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最終章

ー/ー



もしもタイムマシンで過去に戻れるなら、私が戻りたい地点は2か所だ。

まずは名前の由来を話そうとしたあの日。登校中の私を捕まえてこう言う。

「今日、あなたの後ろの席の綾崎雨って男の子が声をかけてくるわ。その時、もっと彼の顔をよく見なさい。あなたはとんでもないものを取り置きしたの。いつか1億円の価値がつくものを10円で抑えてしまったのよ。自覚しなさい。手放すなら、絶対に今のうち」

そして伝え終わったあと、運命が変わった私の身体が透け始め、きょとんとした顔の幼い私に微笑みながら「それでいいのよ……」と告げ私は消滅する。完璧なプランだ。

でも、もし。もしも私が透けずにそのまま現代へ戻ってくることになってしまったら、その時は。

こんな読書感想文を書いてしまった、始業式前夜に戻って私の頭をかちわってやりたい。

雨はあれだけ自信満々で、他人から向けられる中途半端な好意には簡単に気が付くクセに、大事なことには鈍い節がある。

彼はあの読書感想文を『果たし状』と受け取ってくれたけれど、読み返せば読み返すほどあれは、あんなものは、深夜に書きなぐったこっ恥ずかしいラブレターだ。

誰にでも平等に降り注ごうとする、私だけのものにはならない雨。

私をずっとかまい続けるクセに、絶対に決定的な言葉は使わない雨。

皆が雨のことを好きで、雨も向けられた好意には「これが有名税かぁ」などと言って呑気に善意を返したりする。ようは放課後クレープにもホイホイ付いていくし、二人っきりで映画館デートにも平然と出かけていく。これは本当にクソ雨。

クソだクソだと思っても、私が生きている限り、雨は私の中から消え去ってはくれない。かの川端康成は『別れる男に、花の名を1つは教えておきなさい。 花は毎年必ず咲きます』と言ったそうだ。でも向こうは雨! 年1なんてヤワなものじゃない!

雨の立場からすれば、私以外の女と結ばれても年に1回は「そういえば陽花ちゃんは元気かなぁ」なんて思い出すのかもしれない。でもそんなの嫌だ。私は、他の誰かと結ばれた男のスパイスになんてなりたくはない。

これは、何度枯れようとしても、雨が注がれれば花をつけてしまう単純な恋だ。あんな馬鹿に。あんな馬鹿に。

母が付けてくれた素敵な魔法は簡単に上書きされて、私の孕んだ毒は最悪の形で全女子生徒と雨に暴発した。

「陽花ちゃん。歩くの速いって。ちょっと待って」

「うるさい!」

顔を見られたくなくて雨の前を歩き続けるけれど、タッパが違う雨にはすぐに追いつかれてしまう。

「ほら、陽花ちゃん。空見て空。陽花ちゃんが嫌いな空」

「ガッツリ読んでしっかりイジってるんじゃないわよ!何よもう」

顔を上げると、目線の先には陽光をいっぱいに浴びた雨が立っていた。その後ろにはうっすらと虹が架かっている。

「虹だよ虹。ねぇねぇ雨も空も宇宙も嫌いな陽花ちゃん。虹はどう? 虹は好き?」

「うるさいうるさいうるさい」

「ほら答えて、虹は、好き?」

「……好き」

「そっか。よかった。僕も虹、好きだよ。ほら、コロコロ変わる陽花ちゃんの顔色みたいで」

「あんたもう全部わかっててイジってない!? ほんとは今日も部活あったんでしょ! 帰り際にバッシュの音とかキュッキュキュッキュ聞こえてたわよ!」

「ズル休み。さすがにもう今日しかないと思って」

これまで見たことがないほど朗らかに微笑む雨に、私はさすがに観念する。

この期に及んでこいつは、自分から告白してくるつもりがない。

意を決して、私は彼に告げる。

「嫌いだよ、雨。すっごく嫌い。私だけのものになって」

「うん、よろこんで」

私を紫陽花たらしめていた魔法が解ける。

遂に、夏が始まろうとしていた。




みんなのリアクション

もしもタイムマシンで過去に戻れるなら、私が戻りたい地点は2か所だ。
まずは名前の由来を話そうとしたあの日。登校中の私を捕まえてこう言う。
「今日、あなたの後ろの席の綾崎雨って男の子が声をかけてくるわ。その時、もっと彼の顔をよく見なさい。あなたはとんでもないものを取り置きしたの。いつか1億円の価値がつくものを10円で抑えてしまったのよ。自覚しなさい。手放すなら、絶対に今のうち」
そして伝え終わったあと、運命が変わった私の身体が透け始め、きょとんとした顔の幼い私に微笑みながら「それでいいのよ……」と告げ私は消滅する。完璧なプランだ。
でも、もし。もしも私が透けずにそのまま現代へ戻ってくることになってしまったら、その時は。
こんな読書感想文を書いてしまった、始業式前夜に戻って私の頭をかちわってやりたい。
雨はあれだけ自信満々で、他人から向けられる中途半端な好意には簡単に気が付くクセに、大事なことには鈍い節がある。
彼はあの読書感想文を『果たし状』と受け取ってくれたけれど、読み返せば読み返すほどあれは、あんなものは、深夜に書きなぐったこっ恥ずかしいラブレターだ。
誰にでも平等に降り注ごうとする、私だけのものにはならない雨。
私をずっとかまい続けるクセに、絶対に決定的な言葉は使わない雨。
皆が雨のことを好きで、雨も向けられた好意には「これが有名税かぁ」などと言って呑気に善意を返したりする。ようは放課後クレープにもホイホイ付いていくし、二人っきりで映画館デートにも平然と出かけていく。これは本当にクソ雨。
クソだクソだと思っても、私が生きている限り、雨は私の中から消え去ってはくれない。かの川端康成は『別れる男に、花の名を1つは教えておきなさい。 花は毎年必ず咲きます』と言ったそうだ。でも向こうは雨! 年1なんてヤワなものじゃない!
雨の立場からすれば、私以外の女と結ばれても年に1回は「そういえば陽花ちゃんは元気かなぁ」なんて思い出すのかもしれない。でもそんなの嫌だ。私は、他の誰かと結ばれた男のスパイスになんてなりたくはない。
これは、何度枯れようとしても、雨が注がれれば花をつけてしまう単純な恋だ。あんな馬鹿に。あんな馬鹿に。
母が付けてくれた素敵な魔法は簡単に上書きされて、私の孕んだ毒は最悪の形で全女子生徒と雨に暴発した。
「陽花ちゃん。歩くの速いって。ちょっと待って」
「うるさい!」
顔を見られたくなくて雨の前を歩き続けるけれど、タッパが違う雨にはすぐに追いつかれてしまう。
「ほら、陽花ちゃん。空見て空。陽花ちゃんが嫌いな空」
「ガッツリ読んでしっかりイジってるんじゃないわよ!何よもう」
顔を上げると、目線の先には陽光をいっぱいに浴びた雨が立っていた。その後ろにはうっすらと虹が架かっている。
「虹だよ虹。ねぇねぇ雨も空も宇宙も嫌いな陽花ちゃん。虹はどう? 虹は好き?」
「うるさいうるさいうるさい」
「ほら答えて、虹は、好き?」
「……好き」
「そっか。よかった。僕も虹、好きだよ。ほら、コロコロ変わる陽花ちゃんの顔色みたいで」
「あんたもう全部わかっててイジってない!? ほんとは今日も部活あったんでしょ! 帰り際にバッシュの音とかキュッキュキュッキュ聞こえてたわよ!」
「ズル休み。さすがにもう今日しかないと思って」
これまで見たことがないほど朗らかに微笑む雨に、私はさすがに観念する。
この期に及んでこいつは、自分から告白してくるつもりがない。
意を決して、私は彼に告げる。
「嫌いだよ、雨。すっごく嫌い。私だけのものになって」
「うん、よろこんで」
私を紫陽花たらしめていた魔法が解ける。
遂に、夏が始まろうとしていた。


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