一夜が明け、ハヤトがキラボシ食堂の近くで仲間たちと待ち合わせをしているときのこと。
「ねぇ、君」
「ん?」
「もしかして、イーヴィル属性のプレイヤーに襲われた人?」
「そうだけど……なんで知ってるの?」
「フロンティアの情報掲示板で見たんだ。名前がハヤトでそういう感じの装備だったから」
掲示板だと? すぐに掲示板にアクセスしてみると【神の使いハヤト】というスレッドが目に入った。他にも【奇跡の稲妻】、【天の雷】、【神の怒り】といったスレッドが立っている。あの盗賊野郎が書き込んだのか。それともPvPを見ていたプレイヤーの書き込みなのか。
「雷の魔法とかスキルがあるの?」
「いや、そんなの持ってないよ」
「どんなクエストなの? 噂の隠し技能ってやつ?」
「え、隠し技能を見つけたの?!」
こんな会話が聞こえた人もハヤトのまわりに寄ってきた。
「いや、違うって。知らないよ」
「隠さないで教えてよ。どこで受けるの?」
四人、五人と人が増え、だんだんと騒ぎが大きくなっていく。すると、店の前の妙な騒ぎに気づいたリディアちゃんが様子を見に外に出てきた。
「ハヤトさん、どうしました?」
「ちょっと絡まれちゃって」
「店に入ってください」
リディアちゃんに手を引かれて店の中に避難すると、彼女は他のプレイヤーをシャットアウトした。
「お客様への迷惑行為は禁止です。お引き取り下さい」
なんという行き届いた常連客へのカスタマーサービスだ。ちょっとこのゲームって凄すぎない?
そんな凄いリディアちゃんの機転によって、ハヤトは群がる迷惑プレイヤーから解放された。
「ありがとう。助かったよ」
「お安い御用ですよ。なので、お安いモーニングセットはいかがですか?」
「あ、うん。じゃぁそれを」
「ありがとうございます」
さきほどのサービスは布石? あざとい客引きに引っかかったみたい。そんな素晴らしい店でハヤトが食事をしていると、サーラちゃんがやってきた。
「ここにいたんですか。なんか揉め事あったって話が聞こえたんで心配しましたよ」
ハヤトに寄っていくサーラちゃんをリディアちゃんは制した。
「お客様への迷惑行為は禁止です。お引き取り下さい」
「わたしは迷惑かけたりしません!」
リディアちゃんのキャラ、以前と少し変わってない?
「昨日、エナコさんからイーヴィルに襲われたってメッセージをもらいました。気をつけないといけませんね」
「だね。今日はそのことも話そうって」
「やることいっぱいあるのに、余計なことにも気をまわさないといけなくなりますね」
ふたりが話しているところに「ご注文は?!」と、水が飛び散る勢いでリディアちゃんがコップを置いた。それに対して「ハヤトさんと同じのください」と物凄い笑顔でサーラちゃんが答えた。
ハヤトよ、おまえはこのふたりにも気をまわさないといけないって気づいてる?
空腹ゲージのチャージを済ませたふたりは店の外でキョロキョロしているサクさんを確認し、彼と合流してからレベリングの狩場に向かった。その道のりで、盗賊に襲われたときの詳細を話した。
「悪者のロールプレイか。どういう人がやるのか見当がつかないな」
「サクさんみたいな善人は理解できないですよ」
「善人に見えるかい?」
「見えますよ。もし違うなら詐欺師ですね」
「どっちだと思う?」
善人でしょ。寝落ちした絵美ちゃんを守ってくれたんだから。
「言ってなかったけど、この声は変えてるんだ」
「えー、実は女の子だったりします?」
もしそうだったら驚きだ。だけど、サーラちゃんがそんなことを言うもんだから、妙に丁寧な言葉遣いが不自然に思えてきた。あえて男っぽく喋ってる気がしなくもない。考え過ぎ?
「ハヤトさんは見た目も声もそのまんまって言ってましたよね」
「そうだよ」
そうなんだけど、サーラちゃんはそれを信じたんだ。純粋な子だよ。
「サーラちゃんは?」
「わたしですかぁ? わたしはぁ、ほんのすこーーーーしだけ変えてます」
可愛く視線を外してるけど、それが性別だったら『すこーーーーし』ではないぞ。突如持ち上がった仲間たちのTS疑惑にドキドキが止まらない。
このあとレベリングがおこなわれたけど、レベル二十を超えているので、これまで以上に上がらなくなった。これからは効率と根気が求められてくるだろう。
昼にエナコが合流してきたらメインストーリーを進めていくことになっている。四人が揃えば安心なので、そのあいだに私はバイトでひと稼ぎだ。
今日のバイトは隣駅のファミレスだし、別の店舗での経験があるから気が楽だったのだけど……。この店はあまりに忙しかった。
バイトの人数は多いのに、それでも人手が足りていない。ひたすらに注文を取り、配膳をし、テーブルを片付け、座席へ案内するのを繰り返していた。ちょっと時給は良いけれど割に合ってる?
おかげさまでランチタイムの五時間はあっと言う間に過ぎていった。
「大原さん。最後にゴミだけ捨ててきて」
業務終了の十分前。ゴミをまとめて置き場に持っていこうと向かった裏口から入ってきたのは見知った人物だった。
「立花君?」
「大原!」
ここは彼のバイト先だった。
「今日はここだったのか。忙しかっただろ?」
「そうだね。時給をもう百円上乗せしてほしいくらいには」
そんな軽口を返したけれど、ちょっとだけ気まずい。だけど、会話が途切れて空気が重くなるというようなことはなかった。
「ゲーム頑張ってる?」
「まぁ、体調を崩さない程度にね」
視線を合わせずに答える私に、「なら良かった。睡眠くらいはしっかり取れよ」と言って更衣室に入っていった。
あの日から立花君とのやり取りはない。何よりも優先しなければならないことがあり、バイトも忙しいと伝えたことで、私を誘う余地がないと思ったのだろう。それ以前に、そんな深い意味で誘っていたわけではないのかもしれない。今日の会話の感じからすれば、その可能性のほうが高い。
「何を今さら落ち込む必要がある」
自転車を漕ぐ足に力を込めて、未練たらたらな思いを振り払いながら家に帰った。