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4-7・気付いたら俺は彼女の頬に触れようとしていた。

ー/ー



 次に訪れたのはイルカショーが行われるスタジアムだ。
 少し早めに待ち合わせして出発したおかげでイルカショーの時間に丁度間に合った。受付で使い捨てのカッパをもらって中へと入場する。
 イルカショーは美穂ちゃんが楽しみにしていたことのひとつらしい。ここへ向かうまでの電車内でこの調子なら間に合いそうだと話したらキラキラと目を輝かせていた。
「おー結構近いですね」
「柵も思ってより低いな。もっとガチガチかと思った」
 半円型のプールに、扇形に広がっている座席。もうすぐ始まるからだろう、客席の殆どが埋まっていて、もう少ししか空いていない。
「日之太さん、あそこ空いてますよ。行きましょ」
 美穂ちゃんが俺の袖を引っ張る。確かに空いているのだが、あそこは前の席だ。
 イルカショーで水しぶきをかけられるというのは珍しいことじゃない。使い捨てのカッパが全員に配られている以上どこの席にいても満遍なくかけられるとは思うが、それはそれとして前の席の方が水量は多い気がする。
 というか皆それを察してか前の座席があまり埋まっていない。カップルや女子だけのグループなんかは大体後ろにいて、前は小さい子供を連れた家族ばかりだ。
 しかし、とはいえだ。近くで観たいと言っていた美穂ちゃんの気持ちに水を差すわけにもいかない。俺は彼女に引っ張られるまま歩き、最前列のやや左側の席に座った。
 席に着いたところでイルカショーが始まる。複数人のトレーナーと6匹のイルカが姿を現す。
 近くで見ると意外とデカい。あと当たり前だが普通に言葉が通じなさそうな顔をしている。
「かわいい……」
 隣の美穂ちゃんが手を合わせて呟く。大きな目をキラキラと輝かせてイルカ達を見ていた。
 そしてイルカショーが始まる。トレーナーの甲高い声の説明や誘導でイルカがプールの中を泳いだり跳んだり、時々尾びれを水面でバタバタ動かして激しい水しぶきが巻き起こる。
 それだけじゃない。イルカが1匹跳び上がると、他のイルカもぴょんぴょん跳び上がり、そのたびに冗談みたいな量の水しぶきが客席を襲う。
「キャーッ! やばーいっ!」
 美穂ちゃんが嬉しそうに叫ぶ。カッパを着てバッグも自分の後ろに避難させているがベンチや足元がびしょびしょになっているのであまり意味がなかった。
 当然俺もびしょびしょだ。そして後ろからも悲鳴が上がってることから、もう全体的に濡れているのだろう。
 ある意味では俺の推測は正しかった。全体的に水をかけられてはいるのだが、結局最前列の方がぶっかけられる量が多い。
 こりゃ子供しか前に座りたがらないはずだ。特に女の子なんて髪型が崩れたり服が濡れたりするのは嫌だろうし、意外とイルカショーはデート向きじゃないのかもしれない。
 美穂ちゃんは大丈夫なのだろうか。びしょびしょに濡れてテンション下がってないかな。
「えっ、すごい! どうやってるの!?」
 心配して彼女の様子を窺うと――水面近くで尾びれだけで立って、バシャバシャと音を鳴らしながら後ろ向きに動いているイルカを見て驚いていた。確かにあれはいつ見てもどうやってるのか分かんないけど。
 どうやら心配は杞憂だったようだ。再び跳び上がったイルカからの水しぶき攻撃に慌てて身を縮めてガードする。
 それからトレーナーが投げたフラフープを空中で潜り抜けたり、6匹でタイミングを合わせて合唱みたいなことをしたりと、ショーは着々と進む。
 時間にして20分ほどだろうか。とうとうイルカショーはなんのトラブルもなく終わり、観客は席を立って移動を始める。
「あーすごいびしょびしょ。カッパなかったら大変なことになってたかも」
 楽しそうに笑いながら美穂ちゃんがカッパを脱ぐ。フードを外すと髪が乱れていた。
 せっかくセットした髪が乱れるのは嫌だろうけど、大人っぽかった印象から年相応のものへと変わる。少し濡れながらも笑っている姿は無邪気な女の子そのもので、気付いたら俺は彼女の頬に触れようとしていた。
「……日之太さん?」
 美穂ちゃんがびっくりしたような顔をして、すぐに小首を傾げ俺を見上げる。
「ご、ごめん美穂ちゃん」
 触れようとしたことに気付き慌てて手を離す。視線を右往左往させてうなじの辺りを掻く。
「いやその、あれだ。髪、ちょっと立ってるなーって思って」
「へっ? ホントですか? やだっ」
 俺の苦し紛れの言い訳を彼女は真に受けてしまったようで、小さなバッグからコンパクトミラーを取り出して確認する。
「うわっ、ホントだ。あ、あの、日之太さん。私ちょっとトイレに……」
 言いながらも彼女の身体は殆ど出口へと向かい始めていた。特に止める理由もないので「どうぞ、ごゆっくり」とだけ言って彼女を見送った。
 早歩き気味で人と人との間を縫って抜けていく美穂ちゃん。途中でガツッと後ろからぶつかられていたが特に反応せず進む。そんな彼女の後姿を見守りながらも俺はのんびり移動する。
 人の流れに沿って歩きながら、美穂ちゃんの横顔を思い出す。
 イルカショーで夢中になっている彼女。オレンジ色の瞳をキラキラ輝かせて、きゃーきゃー言いながら笑顔で楽しんでいる姿はあまりにも魅力的だった。


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 次に訪れたのはイルカショーが行われるスタジアムだ。
 少し早めに待ち合わせして出発したおかげでイルカショーの時間に丁度間に合った。受付で使い捨てのカッパをもらって中へと入場する。
 イルカショーは美穂ちゃんが楽しみにしていたことのひとつらしい。ここへ向かうまでの電車内でこの調子なら間に合いそうだと話したらキラキラと目を輝かせていた。
「おー結構近いですね」
「柵も思ってより低いな。もっとガチガチかと思った」
 半円型のプールに、扇形に広がっている座席。もうすぐ始まるからだろう、客席の殆どが埋まっていて、もう少ししか空いていない。
「日之太さん、あそこ空いてますよ。行きましょ」
 美穂ちゃんが俺の袖を引っ張る。確かに空いているのだが、あそこは前の席だ。
 イルカショーで水しぶきをかけられるというのは珍しいことじゃない。使い捨てのカッパが全員に配られている以上どこの席にいても満遍なくかけられるとは思うが、それはそれとして前の席の方が水量は多い気がする。
 というか皆それを察してか前の座席があまり埋まっていない。カップルや女子だけのグループなんかは大体後ろにいて、前は小さい子供を連れた家族ばかりだ。
 しかし、とはいえだ。近くで観たいと言っていた美穂ちゃんの気持ちに水を差すわけにもいかない。俺は彼女に引っ張られるまま歩き、最前列のやや左側の席に座った。
 席に着いたところでイルカショーが始まる。複数人のトレーナーと6匹のイルカが姿を現す。
 近くで見ると意外とデカい。あと当たり前だが普通に言葉が通じなさそうな顔をしている。
「かわいい……」
 隣の美穂ちゃんが手を合わせて呟く。大きな目をキラキラと輝かせてイルカ達を見ていた。
 そしてイルカショーが始まる。トレーナーの甲高い声の説明や誘導でイルカがプールの中を泳いだり跳んだり、時々尾びれを水面でバタバタ動かして激しい水しぶきが巻き起こる。
 それだけじゃない。イルカが1匹跳び上がると、他のイルカもぴょんぴょん跳び上がり、そのたびに冗談みたいな量の水しぶきが客席を襲う。
「キャーッ! やばーいっ!」
 美穂ちゃんが嬉しそうに叫ぶ。カッパを着てバッグも自分の後ろに避難させているがベンチや足元がびしょびしょになっているのであまり意味がなかった。
 当然俺もびしょびしょだ。そして後ろからも悲鳴が上がってることから、もう全体的に濡れているのだろう。
 ある意味では俺の推測は正しかった。全体的に水をかけられてはいるのだが、結局最前列の方がぶっかけられる量が多い。
 こりゃ子供しか前に座りたがらないはずだ。特に女の子なんて髪型が崩れたり服が濡れたりするのは嫌だろうし、意外とイルカショーはデート向きじゃないのかもしれない。
 美穂ちゃんは大丈夫なのだろうか。びしょびしょに濡れてテンション下がってないかな。
「えっ、すごい! どうやってるの!?」
 心配して彼女の様子を窺うと――水面近くで尾びれだけで立って、バシャバシャと音を鳴らしながら後ろ向きに動いているイルカを見て驚いていた。確かにあれはいつ見てもどうやってるのか分かんないけど。
 どうやら心配は杞憂だったようだ。再び跳び上がったイルカからの水しぶき攻撃に慌てて身を縮めてガードする。
 それからトレーナーが投げたフラフープを空中で潜り抜けたり、6匹でタイミングを合わせて合唱みたいなことをしたりと、ショーは着々と進む。
 時間にして20分ほどだろうか。とうとうイルカショーはなんのトラブルもなく終わり、観客は席を立って移動を始める。
「あーすごいびしょびしょ。カッパなかったら大変なことになってたかも」
 楽しそうに笑いながら美穂ちゃんがカッパを脱ぐ。フードを外すと髪が乱れていた。
 せっかくセットした髪が乱れるのは嫌だろうけど、大人っぽかった印象から年相応のものへと変わる。少し濡れながらも笑っている姿は無邪気な女の子そのもので、気付いたら俺は彼女の頬に触れようとしていた。
「……日之太さん?」
 美穂ちゃんがびっくりしたような顔をして、すぐに小首を傾げ俺を見上げる。
「ご、ごめん美穂ちゃん」
 触れようとしたことに気付き慌てて手を離す。視線を右往左往させてうなじの辺りを掻く。
「いやその、あれだ。髪、ちょっと立ってるなーって思って」
「へっ? ホントですか? やだっ」
 俺の苦し紛れの言い訳を彼女は真に受けてしまったようで、小さなバッグからコンパクトミラーを取り出して確認する。
「うわっ、ホントだ。あ、あの、日之太さん。私ちょっとトイレに……」
 言いながらも彼女の身体は殆ど出口へと向かい始めていた。特に止める理由もないので「どうぞ、ごゆっくり」とだけ言って彼女を見送った。
 早歩き気味で人と人との間を縫って抜けていく美穂ちゃん。途中でガツッと後ろからぶつかられていたが特に反応せず進む。そんな彼女の後姿を見守りながらも俺はのんびり移動する。
 人の流れに沿って歩きながら、美穂ちゃんの横顔を思い出す。
 イルカショーで夢中になっている彼女。オレンジ色の瞳をキラキラ輝かせて、きゃーきゃー言いながら笑顔で楽しんでいる姿はあまりにも魅力的だった。