表示設定
表示設定
目次 目次




モッケ族の里

ー/ー



 湿地帯を抜けた先の大岩にもたれ、ミュールは座り込んでいた。全身に浴びた血で、顔まで赤黒く染まっている。ガントレットの爪先からは、血がぽたぽたと滴っていた。

 勇斗たちは、そんなミュールへ歩み寄った。

「ワンコー! 探してたんだぞ! オイラ腹へった!」

「お前ら、無事だったか」

 息を荒くしながら、ミュールがかすれた声で言う。

「ミュール、その血は? まさか、魔族と戦ってたの?」

「あぁ。でかいのと小さいの合わせて二十匹は仕留めたかな。そっちは?」

「大きなスライムを倒した。僕は平気だけど、チカップがもう限界に近い」

 肩で息をしているチカップを見て、勇斗は唇を噛んだ。

「どこか休める場所、知らない?」

「休む? 今はそんな暇ないだろ。……さっさとカルント山へ行くぞ」

 ミュールは立ち上がり、地面に転がっていたリュックを背負った。

「どうしたんだよ、そんなに焦って。ワンコらしくないぞ?」

「チビは黙ってろ」

 ミュールが鋭く言い放つ。

「チカップが倒れてもいいのかよ!」

 ランパが声を荒げた。

「オイラの精霊術は、ペックみたいに一瞬で治せるもんじゃねーんだ!」

「じゃあ、もっと強い精霊術が使えるように修行したらいいだけだろ!」

「なんだとー」

 張り詰めた空気の中で、二人の言い争いはどんどん熱を帯びていく。

 勇斗は眉間にしわを寄せ、顔を赤くした。

「やめてよ、二人とも!」

 二人がそろって目を見開き、ぴたりと動きを止める。

 凍りついたような沈黙が落ちた。

 胸がざわつく。喉がからからに渇いていた。

「ご、ごめん」

 肩をぎゅっとすぼめたランパが、ぽつりとつぶやく。

「オレも、悪かった」

 ミュールは深く息を吐いた。

 しばらく、だれも口を開かなかった。

 やがてミュールが言う。

「――この先に、狩人たちが使う小屋がある。そこで休もう。チカップ、まだ歩けるか?」

「へ、平気ッス。ありがとう、ミュール」

 チカップが小さく笑うと、ミュールは小さくうなずいた。

 その目は、どこか寂しげだった。

 勇斗はそっと息を吐き、二人を見つめた。

 空はわずかに曇り、やがて小雨が降り始めた。


 小屋で一夜を明かした勇斗たちは、翌朝ふたたびカルント山を目指して歩き始めた。

 雨は上がっていた。雲の切れ間から、弱々しい光が差している。

 だれも余計なことは話さなかった。

 一時間ほど歩いた頃、彼方に鋭くそびえる山影が見えてきた。山肌は薄い霧に包まれ、雲と溶け合うようにぼやけている。ひんやりした風が頬をかすめた。

 カルント山は、重苦しい静寂に沈んでいた。鳥のさえずりも、獣の唸りも聞こえない。霧がわずかに流れ、葉の擦れる音だけが耳をかすめていく。山道を進むにつれ、足元から冷えが這い上がってきた。

 やがて、崖上の細い道へ出る。

 足元の崖下から、水が滝のように流れ落ちる音が響いてきた。霧に塞がれた谷底は見えず、音だけが不気味に反響している。

 ミュールが、不意に足を止めた。

「どうした、ワンコ」

 ランパの声がわずかに曇る。

 ミュールは短く首を振った。

「――何でもない。……進むぞ。里の入り口まで、もうすぐだ」

 さらに進むと、かつて立派な門があったことを示す巨大な石柱が現れた。

 その先に広がっていたのは、廃墟と化した集落だった。家々は焼け落ち、瓦礫と化している。壁の半壊した家がいくつも並び、骨組みだけが虚しく残っていた。

「ここが、モッケ族の里。ミュールの故郷――」

 勇斗が横を見る。

 ミュールはその場に膝をつき、崩れ落ちていた。ぽかんと口を開けたまま、言葉もなく、その光景を見つめている。

 重い沈黙が流れた。

 しばらくして、ミュールはふらりと立ち上がる。

「地の大精霊の封印は、里の奥地にある。行こう」

 かすれた声でそう言うと、ミュールは焼け焦げた廃墟の中をゆっくり進んでいった。

 その背中は、どこか小さく見えた。

 集落を抜けると、険しい石段が現れた。

 登りきった先には、屋根瓦と重厚な石造りが調和した、寺院のような建物があった。入り口の両脇にある石灯籠が、静寂の中で取り残されたように火を灯している。

「地の大精霊は、大地の母みたいなもんなんだ」

 重い木扉を開けたミュールが、ぽつりと語り始めた。

「命を与え、育み、そして戻してくれる存在。狩りに出る前は祈りを捧げ、狩りから帰ったら感謝を捧げる。それがオレたちモッケ族の、ずっと続いてきた習わしだ」

 建物の奥へ進む。滑らかな石畳を踏む音だけが響いていた。

 やがて、大広間へたどり着く。

 中央には、巨大な岩塊が鎮座していた。苔と蔓草が、全体を覆い尽くしている。

 勇斗がそっと岩へ手を触れた、その瞬間。

 脳内に、優しく温かい声が響いた。

 ――記憶を。

 岩は音もなく崩れ、破片がふわりと浮かび上がる。

 ばらばらだった欠片は引き寄せられるように集まり、小さな狼の輪郭を形作った。

 柔らかな光が、広間を満たす。

 勇斗とランパは、同時にその場へ崩れ落ちた。

 ◇
 
 淡い映像が視界に浮かび上がる。

 広い雪原だった。

 ランパの記憶――見るのはこれで三度目だ。

 大きな狼の姿をした始祖精霊レブンの背中に、ランパが乗っていた。レタにもらった弁当を、もぐもぐと食べている。

「ルーク、レタを助けに行くんだってな。会ったばかりの人を助けるなんて、オイラにはよくわからない」

「ランパ、人を助けたいって気持ちに、理由はいらないんだ」

「うーん、オイラにゃ難しいぞ」

「いつか、わかるよ」

 ランパはちらりと横目でルークを見た。

 ルークは寒空の下、上半身は裸のまま、突きや蹴りを繰り返していた。

「おーい、ルーク。何で剣の練習じゃないんだ?」

 ランパが目を細めて声をかける。

「魔女がどんな妖しい術を使ってくるかわからない。剣を封じられても戦えるように鍛えている」

「慎重だなぁ」

「コタの助言さ」

「ルーク、いい型をしているね。それは我流かい?」

 レブンが、ランパを背に乗せたまま、のしのしとルークに近づいた。

「我流というか、いろんな技を混ぜて、自分なりに組み立てたものさ」

「いい動きだ。オレも試してみようかな」

 レブンは器用に二本足で立ち上がり、前足をひゅんひゅんと振った。

「わっ!」

 バランスを崩し、ランパが転げ落ちる。雪に顔面から突っ込んだ。

「二本足で立つって難しいや。いいなぁ、人間は。こんな動きができて」

 レブンはふっと笑い、すぐに前足を地につけて大きなあくびをした。

「ルーク、大変だ! 魔族が来た! 熊みたいなやつ!」

 ランパが慌てて叫ぶ。

「よし。剣なしでどこまでやれるか試してみるか」

 熊のような魔族が咆哮を上げ、雪をかき分けながらルークへ突進した。

 ルークは冷静にステップを踏み、鋭い拳を魔族の顎へ叩き込む。

 さらに反撃に出ようとした腕を取ると、そのまま背負い投げで地面へ叩きつけた。

 大地が揺れ、魔族は動かなくなった。

「やっぱすげぇな。オイラもルークみたいに強くなりたい」

「なれるよ、ランパなら」

 ルークは口角を上げた。


 急に場面が切り替わる。

 深い森の中だった。

 剣を納めたルークのそばで、魔族が抵抗らしい抵抗もできないまま消えていく。

 ルークの口から、淡い緑色の煙が勢いよく吐き出された。

「ドラシガーを吸うと、体の奥からどんどん力が湧いてくる。これは一体、何なんだろうな」

 ルークがぼそりとつぶやいた時、頭上から柔らかな羽音が響いた。

「そのことについて、お話ししましょう」

 巨大なフクロウの姿をした始祖精霊コタが、ふわりと舞い降りてくる。

「コタ、知っているのか?」

「ええ。あなたが戦っている間や眠っている間に、この第三の目で少し、覗かせてもらいました」

 コタの額にある金色の目が輝いた。

「趣味が悪いな」

「ホッ! 誤解です! やましいことなんて、何ひとつ!」

 コタの首が忙しなく回る。

 ルークはわずかに口元を緩めた。

「冗談だよ。教えてくれ」

「正直、私にもまだよくわかっていない部分はあります」

 コタは羽を畳み、ルークへ視線を向けた。

「あなたの体内には、心臓とは別に、核のようなものが存在しています」

「核?」

「ええ。私はそれを――『ラマシル』と名付けました。あなたの胸に宿る蒼白い核です」

 コタは静かに言葉を継ぐ。

「もともとは、肉体の自然治癒力を飛躍的に高めるためのものらしい。さらに、ドラシガーで取り込んだ高濃度のマナを変換し、身体能力まで強化していた。――まさに、生き延びるための力と言うべきでしょうね」

「そんなものが、私の中にあるなんて。凄いな」

「ええ、ですが――」

 コタの羽が鋭くルークへ向けられた。

「注意してください。ラマシルは、どうも万能ではなさそうです。過剰に活性化すると、体への負荷が極端に増し、制御が難しくなる」

「確かに、ドラシガーを一気に吸った時、少し立ちくらみを感じたことがある」

「それが兆候です。限界を超えてマナを取り込みすぎれば、暴走するかもしれない。最悪の場合――自分自身を内側から壊してしまう可能性すらあります」

 コタは小さく肩を落とした。

「私もラマシルのすべてを理解しているわけではありません。でも、ひとつだけ言える」

 コタの金色の目が、まっすぐルークを見た。

「その力は、素晴らしくも恐ろしいものです。どう向き合うか。どう使うか。それは、あなた次第です」

「なるほどね」

 ルークは、ドラシガーの先端から立ちのぼる緑の煙をじっと見つめた。


 視界が歪む。

 ざらついたノイズの中で、場面がまた切り替わった。

 どこかの神殿だろうか。紫炎の明かりが揺らめく広い空間。その中心に、直径三メートルほどの八角形の石台が鎮座している。

 濃密な瘴気が渦巻く中、魔女が不気味に口角を吊り上げていた。

「イーヒッヒッ! さすがは勇者ルーク。このアタシの幻術を破るとは、たいしたもんだよ」

 八角形の石台の上で、魔女がガラガラに割れた声で嗤う。顔の皮膚はただれ、白い髪はぼろぼろと抜け落ちていた。

 ルークの手が震える。

「黙れ、この下衆が」

 一歩踏み込み、剣閃が走る。魔女の左腕が切り飛ばされた。

「イヒッ、イヒヒヒッ! 痛くもかゆくもないよ。だって、もうとっくに壊れてるんだからねぇ」

 痩せ細った体をくねらせ、四肢を欠いたまま這っている。その動きは、まるで芋虫のようだった。

「あの娘のすべてを奪ってやったよ。ざまぁないねぇ」

「黙れ」

 銀の光が閃く。

 聖剣クトネシスが、魔女の胸へ突き立てられた。

 魔女の瞳が見開かれる。数度、体が痙攣し、全身から黒い煙が噴き上がった。

「イヒ、ヒ――」

 まだ笑おうとする口元を見て、ルークはさらに刃を深くねじ込んだ。

 魔女の体が崩れ、闇に溶けていく。八角形の石台の上には、おびただしい血だけが残った。

「どこだ、レタ!」

 ルークが叫ぶ。

 ランパは、異様なほど取り乱したルークの姿を、ただ呆然と見つめていた。

 
 場面が、また切り替わる。

 映像が不安定に揺れた。

 ノイズ混じりの視界。

 赤い光がちらつく。

 炎に包まれた空間。

 その中心に、ランパが立っていた。

 緑だった髪は赤に染まり、目は虚ろで焦点が合っていない。

 ランパが絶叫する。

 視界が歪む。

 赤と黒が点滅する。

 耳鳴りのようなノイズが、頭の奥でびりびりと響いた。

 映像は唐突に、ぷつんと切れた。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む ギナス


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 湿地帯を抜けた先の大岩にもたれ、ミュールは座り込んでいた。全身に浴びた血で、顔まで赤黒く染まっている。ガントレットの爪先からは、血がぽたぽたと滴っていた。
 勇斗たちは、そんなミュールへ歩み寄った。
「ワンコー! 探してたんだぞ! オイラ腹へった!」
「お前ら、無事だったか」
 息を荒くしながら、ミュールがかすれた声で言う。
「ミュール、その血は? まさか、魔族と戦ってたの?」
「あぁ。でかいのと小さいの合わせて二十匹は仕留めたかな。そっちは?」
「大きなスライムを倒した。僕は平気だけど、チカップがもう限界に近い」
 肩で息をしているチカップを見て、勇斗は唇を噛んだ。
「どこか休める場所、知らない?」
「休む? 今はそんな暇ないだろ。……さっさとカルント山へ行くぞ」
 ミュールは立ち上がり、地面に転がっていたリュックを背負った。
「どうしたんだよ、そんなに焦って。ワンコらしくないぞ?」
「チビは黙ってろ」
 ミュールが鋭く言い放つ。
「チカップが倒れてもいいのかよ!」
 ランパが声を荒げた。
「オイラの精霊術は、ペックみたいに一瞬で治せるもんじゃねーんだ!」
「じゃあ、もっと強い精霊術が使えるように修行したらいいだけだろ!」
「なんだとー」
 張り詰めた空気の中で、二人の言い争いはどんどん熱を帯びていく。
 勇斗は眉間にしわを寄せ、顔を赤くした。
「やめてよ、二人とも!」
 二人がそろって目を見開き、ぴたりと動きを止める。
 凍りついたような沈黙が落ちた。
 胸がざわつく。喉がからからに渇いていた。
「ご、ごめん」
 肩をぎゅっとすぼめたランパが、ぽつりとつぶやく。
「オレも、悪かった」
 ミュールは深く息を吐いた。
 しばらく、だれも口を開かなかった。
 やがてミュールが言う。
「――この先に、狩人たちが使う小屋がある。そこで休もう。チカップ、まだ歩けるか?」
「へ、平気ッス。ありがとう、ミュール」
 チカップが小さく笑うと、ミュールは小さくうなずいた。
 その目は、どこか寂しげだった。
 勇斗はそっと息を吐き、二人を見つめた。
 空はわずかに曇り、やがて小雨が降り始めた。
 小屋で一夜を明かした勇斗たちは、翌朝ふたたびカルント山を目指して歩き始めた。
 雨は上がっていた。雲の切れ間から、弱々しい光が差している。
 だれも余計なことは話さなかった。
 一時間ほど歩いた頃、彼方に鋭くそびえる山影が見えてきた。山肌は薄い霧に包まれ、雲と溶け合うようにぼやけている。ひんやりした風が頬をかすめた。
 カルント山は、重苦しい静寂に沈んでいた。鳥のさえずりも、獣の唸りも聞こえない。霧がわずかに流れ、葉の擦れる音だけが耳をかすめていく。山道を進むにつれ、足元から冷えが這い上がってきた。
 やがて、崖上の細い道へ出る。
 足元の崖下から、水が滝のように流れ落ちる音が響いてきた。霧に塞がれた谷底は見えず、音だけが不気味に反響している。
 ミュールが、不意に足を止めた。
「どうした、ワンコ」
 ランパの声がわずかに曇る。
 ミュールは短く首を振った。
「――何でもない。……進むぞ。里の入り口まで、もうすぐだ」
 さらに進むと、かつて立派な門があったことを示す巨大な石柱が現れた。
 その先に広がっていたのは、廃墟と化した集落だった。家々は焼け落ち、瓦礫と化している。壁の半壊した家がいくつも並び、骨組みだけが虚しく残っていた。
「ここが、モッケ族の里。ミュールの故郷――」
 勇斗が横を見る。
 ミュールはその場に膝をつき、崩れ落ちていた。ぽかんと口を開けたまま、言葉もなく、その光景を見つめている。
 重い沈黙が流れた。
 しばらくして、ミュールはふらりと立ち上がる。
「地の大精霊の封印は、里の奥地にある。行こう」
 かすれた声でそう言うと、ミュールは焼け焦げた廃墟の中をゆっくり進んでいった。
 その背中は、どこか小さく見えた。
 集落を抜けると、険しい石段が現れた。
 登りきった先には、屋根瓦と重厚な石造りが調和した、寺院のような建物があった。入り口の両脇にある石灯籠が、静寂の中で取り残されたように火を灯している。
「地の大精霊は、大地の母みたいなもんなんだ」
 重い木扉を開けたミュールが、ぽつりと語り始めた。
「命を与え、育み、そして戻してくれる存在。狩りに出る前は祈りを捧げ、狩りから帰ったら感謝を捧げる。それがオレたちモッケ族の、ずっと続いてきた習わしだ」
 建物の奥へ進む。滑らかな石畳を踏む音だけが響いていた。
 やがて、大広間へたどり着く。
 中央には、巨大な岩塊が鎮座していた。苔と蔓草が、全体を覆い尽くしている。
 勇斗がそっと岩へ手を触れた、その瞬間。
 脳内に、優しく温かい声が響いた。
 ――記憶を。
 岩は音もなく崩れ、破片がふわりと浮かび上がる。
 ばらばらだった欠片は引き寄せられるように集まり、小さな狼の輪郭を形作った。
 柔らかな光が、広間を満たす。
 勇斗とランパは、同時にその場へ崩れ落ちた。
 ◇
 淡い映像が視界に浮かび上がる。
 広い雪原だった。
 ランパの記憶――見るのはこれで三度目だ。
 大きな狼の姿をした始祖精霊レブンの背中に、ランパが乗っていた。レタにもらった弁当を、もぐもぐと食べている。
「ルーク、レタを助けに行くんだってな。会ったばかりの人を助けるなんて、オイラにはよくわからない」
「ランパ、人を助けたいって気持ちに、理由はいらないんだ」
「うーん、オイラにゃ難しいぞ」
「いつか、わかるよ」
 ランパはちらりと横目でルークを見た。
 ルークは寒空の下、上半身は裸のまま、突きや蹴りを繰り返していた。
「おーい、ルーク。何で剣の練習じゃないんだ?」
 ランパが目を細めて声をかける。
「魔女がどんな妖しい術を使ってくるかわからない。剣を封じられても戦えるように鍛えている」
「慎重だなぁ」
「コタの助言さ」
「ルーク、いい型をしているね。それは我流かい?」
 レブンが、ランパを背に乗せたまま、のしのしとルークに近づいた。
「我流というか、いろんな技を混ぜて、自分なりに組み立てたものさ」
「いい動きだ。オレも試してみようかな」
 レブンは器用に二本足で立ち上がり、前足をひゅんひゅんと振った。
「わっ!」
 バランスを崩し、ランパが転げ落ちる。雪に顔面から突っ込んだ。
「二本足で立つって難しいや。いいなぁ、人間は。こんな動きができて」
 レブンはふっと笑い、すぐに前足を地につけて大きなあくびをした。
「ルーク、大変だ! 魔族が来た! 熊みたいなやつ!」
 ランパが慌てて叫ぶ。
「よし。剣なしでどこまでやれるか試してみるか」
 熊のような魔族が咆哮を上げ、雪をかき分けながらルークへ突進した。
 ルークは冷静にステップを踏み、鋭い拳を魔族の顎へ叩き込む。
 さらに反撃に出ようとした腕を取ると、そのまま背負い投げで地面へ叩きつけた。
 大地が揺れ、魔族は動かなくなった。
「やっぱすげぇな。オイラもルークみたいに強くなりたい」
「なれるよ、ランパなら」
 ルークは口角を上げた。
 急に場面が切り替わる。
 深い森の中だった。
 剣を納めたルークのそばで、魔族が抵抗らしい抵抗もできないまま消えていく。
 ルークの口から、淡い緑色の煙が勢いよく吐き出された。
「ドラシガーを吸うと、体の奥からどんどん力が湧いてくる。これは一体、何なんだろうな」
 ルークがぼそりとつぶやいた時、頭上から柔らかな羽音が響いた。
「そのことについて、お話ししましょう」
 巨大なフクロウの姿をした始祖精霊コタが、ふわりと舞い降りてくる。
「コタ、知っているのか?」
「ええ。あなたが戦っている間や眠っている間に、この第三の目で少し、覗かせてもらいました」
 コタの額にある金色の目が輝いた。
「趣味が悪いな」
「ホッ! 誤解です! やましいことなんて、何ひとつ!」
 コタの首が忙しなく回る。
 ルークはわずかに口元を緩めた。
「冗談だよ。教えてくれ」
「正直、私にもまだよくわかっていない部分はあります」
 コタは羽を畳み、ルークへ視線を向けた。
「あなたの体内には、心臓とは別に、核のようなものが存在しています」
「核?」
「ええ。私はそれを――『ラマシル』と名付けました。あなたの胸に宿る蒼白い核です」
 コタは静かに言葉を継ぐ。
「もともとは、肉体の自然治癒力を飛躍的に高めるためのものらしい。さらに、ドラシガーで取り込んだ高濃度のマナを変換し、身体能力まで強化していた。――まさに、生き延びるための力と言うべきでしょうね」
「そんなものが、私の中にあるなんて。凄いな」
「ええ、ですが――」
 コタの羽が鋭くルークへ向けられた。
「注意してください。ラマシルは、どうも万能ではなさそうです。過剰に活性化すると、体への負荷が極端に増し、制御が難しくなる」
「確かに、ドラシガーを一気に吸った時、少し立ちくらみを感じたことがある」
「それが兆候です。限界を超えてマナを取り込みすぎれば、暴走するかもしれない。最悪の場合――自分自身を内側から壊してしまう可能性すらあります」
 コタは小さく肩を落とした。
「私もラマシルのすべてを理解しているわけではありません。でも、ひとつだけ言える」
 コタの金色の目が、まっすぐルークを見た。
「その力は、素晴らしくも恐ろしいものです。どう向き合うか。どう使うか。それは、あなた次第です」
「なるほどね」
 ルークは、ドラシガーの先端から立ちのぼる緑の煙をじっと見つめた。
 視界が歪む。
 ざらついたノイズの中で、場面がまた切り替わった。
 どこかの神殿だろうか。紫炎の明かりが揺らめく広い空間。その中心に、直径三メートルほどの八角形の石台が鎮座している。
 濃密な瘴気が渦巻く中、魔女が不気味に口角を吊り上げていた。
「イーヒッヒッ! さすがは勇者ルーク。このアタシの幻術を破るとは、たいしたもんだよ」
 八角形の石台の上で、魔女がガラガラに割れた声で嗤う。顔の皮膚はただれ、白い髪はぼろぼろと抜け落ちていた。
 ルークの手が震える。
「黙れ、この下衆が」
 一歩踏み込み、剣閃が走る。魔女の左腕が切り飛ばされた。
「イヒッ、イヒヒヒッ! 痛くもかゆくもないよ。だって、もうとっくに壊れてるんだからねぇ」
 痩せ細った体をくねらせ、四肢を欠いたまま這っている。その動きは、まるで芋虫のようだった。
「あの娘のすべてを奪ってやったよ。ざまぁないねぇ」
「黙れ」
 銀の光が閃く。
 聖剣クトネシスが、魔女の胸へ突き立てられた。
 魔女の瞳が見開かれる。数度、体が痙攣し、全身から黒い煙が噴き上がった。
「イヒ、ヒ――」
 まだ笑おうとする口元を見て、ルークはさらに刃を深くねじ込んだ。
 魔女の体が崩れ、闇に溶けていく。八角形の石台の上には、おびただしい血だけが残った。
「どこだ、レタ!」
 ルークが叫ぶ。
 ランパは、異様なほど取り乱したルークの姿を、ただ呆然と見つめていた。
 場面が、また切り替わる。
 映像が不安定に揺れた。
 ノイズ混じりの視界。
 赤い光がちらつく。
 炎に包まれた空間。
 その中心に、ランパが立っていた。
 緑だった髪は赤に染まり、目は虚ろで焦点が合っていない。
 ランパが絶叫する。
 視界が歪む。
 赤と黒が点滅する。
 耳鳴りのようなノイズが、頭の奥でびりびりと響いた。
 映像は唐突に、ぷつんと切れた。