ユーステッド、興奮す

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普段の運動不足を僕は(なげ)く。下から見上げていた時はすぐだと思っていたけど、直線で上るわけじゃなく、徒歩で行く場合は大回りをしていかなければならなかった。荷物を持ったまま上るにはなかなかきつい。

「ぜぇ……ぜぇ………ぜぇ…………あの老人の牡牛にここまで吹っ飛ばしてもらえばよかった……」

運動という運動は、一応剣術の教育義務があったから、その時に動かす程度。
戦争なんてものが無縁の国に生まれたから、本当に、お飾り程度のたしなみだ。剣術なんて、綺麗に揃った形を披露(ひろう)しあうだけのもの……だから、基礎体力は平民以下なのは自信を持って言える。

丘の上に建てられた女辺境伯(おんなへんきょうはく)の屋敷は高さはあるものの、僕が今まで見てきた貴族の屋敷の中でも大分小さいと思えた。

「本邸はこちらなのですが、政務と来客の対応……ティア様の仕事場として基本使っております。ので、あちらの別邸が住居、間違って入らないよう覚えておいてください。他にも別邸として所有している屋敷もありますが……こちらは追々。」
「ふぅん……?で、そのティア様の出迎えはないのか?」
「……本日ティア様はあちらの島へ視察(しさつ)に出ておられます。」

丘から見下ろした先の、小さい島を指差すロベリア。けど、息の上がっていた僕はその先を見ることは無かった。今日、僕が到着することはわかっていたはず……それなのに仕事を優先していると?少し落ち込んでしまう。

いや……普通に考えれば、婚約破棄をされ、国を追い出された嫡男(ちゃくなん)の元王太子を婿として迎え入れなきゃいけない、なんて。歓迎されるものじゃないか……。

「この後のことですが……お休みになられますか?一応、ティア様より街の案内をするようにと仰せつかっておりますが……」

時刻は大体……昼時くらいかな。そんなに、歓迎もされていないのなら、侍女の手を(わずら)わせることもない。

「案内は結構だよ、君も他の仕事があるだろう?僕にかまわず自分の仕事をするといい。」
「いえ、ですから、案内が仕事なのですが……」
「あぁー……ぇー……ひとりになりたいなと……」
「お休みになられる、と……かしこまりました。では、お部屋にご案内します。」

パンツの気まずさから抜け出せないせいか、なんとも嚙み合わない会話になってしまった。
ひとりになりたい、というのは嘘じゃない。旅の疲れもあるけど、静かなところで、一呼吸おいて落ち着きたい……それに、干し草がまだ服の内側でチクチクといるのもあって着替えもしたかった。

住居となっている別邸は、整えられた植木の生えている庭を(へだ)ててすぐ隣の屋敷。こちらもそこまで広くなさそうだったが、2階建てで綺麗なグレーのレンガ造りの……本邸も同じだけど、ちょっとだけ硬く冷たい。街並みの華やかさからは、真逆の印象を受けた。まるで要塞(ようさい)のような……そんなイメージ。

ギィッと鈍い音を立てて扉が開き、中へ。

内装まで堅苦しいつくりではないのか……僕のいた王城にはもちろん劣るが、住みやすさ、を重視しているのがわかる、あたたかい色の絨毯(じゅうたん)や壁紙で落ち着いた雰囲気。
季節の花だろうか?僕の国では見たことのない、青く可愛らしい小さな花が花瓶に生けられていた。

「こちらの中央の階段を上がった2階。右側すべて、ユーステッド様のお部屋になります。」
「ぜ、全部?こんなに?」

外観よりも奥行があったのだ。長い廊下の端まで、軽く6部屋はあるだろう部屋の扉があるのが見えた。ひと部屋の大きさは、屋敷の造り上広さはそこまで取れないとかなのかな?

「はい。向かって左側はティア様の寝室や書斎(しょさい)等……1階は私を含めて侍女や執事の住まいとなっております。ひとつだけ、お願いがございます。」
「……なんだ?」

面白い屋敷だ。
王城でも召使いたちの住まいはあったが、主人と同じ一つの建物の中で暮らすわけではなかった。辺境ではこれが普通なのか?……とすれば、その特殊な環境であるがゆえの、決まり事もあるってことかな。

「ティア様とユーステッド様は婚礼前の清い身。たとえ同じ屋敷内といえど、夜這(よば)いをかけようなどと不埒(ふらち)な考えをなさいませんようにお願い申し上げます。」
「よ、よよよ、よよば、よばば、夜這(よば)い?!僕がそんなことするようなスケベに見えるのか!?」

なんてことを言うんだ!アリアンナに対してだって、まともにキスすらしてない僕だぞ!そ、そんな急に大人の階段上ろうなんてしないぞ!

「……。」
「なにか言ってくれ……。」

無視されたままうしろをついていく。
ロベリアは奥から一個手前の部屋の前へ行き、扉を開け、中へ入っていく。カーテンが閉め切られていたのと、昼間というのもあって明かりは無く、薄暗かった。けど、ロベリアがカーテンをサァッと開け、バルコニーへ出ることのできるガラス扉を開けたら……部屋に差す眩しい日の光と、心地のいい風が僕の体を駆け抜けていく。持っていたカバンを落とすように床に置き、誘われるように足が勝手にバルコニーへ。

「……きれいだ」
「お気に召していただいたようで、なによりです。わがデルフィヌス領自慢の海と、街並み……そして、島々を一望することができます。」

アリーズ王国には海なんてものはない、山や森に囲まれた内陸にある国だ。坂を上ってくる時に見た景色の比じゃない、この景色に、感動しないわけがない。

キラキラと昼の眩しい日差しを反射して光る水面は、どこまでも続いて、空すらも(せい)してしまいそうなくらいに青く()んでいて。海上を滑るように進む帆船(はんせん)はまるで絵画を見ているかのような錯覚(さっかく)を覚えるくらいに美しく()える。
ここから表情は見えなくとも、港で多くの働く人々や領民たちの活気のある様をも見せつけてくれる。

「すばらしい……!」
「……秋の季節が近づいております、丘に吹く風は昼間と言え少々冷えますのであまり長く――」
「ロベリア!すごいなここは!」
「……っ?!」

なにか言っている気がしたが、それどころじゃない!僕のこのワクワクした気持ちをどうにかして伝えたい!

「こんな景色見たことないよロベリア!辺境と聞いていたからすごい田舎だと思ってた僕はなんて愚かだったんだろう……この景色は世界に誇れるものだ!ここで暮らすことができるなんて僕は幸せだ!」
「は、はぁ……」
「見てくれ!僕が乗ってきた旅客船があんなに遠くまで……とても小さくなってるよ!すごいなぁ海って……」

ここに来るまでほぼひと月……ずっと落ち込んでいた僕の心は一気に気分が上がって……興奮している!

「……そ、れはよかったです……が……そろそろ……手を離していただけると……」
「あ……あっ!す、すまない!つい……」

興奮のあまり、ロベリアの手を強く握ってしまっていた…またしても、気まずい空気にしてしまった。


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普段の運動不足を僕は|嘆《なげ》く。下から見上げていた時はすぐだと思っていたけど、直線で上るわけじゃなく、徒歩で行く場合は大回りをしていかなければならなかった。荷物を持ったまま上るにはなかなかきつい。
「ぜぇ……ぜぇ………ぜぇ…………あの老人の牡牛にここまで吹っ飛ばしてもらえばよかった……」
運動という運動は、一応剣術の教育義務があったから、その時に動かす程度。
戦争なんてものが無縁の国に生まれたから、本当に、お飾り程度のたしなみだ。剣術なんて、綺麗に揃った形を|披露《ひろう》しあうだけのもの……だから、基礎体力は平民以下なのは自信を持って言える。
丘の上に建てられた|女辺境伯《おんなへんきょうはく》の屋敷は高さはあるものの、僕が今まで見てきた貴族の屋敷の中でも大分小さいと思えた。
「本邸はこちらなのですが、政務と来客の対応……ティア様の仕事場として基本使っております。ので、あちらの別邸が住居、間違って入らないよう覚えておいてください。他にも別邸として所有している屋敷もありますが……こちらは追々。」
「ふぅん……?で、そのティア様の出迎えはないのか?」
「……本日ティア様はあちらの島へ|視察《しさつ》に出ておられます。」
丘から見下ろした先の、小さい島を指差すロベリア。けど、息の上がっていた僕はその先を見ることは無かった。今日、僕が到着することはわかっていたはず……それなのに仕事を優先していると?少し落ち込んでしまう。
いや……普通に考えれば、婚約破棄をされ、国を追い出された|嫡男《ちゃくなん》の元王太子を婿として迎え入れなきゃいけない、なんて。歓迎されるものじゃないか……。
「この後のことですが……お休みになられますか?一応、ティア様より街の案内をするようにと仰せつかっておりますが……」
時刻は大体……昼時くらいかな。そんなに、歓迎もされていないのなら、侍女の手を|煩《わずら》わせることもない。
「案内は結構だよ、君も他の仕事があるだろう?僕にかまわず自分の仕事をするといい。」
「いえ、ですから、案内が仕事なのですが……」
「あぁー……ぇー……ひとりになりたいなと……」
「お休みになられる、と……かしこまりました。では、お部屋にご案内します。」
パンツの気まずさから抜け出せないせいか、なんとも嚙み合わない会話になってしまった。
ひとりになりたい、というのは嘘じゃない。旅の疲れもあるけど、静かなところで、一呼吸おいて落ち着きたい……それに、干し草がまだ服の内側でチクチクといるのもあって着替えもしたかった。
住居となっている別邸は、整えられた植木の生えている庭を|隔《へだ》ててすぐ隣の屋敷。こちらもそこまで広くなさそうだったが、2階建てで綺麗なグレーのレンガ造りの……本邸も同じだけど、ちょっとだけ硬く冷たい。街並みの華やかさからは、真逆の印象を受けた。まるで|要塞《ようさい》のような……そんなイメージ。
ギィッと鈍い音を立てて扉が開き、中へ。
内装まで堅苦しいつくりではないのか……僕のいた王城にはもちろん劣るが、住みやすさ、を重視しているのがわかる、あたたかい色の|絨毯《じゅうたん》や壁紙で落ち着いた雰囲気。
季節の花だろうか?僕の国では見たことのない、青く可愛らしい小さな花が花瓶に生けられていた。
「こちらの中央の階段を上がった2階。右側すべて、ユーステッド様のお部屋になります。」
「ぜ、全部?こんなに?」
外観よりも奥行があったのだ。長い廊下の端まで、軽く6部屋はあるだろう部屋の扉があるのが見えた。ひと部屋の大きさは、屋敷の造り上広さはそこまで取れないとかなのかな?
「はい。向かって左側はティア様の寝室や|書斎《しょさい》等……1階は私を含めて侍女や執事の住まいとなっております。ひとつだけ、お願いがございます。」
「……なんだ?」
面白い屋敷だ。
王城でも召使いたちの住まいはあったが、主人と同じ一つの建物の中で暮らすわけではなかった。辺境ではこれが普通なのか?……とすれば、その特殊な環境であるがゆえの、決まり事もあるってことかな。
「ティア様とユーステッド様は婚礼前の清い身。たとえ同じ屋敷内といえど、|夜這《よば》いをかけようなどと|不埒《ふらち》な考えをなさいませんようにお願い申し上げます。」
「よ、よよよ、よよば、よばば、|夜這《よば》い?!僕がそんなことするようなスケベに見えるのか!?」
なんてことを言うんだ!アリアンナに対してだって、まともにキスすらしてない僕だぞ!そ、そんな急に大人の階段上ろうなんてしないぞ!
「……。」
「なにか言ってくれ……。」
無視されたままうしろをついていく。
ロベリアは奥から一個手前の部屋の前へ行き、扉を開け、中へ入っていく。カーテンが閉め切られていたのと、昼間というのもあって明かりは無く、薄暗かった。けど、ロベリアがカーテンをサァッと開け、バルコニーへ出ることのできるガラス扉を開けたら……部屋に差す眩しい日の光と、心地のいい風が僕の体を駆け抜けていく。持っていたカバンを落とすように床に置き、誘われるように足が勝手にバルコニーへ。
「……きれいだ」
「お気に召していただいたようで、なによりです。わがデルフィヌス領自慢の海と、街並み……そして、島々を一望することができます。」
アリーズ王国には海なんてものはない、山や森に囲まれた内陸にある国だ。坂を上ってくる時に見た景色の比じゃない、この景色に、感動しないわけがない。
キラキラと昼の眩しい日差しを反射して光る水面は、どこまでも続いて、空すらも|制《せい》してしまいそうなくらいに青く|澄《す》んでいて。海上を滑るように進む|帆船《はんせん》はまるで絵画を見ているかのような|錯覚《さっかく》を覚えるくらいに美しく|映《は》える。
ここから表情は見えなくとも、港で多くの働く人々や領民たちの活気のある様をも見せつけてくれる。
「すばらしい……!」
「……秋の季節が近づいております、丘に吹く風は昼間と言え少々冷えますのであまり長く――」
「ロベリア!すごいなここは!」
「……っ?!」
なにか言っている気がしたが、それどころじゃない!僕のこのワクワクした気持ちをどうにかして伝えたい!
「こんな景色見たことないよロベリア!辺境と聞いていたからすごい田舎だと思ってた僕はなんて愚かだったんだろう……この景色は世界に誇れるものだ!ここで暮らすことができるなんて僕は幸せだ!」
「は、はぁ……」
「見てくれ!僕が乗ってきた旅客船があんなに遠くまで……とても小さくなってるよ!すごいなぁ海って……」
ここに来るまでほぼひと月……ずっと落ち込んでいた僕の心は一気に気分が上がって……興奮している!
「……そ、れはよかったです……が……そろそろ……手を離していただけると……」
「あ……あっ!す、すまない!つい……」
興奮のあまり、ロベリアの手を強く握ってしまっていた…またしても、気まずい空気にしてしまった。