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第一部 13話 天敵

ー/ー



「では、私は帰ります」

 しばらく意気消沈していたが、やがて顔を上げてニナは言った。

「はい」

 俺は頷く。
 良い返事はできなかったが、丁寧に対応してもらったと思っている。

「もし、気が変わったら声を掛けてください。
 団長に話を通す位はします」

 ニナは柔らかく微笑んだ。頭を下げて礼を言う。

「……都合良いなぁ」

 小さいが、良く通る声でセシリーが呟いた。

「……何ですか?」

 ニナも少し不機嫌そうに応じる。

「いいえ。何でもありませんよ。
 断られても諦めないのが押し売りに似ていると思っただけです」

 セシリーがとげとげしい声を返した。

 珍しい。

 というか、初めて見た。
 セシリーがこんなに不機嫌になるなんて。

 思い返してみれば、セシリーは最初から不機嫌そうにしていた気がする。

「アッシュ殿にそれだけの価値があるということです。
 ……貴方には言っていないので、お気になさらず」

 セシリーが嫌らしい笑みを浮かべる。
 ああ、やばい。

「そうでしょうね。
 騎士様より強いみたいですから」

 ニナが「ほう」と好戦的な笑みを返す。
 やばいやばい。

「それは確かに。
 ところで貴方は?」

「セシリー・ルイスと申します」

「ああ! 確か『赤鬼』の被害者の。
 アッシュ殿が守ってくれたそうですね」

「ええ!
 騎士団が倒せなかった『赤鬼』に襲われまして」

 俺は何が起こっているのか、理解できないでいた。
 いつの間にか状況は最悪である。

 おかしい。
 二人とも温厚な人柄なのに、何故こんなことに?

 二人は少しずつ近づいて行き、今は至近距離で言い合っている。
 何が恐ろしいかと言えば、二人ともにこやかな笑顔なのである。

「あ、あの――」

 意を決して口を開く。

「黙ってて」「静かに」

 二人が同時に俺を見る。
 何故かその瞬間だけは真顔だった。

 俺はこくこくと何度も頷く。もはや声が出せない。
 強盗に拳銃を突き付けられているような気分だった。

 永遠に思えるほど長い間、二人は笑顔で言い合って――日が暮れ始めた。

「流石に長居し過ぎました。村を発ちます」

「――もが」

 千載一遇の機会である。
 何かを言う前にセシリーの口を塞いだ。

 セシリーは「もがもが」と暴れるが、全力で封じる。

 二人に背を向けて、ニナは去っていった。
 しばらく経つと、馬が走っていく姿が見えた。

 しばらくの間、セシリーはむすっとした顔で俯いていた。

「どうしたんだよ?
 珍しいじゃないか」

「分からない。
 でも、何故か腹が立っちゃって……何でだろう?」

 もちろんセシリーは悪いが、ニナもニナだよな。

 見た限り、この程度のことで腹を立てるようには見えないんだが……反りが合わないってやつか? だとしたら、合わなすぎだろう。

 今にもニナへ向けて舌を出しそうな様子で、セシリーは唸っている。猛獣か。

 遠目に馬上からニナがちらりと振り返った気がした。
 俺へ向けて微笑んだ後、セシリーを睨みつけた……ような気がした。
 何故か気のせいだとは思えなかった。

「……どうして本気で戦ったの?」

 長く沈黙してニナの背中が遠く小さくなった頃、囁くように言った。

 手の内を見せたようなものだからなぁ。
 騎士団に入るつもりがないなら、わざと負けた方が良い……か。

「いや、手を抜いても見抜かれただろう」

「まあ、それは――そうかも、だけど」

 渋々といった様子でセシリーは頷く。
 認めたくないが、認めざるを得ないという様子だった。

「それに、実際は完敗だよ。
 格上にわざと負けても意味はないだろう?」

 リックの力で勝っただけだ。それもほとんどルール違反。
 剣技では完全に後れを取っている。それに、相手は『使い魔』も使っていない。

 セシリーは悔しそうな顔でニナの姿を睨んでいる。
 やがてその姿が丘の向こうへと消える瞬間。

「べー、だ」

 うわ。
 本当にやりやがった。



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「では、私は帰ります」
 しばらく意気消沈していたが、やがて顔を上げてニナは言った。
「はい」
 俺は頷く。
 良い返事はできなかったが、丁寧に対応してもらったと思っている。
「もし、気が変わったら声を掛けてください。
 団長に話を通す位はします」
 ニナは柔らかく微笑んだ。頭を下げて礼を言う。
「……都合良いなぁ」
 小さいが、良く通る声でセシリーが呟いた。
「……何ですか?」
 ニナも少し不機嫌そうに応じる。
「いいえ。何でもありませんよ。
 断られても諦めないのが押し売りに似ていると思っただけです」
 セシリーがとげとげしい声を返した。
 珍しい。
 というか、初めて見た。
 セシリーがこんなに不機嫌になるなんて。
 思い返してみれば、セシリーは最初から不機嫌そうにしていた気がする。
「アッシュ殿にそれだけの価値があるということです。
 ……貴方には言っていないので、お気になさらず」
 セシリーが嫌らしい笑みを浮かべる。
 ああ、やばい。
「そうでしょうね。
 騎士様より強いみたいですから」
 ニナが「ほう」と好戦的な笑みを返す。
 やばいやばい。
「それは確かに。
 ところで貴方は?」
「セシリー・ルイスと申します」
「ああ! 確か『赤鬼』の被害者の。
 アッシュ殿が守ってくれたそうですね」
「ええ!
 騎士団が倒せなかった『赤鬼』に襲われまして」
 俺は何が起こっているのか、理解できないでいた。
 いつの間にか状況は最悪である。
 おかしい。
 二人とも温厚な人柄なのに、何故こんなことに?
 二人は少しずつ近づいて行き、今は至近距離で言い合っている。
 何が恐ろしいかと言えば、二人ともにこやかな笑顔なのである。
「あ、あの――」
 意を決して口を開く。
「黙ってて」「静かに」
 二人が同時に俺を見る。
 何故かその瞬間だけは真顔だった。
 俺はこくこくと何度も頷く。もはや声が出せない。
 強盗に拳銃を突き付けられているような気分だった。
 永遠に思えるほど長い間、二人は笑顔で言い合って――日が暮れ始めた。
「流石に長居し過ぎました。村を発ちます」
「――もが」
 千載一遇の機会である。
 何かを言う前にセシリーの口を塞いだ。
 セシリーは「もがもが」と暴れるが、全力で封じる。
 二人に背を向けて、ニナは去っていった。
 しばらく経つと、馬が走っていく姿が見えた。
 しばらくの間、セシリーはむすっとした顔で俯いていた。
「どうしたんだよ?
 珍しいじゃないか」
「分からない。
 でも、何故か腹が立っちゃって……何でだろう?」
 もちろんセシリーは悪いが、ニナもニナだよな。
 見た限り、この程度のことで腹を立てるようには見えないんだが……反りが合わないってやつか? だとしたら、合わなすぎだろう。
 今にもニナへ向けて舌を出しそうな様子で、セシリーは唸っている。猛獣か。
 遠目に馬上からニナがちらりと振り返った気がした。
 俺へ向けて微笑んだ後、セシリーを睨みつけた……ような気がした。
 何故か気のせいだとは思えなかった。
「……どうして本気で戦ったの?」
 長く沈黙してニナの背中が遠く小さくなった頃、囁くように言った。
 手の内を見せたようなものだからなぁ。
 騎士団に入るつもりがないなら、わざと負けた方が良い……か。
「いや、手を抜いても見抜かれただろう」
「まあ、それは――そうかも、だけど」
 渋々といった様子でセシリーは頷く。
 認めたくないが、認めざるを得ないという様子だった。
「それに、実際は完敗だよ。
 格上にわざと負けても意味はないだろう?」
 リックの力で勝っただけだ。それもほとんどルール違反。
 剣技では完全に後れを取っている。それに、相手は『使い魔』も使っていない。
 セシリーは悔しそうな顔でニナの姿を睨んでいる。
 やがてその姿が丘の向こうへと消える瞬間。
「べー、だ」
 うわ。
 本当にやりやがった。