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イシュタルとユージ(2)

ー/ー



 (え!お師匠さん?ええっ?)
 
 イシュタルは思わず、席から立ち上がってしまった。
 カオルの方もすぐにイシュタルに気づいたようで、周りに気取られぬようそっと口に人差し指を立てて見せた。
 何も言うな、ということのようだ。
 (……)
 それを察したイシュタルは小さく頷き返すと、
 「兄さん、生ビールおかわり」
 自分の行動を誤魔化すようにユージに注文を出した。
 「はい、只今」
 新しいビールが提供されたところを見計らって、カオルが素知らぬ顔でカウンター越しに近づいてきた。
 「兄さん、なんか食べるかい?」
 「あっ……ここ初めてなんで、適当に見繕って下さい」
 「あいよ」
 カオルは大皿料理の中からいくつかピックアップし、それぞれ小皿に盛り付けてイシュタルの前に置いた。
 「さあ、お上がりな」
 「美味そうすね。いただきます」
 とても客と店主のやり取りではないが、この二人には何故かそれがしっくり来ているようだった。
 
 「イシュタル。なんかあったのかい?」
 カオルはカウンターの中で仕事をしながら、口を動かすことなく、龍にしか聞こえない音域で話し掛けてきた。
 「中道界の連中にゃわからないと思うが、お前、龍の匂いぷんぷんだよ」
 「まじすか。やべえな」
 イシュタルもまた、料理を食べながら同じ音域で応じた。
 ユージを探るのに龍の力を大分使ったせいで、カオルに指摘された事態になっているのだろう。
 「ところでお師匠さん。あの人、何すか?」
 イシュタルは視線だけユージに向けて、尋ねた。
 「ありゃあ、あたしの弟子だよ」
 カオルはあっさりと答えた。
 「ふうん。あの人、魔界の人っすよね」
 「そうさ。根っからの魔界っ子だよ。それがどうかしたのかい?」
 「お師匠さん。俺、さっき、道端であの人に触られたんす」
 イシュタルは思い切って、しかしさりげなく打ち明けた。
 「何だって?」
 カオルは眉を顰めた。
 「魔界人のあいつにそんな力があるとは思えないが……何かの間違いじゃないのかい?」
 「触った相手の気配を辿ったらあの人に行きついたんで、間違いないす」
 イシュタルは真剣な面持ちで言葉を繋いだ。
 「まさかこっちで触ってくる人がいるとは思わなかったんで、俺もびっくりして。んで、ちょっと探り入れなきゃと思って、あの人を尾行してここに来たんす」
 「それでお前、龍の匂いさせてるんだね」
 カオルはイシュタルに冷奴を提供した。
 「で、何かわかったのかい?」
 「いや、それが全然。さっきちょっと話してみたんすけど、あの人、俺を龍とは思ってないみたいだし――正直、ちょっと気持ち悪いす」
 イシュタルは小さく肩を竦めて見せた。
 「でも、あの人がお師匠さんのお弟子さんってわかって安心しました。お師匠さんに認められた人ならおかしなことをする人じゃないと思うんで」
 イシュタルは喉を鳴らしてビールを飲み干した。
 「あー、うめえ!お師匠さん、日本酒冷やでもらえます?」
 「あいよ――ユージ、こちらさんに冷酒」
 
 その名を聞いたイシュタルの顔色が変わった。
 (ユージ?お師匠さん、今、あいつのことユージって呼んだ?)
 それは、1年半ほど前、天界で龍王に触れたという男と同じ名だったからだ。


 カオルの指示を受けたユージは、冷蔵庫から一升瓶を取り出すと、桝に入ったグラスとともにイシュタルの許にやってきた。
 「お待ちどおさま」
 声を掛けざまに、グラスになみなみと日本酒を注ぎ込む。もっきりだ。
 (乱暴だけど、ちっと事情聴取させてもらうか)
 イシュタルはカオルにちらっと視線を投げてから、
 「兄さん。変なことを聞くようだけど、あんた、暁の宮のジンさんの知り合いなんすか?」
 落ち着いた公用語で切り出した。
 「え?は、はい」
 思わぬところでその名を聞いたユージは、ただただびっくりしている様子だ。
 「どうして、そんなことを?」
 「あんた、1年半ぐらい前に天界に行ったでしょ」
 ユージの問いには答えず、イシュタルは質問を重ねた。
 「で、そん時に空を飛んでて、落っこちた。そうでしょ?」
 「!」
 ユージが息を呑む音が聞こえた。同時に、彼の身体が緊張して強張ったのがわかる。
 (はい、ビンゴ)
 イシュタルは、ヤンとジン、そして龍王から聞いた話に出てきた人物がこの男であることを確信した。
 「兄さん。そん時に黄金の龍を見たって言ってたみたいですけど、マジすか?」
 「ど、どうしてそんなことまで……お客さん、一体誰なんですか?」
 イシュタルに畳みかけられ、ユージは動揺を露にした。
 (ちょっと突いただけで、全部イエスって喋ってくれちゃったな。素直というか何というか)
 イシュタルはユージの様子を観察しつつ、日本酒に口をつけた。
 (こっからは、ちょっと作戦変えるか)
 と、今まで出していた雰囲気をがらりと変え、優しい顔でユージに笑いかけてみせる。
 「いやね。俺もそのちょっと後に天界に行ったんすよ。そん時にジンさんからそんな話を聞いたんす。龍を見たって人の名前が確か魔界人のユージさんって人だったから、もしかしてと思って」
 「あ、やっぱり、お客さんもジンさんのお知り合いだったんですね」
 ユージの緊張が緩んだ。
 「はい。びっくりさせちまったようで、すみません。良かったら、その時の話、詳しく聞かせてもらえませんか?俺も龍が好きなんすよ」
 「え、でも」
 業務時間中でもあるし、と、ユージはカオルの顔色を窺った。
 「いいよ。聞かせてやんな」
 カオルは、あっさりと許可した。
 (やれやれ。ユージの奴、どうやらあたしの知らないところで何かやらかしてくれたようだね)
 カオルは客あしらいをしながら耳をそばだて、二人の話を注意深く聞き取っている。



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 (え!お師匠さん?ええっ?)
 イシュタルは思わず、席から立ち上がってしまった。
 カオルの方もすぐにイシュタルに気づいたようで、周りに気取られぬようそっと口に人差し指を立てて見せた。
 何も言うな、ということのようだ。
 (……)
 それを察したイシュタルは小さく頷き返すと、
 「兄さん、生ビールおかわり」
 自分の行動を誤魔化すようにユージに注文を出した。
 「はい、只今」
 新しいビールが提供されたところを見計らって、カオルが素知らぬ顔でカウンター越しに近づいてきた。
 「兄さん、なんか食べるかい?」
 「あっ……ここ初めてなんで、適当に見繕って下さい」
 「あいよ」
 カオルは大皿料理の中からいくつかピックアップし、それぞれ小皿に盛り付けてイシュタルの前に置いた。
 「さあ、お上がりな」
 「美味そうすね。いただきます」
 とても客と店主のやり取りではないが、この二人には何故かそれがしっくり来ているようだった。
 「イシュタル。なんかあったのかい?」
 カオルはカウンターの中で仕事をしながら、口を動かすことなく、龍にしか聞こえない音域で話し掛けてきた。
 「中道界の連中にゃわからないと思うが、お前、龍の匂いぷんぷんだよ」
 「まじすか。やべえな」
 イシュタルもまた、料理を食べながら同じ音域で応じた。
 ユージを探るのに龍の力を大分使ったせいで、カオルに指摘された事態になっているのだろう。
 「ところでお師匠さん。あの人、何すか?」
 イシュタルは視線だけユージに向けて、尋ねた。
 「ありゃあ、あたしの弟子だよ」
 カオルはあっさりと答えた。
 「ふうん。あの人、魔界の人っすよね」
 「そうさ。根っからの魔界っ子だよ。それがどうかしたのかい?」
 「お師匠さん。俺、さっき、道端であの人に触られたんす」
 イシュタルは思い切って、しかしさりげなく打ち明けた。
 「何だって?」
 カオルは眉を顰めた。
 「魔界人のあいつにそんな力があるとは思えないが……何かの間違いじゃないのかい?」
 「触った相手の気配を辿ったらあの人に行きついたんで、間違いないす」
 イシュタルは真剣な面持ちで言葉を繋いだ。
 「まさかこっちで触ってくる人がいるとは思わなかったんで、俺もびっくりして。んで、ちょっと探り入れなきゃと思って、あの人を尾行してここに来たんす」
 「それでお前、龍の匂いさせてるんだね」
 カオルはイシュタルに冷奴を提供した。
 「で、何かわかったのかい?」
 「いや、それが全然。さっきちょっと話してみたんすけど、あの人、俺を龍とは思ってないみたいだし――正直、ちょっと気持ち悪いす」
 イシュタルは小さく肩を竦めて見せた。
 「でも、あの人がお師匠さんのお弟子さんってわかって安心しました。お師匠さんに認められた人ならおかしなことをする人じゃないと思うんで」
 イシュタルは喉を鳴らしてビールを飲み干した。
 「あー、うめえ!お師匠さん、日本酒冷やでもらえます?」
 「あいよ――ユージ、こちらさんに冷酒」
 その名を聞いたイシュタルの顔色が変わった。
 (ユージ?お師匠さん、今、あいつのことユージって呼んだ?)
 それは、1年半ほど前、天界で龍王に触れたという男と同じ名だったからだ。
 カオルの指示を受けたユージは、冷蔵庫から一升瓶を取り出すと、桝に入ったグラスとともにイシュタルの許にやってきた。
 「お待ちどおさま」
 声を掛けざまに、グラスになみなみと日本酒を注ぎ込む。もっきりだ。
 (乱暴だけど、ちっと事情聴取させてもらうか)
 イシュタルはカオルにちらっと視線を投げてから、
 「兄さん。変なことを聞くようだけど、あんた、暁の宮のジンさんの知り合いなんすか?」
 落ち着いた公用語で切り出した。
 「え?は、はい」
 思わぬところでその名を聞いたユージは、ただただびっくりしている様子だ。
 「どうして、そんなことを?」
 「あんた、1年半ぐらい前に天界に行ったでしょ」
 ユージの問いには答えず、イシュタルは質問を重ねた。
 「で、そん時に空を飛んでて、落っこちた。そうでしょ?」
 「!」
 ユージが息を呑む音が聞こえた。同時に、彼の身体が緊張して強張ったのがわかる。
 (はい、ビンゴ)
 イシュタルは、ヤンとジン、そして龍王から聞いた話に出てきた人物がこの男であることを確信した。
 「兄さん。そん時に黄金の龍を見たって言ってたみたいですけど、マジすか?」
 「ど、どうしてそんなことまで……お客さん、一体誰なんですか?」
 イシュタルに畳みかけられ、ユージは動揺を露にした。
 (ちょっと突いただけで、全部イエスって喋ってくれちゃったな。素直というか何というか)
 イシュタルはユージの様子を観察しつつ、日本酒に口をつけた。
 (こっからは、ちょっと作戦変えるか)
 と、今まで出していた雰囲気をがらりと変え、優しい顔でユージに笑いかけてみせる。
 「いやね。俺もそのちょっと後に天界に行ったんすよ。そん時にジンさんからそんな話を聞いたんす。龍を見たって人の名前が確か魔界人のユージさんって人だったから、もしかしてと思って」
 「あ、やっぱり、お客さんもジンさんのお知り合いだったんですね」
 ユージの緊張が緩んだ。
 「はい。びっくりさせちまったようで、すみません。良かったら、その時の話、詳しく聞かせてもらえませんか?俺も龍が好きなんすよ」
 「え、でも」
 業務時間中でもあるし、と、ユージはカオルの顔色を窺った。
 「いいよ。聞かせてやんな」
 カオルは、あっさりと許可した。
 (やれやれ。ユージの奴、どうやらあたしの知らないところで何かやらかしてくれたようだね)
 カオルは客あしらいをしながら耳をそばだて、二人の話を注意深く聞き取っている。