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第百二十六話

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 待田のこれまでは、そこまで悲惨なものでもなかった。
 京都で生まれ育った待田は、何事も程よく恵まれ、常人からしたら酷く羨まれそうな、点数で言うならば八十点の生活がずっと続いていた。子宝にも恵まれ、三人の子供が社会人として世の中で活躍している。
 しかし、いつからだろうか。この程よく満たされた人生から、一歩さらにステップアップしたいと考えたのは。
 人間というものは、いつだって強欲であるため、どれほどに恵まれていようと欲が死んでいない限り、その思考に至るものである。
 そこで思い立ったのは、自分をより高めようという決心であった。多くのことにチャレンジし、自分をより高次元なものにしようとしたのだ。
 しかし、それらが尽く失敗する。資格を取ろうにも全て活かす道はなく、高値で集めたコレクション達はただ埃を被るのみで、特に値が上昇する気配はなく。さらに新しい会社を立て経営しようにもそちらの才は無く。
 チャレンジする前と後で、いたずらに預金を減らしただけであった。
 次第に、自己肯定感が磨り減っていき、酒に溺れ自暴自棄になることもしばしば。果てにはアルコール依存症を発症し、酷い転落を味わった。
 最終的には妻や子供にも見限られ、待田は一度全てを失った。
 最終的に首をくくろうと、縄を結って部屋に吊るしたその時。その背後に現れたのは、謎の女であった。背丈も声も青年ほどであったが、醸し出す雰囲気は自分よりも遥か上位の存在のように感じられた。パーカーのフードを目深に被っており、口元しかその人物の表情を窺い知ることは出来なかった。
「――誰だアンタ。不法侵入で訴えんぞ」
「まあまあそう言わず。大層不憫な君に……再起のチャンスをプレゼントしようと思ってね」
 待田が振り向いた拍子に、片手で乱暴に頭を鷲掴む。そんな横暴に怒りを露わにしようとしたものの、触れられた瞬間に脳がクリアになっていくのを感じ取っていた。
 それと同時に流れ込んでいくのは、今まで学んできた資格以上の、より専門的な知識の数々。元々、文系であった待田が、専門的な理系の知識を得て両刀使いになれるほどの、圧倒的なデータであった。
「――どーよ。少しは自殺する気、改めた?」
「……あァ、これを活かしてェ。試してェ。そんな若ェ頃のチャレンジ精神が蘇ったようだぜ」
 それと同時に、待田は相対している存在が、自分よりも体感下の年齢であるはずなのに、膝をつき首を垂れていた。それは暗に、心からの忠誠を誓う証であった。
「……そんな、まるで中世の騎士(ナイト)みたいだね」
「いや違うぜ、俺は近世の紳士(ジェントル)として礼を言いてェんだ」
 どれほど危険なことの片棒を、この人間に担がされようとついていく。しかし、ただ後ろをついていくのではなく、この人間を糧により上へと昇っていきたい。待田の内にある上昇志向が、ついに開花した瞬間であったのだ。
「――俺は、アンタを超えエスコートするに至って見せるぜ」
「ふゥん、じゃあその時を期待しすぎない程度に待っているよ。待田君」
 なぜ自分の名を知っているか。そんな些細なこと、一切気にすることはなかった。

 そこからは、激動の時代であった。その女が主導権を握る組織、『教会』の京都支部に配属となった。当時からしても多くの信者を抱える京都支部は、日々多くの信者や幹部たちに揉まれていく。年老いてから、一番下の役職に就いたことのなかった待田は戸惑いながらも、多くの汚れ仕事を、一構成員として淡々と行っていった。
 下積みの待田に転機が訪れたのは、因子の違法継承手術のチャンスが訪れた時であった。
 多くの者は、ただ怖いもの見たさで受けたが、肉体や精神性が適合しないためチャンスすらなかった。そんな中で待田ただ一人、適合することに成功したのだ。しかも、複数因子を取り込むことが可能な、非常に珍しい『器』を持ち合わせていたのだ。
 一も二も無くその話に飛びついた待田は、その二つの因子を自分の中に捻じ込む、違法因子適合手術を受けた。その手術は一日にも及ぶ長時間の手術であったが、何とか一つの因子は完全に定着。もう一つの因子は定着しきれず因子こそ死んだが、ベース能力だけは生きた状態で定着した。
 その結果、生まれたのはベースに念能力と土の能力を持った、犯罪界の教授たる『ジェームズ・モリアーティ』を因子として備えた、最悪の念能力者であった。
 下っ端の中でも特に抜きんでた存在であった待田は、その希少性からすぐさま昇進、適合手術からものの数日で大幹部へ昇進。謎の女からのお墨付きも得て、支部長にまで昇進した。
 しかし、支部長であるからと言って驕ることはせず、後進の育成を重点的に行い、教会支部はより強大な組織へと変貌。『教会』が西日本で根を張るきっかけを作り上げたのだった。
 さらに、政府の重役に完全黙認させるために、話題となっていた指名手配犯や凶悪犯らの『首』五十個を手土産に、京都支部の立場を完全なものへと仕立て上げた。インストールされた経営のノウハウや、資格以上の専門的な知識の濁流により、全てにおいて総合点の高い、不落の要塞が出来上がったのだ。
 多くの支部長が、待田に教えを乞うほどにまで成長していったのだ。
 しかし、それだけの戦果をあげようと。教祖は待田の前にもう一度姿を現すどころか、激励の手紙一つすら寄こさなかった。
 自分以外の幹部や支部長には、高頻度で何かしらのレスポンスを返している中、自分には何もなし。それが酷く引っかかった待田は、次第に辺りへの嫉妬心が芽生えるようになった。年甲斐もなく、と言われそうであったが、待田はたった一言、「ねぎらいの言葉」が聞きたかっただけであった。
 誰かに恩を売った、あるいは優しくした場合。「特に見返りを求めているわけではない、善意で行っただけ」と言いはしたものの、その善意や恩に甘え何も語らない人間が、この世には多く存在する。結果的に、そういった人間は優しく見捨てられる傾向が多い。
 何かしらのねぎらいの言葉を投げかけただけで、その人間はより先の目標を見据え『頑張る』ことができるのだ。
 待田はただ「ありがとう」が聞きたかっただけだった。その言葉が貰いたくて。
「――何でだよ。何で俺には何もないんだ?」
 ふつふつと湧き上がるのは、どろどろとした嫉妬心(ジェラシー)。与えられたものが巨大なものだったため、「そこまでやって当然」と思われたのか。それはどうあってもいただけなかった。
「俺の頑張りを……認めてくれよ。俺の努力を、評価してくれよ……!!」
 忠誠心が、形を変え敵対心や執着心に。どれほどの完全な力を持っていようと、教祖を超えた瞬間に達されるのなら。力でも影響力でも、彼女を超える以外に他無い。
 恩があろうと、優しくされようと。どれほど恵まれていようと。待田の人生目標が、完全にすり替わった瞬間であった。
「――俺は、アイツを超える。参った、の一言でもいいから、アイツを超越した存在になってやろうじゃあねえか」
 これにより、待田は完成した。人間の美醜併せ持った、真なる人間が完成したのだ。



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 待田のこれまでは、そこまで悲惨なものでもなかった。
 京都で生まれ育った待田は、何事も程よく恵まれ、常人からしたら酷く羨まれそうな、点数で言うならば八十点の生活がずっと続いていた。子宝にも恵まれ、三人の子供が社会人として世の中で活躍している。
 しかし、いつからだろうか。この程よく満たされた人生から、一歩さらにステップアップしたいと考えたのは。
 人間というものは、いつだって強欲であるため、どれほどに恵まれていようと欲が死んでいない限り、その思考に至るものである。
 そこで思い立ったのは、自分をより高めようという決心であった。多くのことにチャレンジし、自分をより高次元なものにしようとしたのだ。
 しかし、それらが尽く失敗する。資格を取ろうにも全て活かす道はなく、高値で集めたコレクション達はただ埃を被るのみで、特に値が上昇する気配はなく。さらに新しい会社を立て経営しようにもそちらの才は無く。
 チャレンジする前と後で、いたずらに預金を減らしただけであった。
 次第に、自己肯定感が磨り減っていき、酒に溺れ自暴自棄になることもしばしば。果てにはアルコール依存症を発症し、酷い転落を味わった。
 最終的には妻や子供にも見限られ、待田は一度全てを失った。
 最終的に首をくくろうと、縄を結って部屋に吊るしたその時。その背後に現れたのは、謎の女であった。背丈も声も青年ほどであったが、醸し出す雰囲気は自分よりも遥か上位の存在のように感じられた。パーカーのフードを目深に被っており、口元しかその人物の表情を窺い知ることは出来なかった。
「――誰だアンタ。不法侵入で訴えんぞ」
「まあまあそう言わず。大層不憫な君に……再起のチャンスをプレゼントしようと思ってね」
 待田が振り向いた拍子に、片手で乱暴に頭を鷲掴む。そんな横暴に怒りを露わにしようとしたものの、触れられた瞬間に脳がクリアになっていくのを感じ取っていた。
 それと同時に流れ込んでいくのは、今まで学んできた資格以上の、より専門的な知識の数々。元々、文系であった待田が、専門的な理系の知識を得て両刀使いになれるほどの、圧倒的なデータであった。
「――どーよ。少しは自殺する気、改めた?」
「……あァ、これを活かしてェ。試してェ。そんな若ェ頃のチャレンジ精神が蘇ったようだぜ」
 それと同時に、待田は相対している存在が、自分よりも体感下の年齢であるはずなのに、膝をつき首を垂れていた。それは暗に、心からの忠誠を誓う証であった。
「……そんな、まるで中世の|騎士《ナイト》みたいだね」
「いや違うぜ、俺は近世の|紳士《ジェントル》として礼を言いてェんだ」
 どれほど危険なことの片棒を、この人間に担がされようとついていく。しかし、ただ後ろをついていくのではなく、この人間を糧により上へと昇っていきたい。待田の内にある上昇志向が、ついに開花した瞬間であったのだ。
「――俺は、アンタを超えエスコートするに至って見せるぜ」
「ふゥん、じゃあその時を期待しすぎない程度に待っているよ。待田君」
 なぜ自分の名を知っているか。そんな些細なこと、一切気にすることはなかった。
 そこからは、激動の時代であった。その女が主導権を握る組織、『教会』の京都支部に配属となった。当時からしても多くの信者を抱える京都支部は、日々多くの信者や幹部たちに揉まれていく。年老いてから、一番下の役職に就いたことのなかった待田は戸惑いながらも、多くの汚れ仕事を、一構成員として淡々と行っていった。
 下積みの待田に転機が訪れたのは、因子の違法継承手術のチャンスが訪れた時であった。
 多くの者は、ただ怖いもの見たさで受けたが、肉体や精神性が適合しないためチャンスすらなかった。そんな中で待田ただ一人、適合することに成功したのだ。しかも、複数因子を取り込むことが可能な、非常に珍しい『器』を持ち合わせていたのだ。
 一も二も無くその話に飛びついた待田は、その二つの因子を自分の中に捻じ込む、違法因子適合手術を受けた。その手術は一日にも及ぶ長時間の手術であったが、何とか一つの因子は完全に定着。もう一つの因子は定着しきれず因子こそ死んだが、ベース能力だけは生きた状態で定着した。
 その結果、生まれたのはベースに念能力と土の能力を持った、犯罪界の教授たる『ジェームズ・モリアーティ』を因子として備えた、最悪の念能力者であった。
 下っ端の中でも特に抜きんでた存在であった待田は、その希少性からすぐさま昇進、適合手術からものの数日で大幹部へ昇進。謎の女からのお墨付きも得て、支部長にまで昇進した。
 しかし、支部長であるからと言って驕ることはせず、後進の育成を重点的に行い、教会支部はより強大な組織へと変貌。『教会』が西日本で根を張るきっかけを作り上げたのだった。
 さらに、政府の重役に完全黙認させるために、話題となっていた指名手配犯や凶悪犯らの『首』五十個を手土産に、京都支部の立場を完全なものへと仕立て上げた。インストールされた経営のノウハウや、資格以上の専門的な知識の濁流により、全てにおいて総合点の高い、不落の要塞が出来上がったのだ。
 多くの支部長が、待田に教えを乞うほどにまで成長していったのだ。
 しかし、それだけの戦果をあげようと。教祖は待田の前にもう一度姿を現すどころか、激励の手紙一つすら寄こさなかった。
 自分以外の幹部や支部長には、高頻度で何かしらのレスポンスを返している中、自分には何もなし。それが酷く引っかかった待田は、次第に辺りへの嫉妬心が芽生えるようになった。年甲斐もなく、と言われそうであったが、待田はたった一言、「ねぎらいの言葉」が聞きたかっただけであった。
 誰かに恩を売った、あるいは優しくした場合。「特に見返りを求めているわけではない、善意で行っただけ」と言いはしたものの、その善意や恩に甘え何も語らない人間が、この世には多く存在する。結果的に、そういった人間は優しく見捨てられる傾向が多い。
 何かしらのねぎらいの言葉を投げかけただけで、その人間はより先の目標を見据え『頑張る』ことができるのだ。
 待田はただ「ありがとう」が聞きたかっただけだった。その言葉が貰いたくて。
「――何でだよ。何で俺には何もないんだ?」
 ふつふつと湧き上がるのは、どろどろとした|嫉妬心《ジェラシー》。与えられたものが巨大なものだったため、「そこまでやって当然」と思われたのか。それはどうあってもいただけなかった。
「俺の頑張りを……認めてくれよ。俺の努力を、評価してくれよ……!!」
 忠誠心が、形を変え敵対心や執着心に。どれほどの完全な力を持っていようと、教祖を超えた瞬間に達されるのなら。力でも影響力でも、彼女を超える以外に他無い。
 恩があろうと、優しくされようと。どれほど恵まれていようと。待田の人生目標が、完全にすり替わった瞬間であった。
「――俺は、アイツを超える。参った、の一言でもいいから、アイツを超越した存在になってやろうじゃあねえか」
 これにより、待田は完成した。人間の美醜併せ持った、真なる人間が完成したのだ。