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4-8・不機嫌そうな顔も愛嬌があって可愛らしい。

ー/ー



 水族館も一通り回って、俺達は少し遅い昼食をとることにした。
 入ったのは海岸線沿いにあるイタリアンレストランだ。2階の海が見える席に案内され、2人掛けのソファーに並んで座る。
 シックなデザインのメニューを眺めながら、美穂ちゃんは時折キョロキョロと店内を見回す。
 お昼ご飯にしては遅い時間にお店へ入ったためなのか、土曜だというのに店内の客は少ない。しかもカップル、男女2人組は俺達だけだ。
「すごいオシャレなお店……日之太さんってこういうところ結構知ってる人なんですか?」
「まぁ大人だからね。これくらいはね」
 フッと笑って答えると美穂ちゃんが目を真ん丸にして口を開ける。
 本当は嘘だ。ネットで必死になって調べ、友人である宗志から教えてもらい、諸々吟味した上でようやく辿り着いた。
 これはさすがにバレるわけにはいかない。俺は涼しい顔を維持しつつ、美穂ちゃんと一緒にメニューを覗く。
「うーん、どうしよっかなぁ……あっ、これ美味しそう」
 美穂ちゃんが選んだのは地元の海産物を使ったトマトとクリームチーズのパスタ。本日のおすすめに載っていたメニューで値段もそこそこ。
「パスタだけでいい? ピザとかは?」
「えっ、食べたい! いいんですか!?」
「全然いいよ。あとほら、カニの唐揚げだって。これ美味そうじゃない?」
「あっ、うまっ、美味しそう! 食べてみたいかも」
「じゃこれも頼もう」
 2人で肩を寄せ合って料理を選ぶ。いつもと違う距離感に俺は内心ドキドキしながらも、どうにかそれを顔に出さないよう料理を選んでいく。
 俺は鶏とアサリのカルボナーラニョッキを注文し、美穂ちゃんは先ほどのパスタを選んだ。ピザとカニの唐揚げは2人で食べることにして、飲み物は2人ともレモネードを頼んだ。
「日之太さんお酒じゃなくて良かったんですか? ビールとか」
「未成年の子と出掛けてるんだから飲まないよ」
「私気にしないのに」
 クスっと笑って応え、俺は背もたれに寄りかかる。すると美穂ちゃんも身体を倒し、コテンと小さな頭を肩に乗せてきた。
「疲れちゃった?」
「んーちょっとだけ。でもまだ全然元気です」
 言いながら美穂ちゃんが俺の左手を触る。
 ふにふにと優しく触れてきたと思ったら、腕を持ち上げて左手を重ねてきた。
「日之太さんの手、おっきい」
「そりゃ美穂ちゃんと比べたらね。男だし」
「女の子でも手が大きい子はいますよ?」
 ぷくっと軽く頬を膨らませる美穂ちゃん。怒るポイントはよく分からないが、まぁ彼女が言うのならそうなのだろう。
 そうやって他愛のない会話をしていると、料理が運ばれてきた。一気にテーブルの上が賑やかになり、温かくて香ばしい匂いが立ち込める。
「美味しそう、いただきます」
 律儀に手を合わせて言う美穂ちゃん。俺も「いただきまーす」と言って食事を始めた。
 まずはニョッキをひとつフォークで刺して口に運ぶ。初めて食べるものだから勝手が分からない。ほんとにこれフォークが正解なのか。スプーンとか使わないのか。あとひとつだけデカいサイズのニョッキがある。こういうのってカットしてもいいのか。だとしたらフォークだけじゃ無理だ。フォークだけでやろうとすればきっとむにゅんってなってしゅぽんってなる。
 正解が分からん状態で食事を進める。うん、まぁ、料理自体はかなり美味い。出来立てだからめちゃくちゃ熱いけど。
「ニョッキってどんな味するんですか?」
 味を探りながら咀嚼していると、美穂ちゃんが声をかけてきた。切れたピザをさらにちぎって口に入れ、やたらゆっくりと咀嚼している。
「んーなんだろ……じゃがいも……芋っぽいパスタかな……食べてみる?」
 さくっとニョッキをひとつフォークに刺して訊いてみる。美穂ちゃんはコクンとピザを呑み込んで小首を傾げるように覗き込んできた。
「いいんですか?」
「もちろん、ほら」
 スッとニョッキが刺さったフォークを差し出すと、美穂ちゃんが「ふぇっ?」と素っ頓狂な声をあげる。急にこんなことされるとは思わなかったのだろう。
「あ、あの……日之太さん」
「あい、あーんしてください」
 俺の要求に美穂ちゃんは耳を赤くしながらもキョロキョロと周囲を見回し、やがて観念したのか髪を耳にかけておずおずと口を開いた。
 ゆっくりとニョッキが刺さったフォークを彼女の小さな口へ運ぶ。
 はむっとニョッキを食べる美穂ちゃん。口の端にカルボナーラのソースがついている。
 もむもむと目をつぶってゆっくり咀嚼し、また呑み込む。「どうですか?」と訊ねるとオレンジ色の瞳をキラキラ輝かせてこちらを見てきた。
「お、美味しいです。なんか、初めて食べた味かも」
 両手を頬に当て、美穂ちゃんが恥ずかしそうに咀嚼をする。
「そりゃよかった。でも大丈夫? 熱くなかった?」
「熱く? あー……そうですね。温かかったです」
「ほんと? 出来立てだったからさ、結構熱かったよ。舌ヤケドしたかも」
「えぇっ!? だ、大丈夫ですか?」
 ごくっと飲み込んでびっくりして目を見開く美穂ちゃん。思ってたよりもマジで心配され、俺は慌てて手を振る。
「だ、大丈夫だよ全然。大したことないから」
「……そうですか? もうっ、気を付けてくださいね」
「はいはい。ほら、もう1個食べて」
 俺はまたひとつニョッキを彼女の口元へ運ぶ。まさかのおかわりに美穂ちゃんは戸惑いながらも、親から餌を貰うひな鳥のように小さな口を開けて身を寄せてくる。
 パクっとニョッキを食べてまたゆっくり噛む美穂ちゃん。コクンと呑み込むと、恨めしい表情を浮かべ俺を見つめてきた。
「美味しいですか? お嬢様」
「美味しい。美味しいですけど……そうだ。それなら」
 美穂ちゃんがスプーンとフォークを使ってくるくるとパスタを巻く。結構に大きな塊を作ったと思ったらそれを俺に近づけてきた。
「はい、日之太さん。あーんしてください」
「俺に? いいの?」
「日之太さんからもらったので、お返しです」
 頬を赤くしてフォークを出す彼女。なんともいじらしい姿に俺はフッと笑い、顔を近づける。
「それじゃあ遠慮なく」
「……どうぞ」
 差し出されたパスタの塊はまぁまぁの大きさだったので、しっかりめに口を開けてパスタをもらう。口の端からこぼれそうになったパスタも吸ってもぐもぐと咀嚼する。
 トマトソースとクリームチーズの酸味が見事に合わさり、クリーミーかつ爽やかな味わいとなっている。うん、こっちも中々美味い。
 それにしてもだ。まさかあーんしてくるとは。恥ずかしがってしてくれないと思ったけど。
「美味しいですか?」
「うん、美味いよ。もう一口ほしいな」
「え? もう一口ですか?」
「うん、だめ?」
「い、いいですけど……」
 美穂ちゃんが唇を尖らせて再びフォークにパスタを巻く。先ほどよりも少ない量の塊を作り、フォークを俺に差し出してくる。
「どうぞ、あーんしてください」
「あい、いただきます」
 あーんと口を開け、またパスタを食べる。カットされたトマトも入っていたみたいで、さっきとは少し食感が違った。
「うん、こっちも美味いね」
「良かった、良かったですけど……」
「ん?」
「なんか、思ってたのと違う……」
 美穂ちゃんがむすっとして俺を睨む。不機嫌そうな顔も愛嬌があって可愛らしい。
「んー?」
 声を伸ばしながら美穂ちゃんと見つめ合う。ゴクンっと飲み込んで、ジーっと互いに互いの顔を見て――ブッと俺の方が先に噴き出してしまった。
「あーっ、なんで笑ってるんですか日之太さん」
「いやだって、美穂ちゃんの作戦、全然上手くいってないからさ。面白くて」
「もうっ! 分かってるなら嘘でも照れてください! 日之太さんひどい!」
「いやぁ、そうは言ってもさ、俺もほら大人だから」
 クスクス笑いながらレモネードを飲む。そんな余裕ですよみたいな俺の態度が気に喰わないのか、美穂ちゃんが「ばか」とか「いじわる」とか言いながらバシバシと左腕を叩いてくる。
「まぁまぁお嬢様、ご機嫌直してください。デザートにチーズケーキでもいかがですか?」
「……なんか今日の日之太さん変ですよ。ずっと、大人の男の人みたい」
 ぷいっと顔を背けて前を向き、カニの唐揚げを頬張る美穂ちゃん。大人の男の人って、そういえば初めてネカフェ行ったときも同じようなことを言われたな。
 こういうのはあまり好きじゃないのだろうか。だとしたらどう立ち振舞うべきなのか。
「うーん、まぁ実際俺の方が年上だし、大人の男だし。それにほら、俺としては美穂ちゃんと初めてのデートなんでスマートぶりたいというか、カッコつけたいんだよ」
 少しだけ前に身を乗り出して、美穂ちゃんの顔を覗きながら語りかける。
 すると彼女は唐揚げを呑み込んでレモネードを飲み、澄ました顔を見せた。
「そういうことなら、それでもいいですけど。私は別に、カッコつけなくてもいいと思います」
「そう? カッコ悪いお兄さんでもいい?」
「いいですよ全然。ていうか、私は日之太さんのこと、カッコ悪いって思ったことないです」
「マジ? ほんとに?」
 思ってもいなかった言葉に俺はさらに身を乗り出して確認する。
 しかし美穂ちゃんは冷めた目でこちらを見るだけだ。
「あのー? 美穂ちゃん?」
 中々返事を貰えないことに俺は内心焦りながらも彼女の名前を呼ぶ。
 ジッと見つめ合う――やがて、今度は彼女の方がプッと軽く噴き出した。
「あっはっはっ! 日之太さんおかしい! 変な顔してる!」
 美穂ちゃんに笑われて俺はようやく気付く。これはどう考えてもからかわれてるだけだ。
「……やられた」
 すっかり前に出ていた身体を引いて、そのまま背もたれに体重を預ける。敗北を認める言葉と共に天井へ息を吐くと、美穂ちゃんは身体をくの字に曲げてクックックと笑いを押し殺す。
 俺の大人の男っぽい立ち振舞いなんてこんなものだ。少し揺さぶられるだけであっけなく化けの皮が剥がれてしまう。
 クックックと笑っていた彼女だったが、俺が複雑な表情で食事をしているのを見つけ、満足そうな顔で元の姿勢に戻った。
 ただまだ余韻が消えないようで目尻に浮かんだ涙を指で掬い、ピザをもう一切れ口に運んだ。
「今の日之太さんはカッコ悪いです。でも、こっちの方が好きかも」


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 水族館も一通り回って、俺達は少し遅い昼食をとることにした。
 入ったのは海岸線沿いにあるイタリアンレストランだ。2階の海が見える席に案内され、2人掛けのソファーに並んで座る。
 シックなデザインのメニューを眺めながら、美穂ちゃんは時折キョロキョロと店内を見回す。
 お昼ご飯にしては遅い時間にお店へ入ったためなのか、土曜だというのに店内の客は少ない。しかもカップル、男女2人組は俺達だけだ。
「すごいオシャレなお店……日之太さんってこういうところ結構知ってる人なんですか?」
「まぁ大人だからね。これくらいはね」
 フッと笑って答えると美穂ちゃんが目を真ん丸にして口を開ける。
 本当は嘘だ。ネットで必死になって調べ、友人である宗志から教えてもらい、諸々吟味した上でようやく辿り着いた。
 これはさすがにバレるわけにはいかない。俺は涼しい顔を維持しつつ、美穂ちゃんと一緒にメニューを覗く。
「うーん、どうしよっかなぁ……あっ、これ美味しそう」
 美穂ちゃんが選んだのは地元の海産物を使ったトマトとクリームチーズのパスタ。本日のおすすめに載っていたメニューで値段もそこそこ。
「パスタだけでいい? ピザとかは?」
「えっ、食べたい! いいんですか!?」
「全然いいよ。あとほら、カニの唐揚げだって。これ美味そうじゃない?」
「あっ、うまっ、美味しそう! 食べてみたいかも」
「じゃこれも頼もう」
 2人で肩を寄せ合って料理を選ぶ。いつもと違う距離感に俺は内心ドキドキしながらも、どうにかそれを顔に出さないよう料理を選んでいく。
 俺は鶏とアサリのカルボナーラニョッキを注文し、美穂ちゃんは先ほどのパスタを選んだ。ピザとカニの唐揚げは2人で食べることにして、飲み物は2人ともレモネードを頼んだ。
「日之太さんお酒じゃなくて良かったんですか? ビールとか」
「未成年の子と出掛けてるんだから飲まないよ」
「私気にしないのに」
 クスっと笑って応え、俺は背もたれに寄りかかる。すると美穂ちゃんも身体を倒し、コテンと小さな頭を肩に乗せてきた。
「疲れちゃった?」
「んーちょっとだけ。でもまだ全然元気です」
 言いながら美穂ちゃんが俺の左手を触る。
 ふにふにと優しく触れてきたと思ったら、腕を持ち上げて左手を重ねてきた。
「日之太さんの手、おっきい」
「そりゃ美穂ちゃんと比べたらね。男だし」
「女の子でも手が大きい子はいますよ?」
 ぷくっと軽く頬を膨らませる美穂ちゃん。怒るポイントはよく分からないが、まぁ彼女が言うのならそうなのだろう。
 そうやって他愛のない会話をしていると、料理が運ばれてきた。一気にテーブルの上が賑やかになり、温かくて香ばしい匂いが立ち込める。
「美味しそう、いただきます」
 律儀に手を合わせて言う美穂ちゃん。俺も「いただきまーす」と言って食事を始めた。
 まずはニョッキをひとつフォークで刺して口に運ぶ。初めて食べるものだから勝手が分からない。ほんとにこれフォークが正解なのか。スプーンとか使わないのか。あとひとつだけデカいサイズのニョッキがある。こういうのってカットしてもいいのか。だとしたらフォークだけじゃ無理だ。フォークだけでやろうとすればきっとむにゅんってなってしゅぽんってなる。
 正解が分からん状態で食事を進める。うん、まぁ、料理自体はかなり美味い。出来立てだからめちゃくちゃ熱いけど。
「ニョッキってどんな味するんですか?」
 味を探りながら咀嚼していると、美穂ちゃんが声をかけてきた。切れたピザをさらにちぎって口に入れ、やたらゆっくりと咀嚼している。
「んーなんだろ……じゃがいも……芋っぽいパスタかな……食べてみる?」
 さくっとニョッキをひとつフォークに刺して訊いてみる。美穂ちゃんはコクンとピザを呑み込んで小首を傾げるように覗き込んできた。
「いいんですか?」
「もちろん、ほら」
 スッとニョッキが刺さったフォークを差し出すと、美穂ちゃんが「ふぇっ?」と素っ頓狂な声をあげる。急にこんなことされるとは思わなかったのだろう。
「あ、あの……日之太さん」
「あい、あーんしてください」
 俺の要求に美穂ちゃんは耳を赤くしながらもキョロキョロと周囲を見回し、やがて観念したのか髪を耳にかけておずおずと口を開いた。
 ゆっくりとニョッキが刺さったフォークを彼女の小さな口へ運ぶ。
 はむっとニョッキを食べる美穂ちゃん。口の端にカルボナーラのソースがついている。
 もむもむと目をつぶってゆっくり咀嚼し、また呑み込む。「どうですか?」と訊ねるとオレンジ色の瞳をキラキラ輝かせてこちらを見てきた。
「お、美味しいです。なんか、初めて食べた味かも」
 両手を頬に当て、美穂ちゃんが恥ずかしそうに咀嚼をする。
「そりゃよかった。でも大丈夫? 熱くなかった?」
「熱く? あー……そうですね。温かかったです」
「ほんと? 出来立てだったからさ、結構熱かったよ。舌ヤケドしたかも」
「えぇっ!? だ、大丈夫ですか?」
 ごくっと飲み込んでびっくりして目を見開く美穂ちゃん。思ってたよりもマジで心配され、俺は慌てて手を振る。
「だ、大丈夫だよ全然。大したことないから」
「……そうですか? もうっ、気を付けてくださいね」
「はいはい。ほら、もう1個食べて」
 俺はまたひとつニョッキを彼女の口元へ運ぶ。まさかのおかわりに美穂ちゃんは戸惑いながらも、親から餌を貰うひな鳥のように小さな口を開けて身を寄せてくる。
 パクっとニョッキを食べてまたゆっくり噛む美穂ちゃん。コクンと呑み込むと、恨めしい表情を浮かべ俺を見つめてきた。
「美味しいですか? お嬢様」
「美味しい。美味しいですけど……そうだ。それなら」
 美穂ちゃんがスプーンとフォークを使ってくるくるとパスタを巻く。結構に大きな塊を作ったと思ったらそれを俺に近づけてきた。
「はい、日之太さん。あーんしてください」
「俺に? いいの?」
「日之太さんからもらったので、お返しです」
 頬を赤くしてフォークを出す彼女。なんともいじらしい姿に俺はフッと笑い、顔を近づける。
「それじゃあ遠慮なく」
「……どうぞ」
 差し出されたパスタの塊はまぁまぁの大きさだったので、しっかりめに口を開けてパスタをもらう。口の端からこぼれそうになったパスタも吸ってもぐもぐと咀嚼する。
 トマトソースとクリームチーズの酸味が見事に合わさり、クリーミーかつ爽やかな味わいとなっている。うん、こっちも中々美味い。
 それにしてもだ。まさかあーんしてくるとは。恥ずかしがってしてくれないと思ったけど。
「美味しいですか?」
「うん、美味いよ。もう一口ほしいな」
「え? もう一口ですか?」
「うん、だめ?」
「い、いいですけど……」
 美穂ちゃんが唇を尖らせて再びフォークにパスタを巻く。先ほどよりも少ない量の塊を作り、フォークを俺に差し出してくる。
「どうぞ、あーんしてください」
「あい、いただきます」
 あーんと口を開け、またパスタを食べる。カットされたトマトも入っていたみたいで、さっきとは少し食感が違った。
「うん、こっちも美味いね」
「良かった、良かったですけど……」
「ん?」
「なんか、思ってたのと違う……」
 美穂ちゃんがむすっとして俺を睨む。不機嫌そうな顔も愛嬌があって可愛らしい。
「んー?」
 声を伸ばしながら美穂ちゃんと見つめ合う。ゴクンっと飲み込んで、ジーっと互いに互いの顔を見て――ブッと俺の方が先に噴き出してしまった。
「あーっ、なんで笑ってるんですか日之太さん」
「いやだって、美穂ちゃんの作戦、全然上手くいってないからさ。面白くて」
「もうっ! 分かってるなら嘘でも照れてください! 日之太さんひどい!」
「いやぁ、そうは言ってもさ、俺もほら大人だから」
 クスクス笑いながらレモネードを飲む。そんな余裕ですよみたいな俺の態度が気に喰わないのか、美穂ちゃんが「ばか」とか「いじわる」とか言いながらバシバシと左腕を叩いてくる。
「まぁまぁお嬢様、ご機嫌直してください。デザートにチーズケーキでもいかがですか?」
「……なんか今日の日之太さん変ですよ。ずっと、大人の男の人みたい」
 ぷいっと顔を背けて前を向き、カニの唐揚げを頬張る美穂ちゃん。大人の男の人って、そういえば初めてネカフェ行ったときも同じようなことを言われたな。
 こういうのはあまり好きじゃないのだろうか。だとしたらどう立ち振舞うべきなのか。
「うーん、まぁ実際俺の方が年上だし、大人の男だし。それにほら、俺としては美穂ちゃんと初めてのデートなんでスマートぶりたいというか、カッコつけたいんだよ」
 少しだけ前に身を乗り出して、美穂ちゃんの顔を覗きながら語りかける。
 すると彼女は唐揚げを呑み込んでレモネードを飲み、澄ました顔を見せた。
「そういうことなら、それでもいいですけど。私は別に、カッコつけなくてもいいと思います」
「そう? カッコ悪いお兄さんでもいい?」
「いいですよ全然。ていうか、私は日之太さんのこと、カッコ悪いって思ったことないです」
「マジ? ほんとに?」
 思ってもいなかった言葉に俺はさらに身を乗り出して確認する。
 しかし美穂ちゃんは冷めた目でこちらを見るだけだ。
「あのー? 美穂ちゃん?」
 中々返事を貰えないことに俺は内心焦りながらも彼女の名前を呼ぶ。
 ジッと見つめ合う――やがて、今度は彼女の方がプッと軽く噴き出した。
「あっはっはっ! 日之太さんおかしい! 変な顔してる!」
 美穂ちゃんに笑われて俺はようやく気付く。これはどう考えてもからかわれてるだけだ。
「……やられた」
 すっかり前に出ていた身体を引いて、そのまま背もたれに体重を預ける。敗北を認める言葉と共に天井へ息を吐くと、美穂ちゃんは身体をくの字に曲げてクックックと笑いを押し殺す。
 俺の大人の男っぽい立ち振舞いなんてこんなものだ。少し揺さぶられるだけであっけなく化けの皮が剥がれてしまう。
 クックックと笑っていた彼女だったが、俺が複雑な表情で食事をしているのを見つけ、満足そうな顔で元の姿勢に戻った。
 ただまだ余韻が消えないようで目尻に浮かんだ涙を指で掬い、ピザをもう一切れ口に運んだ。
「今の日之太さんはカッコ悪いです。でも、こっちの方が好きかも」