かり、勢いよくのぼる。しかし日頃の運動不足が祟ったか、美穂ちゃんとの距離は思うように縮まらない。
 結局大して差は縮まらず美穂ちゃんが階段をのぼりきる。だがそこまでだ。そこから先は改札口。一度入場したらどこにもいかず退場はできない。エラーが起きて止められるはず。
 少しだけスピードを落とし、階段をのぼりきる。
 地上へと続く改札口には困ったように立ち尽くしている美穂ちゃんが――いなかった。
 どこにもいない。どこへいった。有人改札で駅員に言って通してもらったのか。それとも無理やり飛び越えたのか。それかどこかに隠れたか。
 いや、隠れる場所なんてない。改札の向こう側ならともかく、こっちはホームへ降りるための通路でしかないのだから。
 そう、後は階段を降りるだけ。まさか――
「上りのホームに逃げたのか!?」
 叫びながら視線をやると、今まさに階段を降りようとしている美穂ちゃんの姿を見つけた。
 俺が乗っていたのは下りの電車だ。当然美穂ちゃんも同じ。階段をあがって、改札を抜けて――ではなく向かい側のホームへと逃げたのだ。
 どんだけ捕まりたくないんだ。俺は顔を引きつらせながらも再び走り出す。
 すぐ階段にさしかかり、バタバタと足を動かしておりていく。彼女の頭が少し遠い。
 改札口で足を止めたせいで距離をとられてしまった。なんとかして埋めたいが、思っていたよりも美穂ちゃんの足が速い。
「少し前までテニス部だったもんな……それに、16歳だし」
 正直年齢の差はまだそんなにないと思いたいが、向こうは現役の女子高生でほぼ毎日体育の授業で身体を動かしている。それに比べて俺は一人暮らしのアパートから大学までダラダラ歩いているだけだ。講義に遅刻しそうになっても基本走らない。もういいやと諦めてしまう。
 だから正直階段を全力で駆け上り、すぐにまた全力で駆け降りるのはしんどかった。今にも足がもつれて転んでしまいそうだ。
 だが諦めるわけにはいかない。せっかく偶然出会ったのだ。このチャンスを逃したくない。
 階段も残すところ5段。俺はここでグッと踏み込み、勢いよく跳んだ。
 高校生のときですらやらなかった5段飛ばし。思っていたよりも高くて、大人になってからブランコを全力で漕いだ時のような、ヤバいかもという浮遊感が身体を包み込む。
 思っていたより高くて怖い。落下していく感覚にヒュッと変な呼吸をしてどうにか着地する。
 ビリビリと衝撃が足に伝わる。それを流すようにゴロンと前へ転がった。
 痛みそのものは大して軽減されなかったが、なんとかスピードは維持できた。グッと踏ん張って立ち上がり、羞恥心を振り払うように走り出す。
 勢いよく跳んだおかげか、美穂ちゃんとの距離は縮まりつつある。「美穂ちゃん!」と呼び止めるように叫ぶと、前を走る彼女が振り返る。
 追いかけてきた俺を見て、顔を強張らせる。すぐに前を向き、また逃げ出した。


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 ひとまず七葉ちゃんからの論文を片付けるため、俺は午後の講義をサボって帰ることにした。
 実を言うとある程度は進めていたので、これからすぐに取り掛かればおそらく今日の夜中には終わるはず。なにもアクシデントが起こらなければ。
 美穂ちゃんとのことはひとまず論文を片付けてから考えよう。というかそうせざるを得ない。
 電車に揺られながらボーっとスマホを眺めていると、列車は次の駅に到着しようとしていた。
 この駅はホプ女の最寄り駅だ。今は下校するには早すぎる時間だ。それに美穂ちゃんはテニス部のマネージャーをしている。今頃テニス部の皆のサポートをしているだろう。
 さすがに学校へ行くわけにはいかない。今度こそ警察にしょっ引かれてしまう。
 電車が駅に着き停止する。ホームドアが開き、続いて電車のドアが開く。
 人が乗り込んでくる。微妙な時間帯だからか、人数はまばらで、スーツ姿の男性や女性、そしてホプ女の制服を着た女の子――
「……あっ」
「え?」
 ドアの前に美穂ちゃんがいた。思わず目が合って、同じタイミングでパチパチと瞬きをする。 
 ホームのザワザワとした空気が静止する。俺を見つめるオレンジ色の瞳は相変わらず綺麗で、思っていたよりも顔色が良くて元気そうで――バッと、美穂ちゃんがすごい勢いで踵を返した。
「美穂ちゃん!?」
 俺は慌てて電車を降りる。まさに脱兎の勢いで駆け出した彼女は既に俺の視界にはない。
 確か左へと逃げたはずだ。振り向くとホプ女の制服を着た走る女の子を見つけた。
 話をするなら今しかない。俺はバッグを肩にかけ直して彼女を追いかける。
 平日の午後、中途半端な時間帯のこの駅は利用者があまりいない。ゆえに、人の流れに邪魔されて振り切られることはない。
 本気で走れば追いつけるはず。グッと歯を食いしばって足を動かす。
 美穂ちゃんが階段をかけあがる。一段飛ばしでピョンピョンと、跳ねるようにのぼっていく。
 俺も遅れて階段に差し掛かり、勢いよくのぼる。しかし日頃の運動不足が祟ったか、美穂ちゃんとの距離は思うように縮まらない。
 結局大して差は縮まらず美穂ちゃんが階段をのぼりきる。だがそこまでだ。そこから先は改札口。一度入場したらどこにもいかず退場はできない。エラーが起きて止められるはず。
 少しだけスピードを落とし、階段をのぼりきる。
 地上へと続く改札口には困ったように立ち尽くしている美穂ちゃんが――いなかった。
 どこにもいない。どこへいった。有人改札で駅員に言って通してもらったのか。それとも無理やり飛び越えたのか。それかどこかに隠れたか。
 いや、隠れる場所なんてない。改札の向こう側ならともかく、こっちはホームへ降りるための通路でしかないのだから。
 そう、後は階段を降りるだけ。まさか――
「上りのホームに逃げたのか!?」
 叫びながら視線をやると、今まさに階段を降りようとしている美穂ちゃんの姿を見つけた。
 俺が乗っていたのは下りの電車だ。当然美穂ちゃんも同じ。階段をあがって、改札を抜けて――ではなく向かい側のホームへと逃げたのだ。
 どんだけ捕まりたくないんだ。俺は顔を引きつらせながらも再び走り出す。
 すぐ階段にさしかかり、バタバタと足を動かしておりていく。彼女の頭が少し遠い。
 改札口で足を止めたせいで距離をとられてしまった。なんとかして埋めたいが、思っていたよりも美穂ちゃんの足が速い。
「少し前までテニス部だったもんな……それに、16歳だし」
 正直年齢の差はまだそんなにないと思いたいが、向こうは現役の女子高生でほぼ毎日体育の授業で身体を動かしている。それに比べて俺は一人暮らしのアパートから大学までダラダラ歩いているだけだ。講義に遅刻しそうになっても基本走らない。もういいやと諦めてしまう。
 だから正直階段を全力で駆け上り、すぐにまた全力で駆け降りるのはしんどかった。今にも足がもつれて転んでしまいそうだ。
 だが諦めるわけにはいかない。せっかく偶然出会ったのだ。このチャンスを逃したくない。
 階段も残すところ5段。俺はここでグッと踏み込み、勢いよく跳んだ。
 高校生のときですらやらなかった5段飛ばし。思っていたよりも高くて、大人になってからブランコを全力で漕いだ時のような、ヤバいかもという浮遊感が身体を包み込む。
 思っていたより高くて怖い。落下していく感覚にヒュッと変な呼吸をしてどうにか着地する。
 ビリビリと衝撃が足に伝わる。それを流すようにゴロンと前へ転がった。
 痛みそのものは大して軽減されなかったが、なんとかスピードは維持できた。グッと踏ん張って立ち上がり、羞恥心を振り払うように走り出す。
 勢いよく跳んだおかげか、美穂ちゃんとの距離は縮まりつつある。「美穂ちゃん!」と呼び止めるように叫ぶと、前を走る彼女が振り返る。
 追いかけてきた俺を見て、顔を強張らせる。すぐに前を向き、また逃げ出した。