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第二部 43話 ナタリー

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 どうやら『ベックリン』周辺の町は『衛星都市』などと呼ばれているらしい。
 もっとも、実体は税金逃れのためだけの都市である。

 しかし高い税金に見合うだけの待遇は市民に与えているようなので『衛星都市』はその待遇も得られない。

 良くも悪くも、入ってみれば普通の町だった。
 強いて言えば、連合から流れた珍しいものが多い気がする。
 交易都市ということか。

 俺達はひとまず宿を取ることにした。
 クレフ兄妹とソフィア、バケット親子の組み合わせで部屋を分けた。
 男女で分かれると護衛が難しいので、この分け方しかなかった。

 ナタリーとソフィアは大喜びしていた。そしてアリスが悲しそうにしていた。
 何よりもアリスを見るブラウン団長が可哀想だった。

 騎士団員は近くで別の宿を取ってもらった。
 人数が多いと怪しまれるし、俺達とは別行動を取ってもらうことも多いだろう。

 俺達の部屋は広めに取ったので、この部屋を拠点に作業を開始した。
 とは言え、実際に作業をするのはナタリーだ。
 あとはアリスがサポートに入るらしい。

 俺はナタリーの護衛だけすれば良いと言われてしまった。
 しばらくは暇なのかも知れない。まあ、最近は忙しかったし良いか。

「さて、やりますか!」
 ナタリーが元気いっぱいに叫んで、ピノを解き放った。



 王立学院次席『ナタリー・クレフ』は頭が良いわけではなかった。
 記憶力も処理速度も人並みである。記憶力に至っては少し低いかもしれない。

 しかし、二つの能力が群を抜いていた。

 一つ、直感で把握できる可能性の多さ。
 二つ、人間心理への理解の深さ。

 この二点において、彼女はこの世界一の才能を持っていた。

 すなわち、何が起こり得るのか。
 また、人は何を選ぶのか。あるいは、この人物なら何を選ぶのか。

 彼女にとってあらゆる問題は選択問題であり、重要なのは正解ではなく『選択肢』と『何を選ぶか』だった。

 王立学院の試験は得意だった。
 もちろん理解はするように努力したが、彼女にとって理解する必要はなかった。

 出題者が求め得る解答の選択肢。
 出題者が何を解答として設定しやすいか。

 彼女にはこの二つが手に取るように分かった。
 知識を増やせば増やすほど、出題者を知れば知るほど、予測は正確になっていった。

 そもそもアッシュの評価は不当に低いだけである。
 ……この評価はナタリー自身が操作した節はあったが。

 魔術師団長『ブラウン・バケット』が娘への影響を期待して積極的に関わらせた少女である。

 学院史上最高の頭脳と呼ばれるアリスをして、知能以外の重要性を思い知らされた相手である。

『小惑星』ミア・クラークが、その危険性を一目で見抜いて導いた適正である。

 鬼が幹部二人を投入した上で、王都を襲ってまで何としても殺そうとした才能である。

 自称『神様で良いや』が、強引に転生者の身内にしてでも守らせようとした『鍵』である。

 ナタリー自身は良く分かっていた。自分の能力も周囲の評価も。
 だからこそ、皮肉にもナタリーにとってアッシュは何者にも代えがたいのであるが。

 先日、ナタリーが放った言葉はあまりにも的確だった。「客観的に考えて」と。
 アッシュに自覚は全くないが、彼はひとまず辿り着いたのだった。

『鍵』とは『世界の分岐点』を左右する人物を指す。
 そして今はまさしく『世界の分岐点』の一つである。

 すなわち、王国と連合の初衝突。
 この結果を左右する人物が『ナタリー・クレフ』だった。

 いずれはこの争いに参加する運命であり、これは転生者以外には変えられない。
 今日までに『ナタリー・クレフ』が死んでいたら、結末は変わっていた。



 今、ナタリーの元にはピノが超高速で都市の情報を連絡している。

 地形、住人、会話、経済、市場、戦力、治安。

 その度にナタリーはアリスに伝えて記憶させていった。
 今日の内に、今いる都市の情報は完全に把握するだろう。

 少しずつ、ナタリーに見える選択肢が増えてゆく。
 その中で、都市に打撃を与える選択肢を見つけてゆく。

 さらに、その選択肢を取った場合、相手はどの選択肢を取るか。
 彼女が考えるのはここまで。ここまで情報を集めたら、ナタリーは選択肢から選ぶのだ。

「伯爵への印象操作。都市のインフラ麻痺。暴動の誘発。政治腐敗の促進。食料の買占めと価格の操作。労働意欲の低下。市民の流入と流出の操作。都市技術者の不足。自衛団の買収。伯爵軍の内部分裂。あとは……」

 ナタリーが小さな声で呟いている。
 アッシュは暇そうにしているだけだが、ソフィアはその様子に身震いしていた。

 もう一度、ピノを外に放つ。
 ナタリーは、誰にも聞こえないように窓辺で呟いた。

「公爵さんは知らないから良い。
 ……よくもソフィアちゃんを泣かせたな?」

 決して兄には見せない、獰猛な笑みを浮かべた。
 それこそ、彼女がここに来たがった理由である。

 兄の影響だろうか。
 彼女は身内に対しては酷く甘い。

 情報収集のために来たが、それだけで終わらせるつもりはなかった。



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 どうやら『ベックリン』周辺の町は『衛星都市』などと呼ばれているらしい。
 もっとも、実体は税金逃れのためだけの都市である。
 しかし高い税金に見合うだけの待遇は市民に与えているようなので『衛星都市』はその待遇も得られない。
 良くも悪くも、入ってみれば普通の町だった。
 強いて言えば、連合から流れた珍しいものが多い気がする。
 交易都市ということか。
 俺達はひとまず宿を取ることにした。
 クレフ兄妹とソフィア、バケット親子の組み合わせで部屋を分けた。
 男女で分かれると護衛が難しいので、この分け方しかなかった。
 ナタリーとソフィアは大喜びしていた。そしてアリスが悲しそうにしていた。
 何よりもアリスを見るブラウン団長が可哀想だった。
 騎士団員は近くで別の宿を取ってもらった。
 人数が多いと怪しまれるし、俺達とは別行動を取ってもらうことも多いだろう。
 俺達の部屋は広めに取ったので、この部屋を拠点に作業を開始した。
 とは言え、実際に作業をするのはナタリーだ。
 あとはアリスがサポートに入るらしい。
 俺はナタリーの護衛だけすれば良いと言われてしまった。
 しばらくは暇なのかも知れない。まあ、最近は忙しかったし良いか。
「さて、やりますか!」
 ナタリーが元気いっぱいに叫んで、ピノを解き放った。
 王立学院次席『ナタリー・クレフ』は頭が良いわけではなかった。
 記憶力も処理速度も人並みである。記憶力に至っては少し低いかもしれない。
 しかし、二つの能力が群を抜いていた。
 一つ、直感で把握できる可能性の多さ。
 二つ、人間心理への理解の深さ。
 この二点において、彼女はこの世界一の才能を持っていた。
 すなわち、何が起こり得るのか。
 また、人は何を選ぶのか。あるいは、この人物なら何を選ぶのか。
 彼女にとってあらゆる問題は選択問題であり、重要なのは正解ではなく『選択肢』と『何を選ぶか』だった。
 王立学院の試験は得意だった。
 もちろん理解はするように努力したが、彼女にとって理解する必要はなかった。
 出題者が求め得る解答の選択肢。
 出題者が何を解答として設定しやすいか。
 彼女にはこの二つが手に取るように分かった。
 知識を増やせば増やすほど、出題者を知れば知るほど、予測は正確になっていった。
 そもそもアッシュの評価は不当に低いだけである。
 ……この評価はナタリー自身が操作した節はあったが。
 魔術師団長『ブラウン・バケット』が娘への影響を期待して積極的に関わらせた少女である。
 学院史上最高の頭脳と呼ばれるアリスをして、知能以外の重要性を思い知らされた相手である。
『小惑星』ミア・クラークが、その危険性を一目で見抜いて導いた適正である。
 鬼が幹部二人を投入した上で、王都を襲ってまで何としても殺そうとした才能である。
 自称『神様で良いや』が、強引に転生者の身内にしてでも守らせようとした『鍵』である。
 ナタリー自身は良く分かっていた。自分の能力も周囲の評価も。
 だからこそ、皮肉にもナタリーにとってアッシュは何者にも代えがたいのであるが。
 先日、ナタリーが放った言葉はあまりにも的確だった。「客観的に考えて」と。
 アッシュに自覚は全くないが、彼はひとまず辿り着いたのだった。
『鍵』とは『世界の分岐点』を左右する人物を指す。
 そして今はまさしく『世界の分岐点』の一つである。
 すなわち、王国と連合の初衝突。
 この結果を左右する人物が『ナタリー・クレフ』だった。
 いずれはこの争いに参加する運命であり、これは転生者以外には変えられない。
 今日までに『ナタリー・クレフ』が死んでいたら、結末は変わっていた。
 今、ナタリーの元にはピノが超高速で都市の情報を連絡している。
 地形、住人、会話、経済、市場、戦力、治安。
 その度にナタリーはアリスに伝えて記憶させていった。
 今日の内に、今いる都市の情報は完全に把握するだろう。
 少しずつ、ナタリーに見える選択肢が増えてゆく。
 その中で、都市に打撃を与える選択肢を見つけてゆく。
 さらに、その選択肢を取った場合、相手はどの選択肢を取るか。
 彼女が考えるのはここまで。ここまで情報を集めたら、ナタリーは選択肢から選ぶのだ。
「伯爵への印象操作。都市のインフラ麻痺。暴動の誘発。政治腐敗の促進。食料の買占めと価格の操作。労働意欲の低下。市民の流入と流出の操作。都市技術者の不足。自衛団の買収。伯爵軍の内部分裂。あとは……」
 ナタリーが小さな声で呟いている。
 アッシュは暇そうにしているだけだが、ソフィアはその様子に身震いしていた。
 もう一度、ピノを外に放つ。
 ナタリーは、誰にも聞こえないように窓辺で呟いた。
「公爵さんは知らないから良い。
 ……よくもソフィアちゃんを泣かせたな?」
 決して兄には見せない、獰猛な笑みを浮かべた。
 それこそ、彼女がここに来たがった理由である。
 兄の影響だろうか。
 彼女は身内に対しては酷く甘い。
 情報収集のために来たが、それだけで終わらせるつもりはなかった。