その日はどんよりとした曇り空で、森の木々はより鬱蒼としていた。
足場の安定したふもとをリアムとともに歩いてると、人里があることに気づく。
「あんなに近くに人里があったのですね」
「あれは小人族の村だ」
「ではあの村は国の宝ですね!」
小人族との思い出が浮かび、懐かしさに目を細める。
城に常駐する小人がルーナのために上等な皮のブーツをプレゼントしてくれた。
城での日々を語れば、リアムは銀色の毛並みを私の頬に押しつけ、鼻先を唇にちょこんと当ててくる。
(旦那様、かわいいわ! キュンとしちゃう!)
ときめきに浮かれていると、リアムが鼻を鳴らして空を見上げた。
「ルーナ、薪は置いて。背中に乗れ」
牙をむき出しに一点をみる。
突如、警戒心をむき出しにするリアムに、ルーナは慌ててリアムの背によじ登った。
奇妙な空気にルーナは唾を飲み込み、無意識に呼吸を止めていた。
「ルーナッ!!」
一瞬のことだった。
蛍光色に輝く金の縄が全方向から飛んできて、勢いをつけてリアムに襲いかかる。
はじめからリアムを捕縛するために動く縄に、俊敏な動きをもつリアムも避けきれない。
きつく身体を縛り上げる縄にリアムは苦痛に叫んだ。
身をよじって暴れ出したリアムの背にまたがっていたルーナはバランスを崩し、宙へと投げ出される。
身体が受け止められた感触に目を開くと、王国の騎士に抱き留められていた。
その隣には父王がおり、騎士に命じてルーナを無理やり馬車に押し込んだ。
「父上!?」
カギをかけられるとルーナは慌てて身体を起こす。
「これはどういうことですか!」
「元より狼の嫁になるのは反対だった。お前が強引に決めおって。英雄といえど、悪の獣。かわいい娘を渡すわけにはいかん」
「そんなの裏切りですわ! 私は旦那様の妻です! 絶対に離れませんから!!」
ルーナは騎士を突き飛ばし、一心にリアムのもとへ駆けていく。
「旦那様!!」
小人族の秘具で縛られたリアムにルーナは飛びついて、縄を引っ張る。
リアムがあれほどもがいても切れなかった縄は、ルーナが引っ張るとあっさり千切れ、呆気なさに目を丸くした。
これはリアムを捕らえるための特殊な縄。
フェンリルのための“黄金の縄”だと気づき、やけになって次々と引きちぎった。
「ルーナ」
「旦那様っ!」
全ての縄をちぎり、弱りきったリアムにルーナは涙目になって抱きついた。
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
「謝るな」
湿った黒い鼻と銀の毛並みがルーナをくすぐる。
トパーズとルビーの瞳が涙を流すルーナを見つめていた。
「もう痛くはありませんか?」
「痛くない。オレはもう魔獣なんかじゃない。ただの」
唇をよせ、憂いのこもった息を吐く。
「ただ妻を愛する一人の男だ」
そんな甘美なささやきがあってよいのか。
悪い魔獣を縛るものであり、リアムは魔獣と呼ばれる呪いを捨てた。
畏怖され、いつのまにかその通りにフェンリルとなって生きていた。
リアムの本音にルーナはおだやかに微笑んで、涙を拭う。
「私は旦那様を愛しています」