「なんでアンタみたいな優等生の人気者が辛気臭ぇ顔してそんな危ねーとこに突っ立ってんだよ」
そんな不機嫌を剥き出しにして問われても。
1年の頃同じクラスだった|都倉 美吉《とくら みよし》は反抗的に染め上げた長い髪を風に泳がせ、その隙間で邪魔者を扱うように睨んでくる。
目の前にある金色は綺麗とはほど遠い。髪が今にも痛いと声を出すんじゃないかと思うし頭のてっぺんには本来の漆黒が覗く。
「で。高いところが好き…とかじゃねーよな」
丁寧とは言えない言葉遣い。制服だって一応着てるって喩えたほうが早い。目つきは最悪。
これでも彼女は俺と同じクラスだった頃は学園で一番の美少女だと騒がれていた。
長くて繊細な黒い艶髪、模範的な制服の着こなし、先生からの信頼も厚く、誰からも好かれるまさに絵に描いたような人気者だった。
そんな彼女が俺を人気者だと言う。皮肉にも聞こえた。
「キミこそどうしたの。学校来てるなんてめずらしいよね」
「質問返しかよ、だりぃなあ」
本当にだるそうな声で言われてしまう。
そして、よいしょ、と軽々フェンスを乗り越えてこっち側にやってきた。
そういえば体育の成績もよかったっけ。
2年に上がった最初のテストまでは俺よりもひとつ上に名前があった。つまり本気を出せば学年首席。
優等生も人気者も、そのまま言葉を返せるような人物だった。
それが、なんで。
職員室から盗んだ鍵はそれぞれの手にある。
学校の屋上。フェンスを越え何の隔たりもなくなった場所に並んで立っているんだろう、俺たちは。
「どうせなら一緒に死んじゃうか」
放課後ファミレス行く?みたいな言い方で物騒なことを提案してくる。
「なんで死のうとしてるって決めつけるの」
「だって死にてーって顔してるから。それくらいわかるよ。理由はどーでもいいけどね。だいたいわかるし」
思わず自分の顔を触る。
そんな表情をしているなら、きっともう、ずっと前からそうだったんだろう。
何が悪かったのか。自分が一番悪かったんだってわかる。上手く生きれなかったこと。立ち回れなかったこと。積み重なったもの。それが、ぱんっと。おもしろいくらいに弾けて、気づけば此処にいた。
「でもさあ、衝動的な気持ちならやめとけよ。アンタみたいなやつが死ぬから未練たらったらな悪霊とか怨霊とかになるんだろーから」
「…じゃあそっちは、ずっと計画してきたことだっていうのかよ」
「そうだよ」
「学校の屋上って。ど定番すぎて、気持ちの準備してましたって言われてもね」
莫迦にされてばかりじゃ癪だからやり返してみる。
そのわずかな抵抗に彼女はまた軽快に笑う。
「ど定番かあ。じゃあ世の中にうじゃうじゃいるこっから落ちたみんな、きっと此処が大嫌いだったんだろーな。学校殺すみたいに自分のこと殺したんだろーな」
お互いに理由は知らない。
人気者の優等生として生きていた理由も、それをやめた彼女の心理も、やめて尚その選択をしようとしている事実も。
「……とにかく、一緒に、とかは気色悪いと思う」
「あーたしかに。女子のさあ、トイレとか移動教室一緒に行こってやつうぜーって思ってた」
女子のそれと同じにされても。まあ、なんだっていいけど。
「それに死んだあとも「あのふたりデキてたのー!やっぱり1年の頃のウワサってホンモノだったんだあ!」みたいな、此処にいるやつらの楽しみにされるのは腹立つもんな」
似ているからってどうしてお似合いだと言われなきゃいけないんだろう。
誰かに何かを決めつけられ、それどおりじゃないと正解じゃないみたいなふうにされて。
なんでも許してくれると思われていて。
俺たちは間違えることがおかしいとされていた。
そういう生き方しか、俺はできなかった。
「うん。——— だからキミは別の日にしてよ」
きっと今を逃したら、間違えることがこわくなる。
そういう、ただ臆病なだけだったんだ。此処にいるやつらと何ら変わらない。
他人の目を気にして、あいつらからの期待を裏切れずに、親の気持ちを踏みにじれずに、教師の都合を断れずに、今まできてしまった。
もう頑張れない。頑張りたくない。苦しいから、逃れたい。
だけどどこに行けばいいかもわからないから、こんな選択しかできなかった。
誰が、俺たちを似ていると評したんだろう。
きっとぜんぜん違う。
理解できる。伝わってくる。でも彼女はある日、俺にはできないことをやってのけた。
誰の目も気にせず、期待を裏切り、気持ちを踏みにじり、都合を断り、今までの自分を捨てて学校へやってきた。
別の教室には、天国みたいな世界が広がっているのかもしれない。
彼女の変わり果てた姿を見て、そんな都合の良いことを、俺も考えてしまった。
そんな自分がまた嫌いになって。
だって。
彼女は現に、こんな場所に立っている。
翻るスカートを気にすることなく堂々と、この世界に、自分に、別れを告げようとしている。
「なんでだよ。そっちが別の日に死ねよ」
「よくそんなこと言えるね。都倉さんってもっと優しいひとだと思ってた」
「…私も、|直正《なおまさ》くんは、強いひとだと思ってた。あいつらに決めつけられるのが嫌だって思ってて、でも決めつけられたことをなぞるしかできなくて、同じようなこと思ってそうなアンタに勝手に期待して、あいつらと同じようにアンタのことを決めつけてる自分のこと、気持ち悪くて大嫌いだった」
アンタもそうだったろ?と、笑うのが苦しそうな笑みで言う。
素直に頷くと、彼女はやっと笑うのをやめてくれた。
「…一緒には死にたくない」
「じゃあアンタが明日とか明後日とかにすれば。私は譲る気ねーよ」
「俺だって……譲りたくない。だいたい、なんで……自分の思うがままになれたんじゃなかったの」
「期待すんなよ。どうせ金髪とか、煙草とか、べんきょーしないとか、言葉遣い悪くするとか、寄ってくるやつとセックスしてみるとか、堕落的に生きるのってただラクだっただけだよ。今までの自分と正反対な自分に手っ取り早くなるにはどうしたらって思ってテキトーにやってみただけ。
でもさ、べつに、こう生きたかったわけでもないんだよね。これが自由だとは思わない。べんきょーだって嫌いじゃなかったし、煙草はいちいち未成年でもイケるところ買いに行くのめんどくせーし、反抗すれば怒られるみたいな仕組みもうざかったし……じゃあこれもやめよう、じゃあ次はどうしようって考えた時、なんにも思いつかなかった。だから、もうどうでもよくなって」
「…俺は、みるみる変わってくキミが羨ましかった」
「だろうね。こうなって唯一愉しかったの、私と似てる直正くんがいいなあって目でこっち見てくることだったよ」
「愉しみにしてたのかよ」
「……直正くんはさ、やめとけよ」
「都倉さんこそ、考え直しなよ」
「せめて、「キミだけは」「アンタだけは」」
重なったお互いの声で、自分の想いを、形どられたような気がした。
キミだけは明日にしようって思ってほしい。
そうすれば、キミが明日こそ幸せだから生きようと思える時間になればいいと、願いながら死ねるのに。
死ぬときくらい、こんな自分から解放されたい。
「だって直正くんが今日を選んだ理由って自分のクラスでいじめがはじまっちゃったからだろ?周りに合わせたらいいのか、あの子を庇った方がいいのか、どうしたらいいかわかんないってだけじゃん」
「都倉さんだってけっきょくは今まで誰かの顔色良くなることをただ選んできたせいで自分の気持ちってなんだろって迷走したから投げやりになってるだけでしょ」
似ていると喩えられていた俺たち。
先に抜け出したと思いきや苦しいままの彼女と、抜け出せないまま同じことを毎日繰り返して苦しいままの俺。
お互いのことを理解してると思いながら、お互いに自分の理想を託してみたいとも思っていた。
それが死を目の前に、今度は今日死ぬ理由にどちらのほうがふさわしいかを競ってる。
「そっちが別の日に死ねってば」
「そっちだって別の日にしてよ」
「「……」」
拉致があかない、へんてこな死の争い。
一緒には嫌だ。
だって俺はやっぱり、キミにはどうしても、生きてほしい。
「どうしたら今日をやめてくれる?」
「…だってどうしても生きててほしいから、そっちに別の日にしてもらいたい」
「——— それじゃあ、ふたりで、」
もう少しだけ我慢して、
今度こそ別の日に死ぬまでどんな自分になっていくか、一緒に考えるってのはどうかな。
|キミ《アンタ》が。
この易しい提案を気に入ってくれますように。
はた迷惑な自分勝手
きっとひとまず一件落着.