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第一部 23話 鍵

ー/ー



 そこは、王都のすぐ手前にある漁村だった。
 良く似た女の子を見たという話があったので、ブラウン団長と二手に分かれてナタリーを探している。

「……っ」

 日が落ちて暗くなった海辺にナタリーの後ろ姿を見つけた。
 静かに、速く、走り寄っていく。ナタリーはぼうっと海を眺めているようだった。

「やっと追いついたぞ!」

 間合いに入った瞬間、すぐさま捕まえて羽交い締めにする。
 ナタリーはばたばたと抵抗し、逃げ出そうとする。

「放してぇ!」

 ナタリーが村を飛び出して四日経ってからの確保だった。
 明日には王都に着く計算だ。良くぞここまで来たものだと感心する。

「どれだけ大変だったと思う!?
 村中が徹夜で小さな留め具を探したんだ。
 重要な馬具の留め具でな。あれがないと、馬が馬車を引けなかったんだ……」

 感情に任せて、俺は怒鳴りつける。
 ナタリーはと言えば、むっとした顔を左右に振り回してじたばたと逃げ出そうとしている。

「でも村中をひっくり返しても見つからない。
 明け方に一度家へ帰って、体を洗ったら見つけたよ」

 自分の感情を抑えられない。
 言わずにはいられなかった。

「なんで俺の旅行鞄に入ってるんだよ!?
 それもズボンのポケットの中だぞ、一つ一つの発想がえっぐいんだよ! 天才かッ!」

 大声で喚いて、俺はナタリーを振り向かせた。
 肩を掴んで正面から見据える。

 ナタリーは顔を背け、こちらを見ようとしない。
 俺の感情も止まらない。

「この話を聞いて、どんな気持ちで俺が一晩中探していたと思う!?
 こんな真似をされたのに、留め具が見つかってどれほど喜んだと思う!?
 こうして話が出来ていることに、どれだけ安心していると思う!?
 ああ、今にも膝が崩れ落ちそうだ――お前に何かあったら、俺は俺にどんな顔して会いに行けば良いんだろう……?」

「? でも」

 俺の言いように一瞬だけ不審な顔をしたが、一度だけ洟を啜ってナタリーも叫び返した。

「でも、お兄ちゃんはずっと一緒にいてくれるって、約束したじゃない!
 いつでも『怖い鬼』から守ってあげるって、言ってくれたじゃない!」

 大きな声で怒鳴り終わると、そのままわんわんと泣き出してしまう。

 驚くのは俺の番だった。
 指摘に気が付いて驚かされたのではない。

 俺の記憶になかったのだ。
 アッシュとして引き継いだ記憶に、その言葉はなかった。『怖い鬼』?

「あらら、そんなに怖くないよ」

 不意に響いた声で振り返る。
 その光景に心臓が高鳴った。

 一際高い樹の天辺にその姿があった。
 青くて小さな体に短い角。左右の腰に佩いているのは、刀に見えた。

「青い、鬼」

 とん、と跳んで『青鬼』は着地した。

 俺は咄嗟にメタルスライムを構える。
 後ろに庇ったナタリーが体を震わせたのが分かった。

「そうか、狙いはナタリーだったか」

「ずっとそうだよ。いやー、見つかって良かった。俺たちも見失っちゃってさ」

「村にいた時から?」

「うん」

「……どうして今?」

「ふふふ、その質問は馬鹿だろ」

 ――知ってる。
 ――王都に入る前。ブラウン団長がいない。日が落ちて人目もない。
 ――俺が襲う側だとしても、今だ。

「ちなみに、俺の妹に何の用だ?」

「運命って知ってる?」

 青鬼は道を訊くように、質問で返した。

「…………」

 表情に出さないように気を付ける。上手く出来ているだろうか?

「その鍵の一つは彼女が握っているらしくてね?」

「…………」

 表情を隠すのは諦めるしかない。内容が内容だ。

 ――ああ、そういうことか。

 直感的に理解した。
 確証があるわけではないが、自信があった。

 だから、口の中だけで可能な限り罵倒を開始した。

「神様を自称して他人を騙す虚言癖野郎がッ」
「詐欺罪で地獄に落ちろ! 見かける事があったら嘘吐きを笑ってやるよ」

 声は出さずに、ひたすら罵倒を続ける。

「何が、分岐点に関わるな、だ」
「今の話は未来の『ナタリー』が分岐点を決めるかも知れないという意味だ。
『青鬼』の言葉で言えば『鍵』ということになるのだろう」
「だから俺は『アッシュ』だったんだな?」
「お前は『ナタリー』に死なれたら困るから」
「あの日の『赤鬼』に殺されるのが嫌だから!」

「お前の言葉については色々と考えたよ」
「お前の言う『分岐点に関わる人』とは歴史的な選択肢一つを担う人なのだろう?」
「言い換えれば『鍵』が一人死ぬということは『運命』の用意した歴史から選択肢が一つ消えるという意味なんだろう?」
「用意した歴史が全て消えた状態を、『鍵』が全て死んだ状態を、『運命が変わる』と呼んだのだろう?」
「その『運命』の中にいる、この世界の住人ではその状態を作れない仕組みだと言うんだろう?
 本来は『鍵』が全て死ぬ状態は有り得ない『運命』なのだと!」

「だから『黒幕』は兄さんに『鍵』を殺して欲しいんだ、とお前は言った」
「だけどお前は俺に『鍵』を守って欲しい、なんて言わなかったじゃないか」

「俺達は『運命』に縛られず、殺すことも守ることもできるから。
 でもあまりにもアンフェアな契約だ」
「『ナタリー』が生きていれば『鍵』が全て死ぬ状況は有り得ない」
「俺が自分の妹を守っているだけで『運命』も変わらないように仕向けたな?」

「『アッシュ(俺達)』が『ナタリー()』を守る理由に『運命(お前の都合)』を混ぜて歪めたな?」

 自称『神様で良いや』が肩を竦めたような気がした。
 さらに両掌を上に向けて持ち上げながら、口を歪めた気さえした。
 おまけに「別に良いじゃないか」というリアルな幻聴まであった。
 ――終いに幻聴は続けてこう言った。

「妹を守って殺人鬼を止めればハッピーエンド。違うのか?」

「何も違わない。ただしラストはお前をぶん殴るシーンだ」



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 そこは、王都のすぐ手前にある漁村だった。
 良く似た女の子を見たという話があったので、ブラウン団長と二手に分かれてナタリーを探している。
「……っ」
 日が落ちて暗くなった海辺にナタリーの後ろ姿を見つけた。
 静かに、速く、走り寄っていく。ナタリーはぼうっと海を眺めているようだった。
「やっと追いついたぞ!」
 間合いに入った瞬間、すぐさま捕まえて羽交い締めにする。
 ナタリーはばたばたと抵抗し、逃げ出そうとする。
「放してぇ!」
 ナタリーが村を飛び出して四日経ってからの確保だった。
 明日には王都に着く計算だ。良くぞここまで来たものだと感心する。
「どれだけ大変だったと思う!?
 村中が徹夜で小さな留め具を探したんだ。
 重要な馬具の留め具でな。あれがないと、馬が馬車を引けなかったんだ……」
 感情に任せて、俺は怒鳴りつける。
 ナタリーはと言えば、むっとした顔を左右に振り回してじたばたと逃げ出そうとしている。
「でも村中をひっくり返しても見つからない。
 明け方に一度家へ帰って、体を洗ったら見つけたよ」
 自分の感情を抑えられない。
 言わずにはいられなかった。
「なんで俺の旅行鞄に入ってるんだよ!?
 それもズボンのポケットの中だぞ、一つ一つの発想がえっぐいんだよ! 天才かッ!」
 大声で喚いて、俺はナタリーを振り向かせた。
 肩を掴んで正面から見据える。
 ナタリーは顔を背け、こちらを見ようとしない。
 俺の感情も止まらない。
「この話を聞いて、どんな気持ちで俺が一晩中探していたと思う!?
 こんな真似をされたのに、留め具が見つかってどれほど喜んだと思う!?
 こうして話が出来ていることに、どれだけ安心していると思う!?
 ああ、今にも膝が崩れ落ちそうだ――お前に何かあったら、俺は俺にどんな顔して会いに行けば良いんだろう……?」
「? でも」
 俺の言いように一瞬だけ不審な顔をしたが、一度だけ洟を啜ってナタリーも叫び返した。
「でも、お兄ちゃんはずっと一緒にいてくれるって、約束したじゃない!
 いつでも『怖い鬼』から守ってあげるって、言ってくれたじゃない!」
 大きな声で怒鳴り終わると、そのままわんわんと泣き出してしまう。
 驚くのは俺の番だった。
 指摘に気が付いて驚かされたのではない。
 俺の記憶になかったのだ。
 アッシュとして引き継いだ記憶に、その言葉はなかった。『怖い鬼』?
「あらら、そんなに怖くないよ」
 不意に響いた声で振り返る。
 その光景に心臓が高鳴った。
 一際高い樹の天辺にその姿があった。
 青くて小さな体に短い角。左右の腰に佩いているのは、刀に見えた。
「青い、鬼」
 とん、と跳んで『青鬼』は着地した。
 俺は咄嗟にメタルスライムを構える。
 後ろに庇ったナタリーが体を震わせたのが分かった。
「そうか、狙いはナタリーだったか」
「ずっとそうだよ。いやー、見つかって良かった。俺たちも見失っちゃってさ」
「村にいた時から?」
「うん」
「……どうして今?」
「ふふふ、その質問は馬鹿だろ」
 ――知ってる。
 ――王都に入る前。ブラウン団長がいない。日が落ちて人目もない。
 ――俺が襲う側だとしても、今だ。
「ちなみに、俺の妹に何の用だ?」
「運命って知ってる?」
 青鬼は道を訊くように、質問で返した。
「…………」
 表情に出さないように気を付ける。上手く出来ているだろうか?
「その鍵の一つは彼女が握っているらしくてね?」
「…………」
 表情を隠すのは諦めるしかない。内容が内容だ。
 ――ああ、そういうことか。
 直感的に理解した。
 確証があるわけではないが、自信があった。
 だから、口の中だけで可能な限り罵倒を開始した。
「神様を自称して他人を騙す虚言癖野郎がッ」
「詐欺罪で地獄に落ちろ! 見かける事があったら嘘吐きを笑ってやるよ」
 声は出さずに、ひたすら罵倒を続ける。
「何が、分岐点に関わるな、だ」
「今の話は未来の『ナタリー』が分岐点を決めるかも知れないという意味だ。
『青鬼』の言葉で言えば『鍵』ということになるのだろう」
「だから俺は『アッシュ』だったんだな?」
「お前は『ナタリー』に死なれたら困るから」
「あの日の『赤鬼』に殺されるのが嫌だから!」
「お前の言葉については色々と考えたよ」
「お前の言う『分岐点に関わる人』とは歴史的な選択肢一つを担う人なのだろう?」
「言い換えれば『鍵』が一人死ぬということは『運命』の用意した歴史から選択肢が一つ消えるという意味なんだろう?」
「用意した歴史が全て消えた状態を、『鍵』が全て死んだ状態を、『運命が変わる』と呼んだのだろう?」
「その『運命』の中にいる、この世界の住人ではその状態を作れない仕組みだと言うんだろう?
 本来は『鍵』が全て死ぬ状態は有り得ない『運命』なのだと!」
「だから『黒幕』は兄さんに『鍵』を殺して欲しいんだ、とお前は言った」
「だけどお前は俺に『鍵』を守って欲しい、なんて言わなかったじゃないか」
「俺達は『運命』に縛られず、殺すことも守ることもできるから。
 でもあまりにもアンフェアな契約だ」
「『ナタリー』が生きていれば『鍵』が全て死ぬ状況は有り得ない」
「俺が自分の妹を守っているだけで『運命』も変わらないように仕向けたな?」
「『|アッシュ《俺達》』が『|ナタリー《妹》』を守る理由に『|運命《お前の都合》』を混ぜて歪めたな?」
 自称『神様で良いや』が肩を竦めたような気がした。
 さらに両掌を上に向けて持ち上げながら、口を歪めた気さえした。
 おまけに「別に良いじゃないか」というリアルな幻聴まであった。
 ――終いに幻聴は続けてこう言った。
「妹を守って殺人鬼を止めればハッピーエンド。違うのか?」
「何も違わない。ただしラストはお前をぶん殴るシーンだ」