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イシュタルとユージ(3)

ー/ー



 時刻は、深夜0時を回っていた。
 イシュタルはひとり、月明かりに照らされた河川敷のベンチに座っていた。
 対岸ではやんちゃな少年たちが何やら騒いでいるが、こちら側には彼の他に人影はない。
 イシュタルはベンチから立ち上がると、改めて周囲をぐるっと見回した。
 そして、ふうっと深く息をつくと、ジムルグ向けの変装を解き、本来の姿に戻った。
 青く長い髪と青い瞳の美しい姿だ。
 「はあ、楽ちん楽ちん」
 そのまま、うーん、と大きく伸びをする。
 
 そこへ。
 「待たせたね」
 そよ風のようなさりげなさで、カオルが姿を見せた。
 
 「お師匠さん。こんな時間に呼び出して済みません」
 イシュタルが詫びるのへ、
 「ああ、気にしないどくれ」
 カオルは軽くあしらった。そして、
 「こんなもんしかないが、一杯やっとくれな」
 と、持参した缶ビールを差し出した。
 「いただきます」
 イシュタルは素直に受け取り、早速喉に流し込んだ。
 「用向きは、ユージのことだね?」
 イシュタルは黙って頷いた。
 「あいつ、天界で何やらかしたんだい?さっきの話じゃ龍に吼えられたらしいじゃないか」
 カオルは缶ビールに口をつけ、単刀直入に問いかけた。
 「それがですね、あの人、あろうことか龍王様に触れたんす」
 「!」
 イシュタルの言葉に、カオルは危うくビールを吹き出しそうになった。
 「イシュタル、悪い冗談はよしとくれ。あいつにそんな力、あるわけないじゃないか」
 「俺もイメージ沸かないんすけど、龍王様ご自身がそう仰ったんで」
 「龍王が?」
 カオルの目に険しい光が宿った。
 「ユージに触られたって、確かにそう言ったんだね?」
 カオルに念押しされ、イシュタルは頷いた。
 「――その話、詳しく聞かせておくれな」
 「はい。俺もその話がしたくて、お師匠さんに来て頂いたんで」
 イシュタルは龍の谷を訪れた際、龍王から聞き取った内容を包み隠さず打ち明けた。
 「ふうん……」
 話を聞き終えたカオルは唸るような声を上げた。
 (どうやら、お師匠さんにも思いもよらないことだったみたいだな)
 イシュタルはビールを飲みながら、カオルの様子を窺った。
 「イシュタル。龍王は他に何か言っていなかったかい?」
 「いいえ。ユージさんと話をしたがっているみたいでしたけど……」
 「そうかい。じゃあ、後は本人に直接聞くしかないねえ」
 カオルは、ふう、と息をついてから、ビールを喉に流し込んだ。
 
 「……お師匠さん。『言霊の奏で(びと)』って何です?」
 「お前、また珍しいことを訊くじゃないか」
 イシュタルの問いに、カオルは不審そうに眉根を寄せた。
 「いえね。その言葉を口にしたとき、龍王様がとても嬉しそうにされていたんで。僥倖を得たとまで仰るってことは、何か特別なもんなのかなあって」
 「そうかい。龍王がねえ」
 カオルは頷いた。そして、
 「『言霊の奏で(びと)』っていうのは、平たく言うと、言葉の力を以ってこの世を動かす者のことさ」
 あっさりと教えてくれた。
 「言葉で、世界を?」
 それがどういうことかイシュタルにはぴんと来ないようで、眉根を寄せて首を傾げた。
 「ふふ、よくわからないみたいだね。まあ、無理もないよ。何しろ、一般には知られていない存在だからね」
 「それじゃあ、ユージさんが、その力を持っているってことになるんすか?」
 「さて、どうだろうねえ。あたしにもわからないよ」
 カオルはそっけない口調で答えた。
 「でも、あの人には少なくとも俺たちに触れるだけの力はあるってことでしょ?」
 イシュタルは厳しく食い下がった。
 「龍に触るってことは、つまりは龍の気に同調出来るってことなんで、何の力も持たない普通の人間にはまず無理だと思うんすよ」
 「あたしが思うに、ユージ本人には龍に触ったつもりはないと思うよ。あの子は魔界の普通の家庭で育った、それこそ普通の魔界っ子だしね」
 「それじゃあ、どうして――」
 「正直な話、あたしにとっても想定外もいいところさね」
 カオルは肩を竦めて見せた。
 「そんなわけで、イシュタル。この件についてはあたしに預けておくれな。こっちでちょいと調べてみるからさ」
 「あっ……はい。お師匠さんがそう仰るなら」
 カオルにそこまで言われ、イシュタルは承諾した。
 「それにしても、呼び止めるつもりが吼えちまうとは。龍王としたことが、らしくない失態をしたもんだね」
 カオルは神に近い生き物と言われている龍の王に対しても容赦がない。
 「それ、言わないであげて下さい。龍王様も大分気にされてたんで」
 イシュタルは苦く笑いながら、龍王を庇った。
 「ま、やっちまったことはしょうがないし、ユージもぴんぴんしてるからそれは良しとするかねえ」
 と、カオルは残りのビールを飲み干した。
 「あの、お師匠さん」
 「何だい」
 「また、店に顔を出してもいいですか?料理、美味かったんで」
 「嬉しいことを言ってくれるじゃないか。いいよ、いつでもおいで」
 カオルはあっさりと許可した。
 「それはそうと、お前、ユージのことは気にならないのかい?またうっかり触られちまうかも知れないよ」
 「今後は対策取るんで、大丈夫です。何しろ俺も中道界なら大丈夫だろうって油断しちゃって、全くの無防備でしたからね」
 と、イシュタルは肩を竦めた。
 「そうかい。頼むから、もうあいつを虐めないでやっておくれよ」
 「あははっ、わかりました。次回からは仲良くさせてもらいます」
 イシュタルは笑顔で残りのビールを飲み干した。
 「ところでお師匠さん。ユージさんには何を教えてるんです?」
 「ああ、あいつには特別何かを教えるっていうんじゃなくて、ちょいと調べものをしてもらっているのさ」
 「ふうん。調べもの、ねえ」
 「その調べがついたら、あいつに何を教えてやるか決めようと思ってね――それまではあたしも見守るより仕方のないところさね」
 そう語るカオルの目は優しかった。



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 時刻は、深夜0時を回っていた。
 イシュタルはひとり、月明かりに照らされた河川敷のベンチに座っていた。
 対岸ではやんちゃな少年たちが何やら騒いでいるが、こちら側には彼の他に人影はない。
 イシュタルはベンチから立ち上がると、改めて周囲をぐるっと見回した。
 そして、ふうっと深く息をつくと、ジムルグ向けの変装を解き、本来の姿に戻った。
 青く長い髪と青い瞳の美しい姿だ。
 「はあ、楽ちん楽ちん」
 そのまま、うーん、と大きく伸びをする。
 そこへ。
 「待たせたね」
 そよ風のようなさりげなさで、カオルが姿を見せた。
 「お師匠さん。こんな時間に呼び出して済みません」
 イシュタルが詫びるのへ、
 「ああ、気にしないどくれ」
 カオルは軽くあしらった。そして、
 「こんなもんしかないが、一杯やっとくれな」
 と、持参した缶ビールを差し出した。
 「いただきます」
 イシュタルは素直に受け取り、早速喉に流し込んだ。
 「用向きは、ユージのことだね?」
 イシュタルは黙って頷いた。
 「あいつ、天界で何やらかしたんだい?さっきの話じゃ龍に吼えられたらしいじゃないか」
 カオルは缶ビールに口をつけ、単刀直入に問いかけた。
 「それがですね、あの人、あろうことか龍王様に触れたんす」
 「!」
 イシュタルの言葉に、カオルは危うくビールを吹き出しそうになった。
 「イシュタル、悪い冗談はよしとくれ。あいつにそんな力、あるわけないじゃないか」
 「俺もイメージ沸かないんすけど、龍王様ご自身がそう仰ったんで」
 「龍王が?」
 カオルの目に険しい光が宿った。
 「ユージに触られたって、確かにそう言ったんだね?」
 カオルに念押しされ、イシュタルは頷いた。
 「――その話、詳しく聞かせておくれな」
 「はい。俺もその話がしたくて、お師匠さんに来て頂いたんで」
 イシュタルは龍の谷を訪れた際、龍王から聞き取った内容を包み隠さず打ち明けた。
 「ふうん……」
 話を聞き終えたカオルは唸るような声を上げた。
 (どうやら、お師匠さんにも思いもよらないことだったみたいだな)
 イシュタルはビールを飲みながら、カオルの様子を窺った。
 「イシュタル。龍王は他に何か言っていなかったかい?」
 「いいえ。ユージさんと話をしたがっているみたいでしたけど……」
 「そうかい。じゃあ、後は本人に直接聞くしかないねえ」
 カオルは、ふう、と息をついてから、ビールを喉に流し込んだ。
 「……お師匠さん。『言霊の奏で|人《びと》』って何です?」
 「お前、また珍しいことを訊くじゃないか」
 イシュタルの問いに、カオルは不審そうに眉根を寄せた。
 「いえね。その言葉を口にしたとき、龍王様がとても嬉しそうにされていたんで。僥倖を得たとまで仰るってことは、何か特別なもんなのかなあって」
 「そうかい。龍王がねえ」
 カオルは頷いた。そして、
 「『言霊の奏で|人《びと》』っていうのは、平たく言うと、言葉の力を以ってこの世を動かす者のことさ」
 あっさりと教えてくれた。
 「言葉で、世界を?」
 それがどういうことかイシュタルにはぴんと来ないようで、眉根を寄せて首を傾げた。
 「ふふ、よくわからないみたいだね。まあ、無理もないよ。何しろ、一般には知られていない存在だからね」
 「それじゃあ、ユージさんが、その力を持っているってことになるんすか?」
 「さて、どうだろうねえ。あたしにもわからないよ」
 カオルはそっけない口調で答えた。
 「でも、あの人には少なくとも俺たちに触れるだけの力はあるってことでしょ?」
 イシュタルは厳しく食い下がった。
 「龍に触るってことは、つまりは龍の気に同調出来るってことなんで、何の力も持たない普通の人間にはまず無理だと思うんすよ」
 「あたしが思うに、ユージ本人には龍に触ったつもりはないと思うよ。あの子は魔界の普通の家庭で育った、それこそ普通の魔界っ子だしね」
 「それじゃあ、どうして――」
 「正直な話、あたしにとっても想定外もいいところさね」
 カオルは肩を竦めて見せた。
 「そんなわけで、イシュタル。この件についてはあたしに預けておくれな。こっちでちょいと調べてみるからさ」
 「あっ……はい。お師匠さんがそう仰るなら」
 カオルにそこまで言われ、イシュタルは承諾した。
 「それにしても、呼び止めるつもりが吼えちまうとは。龍王としたことが、らしくない失態をしたもんだね」
 カオルは神に近い生き物と言われている龍の王に対しても容赦がない。
 「それ、言わないであげて下さい。龍王様も大分気にされてたんで」
 イシュタルは苦く笑いながら、龍王を庇った。
 「ま、やっちまったことはしょうがないし、ユージもぴんぴんしてるからそれは良しとするかねえ」
 と、カオルは残りのビールを飲み干した。
 「あの、お師匠さん」
 「何だい」
 「また、店に顔を出してもいいですか?料理、美味かったんで」
 「嬉しいことを言ってくれるじゃないか。いいよ、いつでもおいで」
 カオルはあっさりと許可した。
 「それはそうと、お前、ユージのことは気にならないのかい?またうっかり触られちまうかも知れないよ」
 「今後は対策取るんで、大丈夫です。何しろ俺も中道界なら大丈夫だろうって油断しちゃって、全くの無防備でしたからね」
 と、イシュタルは肩を竦めた。
 「そうかい。頼むから、もうあいつを虐めないでやっておくれよ」
 「あははっ、わかりました。次回からは仲良くさせてもらいます」
 イシュタルは笑顔で残りのビールを飲み干した。
 「ところでお師匠さん。ユージさんには何を教えてるんです?」
 「ああ、あいつには特別何かを教えるっていうんじゃなくて、ちょいと調べものをしてもらっているのさ」
 「ふうん。調べもの、ねえ」
 「その調べがついたら、あいつに何を教えてやるか決めようと思ってね――それまではあたしも見守るより仕方のないところさね」
 そう語るカオルの目は優しかった。