表示設定
表示設定
目次 目次




4-6・他愛のない話をしながら進む。

ー/ー



 土曜日ということもあり、訪れた水族館は家族やカップル、外国人観光客でいっぱいだった。
 それにしても多い。入り口前は広いので進めないなんてことは流石にないが、中に入ってしまえばまた変わってくるだろう。
「めっちゃ人多いですね……」
「そうだねぇ、まぁ土曜日だし……あい、はぐれないようにね」
 スッと左腕を差し出す。互いにスマホを持ってるし、はぐれることなんて中々ないと思うが、まぁ建前だ。折角のデートなのだから多少のスキンシップはしたい。
 俺からの唐突なアプローチに美穂ちゃんはびっくりしているようだった。おずおずと手を出して、腕を絡めようとして――やっぱりジャケットの裾を掴んだ。
「こ、これで……ひとまずこれで大丈夫です……」
 美穂ちゃんが頬を赤くして目を逸らす。意外とこういうところは照れてくれるんだよな。
 まぁ初回のデートで腕を組むのは少しハードルが高いかもしれない。にやけそうになる気持ちを必死に抑え、俺はいつもより歩幅を狭くして歩く。
 チケットを出して入場し、建物内へと入る。館内は薄暗く、水の匂いが充満していた。
「水族館って感じの匂いと暗さだ」
「あーなんか分かる気がします。こんな感じですよね」
 他愛のない話をしながら進む。まずは正面の水槽。映画館のスクリーンみたいな大きさの水槽にはここら辺の海の生き物の殆どが泳いでいるらしい。
「わっ、すごいおっきい」
「でかいねぇ」
 適当な返事をしながら2人で見上げる。こういうの見るといつもひび割れて水が溢れ出る妄想をしちゃうな――なんてことは思ってても言わない。野郎と来ているわけじゃないのだ。
「写真撮ってもいいですか?」
「もちろん、好きなだけ撮ってください」
 左腕を動かして促すと、美穂ちゃんは手を離してハンドバッグをあける。
 スマホでパシャパシャと写真を撮っていく。水槽の全体、水槽の中で泳いでいる魚達、水槽の底でまったりしている生き物。昔っから思っていたが女性というのはよく写真を撮る生き物だ。俺の母親も、これまで付き合ってきた女の子も出掛ければとにもかくにも写真だ。色んな角度、色んな視点から写真を撮って、それを眺めて満足そうに頷く。
 思い出として残したいからというのは分かるが、個人的には写真なんて数枚でいいだろと思う。もっと言えば相手が写真をたくさん撮る人だったら俺は撮らなくていいやと思ってしまう。
「日之太さん」
 夢中になって撮っていると思ったら彼女が俺を呼ぶ。呼ばれた以上ここでボーっとしているわけにはいかないので、彼女のもとへと歩いていく。
「どうしたの美穂ちゃん」
「日之太さんもこっちきて」
 自身の隣の空間をポンポンと叩く美穂ちゃん。てっきり写真撮ってくれとお願いされると思ったがどうやら違うらしい。
 大人しく彼女の隣へと移動する。スススッと距離を詰められ、ほとんどくっついた状態で美穂ちゃんがスマホを掲げる。
「日之太さんもうちょっと、もうちょっと寄って。入んないです」
「もうちょっと? こう?」
 膝をやや曲げて高さを調整する。写る角度を調整するため至近距離で顔が動く。
 そして動くたびに、彼女の匂いがしてくる。いっそのこと腰とか肩に手を回してみたいなことをやろうと思ったが、俺の中の自我が『いきなりそれはスケベ野郎じゃない?』と一瞬で忠告してくれたおかげでなんとか踏み止まることができた。
「撮りますね」
 そう言って美穂ちゃんがスマホのボタンを押す。ピピッと音が鳴って一瞬が切り取られる。
「傑作は撮れましたか?」
「うーん……日之太さんがもう少し笑ってくれたらって感じですけど。でもいいかな」
 頬を赤く染め嬉しそうにスマホの画面を眺める美穂ちゃん。ぷにっとした柔らかそうな横顔がなんとも可愛らしい。
 その後も美穂ちゃんは水槽をバックに俺とのツーショットの写真を何枚か撮り、やがて満足したのか再び俺のジャケットの左袖を掴んだ。
 そのまま歩き出し、展示を見て回る。ここら辺の海の生き物はまぁまぁで、深海のコーナーはあまり反応が良くなかった。暗いし、変な形だし、あまり動きもないしで退屈なのだろう。
 さらに館内を進むと、クラゲの展示コーナーに辿り着く。大小様々なサイズのクラゲが変わった形の水槽の中で泳いでいて、これはまぁまぁウケた。やっぱり動きがある方がいいようだ。
「クラゲって生で見るとギョッとするけどこうやって水槽越しに見ると結構可愛いんだな」
「分かります。可愛いですよねークラゲ」
「見る分にはねーそういえば俺子供の頃刺されたよ」
「え? そうなんですか? 大丈夫でした?」
「超痛かった。めっちゃ腫れたし」
 言いながら脛のあたりを山なりに盛るようなジェスチャーをする。美穂ちゃんは口を歪めてうぇーっという顔をして身をのけぞらせた。
「透明だから近づいてきても気付かなかったし。美穂ちゃんは? 刺されたことある?」
「私もあります。ちっちゃい頃ですけど、そもそもなんなのかよく分かんなくて、こう、持ち上げようとしたら刺されたみたいで。気付いたら手もめっちゃ腫れてて」
「だろうねぇ、痛かったでしょ?」
「……はい、痛かったです」
 パチパチと大きな目を瞬かせ美穂ちゃんが頷く。2人とも痛い目をみているというのに、こうして水槽越しに見て可愛いと言えるのだから水族館さまさまだ。
 それからクラゲの思い出話をしたり、食用クラゲの話をしたりしながら展示を回った。美穂ちゃんがキクラゲを陸生のクラゲだと思っていたことについては思わず笑ってしまった。


スタンプを贈って作者を応援しよう!



みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 土曜日ということもあり、訪れた水族館は家族やカップル、外国人観光客でいっぱいだった。
 それにしても多い。入り口前は広いので進めないなんてことは流石にないが、中に入ってしまえばまた変わってくるだろう。
「めっちゃ人多いですね……」
「そうだねぇ、まぁ土曜日だし……あい、はぐれないようにね」
 スッと左腕を差し出す。互いにスマホを持ってるし、はぐれることなんて中々ないと思うが、まぁ建前だ。折角のデートなのだから多少のスキンシップはしたい。
 俺からの唐突なアプローチに美穂ちゃんはびっくりしているようだった。おずおずと手を出して、腕を絡めようとして――やっぱりジャケットの裾を掴んだ。
「こ、これで……ひとまずこれで大丈夫です……」
 美穂ちゃんが頬を赤くして目を逸らす。意外とこういうところは照れてくれるんだよな。
 まぁ初回のデートで腕を組むのは少しハードルが高いかもしれない。にやけそうになる気持ちを必死に抑え、俺はいつもより歩幅を狭くして歩く。
 チケットを出して入場し、建物内へと入る。館内は薄暗く、水の匂いが充満していた。
「水族館って感じの匂いと暗さだ」
「あーなんか分かる気がします。こんな感じですよね」
 他愛のない話をしながら進む。まずは正面の水槽。映画館のスクリーンみたいな大きさの水槽にはここら辺の海の生き物の殆どが泳いでいるらしい。
「わっ、すごいおっきい」
「でかいねぇ」
 適当な返事をしながら2人で見上げる。こういうの見るといつもひび割れて水が溢れ出る妄想をしちゃうな――なんてことは思ってても言わない。野郎と来ているわけじゃないのだ。
「写真撮ってもいいですか?」
「もちろん、好きなだけ撮ってください」
 左腕を動かして促すと、美穂ちゃんは手を離してハンドバッグをあける。
 スマホでパシャパシャと写真を撮っていく。水槽の全体、水槽の中で泳いでいる魚達、水槽の底でまったりしている生き物。昔っから思っていたが女性というのはよく写真を撮る生き物だ。俺の母親も、これまで付き合ってきた女の子も出掛ければとにもかくにも写真だ。色んな角度、色んな視点から写真を撮って、それを眺めて満足そうに頷く。
 思い出として残したいからというのは分かるが、個人的には写真なんて数枚でいいだろと思う。もっと言えば相手が写真をたくさん撮る人だったら俺は撮らなくていいやと思ってしまう。
「日之太さん」
 夢中になって撮っていると思ったら彼女が俺を呼ぶ。呼ばれた以上ここでボーっとしているわけにはいかないので、彼女のもとへと歩いていく。
「どうしたの美穂ちゃん」
「日之太さんもこっちきて」
 自身の隣の空間をポンポンと叩く美穂ちゃん。てっきり写真撮ってくれとお願いされると思ったがどうやら違うらしい。
 大人しく彼女の隣へと移動する。スススッと距離を詰められ、ほとんどくっついた状態で美穂ちゃんがスマホを掲げる。
「日之太さんもうちょっと、もうちょっと寄って。入んないです」
「もうちょっと? こう?」
 膝をやや曲げて高さを調整する。写る角度を調整するため至近距離で顔が動く。
 そして動くたびに、彼女の匂いがしてくる。いっそのこと腰とか肩に手を回してみたいなことをやろうと思ったが、俺の中の自我が『いきなりそれはスケベ野郎じゃない?』と一瞬で忠告してくれたおかげでなんとか踏み止まることができた。
「撮りますね」
 そう言って美穂ちゃんがスマホのボタンを押す。ピピッと音が鳴って一瞬が切り取られる。
「傑作は撮れましたか?」
「うーん……日之太さんがもう少し笑ってくれたらって感じですけど。でもいいかな」
 頬を赤く染め嬉しそうにスマホの画面を眺める美穂ちゃん。ぷにっとした柔らかそうな横顔がなんとも可愛らしい。
 その後も美穂ちゃんは水槽をバックに俺とのツーショットの写真を何枚か撮り、やがて満足したのか再び俺のジャケットの左袖を掴んだ。
 そのまま歩き出し、展示を見て回る。ここら辺の海の生き物はまぁまぁで、深海のコーナーはあまり反応が良くなかった。暗いし、変な形だし、あまり動きもないしで退屈なのだろう。
 さらに館内を進むと、クラゲの展示コーナーに辿り着く。大小様々なサイズのクラゲが変わった形の水槽の中で泳いでいて、これはまぁまぁウケた。やっぱり動きがある方がいいようだ。
「クラゲって生で見るとギョッとするけどこうやって水槽越しに見ると結構可愛いんだな」
「分かります。可愛いですよねークラゲ」
「見る分にはねーそういえば俺子供の頃刺されたよ」
「え? そうなんですか? 大丈夫でした?」
「超痛かった。めっちゃ腫れたし」
 言いながら脛のあたりを山なりに盛るようなジェスチャーをする。美穂ちゃんは口を歪めてうぇーっという顔をして身をのけぞらせた。
「透明だから近づいてきても気付かなかったし。美穂ちゃんは? 刺されたことある?」
「私もあります。ちっちゃい頃ですけど、そもそもなんなのかよく分かんなくて、こう、持ち上げようとしたら刺されたみたいで。気付いたら手もめっちゃ腫れてて」
「だろうねぇ、痛かったでしょ?」
「……はい、痛かったです」
 パチパチと大きな目を瞬かせ美穂ちゃんが頷く。2人とも痛い目をみているというのに、こうして水槽越しに見て可愛いと言えるのだから水族館さまさまだ。
 それからクラゲの思い出話をしたり、食用クラゲの話をしたりしながら展示を回った。美穂ちゃんがキクラゲを陸生のクラゲだと思っていたことについては思わず笑ってしまった。