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第一部 4話 使い魔『メタルスライム』

ー/ー



「 あ、今日は使い魔召喚の日だから頑張ってね」
 寝惚けながらパンと目玉焼きを食べていると、いきなり母さん? が言った。

「使い魔? 召喚?」
「え、忘れちゃった?」

 若干の恥ずかしさを感じながらも頷いた。

「仕方ないわね。ちゃんと後で復習しておくのよ?」
 ……復習?

「お兄ちゃん、使い魔召喚のやり方も忘れちゃったの?」
 ナタリーが呆れたように俺を見る。あ、ど忘れしたと思われてる?

「あたしでも知ってるのに」
「……はあ」

 母さん。
 溜息が露骨すぎないか?

「あ、あの、そのね、記憶が……ね?」

 恐る恐ると俺が口を開くと、二人は大きく目を見開いた。
 そんな可能性があったのか、という顔だった。

「ああ、そういうこと! 良かった。
 妹よりも常識がないなんてあり得ないわよね、今はまだ」

「びっくりした……八歳のセシルちゃんがごっこ遊びしてたくらいだもんね。
 いくらお兄ちゃんでも忘れようがないよね」

 おい、前の俺。言われすぎだろ。
 何をどれだけ忘れたらこうなるんだ?

 二人は今にも記憶喪失で良かった、と言い出しそうである。

「使い魔召喚っていうのはね、パートナーとなる使い魔を呼び出す儀式のことよ。
 十五歳になったら、皆がやることになってるの」

「魔法陣の中で呼び掛けるんだよ。
 応じれば使い魔が来てくれるんだって」

 まったくもって、二人のいう通りだ。忘れようがない、疑われようがない。
 ……今の俺の記憶力は大丈夫かな?

「アッシュ、あなたは去年もやったのよ? でも成功したように見えたのに、使い魔が召喚されなかったの。魔法陣の不備ってことで今年もやることに……。病み上がりだけど年に一回の儀式だから、ね」

 ……呼び掛けるだけで良ければ、俺にもできるか。

 頷くと同時に、玄関の扉が控えめにノックされた。
 返事をするより前に、扉が半分ほど開いて色白の顔がひょこっと見えた。

 銀髪碧眼で、大人しそうな印象を受ける少女だ。
 年齢は俺と同じくらいだろうか。

 耳が尖っているからエルフというやつか?
 あるいは俺がハーフドワーフだから、ハーフエルフだろうか?

「あの……」
「セシリー! 来てくれたの?」

 母さんが歓迎するように立ち上がり、ナタリーは嬉しそうに少女へと抱き着いた。

「あ、アッシュ……! 本当に元気になったんだ。良かった」
 セシリーと呼ばれた少女は俺を見るなり、心底ほっとした顔を見せた。

「ええ、本当に。あ、でもね。 この子、記憶喪失らしくって……」
「記憶喪失!? 大丈夫なの?」

 セシリーが急に駆け寄って、ぐいと顔を近づける。

「う、うん。体調は悪くない」
「そっか。良かった」

「そうだ! セシリー、アッシュに村を案内してあげて。
 ちょうどこれから使い魔召喚の儀式に行くの。何か思い出すかも」

「はい。いいですよ」
「あたしも行く!」

 ナタリーが元気に手を挙げ、三人で出掛けることになった。
 家を出るなり、大きな黒い犬が駆け寄ってきた。

 犬は俺たちへ挨拶するように近づいた後、周りを楽しそうに走った。
 ああ、散歩の途中で寄ってくれたのか。

 初めて家の外へ出た。
 あまり規模の大きくない村のようだ。

 少し歩くだけで老人やおばちゃんなどが声を掛けてくれる。
 いかにも辺境の村、という感じだ。

 建物は木造の家や倉庫が多かった。
 中からだと分からなかったが、どうやら俺の家は裕福な方らしい。

「へえ」
「あの、何も覚えてない、の?」

 セシリーが心配そうに切り出してきた。

「あー、うん。ごめん、何も覚えてないんだ。
 で、でも大丈夫だよ! お医者さんもすぐに思い出すって言ってたし!」

 安心させようとした出まかせだったが、セシリーはまじまじと俺を見た。

「え、どうしたの?」
「ふふ、あのね。お医者さんは私のお父さんなんだよ」

「……本当に? 似てねえな。あ、やべ」
「あはは、本当に何も覚えてない。初めて会った時も同じこと言ったんだから」

 セシリーは何故か安心した様子で笑っていた。

「あたしは? あたしはお兄ちゃんと似てる?」
「うん、よく似てるよ」
「良かった! セシリーもセシルちゃんと似てるよ!」
「ありがと」

 さほど歩かずに広場に出た。ここで儀式を行うらしい。
 よく分からないが、広場全体に模様が描かれていた。これが魔法陣なのだろう。

 俺たちは邪魔にならない草場で腰掛けた。
 ナタリーは俺の前に座り、セシリーは右隣に腰を下ろした。
 犬はセシリーの隣で横たわっている。

「何人くらい儀式を受けるんだ?」
「うーん、毎年数人くらい。小さな村だからね。でも今年はもっと少ないかも」

「そうなのか……ちなみにセシリーの使い魔は?」
 使い魔というものに、内心でわくわくしながら、訊いてみた。

 すると、セシリーはくすくすと笑いだした。
 不安になるのだが。

「お兄ちゃん、酷いよ! ブラッドのことも忘れてる」
 ナタリーが犬を庇うように抱き着いた。

「……この子が使い魔ってこと?」
 セシリーはこくこくと楽しそうに頷く。

「ごめんよ」

 俺は謝るつもりでブラッドの頭を撫でようと手を伸ばす。
 しかしセシリーの使い魔は拗ねたように顔を背けた。

「ほら! 怒ってるよ!」
 しばらく下らない会話を続けていると、セシリーが広場の変化に目聡く気づいた。

「あ、始まるみたい」
 村長らしきよぼよぼの人が名前を呼んで、ハーフエルフらしき少年が魔法陣の中に入っていく。

 数十秒ほど経つと、魔法陣が光って使い魔が召喚された。
 大型の猛禽類のようだった。

「へえ、格好いいな。それと、思ったよりも簡単そうだ」
 さらに三人ほど召喚が終わると、俺の名前が呼ばれた。

「頑張って」
 セシリーが小さく応援してくれたが、何を頑張れば良いのか分からない。

 注目されているからか、必要以上に緊張しながら魔法陣の中心へと向かった。
 そしていざ使い魔を呼ぶ段階になって、

 ――あれ、何を呼ぼう?

 自分が欲しい使い魔というものが定まっていないことに気が付いた。

 ――俺の使い魔。パートナー、命を預ける相手ということだよな。信頼の象徴。

 そこまで考えて、自嘲が浮かんだ。

 ――この期に及んで、信頼の連想で兄さんが思い浮かぶのか。

 続けて、自分が死んだ瞬間を思い出した。さらに続けて、綺麗な斬撃。
 その瞬間、俺は気が付いた。

 ――ああ。兄さんに、勝ちたかったなぁ。

 俺は、こんなにも悔しかったのだ。魔法陣が輝き始める。
 やがて光は収束して、広場は元の姿に戻っていく。

「俺の、使い魔……!」
 周囲を見回すが、何も見当たらない。

「まさか、また失敗――!?」
「はじめまして」

 穏やかな声は足元から聞こえてきた。
 目を向けると、片手に収まるくらいの銀色の塊。

 形は知っている。モンスター『スライム』だ。
 満面の笑みを浮かべていた。

「は、はじめまして」
 軽く上擦った声で返事をする。

 ――いわゆる、メタルスライムか?



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「 あ、今日は使い魔召喚の日だから頑張ってね」
 寝惚けながらパンと目玉焼きを食べていると、いきなり母さん? が言った。

「使い魔? 召喚?」
「え、忘れちゃった?」

 若干の恥ずかしさを感じながらも頷いた。

「仕方ないわね。ちゃんと後で復習しておくのよ?」
 ……復習?

「お兄ちゃん、使い魔召喚のやり方も忘れちゃったの?」
 ナタリーが呆れたように俺を見る。あ、ど忘れしたと思われてる?

「あたしでも知ってるのに」
「……はあ」

 母さん。
 溜息が露骨すぎないか?

「あ、あの、そのね、記憶が……ね?」

 恐る恐ると俺が口を開くと、二人は大きく目を見開いた。
 そんな可能性があったのか、という顔だった。

「ああ、そういうこと! 良かった。
 妹よりも常識がないなんてあり得ないわよね、今はまだ」

「びっくりした……八歳のセシルちゃんがごっこ遊びしてたくらいだもんね。
 いくらお兄ちゃんでも忘れようがないよね」

 おい、前の俺。言われすぎだろ。
 何をどれだけ忘れたらこうなるんだ?

 二人は今にも記憶喪失で良かった、と言い出しそうである。

「使い魔召喚っていうのはね、パートナーとなる使い魔を呼び出す儀式のことよ。
 十五歳になったら、皆がやることになってるの」

「魔法陣の中で呼び掛けるんだよ。
 応じれば使い魔が来てくれるんだって」

 まったくもって、二人のいう通りだ。忘れようがない、疑われようがない。
 ……今の俺の記憶力は大丈夫かな?

「アッシュ、あなたは去年もやったのよ? でも成功したように見えたのに、使い魔が召喚されなかったの。魔法陣の不備ってことで今年もやることに……。病み上がりだけど年に一回の儀式だから、ね」

 ……呼び掛けるだけで良ければ、俺にもできるか。

 頷くと同時に、玄関の扉が控えめにノックされた。
 返事をするより前に、扉が半分ほど開いて色白の顔がひょこっと見えた。

 銀髪碧眼で、大人しそうな印象を受ける少女だ。
 年齢は俺と同じくらいだろうか。

 耳が尖っているからエルフというやつか?
 あるいは俺がハーフドワーフだから、ハーフエルフだろうか?

「あの……」
「セシリー! 来てくれたの?」

 母さんが歓迎するように立ち上がり、ナタリーは嬉しそうに少女へと抱き着いた。

「あ、アッシュ……! 本当に元気になったんだ。良かった」
 セシリーと呼ばれた少女は俺を見るなり、心底ほっとした顔を見せた。

「ええ、本当に。あ、でもね。 この子、記憶喪失らしくって……」
「記憶喪失!? 大丈夫なの?」

 セシリーが急に駆け寄って、ぐいと顔を近づける。

「う、うん。体調は悪くない」
「そっか。良かった」

「そうだ! セシリー、アッシュに村を案内してあげて。
 ちょうどこれから使い魔召喚の儀式に行くの。何か思い出すかも」

「はい。いいですよ」
「あたしも行く!」

 ナタリーが元気に手を挙げ、三人で出掛けることになった。
 家を出るなり、大きな黒い犬が駆け寄ってきた。

 犬は俺たちへ挨拶するように近づいた後、周りを楽しそうに走った。
 ああ、散歩の途中で寄ってくれたのか。

 初めて家の外へ出た。
 あまり規模の大きくない村のようだ。

 少し歩くだけで老人やおばちゃんなどが声を掛けてくれる。
 いかにも辺境の村、という感じだ。

 建物は木造の家や倉庫が多かった。
 中からだと分からなかったが、どうやら俺の家は裕福な方らしい。

「へえ」
「あの、何も覚えてない、の?」

 セシリーが心配そうに切り出してきた。

「あー、うん。ごめん、何も覚えてないんだ。
 で、でも大丈夫だよ! お医者さんもすぐに思い出すって言ってたし!」

 安心させようとした出まかせだったが、セシリーはまじまじと俺を見た。

「え、どうしたの?」
「ふふ、あのね。お医者さんは私のお父さんなんだよ」

「……本当に? 似てねえな。あ、やべ」
「あはは、本当に何も覚えてない。初めて会った時も同じこと言ったんだから」

 セシリーは何故か安心した様子で笑っていた。

「あたしは? あたしはお兄ちゃんと似てる?」
「うん、よく似てるよ」
「良かった! セシリーもセシルちゃんと似てるよ!」
「ありがと」

 さほど歩かずに広場に出た。ここで儀式を行うらしい。
 よく分からないが、広場全体に模様が描かれていた。これが魔法陣なのだろう。

 俺たちは邪魔にならない草場で腰掛けた。
 ナタリーは俺の前に座り、セシリーは右隣に腰を下ろした。
 犬はセシリーの隣で横たわっている。

「何人くらい儀式を受けるんだ?」
「うーん、毎年数人くらい。小さな村だからね。でも今年はもっと少ないかも」

「そうなのか……ちなみにセシリーの使い魔は?」
 使い魔というものに、内心でわくわくしながら、訊いてみた。

 すると、セシリーはくすくすと笑いだした。
 不安になるのだが。

「お兄ちゃん、酷いよ! ブラッドのことも忘れてる」
 ナタリーが犬を庇うように抱き着いた。

「……この子が使い魔ってこと?」
 セシリーはこくこくと楽しそうに頷く。

「ごめんよ」

 俺は謝るつもりでブラッドの頭を撫でようと手を伸ばす。
 しかしセシリーの使い魔は拗ねたように顔を背けた。

「ほら! 怒ってるよ!」
 しばらく下らない会話を続けていると、セシリーが広場の変化に目聡く気づいた。

「あ、始まるみたい」
 村長らしきよぼよぼの人が名前を呼んで、ハーフエルフらしき少年が魔法陣の中に入っていく。

 数十秒ほど経つと、魔法陣が光って使い魔が召喚された。
 大型の猛禽類のようだった。

「へえ、格好いいな。それと、思ったよりも簡単そうだ」
 さらに三人ほど召喚が終わると、俺の名前が呼ばれた。

「頑張って」
 セシリーが小さく応援してくれたが、何を頑張れば良いのか分からない。

 注目されているからか、必要以上に緊張しながら魔法陣の中心へと向かった。
 そしていざ使い魔を呼ぶ段階になって、

 ――あれ、何を呼ぼう?

 自分が欲しい使い魔というものが定まっていないことに気が付いた。

 ――俺の使い魔。パートナー、命を預ける相手ということだよな。信頼の象徴。

 そこまで考えて、自嘲が浮かんだ。

 ――この期に及んで、信頼の連想で兄さんが思い浮かぶのか。

 続けて、自分が死んだ瞬間を思い出した。さらに続けて、綺麗な斬撃。
 その瞬間、俺は気が付いた。

 ――ああ。兄さんに、勝ちたかったなぁ。

 俺は、こんなにも悔しかったのだ。魔法陣が輝き始める。
 やがて光は収束して、広場は元の姿に戻っていく。

「俺の、使い魔……!」
 周囲を見回すが、何も見当たらない。

「まさか、また失敗――!?」
「はじめまして」

 穏やかな声は足元から聞こえてきた。
 目を向けると、片手に収まるくらいの銀色の塊。

 形は知っている。モンスター『スライム』だ。
 満面の笑みを浮かべていた。

「は、はじめまして」
 軽く上擦った声で返事をする。

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