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俺自身の思い出と、弟が楽しそうにバッターをやっていた姿を思い出しているうちに、ふらりと車から降りていた。
グラウンドのフェンス越しに、少年野球の試合を見る。
赤チームが6点、青チームは3点。赤チームのベンチは、勝利の予感を悟ってか、余裕があった。
一方、青チームのベンチは、少しピリついている。
もしかすると、地域の少年野球チームのトーナメント戦や、因縁のあるチーム同士の試合なのかもしれない。漂う空気は、単なる練習試合が醸し出していい緊張感ではなかった。
「翔ー! 楽しめよー!」
青チームのベンチから、ふわっとした応援が飛ぶ。
青チームのベンチには、満面の笑顔でバッターに手を振る、若い男がいた。
この少年野球チームのロゴが入った青いキャップを被り、ユニフォームを着た、金髪に近い茶髪のやんちゃそうな青年だった。つい少し前まで学生だったんじゃないかと思うほど、若々しい。
このチームにすっかり馴染んでいて、ベンチで子供たちと一緒に声を出して応援している。その姿は、青年がこのチームのOBだったんじゃないかと思わせる。
そんな世界線でもいいと思った。他人の空似だったらいい。そうであってほしい、と思っていた。
俺のこんな、死にたいと、死にかけている、情けない姿を見せたくなかった。
バッターボックスに立つ、青チームの少年は、ベンチに向かって一回頷く。そして、真っ直ぐな眼差しで相手のピッチャーと向き合った。
赤チームのピッチャーの投球フォームは美しかった。体幹がブレず、指先から器用に放たれた白球はカーブを描いている。
プロ野球の試合みたいな緊迫感が、そこにはあった。
時間にしたら、ほんの何秒かで終わるシーンなのに、まるでスローモーションだ。
青チームのバッターは、ボールから片時も目を離さず、彼が信じたタイミングでバットを振る。
ピッチャーの手を離れたボールは、バットに当たる。当たった瞬間、ボールは力強くしなやかに空を裂いて行った。
ホームランだ。
わっとどよめく両チーム、走るランナー。グラウンドのフェンスの周りで見ていた、無関係な人々も手を叩いたり、歓声を上げている。
かくいう俺は、青チームのベンチを見ていた。
青チームのベンチで、ホームラン打者を待ち構えていた青年は、眩しい笑顔を見せている。
それは、とても見覚えのある笑顔だった。
俺と同じ少年野球チームにいた時、初めてホームランを打った時に見せた、達成感に満ちた笑顔と同じ。
笑顔は、子供の頃から変わらないのか。
心臓が、どくんと脈打つのがわかる。
試合は5対6で、赤チームの勝利だった。試合終了後、両チームは子供たちと保護者を総動員して、慌ただしく野球場の片付けをしていた。
少し雲が出てきた午後の空は、それでも明るかった。
青チームのベンチにいた青年は、子供たちからコーチ、と呼ばれていた。今、青年は青チームのコーチをやっているのだろう。
片付けがおおかた終わったタイミングで、青年は監督に声をかけていた。
監督は普通に喋っても大声らしく、「いいよ」と軽快に返事するのが、フェンス越しの俺にまで聞こえた。
青年は、こちらに向かって走ってきている。
俺を睨みつけているように見えて、思わず後退った。
「アキ!」
青年が、かつて俺を呼ぶ時に使っていた名前で、後退る俺を呼び止めた。
俺は体をビクつかせ、目の前の青年の姿を凝視する。
「なんでここにいんの?」
青年は、びっくりした顔をした後、すぐに微笑んだ。
小さい頃と同じ、うれしそうな顔で。
ずっと、青年と呼んでボカしてきたが、俺をアキと呼ぶのは、弟以外いない。
他人の空似ではなく、ここにいるのは、弟のハルだった。
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グラウンドのフェンス越しに、少年野球の試合を見る。
赤チームが6点、青チームは3点。赤チームのベンチは、勝利の予感を悟ってか、余裕があった。
一方、青チームのベンチは、少しピリついている。
もしかすると、地域の少年野球チームのトーナメント戦や、因縁のあるチーム同士の試合なのかもしれない。漂う空気は、単なる練習試合が醸し出していい緊張感ではなかった。
「|翔《かける》ー! 楽しめよー!」
青チームのベンチから、ふわっとした応援が飛ぶ。
青チームのベンチには、満面の笑顔でバッターに手を振る、若い男がいた。
この少年野球チームのロゴが入った青いキャップを被り、ユニフォームを着た、金髪に近い茶髪のやんちゃそうな青年だった。つい少し前まで学生だったんじゃないかと思うほど、若々しい。
このチームにすっかり馴染んでいて、ベンチで子供たちと一緒に声を出して応援している。その姿は、青年がこのチームのOBだったんじゃないかと思わせる。
そんな世界線でもいいと思った。他人の空似だったらいい。そうであってほしい、と思っていた。
俺のこんな、死にたいと、死にかけている、情けない姿を見せたくなかった。
バッターボックスに立つ、青チームの少年は、ベンチに向かって一回頷く。そして、真っ直ぐな眼差しで相手のピッチャーと向き合った。
赤チームのピッチャーの投球フォームは美しかった。体幹がブレず、指先から器用に放たれた白球はカーブを描いている。
プロ野球の試合みたいな緊迫感が、そこにはあった。
時間にしたら、ほんの何秒かで終わるシーンなのに、まるでスローモーションだ。
青チームのバッターは、ボールから片時も目を離さず、彼が信じたタイミングでバットを振る。
ピッチャーの手を離れたボールは、バットに当たる。当たった瞬間、ボールは力強くしなやかに空を裂いて行った。
ホームランだ。
わっとどよめく両チーム、走るランナー。グラウンドのフェンスの周りで見ていた、無関係な人々も手を叩いたり、歓声を上げている。
かくいう俺は、青チームのベンチを見ていた。
青チームのベンチで、ホームラン打者を待ち構えていた青年は、眩しい笑顔を見せている。
それは、とても見覚えのある笑顔だった。
俺と同じ少年野球チームにいた時、初めてホームランを打った時に見せた、達成感に満ちた笑顔と同じ。
笑顔は、子供の頃から変わらないのか。
心臓が、どくんと脈打つのがわかる。
試合は5対6で、赤チームの勝利だった。試合終了後、両チームは子供たちと保護者を総動員して、慌ただしく野球場の片付けをしていた。
少し雲が出てきた午後の空は、それでも明るかった。
青チームのベンチにいた青年は、子供たちからコーチ、と呼ばれていた。今、青年は青チームのコーチをやっているのだろう。
片付けがおおかた終わったタイミングで、青年は監督に声をかけていた。
監督は普通に喋っても大声らしく、「いいよ」と軽快に返事するのが、フェンス越しの俺にまで聞こえた。
青年は、こちらに向かって走ってきている。
俺を睨みつけているように見えて、思わず後退った。
「アキ!」
青年が、かつて俺を呼ぶ時に使っていた名前で、後退る俺を呼び止めた。
俺は体をビクつかせ、目の前の青年の姿を凝視する。
「なんでここにいんの?」
青年は、びっくりした顔をした後、すぐに微笑んだ。
小さい頃と同じ、うれしそうな顔で。
ずっと、青年と呼んでボカしてきたが、俺をアキと呼ぶのは、弟以外いない。
他人の空似ではなく、ここにいるのは、弟のハルだった。