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第一部 32話 黒ずくめのハーフエルフ

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 ハーフエルフの小国とは言うものの、実質は王国内の自治領である。
 さらに言えば王都に近い『ハーフエルフの森』の管理を任されているというのが実情だった。

 その『ハーフエルフの森』ではアルバート王子が抱える精鋭兵が野営をしていた。疑心暗鬼を際限なく膨らませる王子は、用心深く森に私兵を隠していたのだ。

 四十人から成る小隊を五つ。
 あちこちに散りばめることで、情報収集と保険に使っていた。



 まるで、隠すかのように。
 明るい満月に分厚い雲が掛かった。

 不自然な風が森を駆け抜けた。
 野営の火が一斉に消える。

「何事だ!?」

 小隊の指揮官が叫ぶ。
 指揮官を含んだ十人の分隊が警戒態勢を取った。

 続けて野営地のあちこちから火柱が上がる。

「わ、分かりません。突然魔法が……」

「魔法? 一体どこから――て、敵だ!」

 指揮官が一点を指さした。

「何だ? 黒い、ハーフエルフ?」

 褐色などではない。
 まるでインクを全身に塗りたくったように、全身が黒いハーフエルフだった。
 仮面でも付けているのか。

 獣道の向こうから、黒ずくめのハーフエルフが一歩前に出た。
 精鋭達が迎え撃とうと剣を構えた。指揮官を庇うように前へ出る。
 応えるように、黒ずくめは走り出した。一直線に迫ってくる。

「この!」

 精鋭達は迫る敵へと剣を突き出した。

「え」

 黒ずくめを串刺しにした背後で、指揮官の声が漏れた。
 頭上の樹から目の前に、串刺しになった相手と全く同じ姿が降ってきたのだ。

 もう一人の黒ずくめは指揮官の首を掴んだ。
 手の平から風が暴発した。風の刃で指揮官の首がズタズタに切り裂かれる。

「ごふっ」

「!?」

 串刺しになったはずの敵が霧散する。
 まるで初めから実体などなかったかのように。

 残った方の黒ずくめは放り投げた指揮官の腹を蹴りつけて三角跳びの要領で跳び上がる。指揮官の腹から黒い足場を伸ばして、さらに跳ぶ。

「隊長?」

 精鋭達が指揮官を振り返る。指揮官はいない。闇に目を凝らす。
 空中の黒ずくめは、足場から足場を斜めに伸ばして、今度は地面へと向けて跳躍した。

「ん?」

 精鋭達が異常に気付いて上を見る。黒ずくめがその背後に着地した。
 黒ずくめは精鋭達の背中へと、片手ずつ掌を押し当てる。

「がっ」

 両掌から氷柱を生やして、二人の心臓を串刺しにする。

「な……?」

 いつの間にか背後に立っていた黒ずくめへと、精鋭達は咄嗟に斬りかかる。
 だが、黒ずくめは心臓を串刺した死にかけの精鋭を、近くの無事な精鋭達へと押し付けた。

 致命傷を負った仲間に押し潰されるように、二人の精鋭が倒れ込む。
 黒ずくめは、闇に紛れるように下がっていく。

「どこだ!?」

 返事はなかった。
 代わりに闇から二本のナイフが飛んで、押し潰されて動けない二人の首に突き刺さった。

 精鋭達は残った五人で背中合わせになる。
 緊張で互いに震えながら、暗闇の中で必死に敵を探している。

 不意に、闇からナイフが飛んできた。

「くっ」

 一人が剣で弾く。
 しかし、真っ黒なナイフは弾かれた瞬間にその形を変えた。
 まるで大きな布のように広がって、精鋭達の視界を奪う。

「ッ!」

 黒ずくめは五人の背後へと迫っていた。
 黒い布の裏側を警戒する二人の首筋に、両手のナイフを後ろから突き立てる。

「ぅ――?」

 残った三人が振り返った。
 背中を向けた途端に、布は針のように姿を変える。
 針は二人の心臓を正確に貫いていた。

「え?」

 両隣の仲間が崩れる音を聞いて、最後の一人が間の抜けた声を上げる。
 その時、一際強い風が吹いた。月を覆っていた分厚い雲が流れていく。

 まるで、暴くかのように。
 明るい満月が暗闇を取り除いていく。

「どうして」

 残された一人が呆然と呟いた。

「どうして、魔法陣があるんだ!?」

 森のあちこち――至る所に魔法陣が描かれていた。
 昼間には一つもありはしなかった。
 それどころか一朝一夕で描ける数ではない。

「畜生!」

 最後の一人は脇目も振らずに逃げ出した。
 精鋭と呼ばれた矜持もすでにありはしなかった。

 彼はちらりと後ろを振り返った。
 化物はぼんやりと月を眺めている。

「た、助かった?」

 自分は見逃されたのだと思って、一息ついた。
 何気なく、足元を見た。

「なん、で?」

 魔法陣がぴたりと足元に付いてくる。
 走っても走っても付いてくる。

 やがて、魔法陣が起動し始めた。

「やめろ! 消えろ、消えろよ!」

 急いで足を止めて魔法陣を両手で消そうとする。

「消えない、どうして……これは一体? か、げ?」

 魔法陣から真っ赤な火柱が上がった。
 彼の疑問も命と一緒に消えていった。

 黒ずくめのハーフエルフは、まだ明るい満月を見上げていた。
 すぐに各個撃破を再開するだろうが、今はまだ。



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 ハーフエルフの小国とは言うものの、実質は王国内の自治領である。
 さらに言えば王都に近い『ハーフエルフの森』の管理を任されているというのが実情だった。
 その『ハーフエルフの森』ではアルバート王子が抱える精鋭兵が野営をしていた。疑心暗鬼を際限なく膨らませる王子は、用心深く森に私兵を隠していたのだ。
 四十人から成る小隊を五つ。
 あちこちに散りばめることで、情報収集と保険に使っていた。
 まるで、隠すかのように。
 明るい満月に分厚い雲が掛かった。
 不自然な風が森を駆け抜けた。
 野営の火が一斉に消える。
「何事だ!?」
 小隊の指揮官が叫ぶ。
 指揮官を含んだ十人の分隊が警戒態勢を取った。
 続けて野営地のあちこちから火柱が上がる。
「わ、分かりません。突然魔法が……」
「魔法? 一体どこから――て、敵だ!」
 指揮官が一点を指さした。
「何だ? 黒い、ハーフエルフ?」
 褐色などではない。
 まるでインクを全身に塗りたくったように、全身が黒いハーフエルフだった。
 仮面でも付けているのか。
 獣道の向こうから、黒ずくめのハーフエルフが一歩前に出た。
 精鋭達が迎え撃とうと剣を構えた。指揮官を庇うように前へ出る。
 応えるように、黒ずくめは走り出した。一直線に迫ってくる。
「この!」
 精鋭達は迫る敵へと剣を突き出した。
「え」
 黒ずくめを串刺しにした背後で、指揮官の声が漏れた。
 頭上の樹から目の前に、串刺しになった相手と全く同じ姿が降ってきたのだ。
 もう一人の黒ずくめは指揮官の首を掴んだ。
 手の平から風が暴発した。風の刃で指揮官の首がズタズタに切り裂かれる。
「ごふっ」
「!?」
 串刺しになったはずの敵が霧散する。
 まるで初めから実体などなかったかのように。
 残った方の黒ずくめは放り投げた指揮官の腹を蹴りつけて三角跳びの要領で跳び上がる。指揮官の腹から黒い足場を伸ばして、さらに跳ぶ。
「隊長?」
 精鋭達が指揮官を振り返る。指揮官はいない。闇に目を凝らす。
 空中の黒ずくめは、足場から足場を斜めに伸ばして、今度は地面へと向けて跳躍した。
「ん?」
 精鋭達が異常に気付いて上を見る。黒ずくめがその背後に着地した。
 黒ずくめは精鋭達の背中へと、片手ずつ掌を押し当てる。
「がっ」
 両掌から氷柱を生やして、二人の心臓を串刺しにする。
「な……?」
 いつの間にか背後に立っていた黒ずくめへと、精鋭達は咄嗟に斬りかかる。
 だが、黒ずくめは心臓を串刺した死にかけの精鋭を、近くの無事な精鋭達へと押し付けた。
 致命傷を負った仲間に押し潰されるように、二人の精鋭が倒れ込む。
 黒ずくめは、闇に紛れるように下がっていく。
「どこだ!?」
 返事はなかった。
 代わりに闇から二本のナイフが飛んで、押し潰されて動けない二人の首に突き刺さった。
 精鋭達は残った五人で背中合わせになる。
 緊張で互いに震えながら、暗闇の中で必死に敵を探している。
 不意に、闇からナイフが飛んできた。
「くっ」
 一人が剣で弾く。
 しかし、真っ黒なナイフは弾かれた瞬間にその形を変えた。
 まるで大きな布のように広がって、精鋭達の視界を奪う。
「ッ!」
 黒ずくめは五人の背後へと迫っていた。
 黒い布の裏側を警戒する二人の首筋に、両手のナイフを後ろから突き立てる。
「ぅ――?」
 残った三人が振り返った。
 背中を向けた途端に、布は針のように姿を変える。
 針は二人の心臓を正確に貫いていた。
「え?」
 両隣の仲間が崩れる音を聞いて、最後の一人が間の抜けた声を上げる。
 その時、一際強い風が吹いた。月を覆っていた分厚い雲が流れていく。
 まるで、暴くかのように。
 明るい満月が暗闇を取り除いていく。
「どうして」
 残された一人が呆然と呟いた。
「どうして、魔法陣があるんだ!?」
 森のあちこち――至る所に魔法陣が描かれていた。
 昼間には一つもありはしなかった。
 それどころか一朝一夕で描ける数ではない。
「畜生!」
 最後の一人は脇目も振らずに逃げ出した。
 精鋭と呼ばれた矜持もすでにありはしなかった。
 彼はちらりと後ろを振り返った。
 化物はぼんやりと月を眺めている。
「た、助かった?」
 自分は見逃されたのだと思って、一息ついた。
 何気なく、足元を見た。
「なん、で?」
 魔法陣がぴたりと足元に付いてくる。
 走っても走っても付いてくる。
 やがて、魔法陣が起動し始めた。
「やめろ! 消えろ、消えろよ!」
 急いで足を止めて魔法陣を両手で消そうとする。
「消えない、どうして……これは一体? か、げ?」
 魔法陣から真っ赤な火柱が上がった。
 彼の疑問も命と一緒に消えていった。
 黒ずくめのハーフエルフは、まだ明るい満月を見上げていた。
 すぐに各個撃破を再開するだろうが、今はまだ。