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第一部 60話 コンマ五秒と次

ー/ー



 俺とレンが向き合っている。
 距離は五メートルほどか。

 お互いに力は残っておらず、得物はナイフだった。

 これが最後だろう。
 俺とレンが同時に走り出す。

 同時に間合いに入り、同時に動き始める。
 鏡写しのような、首を狙った逆手の一振り。

 皮肉にも俺の手本になり続けた、俺を殺した一撃だ。

 だからこそ、分かってしまった。
 この一撃は完全に同時だ。

 今からでも避けるか?
 いや、そうすれば体力的に限界の俺が先に倒れるだろう。

 それじゃあ、駄目だ。
 俺は内心で嘆息した。

 兄さんの一撃に追い付いたことを喜ぶべきか。
 それとも追い越せなかったことを悲しむべきか。

 ナイフが喉を切り裂いた。
 喉から激しい血を噴き出しながら、レンが崩れ落ちる。

「なん、で」

 俺の首は無事だった。
 同時だったはずの一撃は、レンの方が遅くなっていた。

 頬を裂くだけで済んだ俺は一命を取り留めていた。

 俺への情でないことは確かだろう。すでに殺しているのだから。
 まるで、何かに気付いたように見えたけど……。

「ただの、気まぐれ、だ」

 レンの掠れた声が漏れる。
 何とか聞き取れる声で、レンは続けた。

「ああ。俺はいつもこうだ。
 今この瞬間の感情だけで行動してしまう。
 それはお前もだけどな? 仁」

 俺は何も答えられなかった。

 レンの命が弱まっていくのが分かった。
 全身を覆っていた影が消えて、右腕以外失った四肢が露わになる。

 晴れた空の下。
 仰向けで転がるレンは、幻覚を見るように呟き始めた。
 聞き間違いでなければ、それはこのように聞き取れた。

 ――はは、分かってますよ。
 ――分かってますから、そんなに叱らないでください。
 ――『兄様』()()を殺すのは、おかしいのでしょう?

 ――貴方の言う『当たり前』はいつも正しくて、間違った俺は黙ってしまう。
 ――あの時、何も言えなくてごめんなさい。

 ――だから。
 ――そんなに蹴らないでくださいよ。
 ――最後の最後で、ちゃんと気付いたんですから。

 ――次は。
 ――次は、ちゃんと。

 微笑ましい誰かを眺めるように、青空の月を見上げるように、レンは息を引き取った。



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 俺とレンが向き合っている。
 距離は五メートルほどか。
 お互いに力は残っておらず、得物はナイフだった。
 これが最後だろう。
 俺とレンが同時に走り出す。
 同時に間合いに入り、同時に動き始める。
 鏡写しのような、首を狙った逆手の一振り。
 皮肉にも俺の手本になり続けた、俺を殺した一撃だ。
 だからこそ、分かってしまった。
 この一撃は完全に同時だ。
 今からでも避けるか?
 いや、そうすれば体力的に限界の俺が先に倒れるだろう。
 それじゃあ、駄目だ。
 俺は内心で嘆息した。
 兄さんの一撃に追い付いたことを喜ぶべきか。
 それとも追い越せなかったことを悲しむべきか。
 ナイフが喉を切り裂いた。
 喉から激しい血を噴き出しながら、レンが崩れ落ちる。
「なん、で」
 俺の首は無事だった。
 同時だったはずの一撃は、レンの方が遅くなっていた。
 頬を裂くだけで済んだ俺は一命を取り留めていた。
 俺への情でないことは確かだろう。すでに殺しているのだから。
 まるで、何かに気付いたように見えたけど……。
「ただの、気まぐれ、だ」
 レンの掠れた声が漏れる。
 何とか聞き取れる声で、レンは続けた。
「ああ。俺はいつもこうだ。
 今この瞬間の感情だけで行動してしまう。
 それはお前もだけどな? 仁」
 俺は何も答えられなかった。
 レンの命が弱まっていくのが分かった。
 全身を覆っていた影が消えて、右腕以外失った四肢が露わになる。
 晴れた空の下。
 仰向けで転がるレンは、幻覚を見るように呟き始めた。
 聞き間違いでなければ、それはこのように聞き取れた。
 ――はは、分かってますよ。
 ――分かってますから、そんなに叱らないでください。
 ――|『兄様』《兄》が|妹《弟》を殺すのは、おかしいのでしょう?
 ――貴方の言う『当たり前』はいつも正しくて、間違った俺は黙ってしまう。
 ――あの時、何も言えなくてごめんなさい。
 ――だから。
 ――そんなに蹴らないでくださいよ。
 ――最後の最後で、ちゃんと気付いたんですから。
 ――次は。
 ――次は、ちゃんと。
 微笑ましい誰かを眺めるように、青空の月を見上げるように、レンは息を引き取った。