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第一部 3話 アッシュ

ー/ー



 目を開くと、見知らぬ女の子が泣いていた。

「お兄ちゃん、死んじゃやだよぉ!」
「あ、あの……痛ッ」

 体を起こそうとすると、全身が激しく痛んだ。

「お兄ちゃん?」
「お兄ちゃん、なのか?」

 お互いに首を傾げた状態で三秒ほど沈黙した。
 金髪金眼。西洋風の顔立ち。随分とまあ美人だなあ。

「お兄ちゃんが生き返った!」
 大声で騒ぐ見知らぬ女の子。

 視界の端でメイドさんが走っていくのが分かった。
 本物のメイドさんだ、なんて場違いなことを考える。

 ……だから罰が当たったのかも知れない。

「やったぁ!」

 女の子が抱き着いてきたのだ。
 決して力は強くない。しかし全力のハグである。

「……痛、い」
 バタバタと慌ただしい足音が響く。

「アッシュ? 目が覚めたって……」

 恐らく母親のものらしき声は聞こえるが、答える余裕はない。
 がく、と全身から力が抜けて、意識が遠のいてゆく。

 妹に全身を締め上げられながら母親の金切り声を聞き――意識を失った。
 最初の記憶である。

「ああ、無事でよかった。
 もう意識ははっきりしているのですね?」

 幸いにも数分程度で目を覚ました俺は先ほどの女性と話していた。
 頷く。痛みはあるが、命の危険は感じていない。

「きっと奇跡ね。ナタリーにはきつく言いつけておかないと」
 ナタリーとは先ほどの少女だろう。

 メイドさんが羽交い締めにして、この部屋から連れ出していった。
 泣きながら俺に助けを求める少女は流石に哀れだった。

「一度は心臓が止まったのですよ。
 でもナタリーだけはそばを離れようとしなくて」

 バタン、と扉が開く音。
 続いて廊下を走る音が聞こえてくる。

「アッシュ!」
 二人の男性が部屋に駆け込んでくる。

 一人は整った身なりで、俺の感覚だと二十代後半というところか。
 もう一人は白衣を着ているが、こちらはもう少し年齢が高そうだった。

「本当に、目覚めたのですか」
 白衣の男性が呆然と呟いた。

 恐らく医者なのだろう。
 急ぎ足で俺の元までやってきて、脈を取り始める。

「お前は盗賊からナタリーを庇って大怪我を負ったのだ。
 一時は心臓が止まったのだが……よくぞ持ち直した」

 父親なのだろう。服を軽くはだけて、俺の胸元を確かめた。
 釣られるように目を向けると、胸には大きな傷跡があった。

 ――違う。
 この体の持ち主は死んだんだ。

 その後、俺の魂が入った。
 だから生き返ったように見えているんだ。

 この時、ようやく俺は今の自分の体をしっかりと見た。

 随分と小柄なようだ。まだ十歳前後か?
 前世の俺よりはがっしりとしているようだけど。

「驚いた。確かに心臓が止まっていたはずなのに、今は健康体です。
 体調が悪いなどはありますか? 目は見えますか? 私が誰か分かりますか?」

 ――最後の質問はまずい。
 ――普通に知らない。どうしようどうしよう……。

「見えます。でも、誰なのか思い出せません」
 パニックになった俺は『記憶喪失作戦』に出た。

 咄嗟の言い訳だったが、効果は抜群だった。

「ああ、そんな……」
 まず母親が崩れ落ちた。父親が支える。

「お前はハーフドワーフのアッシュ。私の息子だ」
 支えながら言うことじゃない気がする。

「お兄ちゃんはね、勉強は苦手だけど運動は学校一だよ!」
 妹がメイドを引きずって入ってきた。体力馬鹿、と言いながら。

「ごめんなさい、ごめんなさい、旦那様。
 止めたのですが……どこにこんな力がッ」

 最後にメイドの謝罪が続く。

 ――ああ、家族がいるとこんなにも賑やかなのか。良い人たちみたいだ。
 思わず笑ってしまった。

「うん。一時的な記憶の混濁だと診断します。
 今日はゆっくりと休ませてあげてください」

 医者の言葉を最後に、皆が部屋から出て行く。
 明かりが消える頃には眠りに落ちていた。



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 目を開くと、見知らぬ女の子が泣いていた。
「お兄ちゃん、死んじゃやだよぉ!」
「あ、あの……痛ッ」
 体を起こそうとすると、全身が激しく痛んだ。
「お兄ちゃん?」
「お兄ちゃん、なのか?」
 お互いに首を傾げた状態で三秒ほど沈黙した。
 金髪金眼。西洋風の顔立ち。随分とまあ美人だなあ。
「お兄ちゃんが生き返った!」
 大声で騒ぐ見知らぬ女の子。
 視界の端でメイドさんが走っていくのが分かった。
 本物のメイドさんだ、なんて場違いなことを考える。
 ……だから罰が当たったのかも知れない。
「やったぁ!」
 女の子が抱き着いてきたのだ。
 決して力は強くない。しかし全力のハグである。
「……痛、い」
 バタバタと慌ただしい足音が響く。
「アッシュ? 目が覚めたって……」
 恐らく母親のものらしき声は聞こえるが、答える余裕はない。
 がく、と全身から力が抜けて、意識が遠のいてゆく。
 妹に全身を締め上げられながら母親の金切り声を聞き――意識を失った。
 最初の記憶である。
「ああ、無事でよかった。
 もう意識ははっきりしているのですね?」
 幸いにも数分程度で目を覚ました俺は先ほどの女性と話していた。
 頷く。痛みはあるが、命の危険は感じていない。
「きっと奇跡ね。ナタリーにはきつく言いつけておかないと」
 ナタリーとは先ほどの少女だろう。
 メイドさんが羽交い締めにして、この部屋から連れ出していった。
 泣きながら俺に助けを求める少女は流石に哀れだった。
「一度は心臓が止まったのですよ。
 でもナタリーだけはそばを離れようとしなくて」
 バタン、と扉が開く音。
 続いて廊下を走る音が聞こえてくる。
「アッシュ!」
 二人の男性が部屋に駆け込んでくる。
 一人は整った身なりで、俺の感覚だと二十代後半というところか。
 もう一人は白衣を着ているが、こちらはもう少し年齢が高そうだった。
「本当に、目覚めたのですか」
 白衣の男性が呆然と呟いた。
 恐らく医者なのだろう。
 急ぎ足で俺の元までやってきて、脈を取り始める。
「お前は盗賊からナタリーを庇って大怪我を負ったのだ。
 一時は心臓が止まったのだが……よくぞ持ち直した」
 父親なのだろう。服を軽くはだけて、俺の胸元を確かめた。
 釣られるように目を向けると、胸には大きな傷跡があった。
 ――違う。
 この体の持ち主は死んだんだ。
 その後、俺の魂が入った。
 だから生き返ったように見えているんだ。
 この時、ようやく俺は今の自分の体をしっかりと見た。
 随分と小柄なようだ。まだ十歳前後か?
 前世の俺よりはがっしりとしているようだけど。
「驚いた。確かに心臓が止まっていたはずなのに、今は健康体です。
 体調が悪いなどはありますか? 目は見えますか? 私が誰か分かりますか?」
 ――最後の質問はまずい。
 ――普通に知らない。どうしようどうしよう……。
「見えます。でも、誰なのか思い出せません」
 パニックになった俺は『記憶喪失作戦』に出た。
 咄嗟の言い訳だったが、効果は抜群だった。
「ああ、そんな……」
 まず母親が崩れ落ちた。父親が支える。
「お前はハーフドワーフのアッシュ。私の息子だ」
 支えながら言うことじゃない気がする。
「お兄ちゃんはね、勉強は苦手だけど運動は学校一だよ!」
 妹がメイドを引きずって入ってきた。体力馬鹿、と言いながら。
「ごめんなさい、ごめんなさい、旦那様。
 止めたのですが……どこにこんな力がッ」
 最後にメイドの謝罪が続く。
 ――ああ、家族がいるとこんなにも賑やかなのか。良い人たちみたいだ。
 思わず笑ってしまった。
「うん。一時的な記憶の混濁だと診断します。
 今日はゆっくりと休ませてあげてください」
 医者の言葉を最後に、皆が部屋から出て行く。
 明かりが消える頃には眠りに落ちていた。


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 目を開くと、見知らぬ女の子が泣いていた。

「お兄ちゃん、死んじゃやだよぉ!」
「あ、あの……痛ッ」

 体を起こそうとすると、全身が激しく痛んだ。

「お兄ちゃん?」
「お兄ちゃん、なのか?」

 お互いに首を傾げた状態で三秒ほど沈黙した。
 金髪金眼。西洋風の顔立ち。随分とまあ美人だなあ。

「お兄ちゃんが生き返った!」
 大声で騒ぐ見知らぬ女の子。

 視界の端でメイドさんが走っていくのが分かった。
 本物のメイドさんだ、なんて場違いなことを考える。

 ……だから罰が当たったのかも知れない。

「やったぁ!」

 女の子が抱き着いてきたのだ。
 決して力は強くない。しかし全力のハグである。

「……痛、い」
 バタバタと慌ただしい足音が響く。

「アッシュ? 目が覚めたって……」

 恐らく母親のものらしき声は聞こえるが、答える余裕はない。
 がく、と全身から力が抜けて、意識が遠のいてゆく。

 妹に全身を締め上げられながら母親の金切り声を聞き――意識を失った。
 最初の記憶である。

「ああ、無事でよかった。
 もう意識ははっきりしているのですね?」

 幸いにも数分程度で目を覚ました俺は先ほどの女性と話していた。
 頷く。痛みはあるが、命の危険は感じていない。

「きっと奇跡ね。ナタリーにはきつく言いつけておかないと」
 ナタリーとは先ほどの少女だろう。

 メイドさんが羽交い締めにして、この部屋から連れ出していった。
 泣きながら俺に助けを求める少女は流石に哀れだった。

「一度は心臓が止まったのですよ。
 でもナタリーだけはそばを離れようとしなくて」

 バタン、と扉が開く音。
 続いて廊下を走る音が聞こえてくる。

「アッシュ!」
 二人の男性が部屋に駆け込んでくる。

 一人は整った身なりで、俺の感覚だと二十代後半というところか。
 もう一人は白衣を着ているが、こちらはもう少し年齢が高そうだった。

「本当に、目覚めたのですか」
 白衣の男性が呆然と呟いた。

 恐らく医者なのだろう。
 急ぎ足で俺の元までやってきて、脈を取り始める。

「お前は盗賊からナタリーを庇って大怪我を負ったのだ。
 一時は心臓が止まったのだが……よくぞ持ち直した」

 父親なのだろう。服を軽くはだけて、俺の胸元を確かめた。
 釣られるように目を向けると、胸には大きな傷跡があった。

 ――違う。
 この体の持ち主は死んだんだ。

 その後、俺の魂が入った。
 だから生き返ったように見えているんだ。

 この時、ようやく俺は今の自分の体をしっかりと見た。

 随分と小柄なようだ。まだ十歳前後か?
 前世の俺よりはがっしりとしているようだけど。

「驚いた。確かに心臓が止まっていたはずなのに、今は健康体です。
 体調が悪いなどはありますか? 目は見えますか? 私が誰か分かりますか?」

 ――最後の質問はまずい。
 ――普通に知らない。どうしようどうしよう……。

「見えます。でも、誰なのか思い出せません」
 パニックになった俺は『記憶喪失作戦』に出た。

 咄嗟の言い訳だったが、効果は抜群だった。

「ああ、そんな……」
 まず母親が崩れ落ちた。父親が支える。

「お前はハーフドワーフのアッシュ。私の息子だ」
 支えながら言うことじゃない気がする。

「お兄ちゃんはね、勉強は苦手だけど運動は学校一だよ!」
 妹がメイドを引きずって入ってきた。体力馬鹿、と言いながら。

「ごめんなさい、ごめんなさい、旦那様。
 止めたのですが……どこにこんな力がッ」

 最後にメイドの謝罪が続く。

 ――ああ、家族がいるとこんなにも賑やかなのか。良い人たちみたいだ。
 思わず笑ってしまった。

「うん。一時的な記憶の混濁だと診断します。
 今日はゆっくりと休ませてあげてください」

 医者の言葉を最後に、皆が部屋から出て行く。
 明かりが消える頃には眠りに落ちていた。



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