ユーステッド、衝突す

ー/ー



 もはや機能しなくなった空のカバンと中身を抱え、女辺境伯の住まう屋敷が建つ、小高い丘まで続く坂道を登っていく。
 ロベリアも、いくつか僕の荷物を抱えてくれているのだが……あのパンツは握ったままだ。

 やはり、女辺境伯の性癖に刺さるものなのだろう……このままあのパンツは献上(けんじょう)されてしまうのか……。
 いや、それは困る。
 あれは母上の形見のようなもの……どうにかして取り返さねばならない。

 ……しかし、気まずい。

 そのせいで話しかけずらいし、商業区域から離れて閑静な住宅地に入ったとはいえ……「パンツ返して」なんて、こんな街中で言うようなセリフでもない。
 僕はソワソワしたままロベリアのうしろを少し距離をとって歩く。

 ふと、登ってきた坂道を振り返ってみたくなった。

「……ほぁ……」

 デルフィヌス領の街並みが、しっかりと目に映る。

 領民の住まう家屋だろう、壁はすべて白く綺麗に塗り揃えられ、明るい赤やオレンジ、青や黄色といった色の屋根が日差しを受けて鮮やかに映える。
 道中の道も石畳(いしだたみ)がきれいに並びながらもがたつくいたところは無く、馬車もスムーズに通れるように設計されているのがうかがえた。
 坂道の多い街だ、上へ荷物を運ぶのも人の手や足だけでは重労働だろう、領民への配慮(はいりょ)も忘れずにやっているんだ。

 感心しながらまた、上り始めようと前を見て気づいた。

「あれ……ロベリア……?」

 街なんて歩きなれているロベリアだ、僕を置いて先へ先へいったのだろう……姿が見えなくなっていた。

 ……いや?いくら慣れているとはいえ、今の段階では、僕は客人ではないのか?婿入りするとはいえ、婚礼はまだ済ましていない。
 なのにこの扱い……献上するためとはいえ、やっぱりパンツを被ってしまったことを気にしている……?

「……なんてことない。あそこに見える屋敷に向かえばいいんだろう?このままこの道を……」
「あ、あっぶねぇだど~」
「え、わ……あーーーーっ!」

 暴れ牛だ。

 なんで冷静に暴れ牛だと理解できたか?

 それは、先ほど海風に飛ばされた下着たちの様に、僕の体が宙へ舞っていたからね。
 坂道の先の草原に牛が放牧されていたのはチラッと見えていたし、牛の1匹や2匹くらい逃げてきてもおかしくはないのかなぁ?ってね。

 まさかこんなムキムキの牡牛だとは予想外だったけれどね。

 正面衝突ではあったが、持っていた荷物がクッションになってくれたおかげで、体に直接的なダメージは無かったものの……勢いはすさまじかった。

 しかし、僕は運がいいようだ。

 とある家の前に止まっていた、干し草をたっぷり積んだ荷車の上にぼふっと埋まるように着地。

「あんれまぁ……どこいっただが?」
「ガレフおじさん、どうかしたのですか?」
「あぁロベリアさん……今ここにいた若い人がうちの種牛(たねうし)とごっちんこして……消えてしまっただよ」

 ……ロ、ロベリア……?一体どこに行っていた……ってうわわわ

 バサバサ……ドサッ……

 起き上がろうと体勢を変えたら、荷車が傾いて(あご)から着地してしまいった。
 痛い……なんで僕がこんな目に合わなきゃならないんだっ!

「……お手を、ユーステッド様」

 何もなかったかのように、無表情で僕に近づいて手を差し伸べるロベリア。
 女性に……しかも侍女にこんな姿を見られた上に、手を借りるだって?

「結構だ!」
「そうですか。では、ユーステッド様、こちらを――」

 腐っても王太子であった僕だ、男としてのプライドは持ち合わせているつもりだ。
 この程度、自分で立ち上がれる。

「……これは?」
「あちらにある装飾を取り扱うお店で購入いたしました。」

 ロベリアが持ってきてくれた革製の新しいカバンは、貝殻から削り出された繊細(せんさい)な飾りがついた留め具が美しい、素人目で見てもしっかりとわかる……職人が手掛けた一級品。

「お持ちいただいた物よりも、質は劣るかもしれませんが……屋敷までまだ距離もあります。手に抱えたままでは不便でしょう?」
「あ……そう、だな。うん、ありがとう。……劣るなんてとんでもない、素晴らしいよ」
「……そうですか」

 ……ちょっと笑った、か?

「若い人すまんかっただの……発情期だもんで興奮していつもより制御できんで……年寄りにはちとつらいもんだで……」
「無理なさらないでください。あとで、お手伝いに行きますから」
「そうだぞ、ご老人。僕が体を張ったおかげで牡牛も落ち着いたようだ、怪我をせぬよう気を付けてつれていくといいぞ!」

 干し草が体に刺さったままで少し格好がつかなかっただろうか?牡牛を引いて坂を下る老人はなんだかよそよそしかった。

 再び、周囲にばら撒いてしまった下着をロベリアは集めてくれ、僕はそれを受け取り、新しいカバンに詰めていく。
 外側だけが一級品というわけではない、内側にも使いやすさを重視した作りになっている。

 僕の壊れたカバンも、使い勝手がわるかったわけではない。いっぱい入るから、ずっと使っていたし、思い入れがあるって感じ。

「あ……れ?ない、ないぞ?」

 そのカバンが無くなっている。

「ロベリア、僕のカバンを知らないか?」
「あのカバンでしたら、下取りに出しましたが?」

 え?
 僕の許可なしに?

「な、なんて勝手なことをしてくれるんだ!!あれは、僕が父上から始めてもらって、小さい頃からずっと使っている大切なものなんだぞ?!」
「……ユーステッド様のお父上様からアリーズに関わるものはすべて処分するようにと仰せつかっております……ですので――」
「僕は王太子だぞ!!勝手なことするなよ!!」
「元、でございましょう?いい加減、受け入れていただきませんと……こちらとしても迷惑です」
「ぐぬぬ……っ」

 なんていう物言いをする侍女なんだ!女辺境伯もこの侍女も、性格が悪すぎるぞ!
 いくら父上が女辺境伯に思惑がバレないように、僕にあえてひどい仕打ちをすることで誤魔化すために言ったことだとしても!……あれだけは!

「……ンツ」
「?なんですか?」
「パンツ!パンツは返してくれ!!」
「……は?」
「あのパンツがないと眠れないんだ!だから、返してくれ!!」

 どうだ!恥ずかしいだろう!

 いい年をした女が僕のような美少年のパンツを取ったと知れ渡ったら街を歩けないだろう!

「……頭にかかった時に私の口紅がついてしまったので洗濯をしてからと思っていましたが……そういうことでしたら……お返しいたします」
「え」

 母の刺繍(ししゅう)はお尻の方。ロベリアの口紅は前の……前の……

「収まりましたね、では参りましょう」
「……」

 パンツは無事に戻ってきた……けど……本当に恥ずかしい思いをしたのは……僕の方だった。


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 もはや機能しなくなった空のカバンと中身を抱え、女辺境伯の住まう屋敷が建つ、小高い丘まで続く坂道を登っていく。
 ロベリアも、いくつか僕の荷物を抱えてくれているのだが……あのパンツは握ったままだ。
 やはり、女辺境伯の性癖に刺さるものなのだろう……このままあのパンツは|献上《けんじょう》されてしまうのか……。
 いや、それは困る。
 あれは母上の形見のようなもの……どうにかして取り返さねばならない。
 ……しかし、気まずい。
 そのせいで話しかけずらいし、商業区域から離れて閑静な住宅地に入ったとはいえ……「パンツ返して」なんて、こんな街中で言うようなセリフでもない。
 僕はソワソワしたままロベリアのうしろを少し距離をとって歩く。
 ふと、登ってきた坂道を振り返ってみたくなった。
「……ほぁ……」
 デルフィヌス領の街並みが、しっかりと目に映る。
 領民の住まう家屋だろう、壁はすべて白く綺麗に塗り揃えられ、明るい赤やオレンジ、青や黄色といった色の屋根が日差しを受けて鮮やかに映える。
 道中の道も|石畳《いしだたみ》がきれいに並びながらもがたつくいたところは無く、馬車もスムーズに通れるように設計されているのがうかがえた。
 坂道の多い街だ、上へ荷物を運ぶのも人の手や足だけでは重労働だろう、領民への|配慮《はいりょ》も忘れずにやっているんだ。
 感心しながらまた、上り始めようと前を見て気づいた。
「あれ……ロベリア……?」
 街なんて歩きなれているロベリアだ、僕を置いて先へ先へいったのだろう……姿が見えなくなっていた。
 ……いや?いくら慣れているとはいえ、今の段階では、僕は客人ではないのか?婿入りするとはいえ、婚礼はまだ済ましていない。
 なのにこの扱い……献上するためとはいえ、やっぱりパンツを被ってしまったことを気にしている……?
「……なんてことない。あそこに見える屋敷に向かえばいいんだろう?このままこの道を……」
「あ、あっぶねぇだど~」
「え、わ……あーーーーっ!」
 暴れ牛だ。
 なんで冷静に暴れ牛だと理解できたか?
 それは、先ほど海風に飛ばされた下着たちの様に、僕の体が宙へ舞っていたからね。
 坂道の先の草原に牛が放牧されていたのはチラッと見えていたし、牛の1匹や2匹くらい逃げてきてもおかしくはないのかなぁ?ってね。
 まさかこんなムキムキの牡牛だとは予想外だったけれどね。
 正面衝突ではあったが、持っていた荷物がクッションになってくれたおかげで、体に直接的なダメージは無かったものの……勢いはすさまじかった。
 しかし、僕は運がいいようだ。
 とある家の前に止まっていた、干し草をたっぷり積んだ荷車の上にぼふっと埋まるように着地。
「あんれまぁ……どこいっただが?」
「ガレフおじさん、どうかしたのですか?」
「あぁロベリアさん……今ここにいた若い人がうちの|種牛《たねうし》とごっちんこして……消えてしまっただよ」
 ……ロ、ロベリア……?一体どこに行っていた……ってうわわわ
 バサバサ……ドサッ……
 起き上がろうと体勢を変えたら、荷車が傾いて|顎《あご》から着地してしまいった。
 痛い……なんで僕がこんな目に合わなきゃならないんだっ!
「……お手を、ユーステッド様」
 何もなかったかのように、無表情で僕に近づいて手を差し伸べるロベリア。
 女性に……しかも侍女にこんな姿を見られた上に、手を借りるだって?
「結構だ!」
「そうですか。では、ユーステッド様、こちらを――」
 腐っても王太子であった僕だ、男としてのプライドは持ち合わせているつもりだ。
 この程度、自分で立ち上がれる。
「……これは?」
「あちらにある装飾を取り扱うお店で購入いたしました。」
 ロベリアが持ってきてくれた革製の新しいカバンは、貝殻から削り出された|繊細《せんさい》な飾りがついた留め具が美しい、素人目で見てもしっかりとわかる……職人が手掛けた一級品。
「お持ちいただいた物よりも、質は劣るかもしれませんが……屋敷までまだ距離もあります。手に抱えたままでは不便でしょう?」
「あ……そう、だな。うん、ありがとう。……劣るなんてとんでもない、素晴らしいよ」
「……そうですか」
 ……ちょっと笑った、か?
「若い人すまんかっただの……発情期だもんで興奮していつもより制御できんで……年寄りにはちとつらいもんだで……」
「無理なさらないでください。あとで、お手伝いに行きますから」
「そうだぞ、ご老人。僕が体を張ったおかげで牡牛も落ち着いたようだ、怪我をせぬよう気を付けてつれていくといいぞ!」
 干し草が体に刺さったままで少し格好がつかなかっただろうか?牡牛を引いて坂を下る老人はなんだかよそよそしかった。
 再び、周囲にばら撒いてしまった下着をロベリアは集めてくれ、僕はそれを受け取り、新しいカバンに詰めていく。
 外側だけが一級品というわけではない、内側にも使いやすさを重視した作りになっている。
 僕の壊れたカバンも、使い勝手がわるかったわけではない。いっぱい入るから、ずっと使っていたし、思い入れがあるって感じ。
「あ……れ?ない、ないぞ?」
 そのカバンが無くなっている。
「ロベリア、僕のカバンを知らないか?」
「あのカバンでしたら、下取りに出しましたが?」
 え?
 僕の許可なしに?
「な、なんて勝手なことをしてくれるんだ!!あれは、僕が父上から始めてもらって、小さい頃からずっと使っている大切なものなんだぞ?!」
「……ユーステッド様のお父上様からアリーズに関わるものはすべて処分するようにと仰せつかっております……ですので――」
「僕は王太子だぞ!!勝手なことするなよ!!」
「元、でございましょう?いい加減、受け入れていただきませんと……こちらとしても迷惑です」
「ぐぬぬ……っ」
 なんていう物言いをする侍女なんだ!女辺境伯もこの侍女も、性格が悪すぎるぞ!
 いくら父上が女辺境伯に思惑がバレないように、僕にあえてひどい仕打ちをすることで誤魔化すために言ったことだとしても!……あれだけは!
「……ンツ」
「?なんですか?」
「パンツ!パンツは返してくれ!!」
「……は?」
「あのパンツがないと眠れないんだ!だから、返してくれ!!」
 どうだ!恥ずかしいだろう!
 いい年をした女が僕のような美少年のパンツを取ったと知れ渡ったら街を歩けないだろう!
「……頭にかかった時に私の口紅がついてしまったので洗濯をしてからと思っていましたが……そういうことでしたら……お返しいたします」
「え」
 母の|刺繍《ししゅう》はお尻の方。ロベリアの口紅は前の……前の……
「収まりましたね、では参りましょう」
「……」
 パンツは無事に戻ってきた……けど……本当に恥ずかしい思いをしたのは……僕の方だった。