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第二部 36話 人を殺さない殺人鬼

ー/ー



 夜も更けた頃。
 俺はラルフ達が野営していた森まで来ていた。

 水場として使っていた湖があったので、そのほとりに腰掛ける。
 ぼんやりと月を眺めた。隣ではソフィアお嬢様が眠っている。

 あの後、ソフィアは電池が切れるように倒れた。
 すぐさま組合が助けた形にして、ラルフは見事に主導権を奪った。
 目上の人に言いたくはないが、大した根性である。

 ソフィアの身柄は俺に預けて、レイン子爵は確保した。
 結果としては最善だろう。

 後はソフィアの了承を得て、キャッチしたレイン子爵をリリースすれば完了だ。

「ん……っ?」
 隣のソフィアが体を起こす。

 寝惚けたように目を擦って、周囲を見回した。
 やがて、俺を見つけて微笑んだ。

「おはようございます、先生」
「ええ。おはようございます、お嬢様」

 どこか吹っ切れたような姿に安心する。
 それにしても、あれだけ暴れてこの態度である。
 やはり言いたくはないが、こちらも大した根性だろう。

 俺は事の顛末を伝えることにした。
 組合にレイン子爵を預けていること。
 組合は連合へ介入する口実としようとしていること。
 これらを隠すことなく話していく。

「俺はお嬢様に人を殺して欲しくないんです。
 だから、仇だとしても組合に任せてもらえると……」
「いいわ」
 ソフィアが即答する。俺は思わず動きを止めてしまう。

「そんなあっさり」
「ふふ、先生が驚いてる」
 楽しそうな声で笑う。
 迷いを振り切ったような屈託のない笑顔。

 あの瞬間。
 ナイフが振り下ろされた一瞬に、何かがあったのだろう。
 訊ねるよりも早く、答えが帰って来た。

「人を殺そうとすると、頭に浮かぶ光景があるの」
「……!?」
 その意味を理解して、言葉を失う。

 それは、つまり。
 部分的に『レン・クーガー』の記憶を引き継いでいる?

 有り得ないことではない。
 本来はここにある魂ではないのだから、予想外のことが起こっても不思議ではないだろう。

「……は」

 思わず笑ってしまう。
 肩を震わせて笑いを堪える。

 来世にまで影響を及ぼすなんて、いかにも兄さんらしかった。

「やっぱり、先生はこの記憶と関係があるのね?」
 唐突にソフィアが切り込んだ。

 俺は一瞬だけ、迷って振り払う。
 隠す段階はとうに過ぎている。

「ええ、その通りです」
「あはは、正直者がいるわ」

 そして、俺は話し始めた。
 時機を見て話すつもりだった『レン・クーガー』について。

 さらに生まれ変わりについて。
 ソフィアは『レン・クーガー』の生まれ変わりであること。
 俺と『レン・クーガー』が生まれ変わる前は兄弟であったこと。

 異世界の話など、直接関係がないものだけは伏せた。
 しかし、訊かれたら答えるつもりだった。

 これらの話をソフィアは興味深そうに聞いていた。
 一通り話し終えると、ソフィアはコロコロと笑う。

「じゃあ、私は先生のお姉さんだったことがあるのね?」
「ははは、確かにそうなりますね。ソフィア姉さんと呼びましょうか?」

 一通り笑うと、次はソフィアの話に移った。
 頭に浮かぶという光景についてだ。

「海なのか、それともここと同じ湖なのかしら。
 女の子が水辺で数秒間はしゃぐだけの光景よ」
 兄さんにとって、重要な瞬間だったのだろうか。

「この光景を見た瞬間、私は人を殺せなくなるわ」
 兄さんの最期と関係があったのだろう。詳しいことは分からない。

「命の重みは分からないのにね」
「……兄さんもそうでした」
「そうなの?」
「ええ。言っちゃあ何ですが、お嬢様は子供の頃の兄さんそっくりです」
「えー? どんなところ?」
「負けず嫌いなところ。手段を選ばないところ。発想がえげつないところ」
「酷いわ!? 全然褒めてないわよ?」
「褒めませんよ! 子供の頃の俺がどれだけ負かされたか!?」
「私は関係ないわ!?」
「いーや、関係ありますね!」

 俺達は夜が明けるまで、殺人鬼の話を続けた。
 生前は叶わなかった、兄さんと腹を割って話しているようだった。

 俺は目の前の真赤の魂を見ながら、確信を得る。
 この少女は――人を殺さない。



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 夜も更けた頃。
 俺はラルフ達が野営していた森まで来ていた。
 水場として使っていた湖があったので、そのほとりに腰掛ける。
 ぼんやりと月を眺めた。隣ではソフィアお嬢様が眠っている。
 あの後、ソフィアは電池が切れるように倒れた。
 すぐさま組合が助けた形にして、ラルフは見事に主導権を奪った。
 目上の人に言いたくはないが、大した根性である。
 ソフィアの身柄は俺に預けて、レイン子爵は確保した。
 結果としては最善だろう。
 後はソフィアの了承を得て、キャッチしたレイン子爵をリリースすれば完了だ。
「ん……っ?」
 隣のソフィアが体を起こす。
 寝惚けたように目を擦って、周囲を見回した。
 やがて、俺を見つけて微笑んだ。
「おはようございます、先生」
「ええ。おはようございます、お嬢様」
 どこか吹っ切れたような姿に安心する。
 それにしても、あれだけ暴れてこの態度である。
 やはり言いたくはないが、こちらも大した根性だろう。
 俺は事の顛末を伝えることにした。
 組合にレイン子爵を預けていること。
 組合は連合へ介入する口実としようとしていること。
 これらを隠すことなく話していく。
「俺はお嬢様に人を殺して欲しくないんです。
 だから、仇だとしても組合に任せてもらえると……」
「いいわ」
 ソフィアが即答する。俺は思わず動きを止めてしまう。
「そんなあっさり」
「ふふ、先生が驚いてる」
 楽しそうな声で笑う。
 迷いを振り切ったような屈託のない笑顔。
 あの瞬間。
 ナイフが振り下ろされた一瞬に、何かがあったのだろう。
 訊ねるよりも早く、答えが帰って来た。
「人を殺そうとすると、頭に浮かぶ光景があるの」
「……!?」
 その意味を理解して、言葉を失う。
 それは、つまり。
 部分的に『レン・クーガー』の記憶を引き継いでいる?
 有り得ないことではない。
 本来はここにある魂ではないのだから、予想外のことが起こっても不思議ではないだろう。
「……は」
 思わず笑ってしまう。
 肩を震わせて笑いを堪える。
 来世にまで影響を及ぼすなんて、いかにも兄さんらしかった。
「やっぱり、先生はこの記憶と関係があるのね?」
 唐突にソフィアが切り込んだ。
 俺は一瞬だけ、迷って振り払う。
 隠す段階はとうに過ぎている。
「ええ、その通りです」
「あはは、正直者がいるわ」
 そして、俺は話し始めた。
 時機を見て話すつもりだった『レン・クーガー』について。
 さらに生まれ変わりについて。
 ソフィアは『レン・クーガー』の生まれ変わりであること。
 俺と『レン・クーガー』が生まれ変わる前は兄弟であったこと。
 異世界の話など、直接関係がないものだけは伏せた。
 しかし、訊かれたら答えるつもりだった。
 これらの話をソフィアは興味深そうに聞いていた。
 一通り話し終えると、ソフィアはコロコロと笑う。
「じゃあ、私は先生のお姉さんだったことがあるのね?」
「ははは、確かにそうなりますね。ソフィア姉さんと呼びましょうか?」
 一通り笑うと、次はソフィアの話に移った。
 頭に浮かぶという光景についてだ。
「海なのか、それともここと同じ湖なのかしら。
 女の子が水辺で数秒間はしゃぐだけの光景よ」
 兄さんにとって、重要な瞬間だったのだろうか。
「この光景を見た瞬間、私は人を殺せなくなるわ」
 兄さんの最期と関係があったのだろう。詳しいことは分からない。
「命の重みは分からないのにね」
「……兄さんもそうでした」
「そうなの?」
「ええ。言っちゃあ何ですが、お嬢様は子供の頃の兄さんそっくりです」
「えー? どんなところ?」
「負けず嫌いなところ。手段を選ばないところ。発想がえげつないところ」
「酷いわ!? 全然褒めてないわよ?」
「褒めませんよ! 子供の頃の俺がどれだけ負かされたか!?」
「私は関係ないわ!?」
「いーや、関係ありますね!」
 俺達は夜が明けるまで、殺人鬼の話を続けた。
 生前は叶わなかった、兄さんと腹を割って話しているようだった。
 俺は目の前の真赤の魂を見ながら、確信を得る。
 この少女は――人を殺さない。