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第二部 35話 慟哭

ー/ー



 襲撃が始まった。
 すぐに争いの音が大きくなる。

 俺はラルフと一緒に屋敷の最上階へと窓から忍び込んだ。
 レイン子爵の寝室はこの階だ。

「じゃあ、行こうか。助太刀だ。
 レイン子爵を上から追い詰めて行こう」
「白々しい。よく助太刀なんて言えますね」

 襲撃でレイン子爵が叩き起こされたのだろう。
 急に階全体が騒がしくなる。

 怒号が階段を上ってくる。
 レイン子爵を巡って争いが始まる。

 乱戦に紛れて追い込みを加え、俺達はレイン子爵を下へと逃がしてゆく。
 三階まで逃がす頃にはレイン子爵の護衛は四人にまで減っていた。
 
「気を付けよう。二階にソフィア様がいる」
「はい」

 護衛四人の内、一番厄介そうな大男が階段を飛び降りた。
 一人でソフィア達を押さえようということか。

「……お嬢様」
「大丈夫だ。前も言ったが、安全は保障する」

 しかしこれで筋書きは出来た。
 大男を囮にレイン子爵と護衛三人を逃がす。

 その後追手を出す所で、俺がソフィアを止めれば――

「なんだよ、これ」

 ――レイン子爵の呆然とした声。

「!?」
 予想外だった。
 廊下を覗いてみれば、ソフィアがレイン子爵を追いかけている。

 大男をこの短時間で倒したのか?

「甘かった……」
 目の前の光景に思わず漏らした。

 三人の兵士はあっという間にソフィアが無力化してしまう。
 その姿は『レン・クーガー』を連想させた。

 ソフィアが残ったレイン子爵へと飛び掛かる。
 ラルフですら呆然としていた。俺は急いで廊下を走った。

 ソフィアがレイン子爵にナイフを振り上げる。
 迷いは見えなかった。振り下ろされるより先に叫ぶ。

「ソフィアお嬢様!」
 ソフィアが振り返った。まじまじと俺を見る。

 しかし。

「ごめんなさい」
 ソフィアが俺から目を背けるように顔を逸らした。

「お嬢様――!」
 手を伸ばすが間に合わない。

 ソフィアがナイフを振り下ろす。
 鋭く無駄のない一撃がレイン子爵の喉へと向かう。
 
 目を逸らしそうになるところを必死に堪える。
 俺がそうするのは駄目だと思った。

 ――しかし、仇は討たれなかった。

「なん、で?」

 ソフィア自身の呆然とした声。
 切っ先が首の直前で止まっていた。

 ナイフを握る手に力を加える。
 体重を乗せるようにしても、ナイフは首には届かない。

「駄目! 殺さなきゃ駄目なの!
 この人は、お父様とお母様を殺したのよ!?」

 もう一度ナイフを振り下ろす。
 心臓に突き刺さる前に止まる。

「だけど、先生?」
 打って変わって静かな声に息を呑む。

「人を殺しては、駄目なのよ……」

 今度は首を掻き切ろうとナイフを払う。
 やはり首に触れる前に止まる。

「もう二度と。
 私はその『当たり前』を――忘れてはいけないの」

 ソフィアが俺を振り返る。焦燥し切った顔つき。
 一体どこを見ているのか。瞳は焦点すら定まらない。

 上手く泣くことも笑うこともできずに、引きつった笑みに涙が伝った。

 少女がナイフから手を離す。
 カランと地面に落として言葉もなく叫んだ。

 恐らくは人として正しくあろうとするが故の、人でなしの慟哭だった。
 まるで魂が泣き叫ぶような声に、守らなければと胸が軋んだ。

人を殺しては駄目なのよ



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 襲撃が始まった。
 すぐに争いの音が大きくなる。
 俺はラルフと一緒に屋敷の最上階へと窓から忍び込んだ。
 レイン子爵の寝室はこの階だ。
「じゃあ、行こうか。助太刀だ。
 レイン子爵を上から追い詰めて行こう」
「白々しい。よく助太刀なんて言えますね」
 襲撃でレイン子爵が叩き起こされたのだろう。
 急に階全体が騒がしくなる。
 怒号が階段を上ってくる。
 レイン子爵を巡って争いが始まる。
 乱戦に紛れて追い込みを加え、俺達はレイン子爵を下へと逃がしてゆく。
 三階まで逃がす頃にはレイン子爵の護衛は四人にまで減っていた。
「気を付けよう。二階にソフィア様がいる」
「はい」
 護衛四人の内、一番厄介そうな大男が階段を飛び降りた。
 一人でソフィア達を押さえようということか。
「……お嬢様」
「大丈夫だ。前も言ったが、安全は保障する」
 しかしこれで筋書きは出来た。
 大男を囮にレイン子爵と護衛三人を逃がす。
 その後追手を出す所で、俺がソフィアを止めれば――
「なんだよ、これ」
 ――レイン子爵の呆然とした声。
「!?」
 予想外だった。
 廊下を覗いてみれば、ソフィアがレイン子爵を追いかけている。
 大男をこの短時間で倒したのか?
「甘かった……」
 目の前の光景に思わず漏らした。
 三人の兵士はあっという間にソフィアが無力化してしまう。
 その姿は『レン・クーガー』を連想させた。
 ソフィアが残ったレイン子爵へと飛び掛かる。
 ラルフですら呆然としていた。俺は急いで廊下を走った。
 ソフィアがレイン子爵にナイフを振り上げる。
 迷いは見えなかった。振り下ろされるより先に叫ぶ。
「ソフィアお嬢様!」
 ソフィアが振り返った。まじまじと俺を見る。
 しかし。
「ごめんなさい」
 ソフィアが俺から目を背けるように顔を逸らした。
「お嬢様――!」
 手を伸ばすが間に合わない。
 ソフィアがナイフを振り下ろす。
 鋭く無駄のない一撃がレイン子爵の喉へと向かう。
 目を逸らしそうになるところを必死に堪える。
 俺がそうするのは駄目だと思った。
 ――しかし、仇は討たれなかった。
「なん、で?」
 ソフィア自身の呆然とした声。
 切っ先が首の直前で止まっていた。
 ナイフを握る手に力を加える。
 体重を乗せるようにしても、ナイフは首には届かない。
「駄目! 殺さなきゃ駄目なの!
 この人は、お父様とお母様を殺したのよ!?」
 もう一度ナイフを振り下ろす。
 心臓に突き刺さる前に止まる。
「だけど、先生?」
 打って変わって静かな声に息を呑む。
「人を殺しては、駄目なのよ……」
 今度は首を掻き切ろうとナイフを払う。
 やはり首に触れる前に止まる。
「もう二度と。
 私はその『当たり前』を――忘れてはいけないの」
 ソフィアが俺を振り返る。焦燥し切った顔つき。
 一体どこを見ているのか。瞳は焦点すら定まらない。
 上手く泣くことも笑うこともできずに、引きつった笑みに涙が伝った。
 少女がナイフから手を離す。
 カランと地面に落として言葉もなく叫んだ。
 恐らくは人として正しくあろうとするが故の、人でなしの慟哭だった。
 まるで魂が泣き叫ぶような声に、守らなければと胸が軋んだ。