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第3章 ~Star Ring~

ー/ー



十一月上旬のある日、私は如月さんに屋上へ誘われた。

「実は映研だけは屋上を使ってもいいことになってるんだよね。明日のシーンは屋上で撮る予定らしいしロケハンしよう。鍵は預かってるから」とのことだった。

キサラギとニイカワは話す機会が多かったので「“先輩”より“さん”の方が呼びやすくね?」との提案から、私は彼を如月さんと呼ぶようになっていた。

反対に水上先輩は、私相手に暴走をはじめる監督を諌めたり蹴り飛ばしてくれることが多いため、敬意を持って先輩と呼び続けている。

「監督さんってお兄さんが何人もいたりするんでしょうか。とても二年生で学校からこんなに信用が得られるとは思えないんですが……」

「あれで一人っ子なんだよねぇ。もはや『七不思議が一人、監督!』って感じ」

屋上へはすんなりと上がることができた。扉を開けると、初めて映研に入った時と同じように風が吹きつけてきたけれど、如月さんはその風をものともせず歩いていく。

「やっぱりいつ来ても開放的だねここは、早く来なよ葛西ちゃん」

「あの、そんなに堂々と立ってていいんですか。他の生徒に見られたら」

「大丈夫。映研が鍵を持ってるのは知れ渡ってるし、如月進が映研だってことも、全校生徒に知れ渡ってるから」

あ、まただ、と思う。

映研に入ってから、私は強く感じるようになったことがある。それは、私以外の三人共がこの自信を持っているということだ。

決して的外れじゃない、客観的に見ても揺るがない事実としての自信。

「葛西ちゃんこの前言ってたよね。『私が登場する物語には、まだ主役が不在なんです』って」

屋上の中心に立って、如月さんは唐突にそう言った。私が「はい」と返事をすると、如月さんはバツが悪そうに笑った。

「実は僕、厳密にはこの映画の主役じゃないんだよね」

夕陽は徐々に沈み始め、冷まされるように景色が青く染まっていく。えっ、と私が言葉に詰まっていると、そのまま如月さんが続けた。

「この映画は、ただ僕にスポットライトが強く当たってるだけの物語だ」

如月さんは右手を自分の胸に置く。その薬指には、あのリングがチープに光っている。

「葛西さん。君は、ニイカワがこの物語の中でただの端役として生きていると思う?」

そう問われて私は首を横に振った。ニイカワは私とは違う素敵な女性だ。

キサラギとミズガミの交際がばれ、校内に根も葉もない噂が広まった時、ニイカワは『くだらないもしもの可能性にすがって妬むのはやめろよ気持ちわりぃ』と放送室から叫んだ。

もちろん私は演技とは言えそんな過激な物言いを全校生徒に聞かれたくなかったので、マイクの電源は入れず、後から編集を入れてもらうことになったのだが。

本物のニイカワはあそこでマイクを入れて叫んだのだ。彼女が端役である訳がない。

「葛西さんは、自分の人生なのに既に村娘Aの服を着て、主役を案内できる日を今か今かと待っている、そのはずだったよね」

キサラギさんはまっすぐに私を見た。風は徐々に冷たさを増し、私は目を開けるのがおっくうになる。けれど、キサラギさんの目は完全にカメラの前と同じで、私の中のニイカワが目を離そうとしない。

「今も、本当にそう思う?」

私はすぐには首肯できなかった。ニイカワになるとき、何年も放置されて錆びたカンテラに火が灯るように、チリチリと胸の中で燃える何かを感じたことがある。

「不在の主役って、本当は自分だったかも、って思ったことはない?」

キサラギは私の手を取って、屋上の中心へと引っ張った。

「君が村娘の役を脱ぎ捨てれば、これまで右往左往していた民衆は一斉に君を見るだろう」

胸の灯に油が次々と注がれる。火が、炎が、私を内から強く輝かせる。

「観客の拍手喝采が地響きのように鳴り響き、君の心は張り裂けんばかりにその鼓動を早める!」

キサラギが手を空へ振り上げる。夕陽が海の向こうへ沈み切り、夜が空を染め上げた。一番星が頭上高くで輝いている。

「主役になる条件は、自覚だけだ!」

嘘のような静けさが辺りに満ちた。私は何もしていないのに、何故か息が上がっている。はぁ、はぁ、と肩で息をする私に最後、キサラギは微笑んだ。

「星は、君の頭上でも輝いているんだよ」

そう言い切り、如月さんはブルルと身を震わせた。私の無防備な頬を夜風が叩く。

「さすがに冷えるね。帰ろうか」

はい。そう答えたけれど、私の中に燃え上がった炎がずっと、頬を熱く火照らせていた。


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十一月上旬のある日、私は如月さんに屋上へ誘われた。
「実は映研だけは屋上を使ってもいいことになってるんだよね。明日のシーンは屋上で撮る予定らしいしロケハンしよう。鍵は預かってるから」とのことだった。
キサラギとニイカワは話す機会が多かったので「“先輩”より“さん”の方が呼びやすくね?」との提案から、私は彼を如月さんと呼ぶようになっていた。
反対に水上先輩は、私相手に暴走をはじめる監督を諌めたり蹴り飛ばしてくれることが多いため、敬意を持って先輩と呼び続けている。
「監督さんってお兄さんが何人もいたりするんでしょうか。とても二年生で学校からこんなに信用が得られるとは思えないんですが……」
「あれで一人っ子なんだよねぇ。もはや『七不思議が一人、監督!』って感じ」
屋上へはすんなりと上がることができた。扉を開けると、初めて映研に入った時と同じように風が吹きつけてきたけれど、如月さんはその風をものともせず歩いていく。
「やっぱりいつ来ても開放的だねここは、早く来なよ葛西ちゃん」
「あの、そんなに堂々と立ってていいんですか。他の生徒に見られたら」
「大丈夫。映研が鍵を持ってるのは知れ渡ってるし、如月進が映研だってことも、全校生徒に知れ渡ってるから」
あ、まただ、と思う。
映研に入ってから、私は強く感じるようになったことがある。それは、私以外の三人共がこの自信を持っているということだ。
決して的外れじゃない、客観的に見ても揺るがない事実としての自信。
「葛西ちゃんこの前言ってたよね。『私が登場する物語には、まだ主役が不在なんです』って」
屋上の中心に立って、如月さんは唐突にそう言った。私が「はい」と返事をすると、如月さんはバツが悪そうに笑った。
「実は僕、厳密にはこの映画の主役じゃないんだよね」
夕陽は徐々に沈み始め、冷まされるように景色が青く染まっていく。えっ、と私が言葉に詰まっていると、そのまま如月さんが続けた。
「この映画は、ただ僕にスポットライトが強く当たってるだけの物語だ」
如月さんは右手を自分の胸に置く。その薬指には、あのリングがチープに光っている。
「葛西さん。君は、ニイカワがこの物語の中でただの端役として生きていると思う?」
そう問われて私は首を横に振った。ニイカワは私とは違う素敵な女性だ。
キサラギとミズガミの交際がばれ、校内に根も葉もない噂が広まった時、ニイカワは『くだらないもしもの可能性にすがって妬むのはやめろよ気持ちわりぃ』と放送室から叫んだ。
もちろん私は演技とは言えそんな過激な物言いを全校生徒に聞かれたくなかったので、マイクの電源は入れず、後から編集を入れてもらうことになったのだが。
本物のニイカワはあそこでマイクを入れて叫んだのだ。彼女が端役である訳がない。
「葛西さんは、自分の人生なのに既に村娘Aの服を着て、主役を案内できる日を今か今かと待っている、そのはずだったよね」
キサラギさんはまっすぐに私を見た。風は徐々に冷たさを増し、私は目を開けるのがおっくうになる。けれど、キサラギさんの目は完全にカメラの前と同じで、私の中のニイカワが目を離そうとしない。
「今も、本当にそう思う?」
私はすぐには首肯できなかった。ニイカワになるとき、何年も放置されて錆びたカンテラに火が灯るように、チリチリと胸の中で燃える何かを感じたことがある。
「不在の主役って、本当は自分だったかも、って思ったことはない?」
キサラギは私の手を取って、屋上の中心へと引っ張った。
「君が村娘の役を脱ぎ捨てれば、これまで右往左往していた民衆は一斉に君を見るだろう」
胸の灯に油が次々と注がれる。火が、炎が、私を内から強く輝かせる。
「観客の拍手喝采が地響きのように鳴り響き、君の心は張り裂けんばかりにその鼓動を早める!」
キサラギが手を空へ振り上げる。夕陽が海の向こうへ沈み切り、夜が空を染め上げた。一番星が頭上高くで輝いている。
「主役になる条件は、自覚だけだ!」
嘘のような静けさが辺りに満ちた。私は何もしていないのに、何故か息が上がっている。はぁ、はぁ、と肩で息をする私に最後、キサラギは微笑んだ。
「星は、君の頭上でも輝いているんだよ」
そう言い切り、如月さんはブルルと身を震わせた。私の無防備な頬を夜風が叩く。
「さすがに冷えるね。帰ろうか」
はい。そう答えたけれど、私の中に燃え上がった炎がずっと、頬を熱く火照らせていた。