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第二部 29話 行商人

ー/ー



 俺は朝日が昇るより早く、王都を発つ。
 騎士団の立場は検問を抜けるのに都合が良かった。

 馬を走らせながら考える。
 まずはソフィアの行き先を特定しなければならない。

 素直に考えればレイン子爵の領地へ向かっただろう。
 しかし兵力や物資が足りなければ、一度ターナー公爵領で補充に向かったはずだ。

 せっかくソフィアを味方に付けたのだ。
 その強みを活かすなら、公爵領だ。

 ソフィアを連れて行った集団の情報が足りない。
 行動の指針が欲しかった。

「くそ……っ」

 馬を乗り換える前提で、俺は街道を飛ばす。
 すぐに選択しなければならないだろう。

「? 馬車?」

 こんなに時間なのに、街道の向こうから馬車が走って来た。
 速度を抑えてすれ違おうとする。

「あれぇ? アッシュ・クレフさんじゃないですか!?」
「え?」

 見れば、馬車の御者台に座っていたのはいつかの行商人だった。
 考えてみれば、七年前から会っていない。

「まぁ、随分と大人になって!」
「お久しぶりです」

 行商人は年相応に老けていた。
 元々悪かった人相は、年を重ねて少し和らいだようだった。

「そんなに急いでどうしたんですか?」
「いえ、人を追いかけてます。行商人さんは?」
「いやぁ、何だか連合がきな臭いんで逃げて来たんです。
 ただ、在庫の管理に失敗しちゃって……。今日中に王都で捌かないと」

 行商人は緊張感をあまり見せずにははは、と頭を掻いた。

「そうだ! ここに来るまでに集団とすれ違いませんでしたか?
 恐らくは……馬車とその護衛がいたはず」

 行商人はしばらく顎に手を当てて考え込んでいた。

「んー、集団はいくつもすれ違っていますが……。
 ひょっとして、深夜にすれ違った人たちですか?」

 ――それだ。

「どちらへ向かったかは?」
「北東の方角に向かいましたよ。その街道ですれ違ったので」

 北東。ならレイン子爵の領土だ。
 目的地は決まった。

「ありがとうございます! このお礼はいつか」
「ははは、気にしないで下さい。また、商売を手伝ってもらいましょうかねぇ」

 行商人が笑う。
 会釈をしながら停めていた馬車を走らせる。

 俺も先を急ごうと――気が付いた。
「あ……」
 まるで電撃が走ったように、体が動かない。

「ああ――そうか」

 思わず、空を見上げた。
 何故今まで気づかなかったのだろう?

 ――あまりにも都合が良すぎるじゃないか。

 ――出会った直後に加奈を見つけた。
 ――もしもこの人と出会っていなければ、アリスとも加奈とも出会ってはいない。
 ――ブラウン団長とも会っていない。

 ――レンの正体のヒントをもらった。
 ――あのヒントがなければ、兄さんの特定は遅れていた。
 ――恐らく王都ですれ違った後、リストを埋めて正体が分かったはずだ。

 ――そして今。
 ――ソフィアの居場所を教えた。

 俺は馬車を振り返った。
 いつの間にか昇った朝日が眩しかった。

「もっと早くに訊ねるべきだった。
 ――貴方は何者ですか?」

 俺の質問に、行商人は馬車を停める。
 しばらく時間を空けてから、軽い調子で話し始めた。
 馬車を後ろから眺める俺にはその表情は分からない。

「えーと、実は私も良く知らないのですよ」
「? 何を言って――」
「ああ、怒らないで。
 ただ、もしも貴方からそう訊かれたら、こう答えるように言われています」
「!?」
 一体何を言ってるんだ?

「自称『神様で良いや』の使いです、と。
 ……これってどういう意味です?」

 行商人が御者台から顔を出して、俺を振り向いた。

「つまり……」
「ええ。お察しの通り、スキルです。
 私は子供の頃から『声』が聞こえるのですよ。ただそれだけのスキルです」
 あいつの声ということか。

「『声』は今まで様々な忠告をしてくれました。命を救ったこともある。
 そして、貴方の件で『声』は初めてお願いをしました。
 私はその『声』に従ったのです。……騙すような形になってすみません」
「いえ……」
 嘘を吐いているようには見えなかった。

 訊きたいことは山ほどあった。
 だが、今はソフィアの後を追うべきだ。

「……すみません。
 今は急ぎます。後で改めて話を聞かせてください」
「はい。大丈夫です。()()()()()()()
 行商人が愛想の良い顔で笑った。

 俺は馬を走らせた。
 目的地はレイン子爵の領地だ。



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 俺は朝日が昇るより早く、王都を発つ。
 騎士団の立場は検問を抜けるのに都合が良かった。
 馬を走らせながら考える。
 まずはソフィアの行き先を特定しなければならない。
 素直に考えればレイン子爵の領地へ向かっただろう。
 しかし兵力や物資が足りなければ、一度ターナー公爵領で補充に向かったはずだ。
 せっかくソフィアを味方に付けたのだ。
 その強みを活かすなら、公爵領だ。
 ソフィアを連れて行った集団の情報が足りない。
 行動の指針が欲しかった。
「くそ……っ」
 馬を乗り換える前提で、俺は街道を飛ばす。
 すぐに選択しなければならないだろう。
「? 馬車?」
 こんなに時間なのに、街道の向こうから馬車が走って来た。
 速度を抑えてすれ違おうとする。
「あれぇ? アッシュ・クレフさんじゃないですか!?」
「え?」
 見れば、馬車の御者台に座っていたのはいつかの行商人だった。
 考えてみれば、七年前から会っていない。
「まぁ、随分と大人になって!」
「お久しぶりです」
 行商人は年相応に老けていた。
 元々悪かった人相は、年を重ねて少し和らいだようだった。
「そんなに急いでどうしたんですか?」
「いえ、人を追いかけてます。行商人さんは?」
「いやぁ、何だか連合がきな臭いんで逃げて来たんです。
 ただ、在庫の管理に失敗しちゃって……。今日中に王都で捌かないと」
 行商人は緊張感をあまり見せずにははは、と頭を掻いた。
「そうだ! ここに来るまでに集団とすれ違いませんでしたか?
 恐らくは……馬車とその護衛がいたはず」
 行商人はしばらく顎に手を当てて考え込んでいた。
「んー、集団はいくつもすれ違っていますが……。
 ひょっとして、深夜にすれ違った人たちですか?」
 ――それだ。
「どちらへ向かったかは?」
「北東の方角に向かいましたよ。その街道ですれ違ったので」
 北東。ならレイン子爵の領土だ。
 目的地は決まった。
「ありがとうございます! このお礼はいつか」
「ははは、気にしないで下さい。また、商売を手伝ってもらいましょうかねぇ」
 行商人が笑う。
 会釈をしながら停めていた馬車を走らせる。
 俺も先を急ごうと――気が付いた。
「あ……」
 まるで電撃が走ったように、体が動かない。
「ああ――そうか」
 思わず、空を見上げた。
 何故今まで気づかなかったのだろう?
 ――あまりにも都合が良すぎるじゃないか。
 ――出会った直後に加奈を見つけた。
 ――もしもこの人と出会っていなければ、アリスとも加奈とも出会ってはいない。
 ――ブラウン団長とも会っていない。
 ――レンの正体のヒントをもらった。
 ――あのヒントがなければ、兄さんの特定は遅れていた。
 ――恐らく王都ですれ違った後、リストを埋めて正体が分かったはずだ。
 ――そして今。
 ――ソフィアの居場所を教えた。
 俺は馬車を振り返った。
 いつの間にか昇った朝日が眩しかった。
「もっと早くに訊ねるべきだった。
 ――貴方は何者ですか?」
 俺の質問に、行商人は馬車を停める。
 しばらく時間を空けてから、軽い調子で話し始めた。
 馬車を後ろから眺める俺にはその表情は分からない。
「えーと、実は私も良く知らないのですよ」
「? 何を言って――」
「ああ、怒らないで。
 ただ、もしも貴方からそう訊かれたら、こう答えるように言われています」
「!?」
 一体何を言ってるんだ?
「自称『神様で良いや』の使いです、と。
 ……これってどういう意味です?」
 行商人が御者台から顔を出して、俺を振り向いた。
「つまり……」
「ええ。お察しの通り、スキルです。
 私は子供の頃から『声』が聞こえるのですよ。ただそれだけのスキルです」
 あいつの声ということか。
「『声』は今まで様々な忠告をしてくれました。命を救ったこともある。
 そして、貴方の件で『声』は初めてお願いをしました。
 私はその『声』に従ったのです。……騙すような形になってすみません」
「いえ……」
 嘘を吐いているようには見えなかった。
 訊きたいことは山ほどあった。
 だが、今はソフィアの後を追うべきだ。
「……すみません。
 今は急ぎます。後で改めて話を聞かせてください」
「はい。大丈夫です。|分《・》|か《・》|っ《・》|て《・》|い《・》|ま《・》|す《・》」
 行商人が愛想の良い顔で笑った。
 俺は馬を走らせた。
 目的地はレイン子爵の領地だ。