第二部 1話 教育係
ー/ー 七年間。
鬼が俺達を襲撃することはなかった。
俺は去年、十六歳になったナタリーと一緒に王都へ上がった。
不思議なことに王立学院へと入学を果たしたナタリーに対して、ただの無職と化していた俺は――ニナさんに見つかった。
事情を話すと、騎士団の入団試験を受けさせてもらえることになった。
今はニナさんの部下として一番隊で使ってもらっているところだ。
俺は二十三歳になった計算だが、ハーフドワーフという種族のおかげで外見はせいぜい十八歳にしか見えない。この辺りはいつまで経っても慣れなかった。
騎士団の詰所を歩いてゆく。
ここは三番街の詰所で、一般に「詰所」と言えばここを指す。
しかし、詰所自体は王都のあちこちにある。
俺の勝手なイメージを言えば、ここが『警察署』で他は『交番』だった。
「はあ」
俺は一つの扉の前まで来ると、溜息を零した。
それから頑張って表情を引き締めてノックをした。
「アッシュ・クレフです」
「ああ、どうぞ」
扉を開けて騎士団長の執務室へと入る。
中ではヒルダ騎士団長が椅子に腰掛けており、ニナさんが隣で控えていた。
俺は突然の呼び出しを受けたのだった。
何かやらかしたのだろうか?
「本来なら世間話の一つでもするのだろうが、お前相手に面倒くさい」
「はあ」
騎士団長の言い草は酷いものだったが、この単刀直入さは美点でもあるので適当に頷いた。
……世間話を始められても困る。
「ターナー公爵家から騎士団へ――形式上は私個人だが――依頼が来た」
「公爵家、ですか? 犯罪者の捜索とか?」
「いや、それが一風変わった依頼でな。令嬢の教育係を探しているらしい」
「ははっ、騎士団に教育係ですか? ……すみません」
思わず鼻で笑ってしまい、頭を下げた。
ニナさんも心なしか苦笑している気がする。
「いや、いいさ。
どうやら剣に覚えがある人物が良いらしい」
「ああ、なるほど。
剣術を教える意味合いがあるのですね。
あれ? 令嬢ですよね?」
「そうだ。まだ六歳らしい。
何か事情があるのかもしれない」
俺は軽く頷いた。
人選の心当たりでも訊かれるのだろうか。
「で、アッシュ。お前が選ばれた」
「はい?」
俺は首を傾げるしかできない。
「まずは令嬢と会って欲しいとのことだ。
その後で実際に受けるかどうかはお前に任せる。
受けたら給金は弾んでやるよ」
「ちょっと! なんで俺なんですか?
貴族なんて会ったこともないんですよ?」
「正直に言えば、選択肢がなかった。
ほとんどお前を指名したようなものだ」
「俺を指名!?
一体どこのどいつが――!」
思わずカッとなって口調が荒くなったが、すぐに後悔することになった。
「魔術師団長『ブラウン・バケット』と副団長『シェリー・ターナー』両名の推薦だよ」
「……えっと、どなたが?」
「面倒くせえ。
今の暴言を黙っててやるから大人しく会いに行け」
翌日。
俺は騎士団の制服に身を包んで、貴族街である一番街まで来ていた。
目の前には豪邸があった。
バケット邸よりも大きい家を初めて見た。
いや、バケット邸も負けてないけどな?
ご丁寧にも俺の泊まる宿に馬車で迎えに来てくれた。
安宿の前に高級そうな馬車が止まっているのは中々にシュールだったが、そこに慣れない制服を着た俺が乗っていくのは一層シュールだったことだろう。
ナタリーとわざわざ遊びに来たアリスは手を叩いて笑っていた。
絶対に許さん。
豪邸に入ると、迎えてくれたのは魔術師団副団長のシェリーさんだった。
年配のハーフエルフで、令嬢の祖母にあたるそうだ。
「すみませんね、アッシュさん。
急なお話で驚いたでしょう?」
「いえ、大丈夫ですよ。
騎士団長から話を聞いてすぐにお受けしました」
嘘だった。
しかし、事実は言えないだろう?
シェリーさんは気にした様子もなく、にこやかに続けた。
「そう言ってもらえれば助かります。
ターナー家としては一人の騎士団員に個人的な依頼を出すわけにもいかなくて……。ですが、あのブラウン団長が強く推してくださったので」
「……なるほど」
大体の事情は把握できたと思う。
一つの大きな扉の前まで案内される。
「では、顔合わせをお願いします。
気難しい娘ですが、悪い娘ではありません」
「はい」
しかし、申し訳ないが俺は断るつもりだった。
まず、教えられるほど剣が上手くない。
俺の本質は錬金術師だ。剣を極めようとも思っていない。
次に、鬼の襲撃を警戒する必要がある。
巻き込む可能性も考えるべきだが、それ以上にナタリーから目を離し過ぎるのは怖かった。
推薦してくれた二人には内心で謝りつつ、使用人が扉を開けるのを待った。
その光景に、思わず呟いた。
「嘘だろう?」
視界に収まり切らないほどの広い部屋と吹き抜けの天井だった。
部屋の一面はガラス張りになっていて、穏やかな陽光が注いでいた。
光の中心で、一人佇む女の子。
部屋の広さにそぐわないほど、小柄だった。
銀髪銀目に白い肌。
まるで雪で作った人形のように見えた。
人形は恥ずかしそうに頬を赤らめて、俯いている。
「そ、ソフィア・ターナーと言います」
――公爵令嬢の魂は真赤に輝いていた。
――兄さんの魂が、そこにあった。
その日は本当に顔合わせだけだったらしく、シェリーさんの主導でお互いに簡単な自己紹介だけ済ませると、その場は解散となった。
話した印象としては『大人しい女の子』という程度だったが、俺はそれで済まないことを知っている。
ひとまず、ブラウン団長と加奈に相談する必要が出てきた。
しかし、予定変更は確定だろう。
「……仕方ない」
俺は『ソフィアお嬢様の教育係』となった。
鬼が俺達を襲撃することはなかった。
俺は去年、十六歳になったナタリーと一緒に王都へ上がった。
不思議なことに王立学院へと入学を果たしたナタリーに対して、ただの無職と化していた俺は――ニナさんに見つかった。
事情を話すと、騎士団の入団試験を受けさせてもらえることになった。
今はニナさんの部下として一番隊で使ってもらっているところだ。
俺は二十三歳になった計算だが、ハーフドワーフという種族のおかげで外見はせいぜい十八歳にしか見えない。この辺りはいつまで経っても慣れなかった。
騎士団の詰所を歩いてゆく。
ここは三番街の詰所で、一般に「詰所」と言えばここを指す。
しかし、詰所自体は王都のあちこちにある。
俺の勝手なイメージを言えば、ここが『警察署』で他は『交番』だった。
「はあ」
俺は一つの扉の前まで来ると、溜息を零した。
それから頑張って表情を引き締めてノックをした。
「アッシュ・クレフです」
「ああ、どうぞ」
扉を開けて騎士団長の執務室へと入る。
中ではヒルダ騎士団長が椅子に腰掛けており、ニナさんが隣で控えていた。
俺は突然の呼び出しを受けたのだった。
何かやらかしたのだろうか?
「本来なら世間話の一つでもするのだろうが、お前相手に面倒くさい」
「はあ」
騎士団長の言い草は酷いものだったが、この単刀直入さは美点でもあるので適当に頷いた。
……世間話を始められても困る。
「ターナー公爵家から騎士団へ――形式上は私個人だが――依頼が来た」
「公爵家、ですか? 犯罪者の捜索とか?」
「いや、それが一風変わった依頼でな。令嬢の教育係を探しているらしい」
「ははっ、騎士団に教育係ですか? ……すみません」
思わず鼻で笑ってしまい、頭を下げた。
ニナさんも心なしか苦笑している気がする。
「いや、いいさ。
どうやら剣に覚えがある人物が良いらしい」
「ああ、なるほど。
剣術を教える意味合いがあるのですね。
あれ? 令嬢ですよね?」
「そうだ。まだ六歳らしい。
何か事情があるのかもしれない」
俺は軽く頷いた。
人選の心当たりでも訊かれるのだろうか。
「で、アッシュ。お前が選ばれた」
「はい?」
俺は首を傾げるしかできない。
「まずは令嬢と会って欲しいとのことだ。
その後で実際に受けるかどうかはお前に任せる。
受けたら給金は弾んでやるよ」
「ちょっと! なんで俺なんですか?
貴族なんて会ったこともないんですよ?」
「正直に言えば、選択肢がなかった。
ほとんどお前を指名したようなものだ」
「俺を指名!?
一体どこのどいつが――!」
思わずカッとなって口調が荒くなったが、すぐに後悔することになった。
「魔術師団長『ブラウン・バケット』と副団長『シェリー・ターナー』両名の推薦だよ」
「……えっと、どなたが?」
「面倒くせえ。
今の暴言を黙っててやるから大人しく会いに行け」
翌日。
俺は騎士団の制服に身を包んで、貴族街である一番街まで来ていた。
目の前には豪邸があった。
バケット邸よりも大きい家を初めて見た。
いや、バケット邸も負けてないけどな?
ご丁寧にも俺の泊まる宿に馬車で迎えに来てくれた。
安宿の前に高級そうな馬車が止まっているのは中々にシュールだったが、そこに慣れない制服を着た俺が乗っていくのは一層シュールだったことだろう。
ナタリーとわざわざ遊びに来たアリスは手を叩いて笑っていた。
絶対に許さん。
豪邸に入ると、迎えてくれたのは魔術師団副団長のシェリーさんだった。
年配のハーフエルフで、令嬢の祖母にあたるそうだ。
「すみませんね、アッシュさん。
急なお話で驚いたでしょう?」
「いえ、大丈夫ですよ。
騎士団長から話を聞いてすぐにお受けしました」
嘘だった。
しかし、事実は言えないだろう?
シェリーさんは気にした様子もなく、にこやかに続けた。
「そう言ってもらえれば助かります。
ターナー家としては一人の騎士団員に個人的な依頼を出すわけにもいかなくて……。ですが、あのブラウン団長が強く推してくださったので」
「……なるほど」
大体の事情は把握できたと思う。
一つの大きな扉の前まで案内される。
「では、顔合わせをお願いします。
気難しい娘ですが、悪い娘ではありません」
「はい」
しかし、申し訳ないが俺は断るつもりだった。
まず、教えられるほど剣が上手くない。
俺の本質は錬金術師だ。剣を極めようとも思っていない。
次に、鬼の襲撃を警戒する必要がある。
巻き込む可能性も考えるべきだが、それ以上にナタリーから目を離し過ぎるのは怖かった。
推薦してくれた二人には内心で謝りつつ、使用人が扉を開けるのを待った。
その光景に、思わず呟いた。
「嘘だろう?」
視界に収まり切らないほどの広い部屋と吹き抜けの天井だった。
部屋の一面はガラス張りになっていて、穏やかな陽光が注いでいた。
光の中心で、一人佇む女の子。
部屋の広さにそぐわないほど、小柄だった。
銀髪銀目に白い肌。
まるで雪で作った人形のように見えた。
人形は恥ずかしそうに頬を赤らめて、俯いている。
「そ、ソフィア・ターナーと言います」
――公爵令嬢の魂は真赤に輝いていた。
――兄さんの魂が、そこにあった。
その日は本当に顔合わせだけだったらしく、シェリーさんの主導でお互いに簡単な自己紹介だけ済ませると、その場は解散となった。
話した印象としては『大人しい女の子』という程度だったが、俺はそれで済まないことを知っている。
ひとまず、ブラウン団長と加奈に相談する必要が出てきた。
しかし、予定変更は確定だろう。
「……仕方ない」
俺は『ソフィアお嬢様の教育係』となった。
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