表示設定
表示設定
目次 目次




第一部 59話 それぞれの切札

ー/ー



 レンは十分以上の距離を取り、今まで見た弟の武器が全て届かない距離まで離脱する。

 落ちて来た時計塔から離れ、周囲の林に紛れ込んだ。
 さらに木の上に陣取る。

 ――何度も確かめた。アイツに遠距離攻撃の手段はない。
 ――離れてしまえば、ただの的だ。

 レンが弟へ右手を向ける。
 弟の足元に魔法陣が広がった。

 弟は動かない。
 ナイフを握ったまま、じっと立ち尽くしている。

 ――なんだ?
 ――ナイフが細かく輝いているような?

 一瞬だけ違和感を覚えるが「まあいいか」と魔法陣を起動する。
 氷の槍がいくつも空中に浮かび上がる。

 ――全てを弾くことは難しいだろう。
 ――俺が捌けない量だからな。

 氷の槍が一斉に弟へと襲い掛かった。
 そして、その全てが粉々に砕けていた。

「何?」

「レン! 何か来る」

 使い魔の言葉に周囲を警戒する。
 しかし、脅威は見当たらなかった。

 ひゅん、という鋭い音がした。

「……何だと?」

 レンの左手首が宙を舞っていた。

 一瞬の後に右膝から下が斬り落とされる。
 そのまま木から落ちていった。

 レンはその間に左手首と右足を影で代用する。
 自由に動く義手義足だ。

 ついでに止血にもなるだろう、という考えだった。

 着地するなり、走り出す。
 正体が何であれ、このままでは切り刻まれて終わりだ。

 ひゅんひゅんひゅん、という音は続いている。

「嘘だろう?」

 レンの後を追い掛けるように林の木々が切り刻まれていったのだ。
 ばたばたとなぎ倒されていく。

 弟へとちらりと目を向ける。
 彼は立ち止まったまま、一歩も動いていなかった。

 やはり、ナイフは細かく輝いているように見える。
 そうして、レンは気が付いた。

「アイツ……神鋼で糸を作りやがった」

 彼がいた元の世界に鋼糸というものがある。
 言ってしまえば極細のワイヤーであり、細すぎて刃物と変わらない切れ味がある。

 彼の弟は、それを神鋼で錬金した。
 一体何百本、何千本、何万本の糸があるのか、想像したくもない。

 加えて、レンではその内の一本ですら切ることができない。
 それどころか、防ぐ術すらなかった。

 それは『アッシュ・クレフ』の宿題としてずっと残っていた、遠距離攻撃の手段だった。

「それは隠し玉すぎるだろう」

 レンは林の中を逃げ回る。
 どうにか避けられているのは、足元に風の魔法陣を敷いて命中精度を下げているからだ。

 それでも防ぎきれるものではなかった。

 左の肩から先も吹き飛んだ。
 続いて左の足首。

 全て影で代用する。

「仕方ない、か」

 レンは一つ呟くと、時計塔へと走り出した。
 この状況になってしまえば、弟を狙う他ない。

 しかし、真っ直ぐに突っ込んだら終わりだ。

 時計塔までたどり着くと、壁を蹴りつけて大きく跳び上がった。
 時計塔の壁が粉々に切り刻まれる。

 さらに影の足場を作成して時計塔の壁と交互に蹴る。
 時計塔の周りを飛び回る。そうして少しずつ高度を上げていった。

 やがて十分な高さを確保すると、大きく時計塔を蹴りつけた。
 ちょうど、弟の真上だった。ひゅんひゅんという音がする。

「リサ。影で糸を作れ。頭と右手、それから心臓。これだけ守ってほしい。
 相手の糸を十回ほど叩けば、軌道くらいなら逸らせるだろう」

「うん」

 そして、レンは準備を始めた。

「多分、こんな感じだったと思うんだ」



 レンが時計塔を蹴りつけて、大きく跳ぶ姿を俺は眺めていた。

『神鋼糸』が襲い掛かる。
 しかしレンも影で糸を作って弾いていた。

「まだ避けるのかよ」

『神鋼糸』の制御には馬鹿みたいな集中力が必要で、リックの力を借りても長くは使えない。この状態を保てるのは、あと三分程度だろう。

「っ」

 俺は息を呑んだ。

 レンが空中に影で魔法陣を描いていく。
 王都全域を覆うような巨大な魔法陣。それはレンの右手の魔法陣に繋げられていた。

 あの規模の魔法陣であれば、威力はどれほどだろう。
 絶え間なくレンを斬りつけるが、あの右腕が止められない。

「リック!」

 俺はリックに声を掛けて、攻撃から防御へと切り替える。
 リックと協力して『神鋼糸』を編んでゆく。

 間に合うか?

 魔法陣が起動する。
 同時に『神鋼糸』で巨大な盾を編み上げた。

 ――白い光が上空から地上へと落とされる。
 ――銀色の盾がその一撃を防ごうとしていた。

 盾は光を防いだものの、網目の荒い箇所からいくつかの光が漏れている。
 その内の一筋が俺の左肩に突き刺さった。

「ぐっ――」

 早く終われ、と繰り返し祈った。
 祈りが通じたのか、白い光は収まっていく。

『神鋼糸』を維持するだけの集中力がない。
 制御できなくなる前にナイフへと戻しておく。

 そこに……すた、という着地音。

 目を遣れば、レンが立っていた。
 左腕と両足を失って影で代用しているが、生きていた。

 しかし呼吸は荒く、魔力も流石に空だろう。

 俺も体力的に限界だった。
 加えて左肩も負傷した。

「まだ、生きているのか」

「お互い様だ」

 俺が思わず漏らすと、レンは思わず答えたようだった。



スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第一部 60話 コンマ五秒と次


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 レンは十分以上の距離を取り、今まで見た弟の武器が全て届かない距離まで離脱する。
 落ちて来た時計塔から離れ、周囲の林に紛れ込んだ。
 さらに木の上に陣取る。
 ――何度も確かめた。アイツに遠距離攻撃の手段はない。
 ――離れてしまえば、ただの的だ。
 レンが弟へ右手を向ける。
 弟の足元に魔法陣が広がった。
 弟は動かない。
 ナイフを握ったまま、じっと立ち尽くしている。
 ――なんだ?
 ――ナイフが細かく輝いているような?
 一瞬だけ違和感を覚えるが「まあいいか」と魔法陣を起動する。
 氷の槍がいくつも空中に浮かび上がる。
 ――全てを弾くことは難しいだろう。
 ――俺が捌けない量だからな。
 氷の槍が一斉に弟へと襲い掛かった。
 そして、その全てが粉々に砕けていた。
「何?」
「レン! 何か来る」
 使い魔の言葉に周囲を警戒する。
 しかし、脅威は見当たらなかった。
 ひゅん、という鋭い音がした。
「……何だと?」
 レンの左手首が宙を舞っていた。
 一瞬の後に右膝から下が斬り落とされる。
 そのまま木から落ちていった。
 レンはその間に左手首と右足を影で代用する。
 自由に動く義手義足だ。
 ついでに止血にもなるだろう、という考えだった。
 着地するなり、走り出す。
 正体が何であれ、このままでは切り刻まれて終わりだ。
 ひゅんひゅんひゅん、という音は続いている。
「嘘だろう?」
 レンの後を追い掛けるように林の木々が切り刻まれていったのだ。
 ばたばたとなぎ倒されていく。
 弟へとちらりと目を向ける。
 彼は立ち止まったまま、一歩も動いていなかった。
 やはり、ナイフは細かく輝いているように見える。
 そうして、レンは気が付いた。
「アイツ……神鋼で糸を作りやがった」
 彼がいた元の世界に鋼糸というものがある。
 言ってしまえば極細のワイヤーであり、細すぎて刃物と変わらない切れ味がある。
 彼の弟は、それを神鋼で錬金した。
 一体何百本、何千本、何万本の糸があるのか、想像したくもない。
 加えて、レンではその内の一本ですら切ることができない。
 それどころか、防ぐ術すらなかった。
 それは『アッシュ・クレフ』の宿題としてずっと残っていた、遠距離攻撃の手段だった。
「それは隠し玉すぎるだろう」
 レンは林の中を逃げ回る。
 どうにか避けられているのは、足元に風の魔法陣を敷いて命中精度を下げているからだ。
 それでも防ぎきれるものではなかった。
 左の肩から先も吹き飛んだ。
 続いて左の足首。
 全て影で代用する。
「仕方ない、か」
 レンは一つ呟くと、時計塔へと走り出した。
 この状況になってしまえば、弟を狙う他ない。
 しかし、真っ直ぐに突っ込んだら終わりだ。
 時計塔までたどり着くと、壁を蹴りつけて大きく跳び上がった。
 時計塔の壁が粉々に切り刻まれる。
 さらに影の足場を作成して時計塔の壁と交互に蹴る。
 時計塔の周りを飛び回る。そうして少しずつ高度を上げていった。
 やがて十分な高さを確保すると、大きく時計塔を蹴りつけた。
 ちょうど、弟の真上だった。ひゅんひゅんという音がする。
「リサ。影で糸を作れ。頭と右手、それから心臓。これだけ守ってほしい。
 相手の糸を十回ほど叩けば、軌道くらいなら逸らせるだろう」
「うん」
 そして、レンは準備を始めた。
「多分、こんな感じだったと思うんだ」
 レンが時計塔を蹴りつけて、大きく跳ぶ姿を俺は眺めていた。
『神鋼糸』が襲い掛かる。
 しかしレンも影で糸を作って弾いていた。
「まだ避けるのかよ」
『神鋼糸』の制御には馬鹿みたいな集中力が必要で、リックの力を借りても長くは使えない。この状態を保てるのは、あと三分程度だろう。
「っ」
 俺は息を呑んだ。
 レンが空中に影で魔法陣を描いていく。
 王都全域を覆うような巨大な魔法陣。それはレンの右手の魔法陣に繋げられていた。
 あの規模の魔法陣であれば、威力はどれほどだろう。
 絶え間なくレンを斬りつけるが、あの右腕が止められない。
「リック!」
 俺はリックに声を掛けて、攻撃から防御へと切り替える。
 リックと協力して『神鋼糸』を編んでゆく。
 間に合うか?
 魔法陣が起動する。
 同時に『神鋼糸』で巨大な盾を編み上げた。
 ――白い光が上空から地上へと落とされる。
 ――銀色の盾がその一撃を防ごうとしていた。
 盾は光を防いだものの、網目の荒い箇所からいくつかの光が漏れている。
 その内の一筋が俺の左肩に突き刺さった。
「ぐっ――」
 早く終われ、と繰り返し祈った。
 祈りが通じたのか、白い光は収まっていく。
『神鋼糸』を維持するだけの集中力がない。
 制御できなくなる前にナイフへと戻しておく。
 そこに……すた、という着地音。
 目を遣れば、レンが立っていた。
 左腕と両足を失って影で代用しているが、生きていた。
 しかし呼吸は荒く、魔力も流石に空だろう。
 俺も体力的に限界だった。
 加えて左肩も負傷した。
「まだ、生きているのか」
「お互い様だ」
 俺が思わず漏らすと、レンは思わず答えたようだった。