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第一部 40話 二つ名『小惑星』

ー/ー



 鬼退治は驚くほどあっさりと終わってしまった。
 前日に使用した野営地でもう一泊する予定だったのに、今日の内に出発する。

「……アッシュ殿、どう思いましたか?」

「正直、違和感しかないです」

 ニナが頷く。

「流石は鬼の専門家っすね」

 ミアの方は冗談めかして言って、続ける。

「ま、同感っすけどね」

「俺が見てきた鬼と違い過ぎて、判断が難しい。
 魔物の個体差というのは大きいものなのかな?」

「んー、それこそ専門家ではないので断言は難しいのですが……一般的にはそこまでの差はないかと。個人的な意見を言えば、人間と同じ程度だと考えます」

「なるほど」

 人間の個人差と同じ、か。
 だとすると、違和感は消えない。

「とりあえず、今のところは持ち帰りじゃないっすか?
 今回の討伐隊の目的に情報収集は含まれていると思うっす」

「それしかないか……」

 夕暮れの街道を馬車が並んで進んでいく。
 今日はそろそろ野営だろうという頃。

「おい待て! こんな遅くにどこへ向かう?」

「すみませんすみません……どうしても、この積み荷を運びたくて」

 騎士団員の声に男性の声が返ってきた。
 どこかで聞き覚えがある気がした。

「しかし、見たところ一人だろう? この先は魔物もいるぞ」

「ですが……」

 気になって、馬車の中からひょこっと顔を出してみる。

「あ」

 思わず声が出る。

「ん?
 あ、アッシュ・クレフさん!?」

 そこには、アリスを拾うきっかけになった行商人がいた。

 詳しく話を聞いてみると、行商人は小さな山を越えた先にある町に商品を届けたいらしい。

「あのですね……。
 申し訳ないのですが、そこまで護衛して頂けないでしょうか?」

 行商人は本当に申し訳なさそうに頭を下げた。

「んー」

 考える素振りをするものの、答えは決まっていた。
 もともと商売を手伝うという約束だったし、あの一件でアリスを保護したのだ。恩は返すべきだ。

 さらに言えば、この人を見捨てて帰ったらブラウン団長に怒られる可能性すらある。予定より早く討伐も終わっているのだ。もう少しだけナタリーの面倒を見てもらおう。

 俺は行商人の護衛として、目的地まで付き合うことにした。
 ニナ達と軽い挨拶だけ交わすと、俺とミアは行商人の馬車へと移った。

「ミアも?」

「当ったり前じゃないっすか!? あたしはアッシュさんの護衛っすよ?
 良いですけど、一言相談欲しいっすねぇ?」

「あー、ごめんごめん」

 軽い世間話をしながら、馬車は進み始めた。

「いやぁ、助かりました。
 王都を出たものの、予定外の足止めを食らっちゃって……」

「気にしないでください」

「ちなみにどういう関係っすか?」

「この人が家出中のアリス――魔術師団長の娘を最初に保護したんだ」

「すごいじゃないっすか!?」

「やっぱりそういうことだったんですよねぇ?
 あの後、魔術師団長が突然やって来て大変だったんですよ」

「いや、多分俺の方が大変だった」

「魔術師団長が突然やってくるより大変なことってあります?」

「魔術師団長に誘拐犯と間違われた……」

「なんっすかそれ!」

 ミアがげらげらと笑っていた。



 俺達は山越えの途中で野宿をしていた。
 夜も更けた頃、見張り中のミアが岩陰に目を向ける。

「どうしたの?」

「魔物『王熊』っすかぁ……あたしがやります。護衛ですしね」

 魔物が姿を見せる。
 見た目は名前の通りに熊だが、特徴的なのは桁違いの膂力だ。
 一撃でバラバラになってもおかしくない、とブラウン団長から聞いている。

 警戒するように、熊が前足を持ち上げて立ち上がる。
 対するミアも一歩前へと踏み出した――まるで滑るように、ミアは一歩で『王熊』の懐に入っていた。

「!?」

 理屈は分からないが、スキルだろう。
 さらに転がるように下から『王熊』を蹴り上げる。
 思わず目を見開いた。熊の巨体が数メートルほど中に浮いたのだ。
 それほど威力がある一撃には見えない。

 後を追うように、ミアは跳び上がって追撃した。さらに巨体が浮く。
 引っ張られるようにミアが続いて浮いた。

 殴る度、蹴る度に熊は持ち上げられて、ミアが追う。
 最後にミアは『王熊』の体を足場に跳んで上を取った。

 夜空に獣と少女が浮かぶ。

 やはり『王熊』の体は何かに引っ張られるように、ミアの方へと持ち上げられて――

 少女が獣をぶん殴る。

 ――野宿している広場の中心へと叩き付けられた。

 動かない『王熊』の隣に降り立って、ミアは俺に笑い掛けた。

「スキル『引力』『斥力』を使うっす。
 二つ名『小惑星』で通ってます」

 ミアが気軽に手を挙げた。
「よっす」とでも言いそうだ。

 俺は咄嗟に言葉が出なかった。
 今更ながら『スキルマスター』の紹介だと思い出したのだ。

 良いか悪いか――行商人は最後まで起きなかった。



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 鬼退治は驚くほどあっさりと終わってしまった。
 前日に使用した野営地でもう一泊する予定だったのに、今日の内に出発する。
「……アッシュ殿、どう思いましたか?」
「正直、違和感しかないです」
 ニナが頷く。
「流石は鬼の専門家っすね」
 ミアの方は冗談めかして言って、続ける。
「ま、同感っすけどね」
「俺が見てきた鬼と違い過ぎて、判断が難しい。
 魔物の個体差というのは大きいものなのかな?」
「んー、それこそ専門家ではないので断言は難しいのですが……一般的にはそこまでの差はないかと。個人的な意見を言えば、人間と同じ程度だと考えます」
「なるほど」
 人間の個人差と同じ、か。
 だとすると、違和感は消えない。
「とりあえず、今のところは持ち帰りじゃないっすか?
 今回の討伐隊の目的に情報収集は含まれていると思うっす」
「それしかないか……」
 夕暮れの街道を馬車が並んで進んでいく。
 今日はそろそろ野営だろうという頃。
「おい待て! こんな遅くにどこへ向かう?」
「すみませんすみません……どうしても、この積み荷を運びたくて」
 騎士団員の声に男性の声が返ってきた。
 どこかで聞き覚えがある気がした。
「しかし、見たところ一人だろう? この先は魔物もいるぞ」
「ですが……」
 気になって、馬車の中からひょこっと顔を出してみる。
「あ」
 思わず声が出る。
「ん?
 あ、アッシュ・クレフさん!?」
 そこには、アリスを拾うきっかけになった行商人がいた。
 詳しく話を聞いてみると、行商人は小さな山を越えた先にある町に商品を届けたいらしい。
「あのですね……。
 申し訳ないのですが、そこまで護衛して頂けないでしょうか?」
 行商人は本当に申し訳なさそうに頭を下げた。
「んー」
 考える素振りをするものの、答えは決まっていた。
 もともと商売を手伝うという約束だったし、あの一件でアリスを保護したのだ。恩は返すべきだ。
 さらに言えば、この人を見捨てて帰ったらブラウン団長に怒られる可能性すらある。予定より早く討伐も終わっているのだ。もう少しだけナタリーの面倒を見てもらおう。
 俺は行商人の護衛として、目的地まで付き合うことにした。
 ニナ達と軽い挨拶だけ交わすと、俺とミアは行商人の馬車へと移った。
「ミアも?」
「当ったり前じゃないっすか!? あたしはアッシュさんの護衛っすよ?
 良いですけど、一言相談欲しいっすねぇ?」
「あー、ごめんごめん」
 軽い世間話をしながら、馬車は進み始めた。
「いやぁ、助かりました。
 王都を出たものの、予定外の足止めを食らっちゃって……」
「気にしないでください」
「ちなみにどういう関係っすか?」
「この人が家出中のアリス――魔術師団長の娘を最初に保護したんだ」
「すごいじゃないっすか!?」
「やっぱりそういうことだったんですよねぇ?
 あの後、魔術師団長が突然やって来て大変だったんですよ」
「いや、多分俺の方が大変だった」
「魔術師団長が突然やってくるより大変なことってあります?」
「魔術師団長に誘拐犯と間違われた……」
「なんっすかそれ!」
 ミアがげらげらと笑っていた。
 俺達は山越えの途中で野宿をしていた。
 夜も更けた頃、見張り中のミアが岩陰に目を向ける。
「どうしたの?」
「魔物『王熊』っすかぁ……あたしがやります。護衛ですしね」
 魔物が姿を見せる。
 見た目は名前の通りに熊だが、特徴的なのは桁違いの膂力だ。
 一撃でバラバラになってもおかしくない、とブラウン団長から聞いている。
 警戒するように、熊が前足を持ち上げて立ち上がる。
 対するミアも一歩前へと踏み出した――まるで滑るように、ミアは一歩で『王熊』の懐に入っていた。
「!?」
 理屈は分からないが、スキルだろう。
 さらに転がるように下から『王熊』を蹴り上げる。
 思わず目を見開いた。熊の巨体が数メートルほど中に浮いたのだ。
 それほど威力がある一撃には見えない。
 後を追うように、ミアは跳び上がって追撃した。さらに巨体が浮く。
 引っ張られるようにミアが続いて浮いた。
 殴る度、蹴る度に熊は持ち上げられて、ミアが追う。
 最後にミアは『王熊』の体を足場に跳んで上を取った。
 夜空に獣と少女が浮かぶ。
 やはり『王熊』の体は何かに引っ張られるように、ミアの方へと持ち上げられて――
 少女が獣をぶん殴る。
 ――野宿している広場の中心へと叩き付けられた。
 動かない『王熊』の隣に降り立って、ミアは俺に笑い掛けた。
「スキル『引力』『斥力』を使うっす。
 二つ名『小惑星』で通ってます」
 ミアが気軽に手を挙げた。
「よっす」とでも言いそうだ。
 俺は咄嗟に言葉が出なかった。
 今更ながら『スキルマスター』の紹介だと思い出したのだ。
 良いか悪いか――行商人は最後まで起きなかった。