モッケ族の里
ー/ー 湿地帯を抜けた先の大岩にもたれ、ミュールは座り込んでいた。全身に浴びた血で、顔まで赤黒く染まっている。ガントレットの爪先からは、血がぽたぽたと滴っていた。
勇斗たちは、そんなミュールへ歩み寄った。
「ワンコー! 探してたんだぞ! オイラ腹へった!」
「お前ら、無事だったか」
息を荒くしながら、ミュールがかすれた声で言う。
「ミュール、その血は? まさか、魔族と戦ってたの?」
「あぁ。でかいのと小さいの合わせて二十匹は仕留めたかな。そっちは?」
「大きなスライムを倒した。僕は平気だけど、チカップがもう限界に近い」
肩で息をしているチカップを見て、勇斗は唇を噛んだ。
「どこか休める場所、知らない?」
「休む? 今はそんな暇ないだろ。……さっさとカルント山へ行くぞ」
ミュールは立ち上がり、地面に転がっていたリュックを背負った。
「どうしたんだよ、そんなに焦って。ワンコらしくないぞ?」
「チビは黙ってろ」
ミュールが鋭く言い放つ。
「チカップが倒れてもいいのかよ!」
ランパが声を荒げた。
「オイラの精霊術は、ペックみたいに一瞬で治せるもんじゃねーんだ!」
「じゃあ、もっと強い精霊術が使えるように修行したらいいだけだろ!」
「なんだとー」
張り詰めた空気の中で、二人の言い争いはどんどん熱を帯びていく。
勇斗は眉間にしわを寄せ、顔を赤くした。
「やめてよ、二人とも!」
二人がそろって目を見開き、ぴたりと動きを止める。
凍りついたような沈黙が落ちた。
胸がざわつく。喉がからからに渇いていた。
「ご、ごめん」
肩をぎゅっとすぼめたランパが、ぽつりとつぶやく。
「オレも、悪かった」
ミュールは深く息を吐いた。
しばらく、だれも口を開かなかった。
やがてミュールが言う。
「――この先に、狩人たちが使う小屋がある。そこで休もう。チカップ、まだ歩けるか?」
「へ、平気ッス。ありがとう、ミュール」
チカップが小さく笑うと、ミュールは小さくうなずいた。
その目は、どこか寂しげだった。
勇斗はそっと息を吐き、二人を見つめた。
空はわずかに曇り、やがて小雨が降り始めた。
小屋で一夜を明かした勇斗たちは、翌朝ふたたびカルント山を目指して歩き始めた。
雨は上がっていた。雲の切れ間から、弱々しい光が差している。
だれも余計なことは話さなかった。
一時間ほど歩いた頃、彼方に鋭くそびえる山影が見えてきた。山肌は薄い霧に包まれ、雲と溶け合うようにぼやけている。ひんやりした風が頬をかすめた。
カルント山は、重苦しい静寂に沈んでいた。鳥のさえずりも、獣の唸りも聞こえない。霧がわずかに流れ、葉の擦れる音だけが耳をかすめていく。山道を進むにつれ、足元から冷えが這い上がってきた。
やがて、崖上の細い道へ出る。
足元の崖下から、水が滝のように流れ落ちる音が響いてきた。霧に塞がれた谷底は見えず、音だけが不気味に反響している。
ミュールが、不意に足を止めた。
「どうした、ワンコ」
ランパの声がわずかに曇る。
ミュールは短く首を振った。
「――何でもない。……進むぞ。里の入り口まで、もうすぐだ」
さらに進むと、かつて立派な門があったことを示す巨大な石柱が現れた。
その先に広がっていたのは、廃墟と化した集落だった。家々は焼け落ち、瓦礫と化している。壁の半壊した家がいくつも並び、骨組みだけが虚しく残っていた。
「ここが、モッケ族の里。ミュールの故郷――」
勇斗が横を見る。
ミュールはその場に膝をつき、崩れ落ちていた。ぽかんと口を開けたまま、言葉もなく、その光景を見つめている。
重い沈黙が流れた。
しばらくして、ミュールはふらりと立ち上がる。
「地の大精霊の封印は、里の奥地にある。行こう」
かすれた声でそう言うと、ミュールは焼け焦げた廃墟の中をゆっくり進んでいった。
その背中は、どこか小さく見えた。
集落を抜けると、険しい石段が現れた。
登りきった先には、屋根瓦と重厚な石造りが調和した、寺院のような建物があった。入り口の両脇にある石灯籠が、静寂の中で取り残されたように火を灯している。
「地の大精霊は、大地の母みたいなもんなんだ」
重い木扉を開けたミュールが、ぽつりと語り始めた。
「命を与え、育み、そして戻してくれる存在。狩りに出る前は祈りを捧げ、狩りから帰ったら感謝を捧げる。それがオレたちモッケ族の、ずっと続いてきた習わしだ」
建物の奥へ進む。滑らかな石畳を踏む音だけが響いていた。
やがて、大広間へたどり着く。
中央には、巨大な岩塊が鎮座していた。苔と蔓草が、全体を覆い尽くしている。
勇斗がそっと岩へ手を触れた、その瞬間。
脳内に、優しく温かい声が響いた。
――記憶を。
岩は音もなく崩れ、破片がふわりと浮かび上がる。
ばらばらだった欠片は引き寄せられるように集まり、小さな狼の輪郭を形作った。
柔らかな光が、広間を満たす。
勇斗とランパは、同時にその場へ崩れ落ちた。
◇
淡い映像が視界に浮かび上がる。
広い雪原だった。
ランパの記憶――見るのはこれで三度目だ。
大きな狼の姿をした始祖精霊レブンの背中に、ランパが乗っていた。レタにもらった弁当を、もぐもぐと食べている。
「ルーク、レタを助けに行くんだってな。会ったばかりの人を助けるなんて、オイラにはよくわからない」
「ランパ、人を助けたいって気持ちに、理由はいらないんだ」
「うーん、オイラにゃ難しいぞ」
「いつか、わかるよ」
ランパはちらりと横目でルークを見た。
ルークは寒空の下、上半身は裸のまま、突きや蹴りを繰り返していた。
「おーい、ルーク。何で剣の練習じゃないんだ?」
ランパが目を細めて声をかける。
「魔女がどんな妖しい術を使ってくるかわからない。剣を封じられても戦えるように鍛えている」
「慎重だなぁ」
「コタの助言さ」
「ルーク、いい型をしているね。それは我流かい?」
レブンが、ランパを背に乗せたまま、のしのしとルークに近づいた。
「我流というか、いろんな技を混ぜて、自分なりに組み立てたものさ」
「いい動きだ。オレも試してみようかな」
レブンは器用に二本足で立ち上がり、前足をひゅんひゅんと振った。
「わっ!」
バランスを崩し、ランパが転げ落ちる。雪に顔面から突っ込んだ。
「二本足で立つって難しいや。いいなぁ、人間は。こんな動きができて」
レブンはふっと笑い、すぐに前足を地につけて大きなあくびをした。
「ルーク、大変だ! 魔族が来た! 熊みたいなやつ!」
ランパが慌てて叫ぶ。
「よし。剣なしでどこまでやれるか試してみるか」
熊のような魔族が咆哮を上げ、雪をかき分けながらルークへ突進した。
ルークは冷静にステップを踏み、鋭い拳を魔族の顎へ叩き込む。
さらに反撃に出ようとした腕を取ると、そのまま背負い投げで地面へ叩きつけた。
大地が揺れ、魔族は動かなくなった。
「やっぱすげぇな。オイラもルークみたいに強くなりたい」
「なれるよ、ランパなら」
ルークは口角を上げた。
急に場面が切り替わる。
深い森の中だった。
剣を納めたルークのそばで、魔族が抵抗らしい抵抗もできないまま消えていく。
ルークの口から、淡い緑色の煙が勢いよく吐き出された。
「ドラシガーを吸うと、体の奥からどんどん力が湧いてくる。これは一体、何なんだろうな」
ルークがぼそりとつぶやいた時、頭上から柔らかな羽音が響いた。
「そのことについて、お話ししましょう」
巨大なフクロウの姿をした始祖精霊コタが、ふわりと舞い降りてくる。
「コタ、知っているのか?」
「ええ。あなたが戦っている間や眠っている間に、この第三の目で少し、覗かせてもらいました」
コタの額にある金色の目が輝いた。
「趣味が悪いな」
「ホッ! 誤解です! やましいことなんて、何ひとつ!」
コタの首が忙しなく回る。
ルークはわずかに口元を緩めた。
「冗談だよ。教えてくれ」
「正直、私にもまだよくわかっていない部分はあります」
コタは羽を畳み、ルークへ視線を向けた。
「あなたの体内には、心臓とは別に、核のようなものが存在しています」
「核?」
「ええ。私はそれを――『ラマシル』と名付けました。あなたの胸に宿る蒼白い核です」
コタは静かに言葉を継ぐ。
「もともとは、肉体の自然治癒力を飛躍的に高めるためのものらしい。さらに、ドラシガーで取り込んだ高濃度のマナを変換し、身体能力まで強化していた。――まさに、生き延びるための力と言うべきでしょうね」
「そんなものが、私の中にあるなんて。凄いな」
「ええ、ですが――」
コタの羽が鋭くルークへ向けられた。
「注意してください。ラマシルは、どうも万能ではなさそうです。過剰に活性化すると、体への負荷が極端に増し、制御が難しくなる」
「確かに、ドラシガーを一気に吸った時、少し立ちくらみを感じたことがある」
「それが兆候です。限界を超えてマナを取り込みすぎれば、暴走するかもしれない。最悪の場合――自分自身を内側から壊してしまう可能性すらあります」
コタは小さく肩を落とした。
「私もラマシルのすべてを理解しているわけではありません。でも、ひとつだけ言える」
コタの金色の目が、まっすぐルークを見た。
「その力は、素晴らしくも恐ろしいものです。どう向き合うか。どう使うか。それは、あなた次第です」
「なるほどね」
ルークは、ドラシガーの先端から立ちのぼる緑の煙をじっと見つめた。
視界が歪む。
ざらついたノイズの中で、場面がまた切り替わった。
どこかの神殿だろうか。紫炎の明かりが揺らめく広い空間。その中心に、直径三メートルほどの八角形の石台が鎮座している。
濃密な瘴気が渦巻く中、魔女が不気味に口角を吊り上げていた。
「イーヒッヒッ! さすがは勇者ルーク。このアタシの幻術を破るとは、たいしたもんだよ」
八角形の石台の上で、魔女がガラガラに割れた声で嗤う。顔の皮膚はただれ、白い髪はぼろぼろと抜け落ちていた。
ルークの手が震える。
「黙れ、この下衆が」
一歩踏み込み、剣閃が走る。魔女の左腕が切り飛ばされた。
「イヒッ、イヒヒヒッ! 痛くもかゆくもないよ。だって、もうとっくに壊れてるんだからねぇ」
痩せ細った体をくねらせ、四肢を欠いたまま這っている。その動きは、まるで芋虫のようだった。
「あの娘のすべてを奪ってやったよ。ざまぁないねぇ」
「黙れ」
銀の光が閃く。
聖剣クトネシスが、魔女の胸へ突き立てられた。
魔女の瞳が見開かれる。数度、体が痙攣し、全身から黒い煙が噴き上がった。
「イヒ、ヒ――」
まだ笑おうとする口元を見て、ルークはさらに刃を深くねじ込んだ。
魔女の体が崩れ、闇に溶けていく。八角形の石台の上には、おびただしい血だけが残った。
「どこだ、レタ!」
ルークが叫ぶ。
ランパは、異様なほど取り乱したルークの姿を、ただ呆然と見つめていた。
場面が、また切り替わる。
映像が不安定に揺れた。
ノイズ混じりの視界。
赤い光がちらつく。
炎に包まれた空間。
その中心に、ランパが立っていた。
緑だった髪は赤に染まり、目は虚ろで焦点が合っていない。
ランパが絶叫する。
視界が歪む。
赤と黒が点滅する。
耳鳴りのようなノイズが、頭の奥でびりびりと響いた。
映像は唐突に、ぷつんと切れた。
勇斗たちは、そんなミュールへ歩み寄った。
「ワンコー! 探してたんだぞ! オイラ腹へった!」
「お前ら、無事だったか」
息を荒くしながら、ミュールがかすれた声で言う。
「ミュール、その血は? まさか、魔族と戦ってたの?」
「あぁ。でかいのと小さいの合わせて二十匹は仕留めたかな。そっちは?」
「大きなスライムを倒した。僕は平気だけど、チカップがもう限界に近い」
肩で息をしているチカップを見て、勇斗は唇を噛んだ。
「どこか休める場所、知らない?」
「休む? 今はそんな暇ないだろ。……さっさとカルント山へ行くぞ」
ミュールは立ち上がり、地面に転がっていたリュックを背負った。
「どうしたんだよ、そんなに焦って。ワンコらしくないぞ?」
「チビは黙ってろ」
ミュールが鋭く言い放つ。
「チカップが倒れてもいいのかよ!」
ランパが声を荒げた。
「オイラの精霊術は、ペックみたいに一瞬で治せるもんじゃねーんだ!」
「じゃあ、もっと強い精霊術が使えるように修行したらいいだけだろ!」
「なんだとー」
張り詰めた空気の中で、二人の言い争いはどんどん熱を帯びていく。
勇斗は眉間にしわを寄せ、顔を赤くした。
「やめてよ、二人とも!」
二人がそろって目を見開き、ぴたりと動きを止める。
凍りついたような沈黙が落ちた。
胸がざわつく。喉がからからに渇いていた。
「ご、ごめん」
肩をぎゅっとすぼめたランパが、ぽつりとつぶやく。
「オレも、悪かった」
ミュールは深く息を吐いた。
しばらく、だれも口を開かなかった。
やがてミュールが言う。
「――この先に、狩人たちが使う小屋がある。そこで休もう。チカップ、まだ歩けるか?」
「へ、平気ッス。ありがとう、ミュール」
チカップが小さく笑うと、ミュールは小さくうなずいた。
その目は、どこか寂しげだった。
勇斗はそっと息を吐き、二人を見つめた。
空はわずかに曇り、やがて小雨が降り始めた。
小屋で一夜を明かした勇斗たちは、翌朝ふたたびカルント山を目指して歩き始めた。
雨は上がっていた。雲の切れ間から、弱々しい光が差している。
だれも余計なことは話さなかった。
一時間ほど歩いた頃、彼方に鋭くそびえる山影が見えてきた。山肌は薄い霧に包まれ、雲と溶け合うようにぼやけている。ひんやりした風が頬をかすめた。
カルント山は、重苦しい静寂に沈んでいた。鳥のさえずりも、獣の唸りも聞こえない。霧がわずかに流れ、葉の擦れる音だけが耳をかすめていく。山道を進むにつれ、足元から冷えが這い上がってきた。
やがて、崖上の細い道へ出る。
足元の崖下から、水が滝のように流れ落ちる音が響いてきた。霧に塞がれた谷底は見えず、音だけが不気味に反響している。
ミュールが、不意に足を止めた。
「どうした、ワンコ」
ランパの声がわずかに曇る。
ミュールは短く首を振った。
「――何でもない。……進むぞ。里の入り口まで、もうすぐだ」
さらに進むと、かつて立派な門があったことを示す巨大な石柱が現れた。
その先に広がっていたのは、廃墟と化した集落だった。家々は焼け落ち、瓦礫と化している。壁の半壊した家がいくつも並び、骨組みだけが虚しく残っていた。
「ここが、モッケ族の里。ミュールの故郷――」
勇斗が横を見る。
ミュールはその場に膝をつき、崩れ落ちていた。ぽかんと口を開けたまま、言葉もなく、その光景を見つめている。
重い沈黙が流れた。
しばらくして、ミュールはふらりと立ち上がる。
「地の大精霊の封印は、里の奥地にある。行こう」
かすれた声でそう言うと、ミュールは焼け焦げた廃墟の中をゆっくり進んでいった。
その背中は、どこか小さく見えた。
集落を抜けると、険しい石段が現れた。
登りきった先には、屋根瓦と重厚な石造りが調和した、寺院のような建物があった。入り口の両脇にある石灯籠が、静寂の中で取り残されたように火を灯している。
「地の大精霊は、大地の母みたいなもんなんだ」
重い木扉を開けたミュールが、ぽつりと語り始めた。
「命を与え、育み、そして戻してくれる存在。狩りに出る前は祈りを捧げ、狩りから帰ったら感謝を捧げる。それがオレたちモッケ族の、ずっと続いてきた習わしだ」
建物の奥へ進む。滑らかな石畳を踏む音だけが響いていた。
やがて、大広間へたどり着く。
中央には、巨大な岩塊が鎮座していた。苔と蔓草が、全体を覆い尽くしている。
勇斗がそっと岩へ手を触れた、その瞬間。
脳内に、優しく温かい声が響いた。
――記憶を。
岩は音もなく崩れ、破片がふわりと浮かび上がる。
ばらばらだった欠片は引き寄せられるように集まり、小さな狼の輪郭を形作った。
柔らかな光が、広間を満たす。
勇斗とランパは、同時にその場へ崩れ落ちた。
◇
淡い映像が視界に浮かび上がる。
広い雪原だった。
ランパの記憶――見るのはこれで三度目だ。
大きな狼の姿をした始祖精霊レブンの背中に、ランパが乗っていた。レタにもらった弁当を、もぐもぐと食べている。
「ルーク、レタを助けに行くんだってな。会ったばかりの人を助けるなんて、オイラにはよくわからない」
「ランパ、人を助けたいって気持ちに、理由はいらないんだ」
「うーん、オイラにゃ難しいぞ」
「いつか、わかるよ」
ランパはちらりと横目でルークを見た。
ルークは寒空の下、上半身は裸のまま、突きや蹴りを繰り返していた。
「おーい、ルーク。何で剣の練習じゃないんだ?」
ランパが目を細めて声をかける。
「魔女がどんな妖しい術を使ってくるかわからない。剣を封じられても戦えるように鍛えている」
「慎重だなぁ」
「コタの助言さ」
「ルーク、いい型をしているね。それは我流かい?」
レブンが、ランパを背に乗せたまま、のしのしとルークに近づいた。
「我流というか、いろんな技を混ぜて、自分なりに組み立てたものさ」
「いい動きだ。オレも試してみようかな」
レブンは器用に二本足で立ち上がり、前足をひゅんひゅんと振った。
「わっ!」
バランスを崩し、ランパが転げ落ちる。雪に顔面から突っ込んだ。
「二本足で立つって難しいや。いいなぁ、人間は。こんな動きができて」
レブンはふっと笑い、すぐに前足を地につけて大きなあくびをした。
「ルーク、大変だ! 魔族が来た! 熊みたいなやつ!」
ランパが慌てて叫ぶ。
「よし。剣なしでどこまでやれるか試してみるか」
熊のような魔族が咆哮を上げ、雪をかき分けながらルークへ突進した。
ルークは冷静にステップを踏み、鋭い拳を魔族の顎へ叩き込む。
さらに反撃に出ようとした腕を取ると、そのまま背負い投げで地面へ叩きつけた。
大地が揺れ、魔族は動かなくなった。
「やっぱすげぇな。オイラもルークみたいに強くなりたい」
「なれるよ、ランパなら」
ルークは口角を上げた。
急に場面が切り替わる。
深い森の中だった。
剣を納めたルークのそばで、魔族が抵抗らしい抵抗もできないまま消えていく。
ルークの口から、淡い緑色の煙が勢いよく吐き出された。
「ドラシガーを吸うと、体の奥からどんどん力が湧いてくる。これは一体、何なんだろうな」
ルークがぼそりとつぶやいた時、頭上から柔らかな羽音が響いた。
「そのことについて、お話ししましょう」
巨大なフクロウの姿をした始祖精霊コタが、ふわりと舞い降りてくる。
「コタ、知っているのか?」
「ええ。あなたが戦っている間や眠っている間に、この第三の目で少し、覗かせてもらいました」
コタの額にある金色の目が輝いた。
「趣味が悪いな」
「ホッ! 誤解です! やましいことなんて、何ひとつ!」
コタの首が忙しなく回る。
ルークはわずかに口元を緩めた。
「冗談だよ。教えてくれ」
「正直、私にもまだよくわかっていない部分はあります」
コタは羽を畳み、ルークへ視線を向けた。
「あなたの体内には、心臓とは別に、核のようなものが存在しています」
「核?」
「ええ。私はそれを――『ラマシル』と名付けました。あなたの胸に宿る蒼白い核です」
コタは静かに言葉を継ぐ。
「もともとは、肉体の自然治癒力を飛躍的に高めるためのものらしい。さらに、ドラシガーで取り込んだ高濃度のマナを変換し、身体能力まで強化していた。――まさに、生き延びるための力と言うべきでしょうね」
「そんなものが、私の中にあるなんて。凄いな」
「ええ、ですが――」
コタの羽が鋭くルークへ向けられた。
「注意してください。ラマシルは、どうも万能ではなさそうです。過剰に活性化すると、体への負荷が極端に増し、制御が難しくなる」
「確かに、ドラシガーを一気に吸った時、少し立ちくらみを感じたことがある」
「それが兆候です。限界を超えてマナを取り込みすぎれば、暴走するかもしれない。最悪の場合――自分自身を内側から壊してしまう可能性すらあります」
コタは小さく肩を落とした。
「私もラマシルのすべてを理解しているわけではありません。でも、ひとつだけ言える」
コタの金色の目が、まっすぐルークを見た。
「その力は、素晴らしくも恐ろしいものです。どう向き合うか。どう使うか。それは、あなた次第です」
「なるほどね」
ルークは、ドラシガーの先端から立ちのぼる緑の煙をじっと見つめた。
視界が歪む。
ざらついたノイズの中で、場面がまた切り替わった。
どこかの神殿だろうか。紫炎の明かりが揺らめく広い空間。その中心に、直径三メートルほどの八角形の石台が鎮座している。
濃密な瘴気が渦巻く中、魔女が不気味に口角を吊り上げていた。
「イーヒッヒッ! さすがは勇者ルーク。このアタシの幻術を破るとは、たいしたもんだよ」
八角形の石台の上で、魔女がガラガラに割れた声で嗤う。顔の皮膚はただれ、白い髪はぼろぼろと抜け落ちていた。
ルークの手が震える。
「黙れ、この下衆が」
一歩踏み込み、剣閃が走る。魔女の左腕が切り飛ばされた。
「イヒッ、イヒヒヒッ! 痛くもかゆくもないよ。だって、もうとっくに壊れてるんだからねぇ」
痩せ細った体をくねらせ、四肢を欠いたまま這っている。その動きは、まるで芋虫のようだった。
「あの娘のすべてを奪ってやったよ。ざまぁないねぇ」
「黙れ」
銀の光が閃く。
聖剣クトネシスが、魔女の胸へ突き立てられた。
魔女の瞳が見開かれる。数度、体が痙攣し、全身から黒い煙が噴き上がった。
「イヒ、ヒ――」
まだ笑おうとする口元を見て、ルークはさらに刃を深くねじ込んだ。
魔女の体が崩れ、闇に溶けていく。八角形の石台の上には、おびただしい血だけが残った。
「どこだ、レタ!」
ルークが叫ぶ。
ランパは、異様なほど取り乱したルークの姿を、ただ呆然と見つめていた。
場面が、また切り替わる。
映像が不安定に揺れた。
ノイズ混じりの視界。
赤い光がちらつく。
炎に包まれた空間。
その中心に、ランパが立っていた。
緑だった髪は赤に染まり、目は虚ろで焦点が合っていない。
ランパが絶叫する。
視界が歪む。
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