この世は3つの異なる世界が並行して存在している。
魔法が発達した天界。
科学技術が発達した魔界。
そして、様々な文化が入り乱れ、まるでごった煮のような中道界。
このように、3つの世界はそれぞれ特色がある。
そして、当然のようにそれぞれの世界でパワーの源も違う。
天界と魔界は言わずもがなだ。
では、中道界は?
カオルによると、中道界のパワーの源、それこそが言葉だというのだ。
「尤も、今は肝心の中道界の連中でさえそのことをすっかり忘れちまっていてね。
それで、足りないもんは他所の世界のいいとこ取りをしようと躍起になっているのさ。
まあ、他所の世界のもんを借りてきて、他所の世界の流儀そのまんまにやってみたところで上手くいくはずがないんだけどね」
「あっ」
ユージは小さな声を上げた。
「中道界の科学技術がなかなか進んでいないのは、そういうことですか?」
「それは確かにそうなんだが、科学技術に関して言うとそれとはまた別の要因があってね。興味があるなら、自分で調べてみるといいよ」
カオルはさらっとはぐらかした。
「話を戻すと、世界だけじゃなくって、個人においても同じことが言えてね。
大体は自分が産まれた世界と同じパワーに親和性を示すもんなんだが、時々違う世界のパワーの方がいいって奴がいるんだよ」
「え?そんなこと、あるんですか?」
ユージはきょとん、と目を見開いた。
「そうだ。例えば、ユージ、お前みたいにね」
と、カオルは人差し指でユージの鼻の頭を押した。
「えっ、ぼ、僕ですか?」
ユージは素っ頓狂な声を上げた。
想定外の指摘だ。
「そうだよ。考えてごらんな。デジタル魔界人のくせに、言葉が動くの動かないのって話をする奴って、お前ぐらいなもんだろう?」
「ま、まあ、確かに」
ユージはカオルに押された鼻の頭をこすった。
(言われて見れば、確かにそうだ)
例えばサクラに万葉集の言葉が動いた話をした時。
サクラは黙って聞いてくれたし、一緒に喜んでくれたが、だからといってユージの感覚を理解しているわけではなさそうだった。
ということは。
「師匠。僕は生まれ育った魔界よりも、中道界のパワーに親和性があるということでしょうか」
念のため、尋ねてみた。
ところが、カオルはそれには答えず、
「そういやユージ。お前、天界でヤンに魔法を教えてもらったんだろう?」
唐突に、その話を持ち出した。
「えっ、は、はい」
「ふうん。それで、ちゃんと出せたのかい?」
「いえ、それが……火起しを教えてもらったんですが、魔法石の力を借りても火花が散ったぐらいで……」
ユージはしょんぼりと背中を丸めた。
(俺はきっと、魔法の才能がないんだ)
「そりゃお前。ヤン達と同じように、天界のパワーを使おうとしたからうまくいかなかったんだよ」
カオルは意外な指摘をした。
「えっ、ど、どういうことです?」
ユージは狼狽えた。
彼にしてみれば、教えてもらった通り呪文を唱えただけで、天界のパワーを使おうとした覚えはなかったからだ。
「呪文っていうのは、魔法で全てを解決することを選んだ天界人たちが、天界のパワーを自在に使うためにそれこそ長いながーい時間をかけて作り上げてきたもんだからね。つまりは、そういうことさ」
(あっ)
天界でも魔界でも、どんなに頑張っても火花しか出せなかった理由が、何となく腑に落ちた。
「一方で、人間なら誰でも魔力を持っているってのは本当の話でね。
だから、呪文に頼らなくたって、自分に合ったパワーを借りることさえ出来れば、ちゃんと魔法を使えるんだよ」
カオルはユージの顔を見て、ふふっと笑った。
「そんなわけで、ユージ。手始めに、中道界のパワーを借りて火起しをやってみようじゃないか」
この日から、カオルは折を見て、ユージに魔法を教えてくれるようになった。
呪文に頼らず、言葉の力でもって魔法を発動する。
最初のうちは感覚が掴めずに失敗ばかりしていたが、少しずつ
(あっ、こんな感じかも)
というのがわかるようになってきた。
そして、1カ月も経てばカオルと同じように魔法を使って包丁に食材を切らせたり、食洗器よろしく手を使わずに食器を奇麗に洗えるようにもなった。
まさに、言葉が力を持った様を見たような気がした。
しかし、ユージの研究テーマは、 「言葉が世界に与える影響についての研究」だ。
彼が解き明かすべき対象は、こんな小手先程度のものではない。
言葉で魔法を操れることは、カオルが教えてくれた。
言葉は確かに力を持って、何かを起こすことが出来る。
では、世界に影響を与えるとは、どういうことだろうか。
カオルからは「好きなように取り組め」としか言われていない以上、自分でとっかかりを探すしかない。まずは、それを見つけるところからだ。
そこで、手始めに、居住区の図書館でこれはと思う本をいくつか借りてきた。
但し、読書の時間は昼食までとし、午後はインターネットでの情報収集と外出に充てることにした。
外出は気分転換の意味もあるが、出かけることでしか得られないものがあると考えたからだ。
そして、そのついでに、サクラにこちらの様子を紹介するネタ探しもちゃっかり混ぜ込んでいる。
『トーキョーにもこんなところがあるのね。いいなあ、行きたいわ』
ユージが共有した動画を見て、サクラは羨ましがる。
「サトルが渡航出来るようになったら、旅行においでよ。いいところ見つけて、案内するからさ」
『そうね。でも、まだ無理よ。5歳になったら大丈夫だと思うんだけど』
「そっか。最低でもそこまで大きくならないとダメなんだね」
ユージは改めて魔界と中道界の間にある壁を思う。
(サクラは、俺に帰ってきて欲しいとは絶対に言わないんだよな)
恐らくそれは、ユージの研究の邪魔をしたくないという、サクラの思いの表れなのだろう。
(俺も、カオルさんみたいに魔界も天界も隣町って言えるならいいんだけど)
カオルのように短時間で、それも自由に魔界とジムルグを行き来出来たらどんなに良いことだろう、とユージは思う。
(でも、ただの魔界人の俺には夢物語だ)
ユージに出来ることは、一日も早く成果を上げるべく日々精進することのみだ。
魔界の出張所からの帰り道、大きなビルに備え付けられている大型ビジョンに、見覚えのあるバンドのライブ映像が映し出されていた。
(あれ?『エトワール』じゃん。中道界でも人気あるのかな)
ユージは立ち止まって、しばしその映像に見入っていた。
特にファンというわけではないが、魔界では見慣れた彼らの姿にある種の懐かしさを感じてのことだ。
ボーカルのステラは張りのある伸びやかな声で、ポップなリズムに乗せてメンバーの間をすり抜けながら、聞き覚えのある恋の歌を披露している。
(ステラ、相変わらずいい声だな)
ユージは我知らず口元を綻ばせた。
結局、ユージは『エトワール』の演奏をそのまま2曲ほど見たところで、再び歩き始めた。
(……カオルさんのお使い、何だっけ)
ユージはポケットからメモを取り出した。
この日は、カオルのお使いを請け負う代わりにいつもの開店準備を免除され、開店時刻の午後5時までに戻ればいいことになっていた。
(えーと、ドラッグストアと100均とスーパー回らないとだ。間に合うかな)
スマートフォンで時刻を確認すると、もうすぐ午後4時になろうとしていた。
(よし、ちょっと急ごう)
ユージはまずはドラッグストアを目指して足を速めた。