誠に不本意ながら宗志のメッセージのおかげで俺は美穂ちゃんをデートに誘うことができたのだが、肝心のデートプランを考えていなかった。
とはいえさほど難しいことじゃないだろう。水族館のチケットはもう用意できてるし、その後どこかのレストランにでも入ってご飯を食べるだけ。美穂ちゃんは未成年なのでそこら辺は配慮しなければならないが、些末な問題だ。
行く場所が決まれば後は細かい時間を詰める。まずあそこに行って、次はあの店に行ってと色々プランを考えているうちに日々は過ぎ、あっという間にデート当日となった。
「……あー早く来すぎた」
待ち合わせ場所の駅に着き、腕時計を見る。現在9時40分、集合時間は10時だというのに随分と早く着いてしまったようだ。
自分が思ってるよりも楽しみにしてたのか。それにしても20分前は早すぎる。
美穂ちゃんが遅刻してくれたら「ついさっき着いたよ」みたいに言えるのだが、もし彼女まで早く来ていたらどうしよう。かなり恥ずかしい。
美穂ちゃんは時間ギリギリで来ますように。心の中で祈りながら改札の付近をうろうろする。
ここら辺はやっぱり混んでる。普段あまり利用しない路線なのでいつもがどれくらいなのか分からないが、普通に人が多い。
スマホの画面で時間を確認し、ゆっくり歩きながらもキョロキョロと周りを見る。
チラッと、視界の端にオレンジ色が走った気がした。
憶えのある色だ。光の余韻を追いかけるように視線をやると、改札から少し離れた場所にある柱の近くでそれを見つける。
瞬間、世界の色が消え失せる。俺の目には美穂ちゃんの色しか映らなくて、思わず息を呑む。
艶々の長い黒髪。今日は顔の輪郭に合わせて下ろしていて、毛先が巻かれている。
オレンジ色の瞳とうっすらピンク色の唇。顔色は最初に会ったときよりも良くなっていて、小さな耳にはシンプルなデザインのイヤリングが微かに揺れていた。
透け感のある白い半袖シャツとキャミソールタイプのワンピースだろうか、ボタニカル柄のグラデーションがついたスカートはひざ下まで伸びていて、彼女の細くて白い脛とか足首、可愛らしいデザインのストラップサンダルが見えている。
髪型とかメイクとか、スタイリングだろうか。いつもより大人っぽく見える。普段は可愛いって感じだけど、今日の美穂ちゃんは綺麗な、いや、可愛くて綺麗な女の子だ。
俺ももう少し気合入れた服を着てくれば良かったな。なんて思いながら立ち尽くしていると、美穂ちゃんが顔を上げてゆっくりと周囲を見回した。
必然、ボーっと立っている俺の姿が見つかる。ぱぁっといつもの明るい笑顔を浮かべ、その瞬間、彼女の色しかなかった世界が元の姿を取り戻す。
雑踏もまた聴こえてきて、俺はひとまず軽く手をあげて美穂ちゃんの笑顔に応えた。
人と人との間を抜けて、彼女の目の前に辿り着く。美穂ちゃんは両手で小さなハンドバッグを持ちながら少し恥ずかしそうに俺を見上げはにかむように笑う。
「おはようございます日之太さん」
「おはよう、美穂ちゃん。その……早いんだね」
「今来たところですよ」
「だとしても早いよ」
「日之太さんも」
美穂ちゃんがクスクスと笑い、俺は肩を竦めた。
時刻は現在9時42分。待ち合わせの時間まで10分以上ある。
「いやーなんていうか昨日は少し疲れてて寝るのも早くて……ごめん、違うわ。嘘ついた」
「嘘なんですか?」
「うんまぁ。単純に早起きしたんだ。今日が楽しみだったから」
取り繕うと思ったがやめた。ここは素直に白状したほうがいいだろう。
「あははっ、すごいっ、急に素直だ」
馬鹿正直作戦は上手くいったのか、美穂ちゃんが笑顔を浮かべる。
よしよし、これでよかったみたいだ。今までの俺だったらこういうときつい見栄を張ってカッコつけてしまうのだが、美穂ちゃんが相手だと不思議とそういう気分にはならなかった。
思い返せば彼女は俺の情けない過去を知っている。今更カッコつける必要なんてないだろう。
「私も、今日楽しみだったんで早起きしちゃいました」
美穂ちゃんが楽しそうに言う。お互い考えていることは同じだったらしい。
「そっか、いや良かったよ。急な誘いだったし、どうなのかなって思ってた」
「嬉しかったですよ。日之太さんからっていうのも初めてだし……あの、日之太さん」
さっきまでにこやかに喋っていた彼女が急に言葉を詰まらせる。前髪をいじって、ハンドバッグをキュッと掴んで、ジッと上目遣いでこちらを見てくる。
「どしたの美穂ちゃん」
「あの、今日のその……私の着てる」
「服?」
コクッと頷く美穂ちゃん。あぁしまった。集合時間の20分も前に来てくれてたんだから、服だって適当に選んでわけじゃないに決まってる。向こうが言う前に言及するべきだった。
「うん、似合ってるよ。可愛い。いつも制服姿だから私服は新鮮だね。大人っぽく見える」
最後に綺麗だよと付け加えると、美穂ちゃんが目を丸くして驚く。
先ほどの馬鹿正直作戦と同じだ。いいと思ったものは素直にいいと言う。照れて言葉を弄すれば弄するほど伝わらなくなってしまうから。
相手が野郎だったらなんか面白いたとえを使いつつ言及するが、相手は女の子だ。シンプルな言葉の方が届きやすいだろう。
「えへへ、綺麗ですか? いつもより?」
「そりゃもう。こんな綺麗な女の子とデートなんて夢みたいだよ」
「あははっ、なにそれ日之太さんっ、もうっ」
バシッと右の鎖骨辺りを強めに叩かれた。馬鹿正直にほめ過ぎるのも問題かもしれない。