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第二部 26話 誘い

ー/ー



 アッシュの訓練がない日だった。
 ソフィア・ターナーは自室で思考を進めていた。
 公爵邸が燃え落ちてから、ずっと続けていたことだ。

 ――私はお父様とお母様の死を悲しむことはできない。
 ――会えないことを寂しく思っても、死そのものに思うことはない。

「それでも、大切に思っているのよ」

 ――涙の一つも出ないけれど、確かに両親のことは大切だった。
 ――私は両親に何も返せないのだろうか?

 何度も繰り返した問いにたどり着くと、ソフィアは一度目を閉じた。

「え?」
 す、という床が擦れる音。

 扉の下の隙間を抜けたのだろう。
 目を向けると、床に一通の手紙が落ちていた。

 手紙の内容に従って、屋敷の裏口までやってくる。
 しばらく待つと、裏口の扉が開いてソフィアの世話係だった女性が顔を見せた。
 アッシュに孤児院出身だと言った女性である。

「ユイ!」
「お嬢様……」

 ソフィアが女性へと抱き着いた。
 ユイと呼ばれた女性はあの夜から姿を消していた。

「ユイ、また一緒に暮らしましょう?
 シェリーお婆様には私からお願いするわ」

 ユイはその姿を真っ直ぐに見て、やがて首を横に振った。

「どうして……」
「私は公爵様の仇を討とうと思います」

 ソフィアが息を呑む。
 考えていなかった。

 いや、頭から追いやっていたのだ。
 あの時の『計算』をソフィア自身が嫌悪していたから。

「ソフィアお嬢様。
 もしも、お嬢様にその気があるのなら……」

 ソフィアが一歩、下がる。
 無意識に後退していた。

「……お嬢様も参加して頂けませんか?」
 ソフィアがもう一歩下がる。

「私は……」
「出発は今日の深夜です。急な話で申し訳ありません。
 お嬢様と接触できないように、この屋敷にお嬢様を匿っていたのでしょう」

 ソフィアはしばらく考え込んだ。
 やがて、一つの質問を投げる。

「どうしてユイは仇を討とうと思うの?」

 ユイが目を見開く。
 そのまま「お嬢様は聡明ですね」と微笑んだ。

 ユイの性格を知った上で、物事の本質を求める質問だった。
 本来、ユイという女性は仇討ちなどする人物ではない。

「……私は、公爵様に拾っていただきました。
 ですが何も返すことができなかったのです」

「それ、は」
 今度はソフィアが目を見開く番だった。

「だから仇を討つ事くらいしか、今から返せるものがないのです」

 ユイが頭を下げた。

「今日一日。ゆっくりと考えてください。
 深夜、改めてこの裏口まで迎えに上がります」
「あ……」
「参加して頂けるなら、この裏口で待っていて下さい。
 お嬢様が居なくても、騎士団がここで待っていても構いません」
「……」

「そもそも仇討ちは貴女のものです。
 貴女が耐えるのなら、私達も耐えるべきだと考えます」

 ユイが変わらぬ笑みを浮かべて、裏口を出て行った。
 何度も繰り返した問いがまた浮かんだ。

 ――私は両親に何も返せないのだろうか?



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 アッシュの訓練がない日だった。
 ソフィア・ターナーは自室で思考を進めていた。
 公爵邸が燃え落ちてから、ずっと続けていたことだ。
 ――私はお父様とお母様の死を悲しむことはできない。
 ――会えないことを寂しく思っても、死そのものに思うことはない。
「それでも、大切に思っているのよ」
 ――涙の一つも出ないけれど、確かに両親のことは大切だった。
 ――私は両親に何も返せないのだろうか?
 何度も繰り返した問いにたどり着くと、ソフィアは一度目を閉じた。
「え?」
 す、という床が擦れる音。
 扉の下の隙間を抜けたのだろう。
 目を向けると、床に一通の手紙が落ちていた。
 手紙の内容に従って、屋敷の裏口までやってくる。
 しばらく待つと、裏口の扉が開いてソフィアの世話係だった女性が顔を見せた。
 アッシュに孤児院出身だと言った女性である。
「ユイ!」
「お嬢様……」
 ソフィアが女性へと抱き着いた。
 ユイと呼ばれた女性はあの夜から姿を消していた。
「ユイ、また一緒に暮らしましょう?
 シェリーお婆様には私からお願いするわ」
 ユイはその姿を真っ直ぐに見て、やがて首を横に振った。
「どうして……」
「私は公爵様の仇を討とうと思います」
 ソフィアが息を呑む。
 考えていなかった。
 いや、頭から追いやっていたのだ。
 あの時の『計算』をソフィア自身が嫌悪していたから。
「ソフィアお嬢様。
 もしも、お嬢様にその気があるのなら……」
 ソフィアが一歩、下がる。
 無意識に後退していた。
「……お嬢様も参加して頂けませんか?」
 ソフィアがもう一歩下がる。
「私は……」
「出発は今日の深夜です。急な話で申し訳ありません。
 お嬢様と接触できないように、この屋敷にお嬢様を匿っていたのでしょう」
 ソフィアはしばらく考え込んだ。
 やがて、一つの質問を投げる。
「どうしてユイは仇を討とうと思うの?」
 ユイが目を見開く。
 そのまま「お嬢様は聡明ですね」と微笑んだ。
 ユイの性格を知った上で、物事の本質を求める質問だった。
 本来、ユイという女性は仇討ちなどする人物ではない。
「……私は、公爵様に拾っていただきました。
 ですが何も返すことができなかったのです」
「それ、は」
 今度はソフィアが目を見開く番だった。
「だから仇を討つ事くらいしか、今から返せるものがないのです」
 ユイが頭を下げた。
「今日一日。ゆっくりと考えてください。
 深夜、改めてこの裏口まで迎えに上がります」
「あ……」
「参加して頂けるなら、この裏口で待っていて下さい。
 お嬢様が居なくても、騎士団がここで待っていても構いません」
「……」
「そもそも仇討ちは貴女のものです。
 貴女が耐えるのなら、私達も耐えるべきだと考えます」
 ユイが変わらぬ笑みを浮かべて、裏口を出て行った。
 何度も繰り返した問いがまた浮かんだ。
 ――私は両親に何も返せないのだろうか?