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3ー7・ここまで来た以上泣き言はなしだ。

ー/ー



 簡単な自己紹介とストレッチも終わり、早速練習へと入ることにした。
 教えるのは全部で7人。現役のテニスプレーヤーの宗志は4人の女の子を。俺は3人の女の子を見ることになったのだが。
「やべー……いやまぁ、どうにかなるか?」
 宗志から借りたラケットを握りしめてひとり呟く。
 力は入る。握ることもできる。問題はプレーだ。こんな状態でラリーを続けられるだろうか。
 実は2日前から練習をしていて、そのときは問題なく握ってたし、ラリーも続いた。
 けど今は、握るだけならまだしも振ろうとすると手からすっぽ抜けそうな予感がする。
 人に教えるのがプレッシャーになっているのか――いや、ここまで来た以上泣き言はなしだ。
 ブォンッとラケットを振る。よし、大丈夫だ。ちゃんと握れてる。いけるはず。
「よし、じゃあやろっか。まずは乱打して、そっから色々見ていこう」
 俺が呼びかけると3人の女の子、流川(るかわ)さんと碧崎(みどりざき)さん、そして奈保ちゃんが「はーい」と間延びした返事をして集まってくる。
 ひとまず奈保ちゃんと碧崎さん。俺と流川さんという組み合わせになった。
「よ、よろしくおねがいします」
 ラケットを持ってペコっと頭を下げる流川さん。小柄で黒髪ショートカットの女の子。両手でラケットを持っていて、少しだけ姿勢を低くして構えている。
 両手持ちでああいう構え方の子は大抵足が速い。乱打で左右に振ることはあまりないけど、少し試してもいいかもしれない。
「じゃあいくよ」
 ラケットを軽く振って球を飛ばす。小手調べのための乱打だからトスしなくていいのは正直助かる。打てないわけじゃないけど、あまり自信がないんだ。
 俺のへなちょこアンダーサーブに皆眉を顰めるかと危惧したが、特にそういった視線は感じない。それどころか、乱打相手の流川さんは随分緊張しているようで、ガチガチの状態で腕を振り、ボールはバサッとネットに吸い込まれた。
「す、すいましぇん……」
「いいよいいよ、そんな。気にしないで」
 ラケットで顔を隠す流川さん。俺は軽く笑いながら励ます。
 さっきの自己紹介で流川さんのテニス歴はかなり浅いと聞いている。そもそも中学生の頃は違う部活に入っていたらしい。
「じゃあ次はそっちからサーブいいかな?」
「は、はい。頑張ります」
 ヒュッとボールが投げられる。さっきの失敗が効いているのか肩の動きが悪く、サーブはネットを越えたもののサービスボックスには入らなかった。
「わっ、やっちゃった!」
「だいじょぶ、このまま続けよう」
 声をかけながらなんとか球を返す。
 インパクトの瞬間、違和感が体中を駆け巡ったが、この場は無視することにした。


 それから練習は続いた。
 流川さんは足が早いけどコントロール力があまり高くなかった。ひとまずボールを拾うよりも最適なポジションとフォームを意識することを伝えたのだが――
「こうっ! こうですか!?」
「いや、そうじゃなくて、もう少し面を安定させて力も抜いたほうがいいかも」
「力抜いたらネット越えなくないですか? 大丈夫ですか?」
「うーん、力で押し込むんじゃなくて、しっかり振り抜いて通すイメージかなぁ」
 思ったよりも大変そうだ。まぁまだ始めたばかりなのだから仕方がない。
「振り抜く、ですか?」
「うん、こんな感じでッ――」
 フォアバンドでの左ストレート。一瞬だけ引き寄せてから振り抜きで、球は勢いよくネットをスレスレで越えてラインの上を駆ける。
 そして、すっぽ抜けたラケットも殆ど真横へと吹っ飛んだ。
「……まぁこういうときもある」


「日之太さん、私サーブが安定しなくて。どうすればいいですかね」
 奈保ちゃんの悩みはコントロールだった。昔から入るときはすさまじい速さでズバンッとエースを取れるのだが、それ以上にフォルトも多いらしい。
 早い分コントロールが効かないのかもしれない、先ほどの乱打でもあまり入っていなかった。
「んー……フォームはあまり問題があるようには見えないけど。でも強いて言うならフォロースルーかな。もっと肘が真上に向くようにしてもいいかもね」
「あぁ、なるほど……肘を上に」
「うん、肩をこう、しっかり回してね。後はそうだな……やっぱトスじゃないかなぁ」
 ヒュッとボールを上に投げる。落ちてきたボールを掴み、また投げる。
「俺がコーチから教わったのは腕で投げろってことだったな。手首ばかりを使うと位置が安定しないから、関節はなるべく使わない。位置がブレるにしても前後でブレる程度に抑えるとか」
 アドバイスをしながら、奈保ちゃんへボールを渡す。彼女は何度かその場で腕を動かしてシミュレーションをして、やがて、サービスラインへと立った。
 彼女の動きを近くで見るため、俺もサービスラインへと立つ。ボールとラケットを持って相手コートを見る――ぐにゃりと、ラインが歪んだ。
「んぁっ!」
 奈保ちゃんの声が聴こえる。歪んだラインのすぐ近くを球が抉り、歪みが直る。サーブは綺麗に決まっていた。
 パッと明るい顔で振り向く奈保ちゃん。俺はどうにか笑みを浮かべ、持っていた球をポケットにしまった。


「先輩に球が軽いって言われて……打球ってどうやったら重くなりますか?」
 碧崎さんが眉を八の字にして訊ねてくる。まだ1年生だというのに随分難しいこと考える。
「そうだなぁ、多分上手く体重が乗ってないんだと思う。打つ時の重心を意識してしっかり踏み込むこと……とか。まっ、なんにせよフォームだね。打つ瞬間だけじゃなくて、打つ前、打った後を意識すること」
 そう言って俺は球を手に取る。碧崎さんへ「構えてみて」と声をかけ、ゆっくりと近づく。
 今言った通り打つ前からのフォームを見ながら指導していく。ワンアクションごとに説明し、さらに打った後についても話す。
「――そっか、腕だけじゃなくて身体全体でって感じですか?」
 丁寧に解説した甲斐もあって、碧崎さんはなんとか理解してくれたようだった。
 俺はラケットの上でボールを遊ばせながら彼女の言葉に頷く。
「うん、それはかなり近いと思う。あとはそうだな……そうだ、奈保ちゃんバレエやったことある? ゴルフでもいいけど」
「バレエなら、ちょっとやってました。途中で辞めちゃいましたけど」
「そっかそっか。フォームはバレエを参考にするといいよ。ちゃんとしたフォームなら打球に体重乗るし、もし切り返されても立て直しやすい」
「バレエの……あれを試合中にってことですよね?」
「……まぁ、気持ちは分かるよ」
 信じられないといった顔で碧崎さんが訊ねる。一瞬の判断がポイントを分ける試合中に、綺麗なフォームなんて考えられないとは思うが、残念ながら真理だ。
 テレビ中継で見る世界のトッププロは皆フォームが美しい。どこを切り取っても画になる。
 逆に言うと、美しくないフォームは画にならないし、そうそうウィナーにもなりえない。
 そう、あのときのあの人も、見惚れるくらい綺麗なフォームで――
「佐古さん?」
 過去の映像が浮かび上がりそうになったところで、碧崎さんが俺を呼んだ。
 ハッとして目を瞬かせ、怪訝な表情でこちらを見ている彼女と目を合わせる。
「あぁ、ごめん。大丈夫。ちょっと暑くてさ」
「大丈夫ですか? 休憩します?」
「大丈夫。現役のときはもっと暑い中で打ち合ってたし」
 ハハハハッと笑ってラケットを回す。屋内だから陽射しなんてないはずなのに、ジットリと汗が浮かんできた。


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 教えるのは全部で7人。現役のテニスプレーヤーの宗志は4人の女の子を。俺は3人の女の子を見ることになったのだが。
「やべー……いやまぁ、どうにかなるか?」
 宗志から借りたラケットを握りしめてひとり呟く。
 力は入る。握ることもできる。問題はプレーだ。こんな状態でラリーを続けられるだろうか。
 実は2日前から練習をしていて、そのときは問題なく握ってたし、ラリーも続いた。
 けど今は、握るだけならまだしも振ろうとすると手からすっぽ抜けそうな予感がする。
 人に教えるのがプレッシャーになっているのか――いや、ここまで来た以上泣き言はなしだ。
 ブォンッとラケットを振る。よし、大丈夫だ。ちゃんと握れてる。いけるはず。
「よし、じゃあやろっか。まずは乱打して、そっから色々見ていこう」
 俺が呼びかけると3人の女の子、|流川《るかわ》さんと|碧崎《みどりざき》さん、そして奈保ちゃんが「はーい」と間延びした返事をして集まってくる。
 ひとまず奈保ちゃんと碧崎さん。俺と流川さんという組み合わせになった。
「よ、よろしくおねがいします」
 ラケットを持ってペコっと頭を下げる流川さん。小柄で黒髪ショートカットの女の子。両手でラケットを持っていて、少しだけ姿勢を低くして構えている。
 両手持ちでああいう構え方の子は大抵足が速い。乱打で左右に振ることはあまりないけど、少し試してもいいかもしれない。
「じゃあいくよ」
 ラケットを軽く振って球を飛ばす。小手調べのための乱打だからトスしなくていいのは正直助かる。打てないわけじゃないけど、あまり自信がないんだ。
 俺のへなちょこアンダーサーブに皆眉を顰めるかと危惧したが、特にそういった視線は感じない。それどころか、乱打相手の流川さんは随分緊張しているようで、ガチガチの状態で腕を振り、ボールはバサッとネットに吸い込まれた。
「す、すいましぇん……」
「いいよいいよ、そんな。気にしないで」
 ラケットで顔を隠す流川さん。俺は軽く笑いながら励ます。
 さっきの自己紹介で流川さんのテニス歴はかなり浅いと聞いている。そもそも中学生の頃は違う部活に入っていたらしい。
「じゃあ次はそっちからサーブいいかな?」
「は、はい。頑張ります」
 ヒュッとボールが投げられる。さっきの失敗が効いているのか肩の動きが悪く、サーブはネットを越えたもののサービスボックスには入らなかった。
「わっ、やっちゃった!」
「だいじょぶ、このまま続けよう」
 声をかけながらなんとか球を返す。
 インパクトの瞬間、違和感が体中を駆け巡ったが、この場は無視することにした。
 それから練習は続いた。
 流川さんは足が早いけどコントロール力があまり高くなかった。ひとまずボールを拾うよりも最適なポジションとフォームを意識することを伝えたのだが――
「こうっ! こうですか!?」
「いや、そうじゃなくて、もう少し面を安定させて力も抜いたほうがいいかも」
「力抜いたらネット越えなくないですか? 大丈夫ですか?」
「うーん、力で押し込むんじゃなくて、しっかり振り抜いて通すイメージかなぁ」
 思ったよりも大変そうだ。まぁまだ始めたばかりなのだから仕方がない。
「振り抜く、ですか?」
「うん、こんな感じでッ――」
 フォアバンドでの左ストレート。一瞬だけ引き寄せてから振り抜きで、球は勢いよくネットをスレスレで越えてラインの上を駆ける。
 そして、すっぽ抜けたラケットも殆ど真横へと吹っ飛んだ。
「……まぁこういうときもある」
「日之太さん、私サーブが安定しなくて。どうすればいいですかね」
 奈保ちゃんの悩みはコントロールだった。昔から入るときはすさまじい速さでズバンッとエースを取れるのだが、それ以上にフォルトも多いらしい。
 早い分コントロールが効かないのかもしれない、先ほどの乱打でもあまり入っていなかった。
「んー……フォームはあまり問題があるようには見えないけど。でも強いて言うならフォロースルーかな。もっと肘が真上に向くようにしてもいいかもね」
「あぁ、なるほど……肘を上に」
「うん、肩をこう、しっかり回してね。後はそうだな……やっぱトスじゃないかなぁ」
 ヒュッとボールを上に投げる。落ちてきたボールを掴み、また投げる。
「俺がコーチから教わったのは腕で投げろってことだったな。手首ばかりを使うと位置が安定しないから、関節はなるべく使わない。位置がブレるにしても前後でブレる程度に抑えるとか」
 アドバイスをしながら、奈保ちゃんへボールを渡す。彼女は何度かその場で腕を動かしてシミュレーションをして、やがて、サービスラインへと立った。
 彼女の動きを近くで見るため、俺もサービスラインへと立つ。ボールとラケットを持って相手コートを見る――ぐにゃりと、ラインが歪んだ。
「んぁっ!」
 奈保ちゃんの声が聴こえる。歪んだラインのすぐ近くを球が抉り、歪みが直る。サーブは綺麗に決まっていた。
 パッと明るい顔で振り向く奈保ちゃん。俺はどうにか笑みを浮かべ、持っていた球をポケットにしまった。
「先輩に球が軽いって言われて……打球ってどうやったら重くなりますか?」
 碧崎さんが眉を八の字にして訊ねてくる。まだ1年生だというのに随分難しいこと考える。
「そうだなぁ、多分上手く体重が乗ってないんだと思う。打つ時の重心を意識してしっかり踏み込むこと……とか。まっ、なんにせよフォームだね。打つ瞬間だけじゃなくて、打つ前、打った後を意識すること」
 そう言って俺は球を手に取る。碧崎さんへ「構えてみて」と声をかけ、ゆっくりと近づく。
 今言った通り打つ前からのフォームを見ながら指導していく。ワンアクションごとに説明し、さらに打った後についても話す。
「――そっか、腕だけじゃなくて身体全体でって感じですか?」
 丁寧に解説した甲斐もあって、碧崎さんはなんとか理解してくれたようだった。
 俺はラケットの上でボールを遊ばせながら彼女の言葉に頷く。
「うん、それはかなり近いと思う。あとはそうだな……そうだ、奈保ちゃんバレエやったことある? ゴルフでもいいけど」
「バレエなら、ちょっとやってました。途中で辞めちゃいましたけど」
「そっかそっか。フォームはバレエを参考にするといいよ。ちゃんとしたフォームなら打球に体重乗るし、もし切り返されても立て直しやすい」
「バレエの……あれを試合中にってことですよね?」
「……まぁ、気持ちは分かるよ」
 信じられないといった顔で碧崎さんが訊ねる。一瞬の判断がポイントを分ける試合中に、綺麗なフォームなんて考えられないとは思うが、残念ながら真理だ。
 テレビ中継で見る世界のトッププロは皆フォームが美しい。どこを切り取っても画になる。
 逆に言うと、美しくないフォームは画にならないし、そうそうウィナーにもなりえない。
 そう、あのときのあの人も、見惚れるくらい綺麗なフォームで――
「佐古さん?」
 過去の映像が浮かび上がりそうになったところで、碧崎さんが俺を呼んだ。
 ハッとして目を瞬かせ、怪訝な表情でこちらを見ている彼女と目を合わせる。
「あぁ、ごめん。大丈夫。ちょっと暑くてさ」
「大丈夫ですか? 休憩します?」
「大丈夫。現役のときはもっと暑い中で打ち合ってたし」
 ハハハハッと笑ってラケットを回す。屋内だから陽射しなんてないはずなのに、ジットリと汗が浮かんできた。