第一部 14話 よく眠り、よく叫び、よく逃げる女の子
ー/ー ニナと手合わせをしてから、早朝の鍛錬が俺の日課になった。
俺がニナに劣っていたのは、単純な地力だったと思う。
剣術は一朝一夕では鍛えられないが、腕力や体力だけでも付けたかった。
すでに一か月ほど続けている。
後は『錬金』の技術も鍛える。速度はもちろん、精度も高めたい。
リックの負担が減れば出来ることも増えるはず……兄さんを止めることは簡単ではないと思う。
ナイフ、槍、長剣、とリックを『錬金』していく。
持っている武器に合わせて構えも変わる。
リックを武器とする以上、特定の型というものは存在しない。
「ん?」
近づいてくる馬車の音に手を止める。
珍しい。この森も馬車が通るんだなぁ、なんて考える。
唐突に甲高い音と馬の嘶きが森に響いた。
「あれ?
止まった?」
「そうみたいだね」
リックが長剣からスライムの姿に戻る。
バタバタという音。男の大きな声が続いた。
「おい、こっちに来い!
手間取らせるなよ……急いでるんだから。
こら、抵抗するな! 怪我をしたくはないだろう?」
リックと目を合わせてから、大急ぎで走り出す。
馬車はすぐに見つかった。
声の主は少女の体を引きずるようにして、道の脇へと引っ張っていた。
「おい! 何してるんだ!」
頭に血が上り、乱暴な口調で黒い髭の男に迫った。
「ん? おお!?」
迷わずに男の胸倉を掴む。
「な、なんだぁ?」
「何をしているんだ!? 答えろ!」
男は――泣きそうな顔で答えた。
「道のど真ん中で寝てる子供がいたから脇に動かしてるんですよぉ!
こいつ、全然起きなくてぇ!」
すっかり萎縮した男は「すみませんすみません……」と謝っている。
小さい声で「……おまけに寝惚けててぇ」と言い訳じみた声を出した。
「え?」
危ないからと脇へ運ばれる途中だった少女は、確かにぐっすりと眠っている。
今にも「すぴー」と聞こえてきそうな安らかな寝顔だった。
「大変、申し訳ございませんでした!」
俺は土下座をしていた。
土下座という文化はこの世界にないとは思う。
しかし他に誠意を伝える術を知らなかった。
「誤解が解けたなら良いですけどねぇ、酷すぎません?」
黒い髭を生やした恰幅の良い男性は行商人だった。
悲しいような、困ったような表情を浮かべている。
「はい。全面的に俺、が……ぐっ……俺が悪いです! 何かお詫びを」
一瞬だけ言い淀んだのは、未だ眠る少女の責任が脳裏を掠めたからだ。
「分かりました、こうしましょう。
次に縁があったら私の商売に手を貸してください。
それでこの件は水に流します」
「はい。ありがとうございます。俺はアッシュ・クレフ。
近くの村に住んでいます。約束は必ず」
手を上げなくて、本当に良かった。
正直、殴り飛ばす一歩手前だった。
軽く言葉を交わすと、行商人は馬車を走らせて去ってゆく。
俺は姿が見えなくなるまで頭を下げ続けた。
「で、こいつが残るのか」
少女を見る。ナタリーと同じくらいの年齢かな。
手入れされたブラウンの髪と血色の良い肌、身なりも整っている。
長旅なのか、多少くたびれている気もするが……良家のお嬢様という印象を受けた。
思わず溜息を吐く。
「んー?」
少女の目がぱちりと開く。目が合った。
数秒間、互いに固まる。
事情を訊くべきか、あるいは先に事情を説明するべきか。
「えっと」
本題から切り出すとしよう。
こちらの目的は分かりやすい方が良い。
「お嬢ちゃん……こんなところで寝たら危ないよ? よ、良かったら家に来ない?
うん、そうだ、それが良いよ! 暖かいベッドもあるし、甘いお菓子もある。
すぐにパパとママのところへ連れて行ってあげるからさ。ね?」
出来る限りにこやかに笑いかけて、一歩近づく――少女が甲高い叫び声を出した。
「人攫い! 誰か助けてー! お巡りさん!」
少女はシュタッと立ち上がり、お巡りさんを探し始めた。
育ちの良さが窺える。本当に止めてほしい。
自分で言って空しくなるが、冤罪なのだ。
「……アッシュ」
気持ちは分かる。
俺も人のことは全く言えなかったよ。
「リック。
俺が犯罪者になっても使い魔でいてくれる?」
「もちろん。何なら証言しようか?
事実で良ければだけど」
少女が逃げた先を見て、俺は考え込む。
追いかけたら逃げるだろうけど、放っておくわけにもいかない。
つい最近、この森で『赤鬼』が出ているのだ。
警戒しすぎるということはないだろう。
「あ」
しまった。この先はまずい――!
少女の向かう先に気付いた俺は全力で走り出す。
相手が年下ということもあって、すぐに背中は見えた。
「おーい!
そっちは危ないぞ!」
出来る限り刺激しないように笑顔で声を掛けると――少女が振り向く――速度と声量が倍増した。
「背後の危険に勝るものはない、と。状況的にそうなるよなぁ。
その『背後の危険』である俺が言うのも変な話だけどな……違う、俺は危険じゃないっ」
「もう黙った方が良いんじゃないかな?」
錯乱する俺は辛辣なリックを乗せて全力で走る。
もう少しで手が届きそうだ。
「誰か……え?」
前を良く見ていなかったため、少女が切り立った崖から飛び出してしまう。
恐らく二十メートル近い高さがある。このままでは助からないだろう。
先ほどとは質の違う悲鳴。
「くそ!」
間に合わなかった俺も、少女の後を追って崖から飛び出した。
どうにか空中で腕を掴んで引き寄せる。
小さな体を抱えると、出来る限り体を丸めた。
「リック!」
使い魔を地面に向けて、錬金光を奔らせる。
メタルスライムは形を変えて――二人を包み込んだ。
外からは銀色の球体に見えているだろう。
しかし硬いのは外側だけ。内部は柔らかいスライム状態で弾力がある。
防御のために考えていた『錬金』のパターンだった。
しばらく暗闇の中で待っていると、カンという軽い衝撃だけがあった。
神鋼製の簡易シェルターは落下の衝撃を上手く殺してくれたようだ。
「もう良いよ」
声に合わせてリックがいつもの姿に戻り、暗闇から解放された。
つい見上げてしまったが、あの高さまで崖を登ることは難しいだろう。
「君、大丈夫?」
抱えた少女を見ると――ぐっすりと眠っていた。
やはり「すぴー」と聞こえてきそうな安らかな寝顔だった。
俺がニナに劣っていたのは、単純な地力だったと思う。
剣術は一朝一夕では鍛えられないが、腕力や体力だけでも付けたかった。
すでに一か月ほど続けている。
後は『錬金』の技術も鍛える。速度はもちろん、精度も高めたい。
リックの負担が減れば出来ることも増えるはず……兄さんを止めることは簡単ではないと思う。
ナイフ、槍、長剣、とリックを『錬金』していく。
持っている武器に合わせて構えも変わる。
リックを武器とする以上、特定の型というものは存在しない。
「ん?」
近づいてくる馬車の音に手を止める。
珍しい。この森も馬車が通るんだなぁ、なんて考える。
唐突に甲高い音と馬の嘶きが森に響いた。
「あれ?
止まった?」
「そうみたいだね」
リックが長剣からスライムの姿に戻る。
バタバタという音。男の大きな声が続いた。
「おい、こっちに来い!
手間取らせるなよ……急いでるんだから。
こら、抵抗するな! 怪我をしたくはないだろう?」
リックと目を合わせてから、大急ぎで走り出す。
馬車はすぐに見つかった。
声の主は少女の体を引きずるようにして、道の脇へと引っ張っていた。
「おい! 何してるんだ!」
頭に血が上り、乱暴な口調で黒い髭の男に迫った。
「ん? おお!?」
迷わずに男の胸倉を掴む。
「な、なんだぁ?」
「何をしているんだ!? 答えろ!」
男は――泣きそうな顔で答えた。
「道のど真ん中で寝てる子供がいたから脇に動かしてるんですよぉ!
こいつ、全然起きなくてぇ!」
すっかり萎縮した男は「すみませんすみません……」と謝っている。
小さい声で「……おまけに寝惚けててぇ」と言い訳じみた声を出した。
「え?」
危ないからと脇へ運ばれる途中だった少女は、確かにぐっすりと眠っている。
今にも「すぴー」と聞こえてきそうな安らかな寝顔だった。
「大変、申し訳ございませんでした!」
俺は土下座をしていた。
土下座という文化はこの世界にないとは思う。
しかし他に誠意を伝える術を知らなかった。
「誤解が解けたなら良いですけどねぇ、酷すぎません?」
黒い髭を生やした恰幅の良い男性は行商人だった。
悲しいような、困ったような表情を浮かべている。
「はい。全面的に俺、が……ぐっ……俺が悪いです! 何かお詫びを」
一瞬だけ言い淀んだのは、未だ眠る少女の責任が脳裏を掠めたからだ。
「分かりました、こうしましょう。
次に縁があったら私の商売に手を貸してください。
それでこの件は水に流します」
「はい。ありがとうございます。俺はアッシュ・クレフ。
近くの村に住んでいます。約束は必ず」
手を上げなくて、本当に良かった。
正直、殴り飛ばす一歩手前だった。
軽く言葉を交わすと、行商人は馬車を走らせて去ってゆく。
俺は姿が見えなくなるまで頭を下げ続けた。
「で、こいつが残るのか」
少女を見る。ナタリーと同じくらいの年齢かな。
手入れされたブラウンの髪と血色の良い肌、身なりも整っている。
長旅なのか、多少くたびれている気もするが……良家のお嬢様という印象を受けた。
思わず溜息を吐く。
「んー?」
少女の目がぱちりと開く。目が合った。
数秒間、互いに固まる。
事情を訊くべきか、あるいは先に事情を説明するべきか。
「えっと」
本題から切り出すとしよう。
こちらの目的は分かりやすい方が良い。
「お嬢ちゃん……こんなところで寝たら危ないよ? よ、良かったら家に来ない?
うん、そうだ、それが良いよ! 暖かいベッドもあるし、甘いお菓子もある。
すぐにパパとママのところへ連れて行ってあげるからさ。ね?」
出来る限りにこやかに笑いかけて、一歩近づく――少女が甲高い叫び声を出した。
「人攫い! 誰か助けてー! お巡りさん!」
少女はシュタッと立ち上がり、お巡りさんを探し始めた。
育ちの良さが窺える。本当に止めてほしい。
自分で言って空しくなるが、冤罪なのだ。
「……アッシュ」
気持ちは分かる。
俺も人のことは全く言えなかったよ。
「リック。
俺が犯罪者になっても使い魔でいてくれる?」
「もちろん。何なら証言しようか?
事実で良ければだけど」
少女が逃げた先を見て、俺は考え込む。
追いかけたら逃げるだろうけど、放っておくわけにもいかない。
つい最近、この森で『赤鬼』が出ているのだ。
警戒しすぎるということはないだろう。
「あ」
しまった。この先はまずい――!
少女の向かう先に気付いた俺は全力で走り出す。
相手が年下ということもあって、すぐに背中は見えた。
「おーい!
そっちは危ないぞ!」
出来る限り刺激しないように笑顔で声を掛けると――少女が振り向く――速度と声量が倍増した。
「背後の危険に勝るものはない、と。状況的にそうなるよなぁ。
その『背後の危険』である俺が言うのも変な話だけどな……違う、俺は危険じゃないっ」
「もう黙った方が良いんじゃないかな?」
錯乱する俺は辛辣なリックを乗せて全力で走る。
もう少しで手が届きそうだ。
「誰か……え?」
前を良く見ていなかったため、少女が切り立った崖から飛び出してしまう。
恐らく二十メートル近い高さがある。このままでは助からないだろう。
先ほどとは質の違う悲鳴。
「くそ!」
間に合わなかった俺も、少女の後を追って崖から飛び出した。
どうにか空中で腕を掴んで引き寄せる。
小さな体を抱えると、出来る限り体を丸めた。
「リック!」
使い魔を地面に向けて、錬金光を奔らせる。
メタルスライムは形を変えて――二人を包み込んだ。
外からは銀色の球体に見えているだろう。
しかし硬いのは外側だけ。内部は柔らかいスライム状態で弾力がある。
防御のために考えていた『錬金』のパターンだった。
しばらく暗闇の中で待っていると、カンという軽い衝撃だけがあった。
神鋼製の簡易シェルターは落下の衝撃を上手く殺してくれたようだ。
「もう良いよ」
声に合わせてリックがいつもの姿に戻り、暗闇から解放された。
つい見上げてしまったが、あの高さまで崖を登ることは難しいだろう。
「君、大丈夫?」
抱えた少女を見ると――ぐっすりと眠っていた。
やはり「すぴー」と聞こえてきそうな安らかな寝顔だった。
みんなのリアクション
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