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第一部 58話 兄弟喧嘩

ー/ー



 俺は再びレンへと接近する。

 考え方は間違っていないはずだ。
 レンに奇襲をさせてはいけない。

 ただし、それが達成できていない。

 左の剣を真横に払う。
 右を袈裟に下ろし、返した左も袈裟に下ろす。

 両手を交差させた形だ。
 そこからさらに一歩、踏み込んで左右を同時に斬り払った。

 レンも弾いては不利になることが分かっているのだろう。
 決して黒いナイフで受けようとはしなかった。

 足元に魔法陣を敷いている。
 そうして影の探知に魔法の補助も加えて、避けて躱して凌いでいた。
 それで避けられていることに歯噛みする。

 レンが右のナイフで足を切りつけた。
 俺は右の剣を地面に立てるように防ぐ。

 左の剣で上段から斬り下ろした。
 レンが戦いにくそうな様子で左に転がる。

 避けられたものの、正面からの斬り合いであれば、やはり俺が有利だ。
 ほんの僅かな間、俺とレンが向かい合った。

「なぜ、今まで俺を殺さなかったんだ?」

 ふと、気になっていた質問が漏れた。

 兄さんが俺を殺す機会はいくらでもあった。
 同じ家で暮らしていたのだから。

 返事はないと思っていた。
 しかし、レンは口元を僅かに歪めた。

「何だ、この期に及んでお喋りか?」

 レンは言いながら走り寄る。
 そのまま右のナイフを一閃した。

「まあいいか。お前に興味があった。
 俺と血を分けた人間が、どのような人間なのか」

 俺は一歩下がろうと――

「ん?」

 足に違和感を感じる。

 ――一瞬だけ目を向ける。右足の下の地面に小さな魔法陣があった。

「俺と同類なのか?
 その点が気になった。単にそれだけの気まぐれだ」

 その瞬間、悪寒が走る。
 右足の靴底が凍って、縫い付けられている?

 目の前の一閃をひとまずしゃがんで避ける。

 レンは振り切った右手を広げた。
 そこに魔法陣があるのだろう、氷の槍が飛び出した。

 俺は左手の剣柄で右足を叩いて氷を砕くと、慌てて退いた。

「答えは、出たのか?」

 息を荒げて問いかける。
 レンが、くだらないと口を歪めた。

「分かっているだろう。
 だから殺し合っている」

 一呼吸だけ休憩して、次は俺が踏み込んだ。
 右手の剣を槍に変えて、そのまま三度突き込んだ。

「でも、どうしてだ?
 兄さんは皆から尊敬されていた! 誰よりも優れていた!」

 レンは点の攻撃など物ともせず、難なく避けていく。
 さらに一歩踏み込んで、左の剣を薙ぎ払った。

 同時に錬金。
 剣を長剣へと伸ばしてゆく。

「!?」

 逆にレンは一歩踏み込んだ。
 そのまま俺の左手首を蹴り飛ばして、斬撃を凌ぐ。

 レンの間合いだった。

 レンは俺の顔に手の平を突き付けた。
 慌ててしゃがむ。氷の槍が突き出す。

「理由があるわけではない。
 そういう人間なんだ」

 レンが右の膝で蹴り上げた。レンの舌打ち。
 今度は錬金で盾を作り上げて、何とか凌ぐ。

 レンが後ろへと跳ぶ音。
 以前、剣山を見せたことがあるから警戒したのだろう。

「理由もなく人を殺すなんて……そんな人間がいるなんて」

 盾から双剣に戻して、答える。

 レンの言葉は俺には共感できないものばかりだった。
 しかし、紛れもなく兄さんの言葉なのだろう。

「そうか? 嘘を吐くことが悪いことだとは、誰もが思うだろう。
 だが人は嘘を吐く。理由もなく吐く人間もいるだろう。
 この程度なら、と自分自身を許せるからだ。俺の殺人はこれに近い」

 俺は足を止めて、レンと向き合った。

 もう一度、口を開いた。
 恐らくは、これが俺の本心だ。

「そうだとしても。
 どれほど信頼していたと思う? どれほど感謝していたと思う?
 どれほど――羨んでいたと思う?」

 胸の内にずっと巣食っていた、暗い感情を口にした。

 ――俺が欲しいものを、すべて持っていたのに。

「では」

 レンは冷めた目でこちらを眺めている。
 一拍置いて続けた。

「誰かのために、お前が一歩を踏み出す度――俺がどれほど己を恥じたと思う?」

 言い終わって、レンは後ろへと跳んだ。

 後退を何度か繰り返す。
 明らかに距離を取り始めていた。

 俺は、咄嗟に追えなかった。

 ――気が付いた。
 ――いや、確信したんだ。

 俺は遠距離戦が一番弱い。

「リック」

「うん。使って良いと思うよ」

 俺はどうにか苦笑する。

「まだ五分しか持たないんだけどな……」



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 俺は再びレンへと接近する。
 考え方は間違っていないはずだ。
 レンに奇襲をさせてはいけない。
 ただし、それが達成できていない。
 左の剣を真横に払う。
 右を袈裟に下ろし、返した左も袈裟に下ろす。
 両手を交差させた形だ。
 そこからさらに一歩、踏み込んで左右を同時に斬り払った。
 レンも弾いては不利になることが分かっているのだろう。
 決して黒いナイフで受けようとはしなかった。
 足元に魔法陣を敷いている。
 そうして影の探知に魔法の補助も加えて、避けて躱して凌いでいた。
 それで避けられていることに歯噛みする。
 レンが右のナイフで足を切りつけた。
 俺は右の剣を地面に立てるように防ぐ。
 左の剣で上段から斬り下ろした。
 レンが戦いにくそうな様子で左に転がる。
 避けられたものの、正面からの斬り合いであれば、やはり俺が有利だ。
 ほんの僅かな間、俺とレンが向かい合った。
「なぜ、今まで俺を殺さなかったんだ?」
 ふと、気になっていた質問が漏れた。
 兄さんが俺を殺す機会はいくらでもあった。
 同じ家で暮らしていたのだから。
 返事はないと思っていた。
 しかし、レンは口元を僅かに歪めた。
「何だ、この期に及んでお喋りか?」
 レンは言いながら走り寄る。
 そのまま右のナイフを一閃した。
「まあいいか。お前に興味があった。
 俺と血を分けた人間が、どのような人間なのか」
 俺は一歩下がろうと――
「ん?」
 足に違和感を感じる。
 ――一瞬だけ目を向ける。右足の下の地面に小さな魔法陣があった。
「俺と同類なのか?
 その点が気になった。単にそれだけの気まぐれだ」
 その瞬間、悪寒が走る。
 右足の靴底が凍って、縫い付けられている?
 目の前の一閃をひとまずしゃがんで避ける。
 レンは振り切った右手を広げた。
 そこに魔法陣があるのだろう、氷の槍が飛び出した。
 俺は左手の剣柄で右足を叩いて氷を砕くと、慌てて退いた。
「答えは、出たのか?」
 息を荒げて問いかける。
 レンが、くだらないと口を歪めた。
「分かっているだろう。
 だから殺し合っている」
 一呼吸だけ休憩して、次は俺が踏み込んだ。
 右手の剣を槍に変えて、そのまま三度突き込んだ。
「でも、どうしてだ?
 兄さんは皆から尊敬されていた! 誰よりも優れていた!」
 レンは点の攻撃など物ともせず、難なく避けていく。
 さらに一歩踏み込んで、左の剣を薙ぎ払った。
 同時に錬金。
 剣を長剣へと伸ばしてゆく。
「!?」
 逆にレンは一歩踏み込んだ。
 そのまま俺の左手首を蹴り飛ばして、斬撃を凌ぐ。
 レンの間合いだった。
 レンは俺の顔に手の平を突き付けた。
 慌ててしゃがむ。氷の槍が突き出す。
「理由があるわけではない。
 そういう人間なんだ」
 レンが右の膝で蹴り上げた。レンの舌打ち。
 今度は錬金で盾を作り上げて、何とか凌ぐ。
 レンが後ろへと跳ぶ音。
 以前、剣山を見せたことがあるから警戒したのだろう。
「理由もなく人を殺すなんて……そんな人間がいるなんて」
 盾から双剣に戻して、答える。
 レンの言葉は俺には共感できないものばかりだった。
 しかし、紛れもなく兄さんの言葉なのだろう。
「そうか? 嘘を吐くことが悪いことだとは、誰もが思うだろう。
 だが人は嘘を吐く。理由もなく吐く人間もいるだろう。
 この程度なら、と自分自身を許せるからだ。俺の殺人はこれに近い」
 俺は足を止めて、レンと向き合った。
 もう一度、口を開いた。
 恐らくは、これが俺の本心だ。
「そうだとしても。
 どれほど信頼していたと思う? どれほど感謝していたと思う?
 どれほど――羨んでいたと思う?」
 胸の内にずっと巣食っていた、暗い感情を口にした。
 ――俺が欲しいものを、すべて持っていたのに。
「では」
 レンは冷めた目でこちらを眺めている。
 一拍置いて続けた。
「誰かのために、お前が一歩を踏み出す度――俺がどれほど己を恥じたと思う?」
 言い終わって、レンは後ろへと跳んだ。
 後退を何度か繰り返す。
 明らかに距離を取り始めていた。
 俺は、咄嗟に追えなかった。
 ――気が付いた。
 ――いや、確信したんだ。
 俺は遠距離戦が一番弱い。
「リック」
「うん。使って良いと思うよ」
 俺はどうにか苦笑する。
「まだ五分しか持たないんだけどな……」