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第一部 31話 不殺の報酬

ー/ー



 レンが目を開ける。
 目の前に砕けた壁の破片があった。

 体を起こして、周囲を見回す。辺り一面は廃墟だった。
 屋敷は崩れ落ちて跡形もない。動く物は一つも見つからなかった。

「姫」

 レンは呟くと、最後に見た姫の場所へと歩き始める。
 レンの体には傷一つなかった。

 あちこちに事切れた姫の従者や関係者が転がっている。

 ――助かるはずはない。

 無意識に頭を動かしてしまう。

 ――ああ、レンの知識があるな。
 ――あいつは魔術が得意だったんだな。
 ――ずっと欲しかった、この世界の常識も手に入った。

 ――『影の精霊』は無事だな。
 ――なるほど、影の中までは焼き払えないか。
 ――あいつはリサと言うんだな。

 ――犯人は決まっている。
 ――自分の妹とその協力者を殺すために、この辺り一帯を焼き払ったんだ。

 ――地下道の整備で異変?
 ――テロリストが地下道を使って地上に大魔法を放ったってか?
 ――自分は阻止するために席を外して助かったと言うんだろう?

 ――はは、良く出来たシナリオだ。
 ――だけど俺は知ってるぞ、自作自演なんだろう? バレバレだよ。
 ――そりゃあそうだ、まさに俺の手口だッ!

 姫のいた場所までやってくると、レンは無言で瓦礫を退けていく。

「姫」

 姫が見つかった。
 心の底から驚く。姫は生きていた。
 いや――まだ死んでいなかった。

 近くにいた側近が幾重にも身を挺して盾となっている。
 魔術師たちが咄嗟に張った盾の名残がいくつもある。

 ――大したものだ。俺は反応すらできなかった。
 ――この人たちは全員、守るために動いたのか。

 レンは姫の側に座り、その顔を覗き込んだ。

「……ぁ、レンだ。
 良かった。無事だったんだね」

 レンには信じられなかった。
 恐らく姫が分かっているのは、突然自分が瀕死になったことくらいだろう。
 その情報を持っているから、レンの顔を見て安心したのだと。

「いえ」

 ――馬鹿か。もう少し気の利いたことも言えないのか。
 ――姫が瀕死で俺が無事。それで良いはずがない。
 ――それが一番悪いはずなのだ。

 でも、言葉が出なかった。
 時間はあまり残っていない。

「だけどね、レン。おかしいんだ。
 何度考えても、おかしいんだ」

 ボロボロに微笑んで、姫は首を傾げる。

「何が、ですか?」

「だって『兄様』なのにね。
 おかしいよね……?」

 思わず息を呑む。何も言えなかった。
 どうしても、言えなかった。

「おかしいなぁ……?」

 首を傾げるように、姫が息を引き取った。
 その頬に涙が伝う。

 レンは思う。
 聡明な姫だった。自分が兄に殺されたと正確に分かっていたのだ。
 ただ、兄が自分を殺す理由が分からなかった。
 よく分からない理由で兄を警戒する必要性も感じなかった。
 そのまま、最期の最期まで分からなかったのだ。
 自分が殺される理由が分からなかった。
 当然だ――そんなものはない。ただの猜疑心と嫉妬だ。

 レンは何度も姫の亡骸を眺めて、何度も死んでいることを確かめている自分に気付く。

 無駄だと分かっていながら、最後にもう一度だけ確かめて、諦めた。
 大魔法は屋敷のあった区画をすべて吹き飛ばして、瓦礫の山だけが辺り一面に広がっていた。

 苦鳴も尽きた静かな夜。
 死が闇に溶けていく様な気がして、美しいけど肌寒かった。
 両膝を突き、亡骸に囲まれ天を仰ぐ。

 ――ああ、本当だ。
 ――確かに綺麗な満月ですね。

 誰よりも優しい笑顔に叱られたとしても。
 人であるために必要な枷を引き千切ってでも。

「殺すべきだった……」

 元従者が呟いた。
 げしげしと彼を蹴りつけた、小さな暴君はもういない。

「……殺せば良かったッ!」

 殺人鬼が吠えた。
 人でなしの彼を止めてくれた、気高い魂も消え去った。

 主も枷も失って、彼は晴れて自由の身となった。
 それが何を意味するのか、正確に知る者は――決して多くない。

殺せば良かった


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 レンが目を開ける。
 目の前に砕けた壁の破片があった。
 体を起こして、周囲を見回す。辺り一面は廃墟だった。
 屋敷は崩れ落ちて跡形もない。動く物は一つも見つからなかった。
「姫」
 レンは呟くと、最後に見た姫の場所へと歩き始める。
 レンの体には傷一つなかった。
 あちこちに事切れた姫の従者や関係者が転がっている。
 ――助かるはずはない。
 無意識に頭を動かしてしまう。
 ――ああ、レンの知識があるな。
 ――あいつは魔術が得意だったんだな。
 ――ずっと欲しかった、この世界の常識も手に入った。
 ――『影の精霊』は無事だな。
 ――なるほど、影の中までは焼き払えないか。
 ――あいつはリサと言うんだな。
 ――犯人は決まっている。
 ――自分の妹とその協力者を殺すために、この辺り一帯を焼き払ったんだ。
 ――地下道の整備で異変?
 ――テロリストが地下道を使って地上に大魔法を放ったってか?
 ――自分は阻止するために席を外して助かったと言うんだろう?
 ――はは、良く出来たシナリオだ。
 ――だけど俺は知ってるぞ、自作自演なんだろう? バレバレだよ。
 ――そりゃあそうだ、まさに俺の手口だッ!
 姫のいた場所までやってくると、レンは無言で瓦礫を退けていく。
「姫」
 姫が見つかった。
 心の底から驚く。姫は生きていた。
 いや――まだ死んでいなかった。
 近くにいた側近が幾重にも身を挺して盾となっている。
 魔術師たちが咄嗟に張った盾の名残がいくつもある。
 ――大したものだ。俺は反応すらできなかった。
 ――この人たちは全員、守るために動いたのか。
 レンは姫の側に座り、その顔を覗き込んだ。
「……ぁ、レンだ。
 良かった。無事だったんだね」
 レンには信じられなかった。
 恐らく姫が分かっているのは、突然自分が瀕死になったことくらいだろう。
 その情報を持っているから、レンの顔を見て安心したのだと。
「いえ」
 ――馬鹿か。もう少し気の利いたことも言えないのか。
 ――姫が瀕死で俺が無事。それで良いはずがない。
 ――それが一番悪いはずなのだ。
 でも、言葉が出なかった。
 時間はあまり残っていない。
「だけどね、レン。おかしいんだ。
 何度考えても、おかしいんだ」
 ボロボロに微笑んで、姫は首を傾げる。
「何が、ですか?」
「だって『兄様』なのにね。
 おかしいよね……?」
 思わず息を呑む。何も言えなかった。
 どうしても、言えなかった。
「おかしいなぁ……?」
 首を傾げるように、姫が息を引き取った。
 その頬に涙が伝う。
 レンは思う。
 聡明な姫だった。自分が兄に殺されたと正確に分かっていたのだ。
 ただ、兄が自分を殺す理由が分からなかった。
 よく分からない理由で兄を警戒する必要性も感じなかった。
 そのまま、最期の最期まで分からなかったのだ。
 自分が殺される理由が分からなかった。
 当然だ――そんなものはない。ただの猜疑心と嫉妬だ。
 レンは何度も姫の亡骸を眺めて、何度も死んでいることを確かめている自分に気付く。
 無駄だと分かっていながら、最後にもう一度だけ確かめて、諦めた。
 大魔法は屋敷のあった区画をすべて吹き飛ばして、瓦礫の山だけが辺り一面に広がっていた。
 苦鳴も尽きた静かな夜。
 死が闇に溶けていく様な気がして、美しいけど肌寒かった。
 両膝を突き、亡骸に囲まれ天を仰ぐ。
 ――ああ、本当だ。
 ――確かに綺麗な満月ですね。
 誰よりも優しい笑顔に叱られたとしても。
 人であるために必要な枷を引き千切ってでも。
「殺すべきだった……」
 元従者が呟いた。
 げしげしと彼を蹴りつけた、小さな暴君はもういない。
「……殺せば良かったッ!」
 殺人鬼が吠えた。
 人でなしの彼を止めてくれた、気高い魂も消え去った。
 主も枷も失って、彼は晴れて自由の身となった。
 それが何を意味するのか、正確に知る者は――決して多くない。