七葉ちゃんとの用事も済んで、いつも使っている構内のラウンジに戻ると、そこには友人である宗志が座っていた。
「おつかれ。どうだった七葉ちゃんとの個人授業は」
「別に、いつも通りだよ。モノを提出して、また仕事を押し付けられて」
「ようやるよお前も。大変じゃないか? あの七葉ちゃんだろ?」
「別に、慣れればそんな厄介な人じゃないよ」
会話をしながら俺も丸テーブルの席に着く。
バッグを置いて一息つくと、目の前にコーヒーが入ったプラカップが置かれた。
「やるよ。俺のおごり」
「あぁ、ありがとう……どうしたんだよ急に」
「まぁたまにはな」
なんだか怪しい。友人のいつになく殊勝な様子に困惑しながらも俺はコーヒーを啜る。
「で、もう美穂ちゃん抱いたの?」
コーヒーが喉に入る寸前で止まる。それでも少しだけ気管に入り噎せてしまう。
結構に大きな音でゴホゴホと咳き込むと、宗志は呆れたような驚いたような顔で「おいおい、大丈夫かよ」なんて言ってくる。お前のせいだ馬鹿。
「おまっ、ごほっ、ごほっ、ふざけんなっ、ごほっ」
涙が出てくる。はぁはぁと息をして、その後ゆっくりと深呼吸をする。
まだ少し咳は出るが、どうにか落ち着いてきた。頭を軽く振って改めて友人の顔を見ると、つまんねーって顔をしていた。
「お前な……いきなりなんてこと言ってんだ」
「はぁ、ガッカリだよサコッシュには。まだ抱いてないの? はやく抱いちゃえよ。チャンスなんだから、抱けよ」
「あんまり抱けって連呼するな」
「抱けぇ! 抱けっ! 抱けーっ! 抱けーっ!」
「でけぇ声で言うな!」
慌てて周りをキョロキョロする。案の定周囲にいる学生がチラチラと俺達を見てはヒソヒソとなにか話したり、クスクス笑っている。
最悪だ。なんでこんな目に遭わなきゃいけないんだ。
「あのなぁ、そもそも最近は会ってすらいないんだよ。だから抱く以前の問題なの。いや別に会えば抱くわけじゃないけど」
「えーなんだよそれ。俺は会ってるってのに」
「は? 誰と」
「奈保ちゃんと」
いきなりの報告に俺は顔を思いっきり顔をしかめる。
奈保ちゃんがこいつと――イラっとした俺はガッとテーブルの下で宗志の脛を蹴った。
「いったっ! おまっ、蹴りはなしだろ!」
「ここまで節操なしだとは思わなかったよ。大体、やめとけって言ったのはテメェだろ」
「いや別に、手は出してないって。ただ会ってちょっと話してってだけだよ」
「お前はそうかもしれないけど、奈保ちゃんは違うだろ」
「そこに関してはサコッシュに言われたくないなぁ」
ヘラヘラしながら切り返してくる宗志。一瞬だけ美穂ちゃんの顔が思い浮かび、俺は言葉を詰まらせてしまう。
「ていうかなんで会ってないの。これまでは定期的に連絡してたんでしょ?」
「それは……そうだけど。俺だって分からんよ」
最近美穂ちゃんから連絡がこない。
部活が忙しいのだろうか。たしかに前は1週間に2回くらい連絡がきていたというのに。
まぁ連絡がこないというのは眠れているということだろう。不眠の原因は大半がストレスによるものらしいから、それがある程度取り除かれれば眠れるようになるのは必然だ。
大体、どんな顔で会えというのか。キスされただけでモヤモヤして連日寝不足気味になるほどだし、寝たら寝たで彼女が夢にまで出てくる始末だ。しかもその、そういう夢。
「じゃあサコッシュの方から誘えばー?」
今朝見た夢の内容が浮かび慌てて消していると、宗志が提案してきた。
顔をあげて友人の顔を見ると、真剣な表情――ではなく、ぼけーっと、あまりにも気の抜けた顔をしていた。だらーんと身体を斜めにしながらスマホを弄っている。
「誘うってなんだよ。最近眠れてる? 寝かしつけてあげよっかとでも言うのか?」
「いやそうじゃなくてさぁ、普通にデートすればいいじゃん。遊ぼうよって」
「……はぁ?」
デート、なんだか俺にはあまり縁のない言葉が出てきた気がする。いやまぁ、したことないわけじゃないが、俺と美穂ちゃんとの間にデートという言葉はあまりにも相応しくない。
俺はガリガリと後頭部を掻き、深いため息を吐いた。
「あのなぁ、俺はお前と違って誠実な人間なの。で、美穂ちゃんも軽い子じゃないんだよ。普段のアレはあくまであの子の不眠を解消するためのもので、互いに下心なんて――」
「ホントに寝かしつけるだけの関係だったら公衆の面前でキスしないだろ」
下心なんてないと言い切ろうとしたところで、宗志がスマホを眺めながら言い返してきた。
あの光景がまた思い浮かび、俺は再び言葉を詰まらせる。
そんな俺を宗志はチラッと横目で見て、くぁっとあくびをかみ殺した。
「電車という公共性が高い乗り物で、周りには人がたくさんどころか友達もいるってのに、あの子はお前のことを想ってキスしたんだろ? あんな恥ずかしいことできるのはよっぽど馬鹿なのか、よっぽどお前のことが好きなのか。もしくは両方か」
なんにしろ大変なことだよ。そう言って締める宗志。たしかに、あのときはキスされた衝撃で考える余裕なんてなかった。冷静に考えると結構すごいことをやってくれたものだ。
『日之太さん、寂しそうだったから』
でもあれは、決して俺を困らせようと思ってやったことじゃない。宗志の言う通り、俺のことを想ってしてくれた。それだけは分かる。
ならばどうする。俺は彼女の想いに応えるべきなのだろうか。