第2章 ~Transform~
ー/ー
それから一週間は、撮影風景を眺めながら台本を目で追うことを繰り返した。
「君の演じるニイカワは、気の強さが表に出やすいこと以外はあまり決めてないから。自由に演じていいよ」
先輩二人は苗字そのままで演じた方がブランド力を発揮するという理由から、役名はいつもキサラギとミズガミらしい。私はデビュー作ということもあり、名前から少し取ってニイカワとして演じることになった。
「楽しく演技することをモットーにしているけれど、最低限のレベルには達してもらうからね。後々やいやい言われても楽しくないだろう」
事実、私が撮影に参加していると知ったクラスメイトからは、
「どうやって映研に入ったの?」
「エキストラに優先的になれるよう口利きして!」
「葛西さん演技できるの?」
などの言葉がすでに飛んできていた。
私が上手く答えられないでいると「葛西さん断るの苦手そうだもんね」「いい? 口利きしてね? 絶対よ!」などと好き勝手に言って離れていく。
「ごめんね、一年生の部員は君だけだから、あまり庇ってあげられなくて」
監督さんは申し訳なさそうに謝ってくれた。
これまで部員が三人だけだった理由は、如月先輩や水上先輩とお近づきになりたいという不純な動機で入部しようとした人が多く、監督さんがそれらを蹴散らしてきたからとのことだった。
確かに如月先輩は、普段は気さくだけど撮影中は真剣な表情が凛々しくなる。反対に水上先輩は普段がハッキリとモノを言う性格なので、演技中は表情や口調が柔らかくなる。そんな二人を間近で見たいという気持ちは分からなくもなかった。
ちなみに今回の映画は、生徒会長のミズガミと素行不良のキサラギの恋愛モノで、私の役割はキサラギの幼馴染だ。
「監督ちゃん、今ので僕ら二人だけのシーンは終わりだよね。もう葛西ちゃん入れて撮っていくの?」
如月先輩が近付いてくる。右手の薬指には小さな星があしらわれたおもちゃの指輪が付けられていた。これは監督さんから、その作品の主役に毎回渡されるものらしい。
「自分は主役だ、ってわかりやすくない? かっこよくない?」とのことだ。
「葛西さん。セリフは覚えられた?」
「は、はい。元々そんなに多くなかったので。でも、ニイカワの台詞って、とても強気ですよね……。こんなの、できるかどうか」
セリフ読みは家でもしたけれど、家族に聞かれたくなくてずっと部屋にこもって小声でしか読んでいない私には、まだ人前で演じるビジョンが全く見えなかった。
「じゃあ葛西さんは、見た目も別人として演じようか」
そう言って監督さんは、段ボールの中から金髪ロングのカツラと赤いフレームの眼鏡を取り出した。
「え、監督ちゃん。初めての子にそんな急に」
「大丈夫だよ。これを被れば、君は完全に葛西さんではなくニイカワになる。それだったら恥ずかしさも減るんじゃない?」
「そういうもの、ですか?」と先輩たちを見ると、水上先輩が懐かしそうに目を細めて「そういうものだったよ。私も最初は演技が苦手で、これを付けてやってたから」と言った。
先輩もそうだったんだ。まったく想像がつかない。
「じゃあ、そう、します」
「でも、一つだけ条件がある」
監督さんは金髪と眼鏡を段ボールの上に置いて、私に向き直った。
「まずは葛西さん本人としてシーンを撮って、その後ニイカワとして演技してみようか。たとえば泣くシーンなら」
「泣くシーンあるんですか!?」
「ないよ。あくまでたとえだ。もし葛西さんが泣かなきゃいけない時がきたら、何を想像して泣く? 過去、一番悲しかった記憶は?」
「……飼ってた犬が死んじゃった時、です」
「じゃあ、まずは葛西さんが犬のことを思い出しながら泣くシーンを撮る。そうしたら、泣きたくなる時の心情がわかるだろう? その後ニイカワとしてもう一度同じシーンを撮る」
「でも、それだと、倍の時間が掛かっちゃうんじゃ」
「問題ないよ。むしろ二回で終わるなら時短さ」
度胸をつける練習だと思って。そう言って監督さんは、決してリハーサルとは思えない緊張感を持ってカメラを構えた。
前に監督さんは、演技の才能は騙す能力だと言っていた。自分を騙して別人に成りきり、観客をも騙す能力。
先輩たちはその能力が著しく高い。彼らは私のことも騙す。リハーサルのはずなのに、意識はすぐに映研の部室から引きはがされることになる。
「それじゃいってみようか。よーい、アクション!」
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先輩二人は苗字そのままで演じた方がブランド力を発揮するという理由から、役名はいつもキサラギとミズガミらしい。私はデビュー作ということもあり、名前から少し取ってニイカワとして演じることになった。
「楽しく演技することをモットーにしているけれど、最低限のレベルには達してもらうからね。後々やいやい言われても楽しくないだろう」
事実、私が撮影に参加していると知ったクラスメイトからは、
「どうやって映研に入ったの?」
「エキストラに優先的になれるよう口利きして!」
「葛西さん演技できるの?」
などの言葉がすでに飛んできていた。
私が上手く答えられないでいると「葛西さん断るの苦手そうだもんね」「いい? 口利きしてね? 絶対よ!」などと好き勝手に言って離れていく。
「ごめんね、一年生の部員は君だけだから、あまり庇ってあげられなくて」
監督さんは申し訳なさそうに謝ってくれた。
これまで部員が三人だけだった理由は、如月先輩や水上先輩とお近づきになりたいという不純な動機で入部しようとした人が多く、監督さんがそれらを蹴散らしてきたからとのことだった。
確かに如月先輩は、普段は気さくだけど撮影中は真剣な表情が凛々しくなる。反対に水上先輩は普段がハッキリとモノを言う性格なので、演技中は表情や口調が柔らかくなる。そんな二人を間近で見たいという気持ちは分からなくもなかった。
ちなみに今回の映画は、生徒会長のミズガミと素行不良のキサラギの恋愛モノで、私の役割はキサラギの幼馴染だ。
「監督ちゃん、今ので僕ら二人だけのシーンは終わりだよね。もう葛西ちゃん入れて撮っていくの?」
如月先輩が近付いてくる。右手の薬指には小さな星があしらわれたおもちゃの指輪が付けられていた。これは監督さんから、その作品の主役に毎回渡されるものらしい。
「自分は主役だ、ってわかりやすくない? かっこよくない?」とのことだ。
「葛西さん。セリフは覚えられた?」
「は、はい。元々そんなに多くなかったので。でも、ニイカワの台詞って、とても強気ですよね……。こんなの、できるかどうか」
セリフ読みは家でもしたけれど、家族に聞かれたくなくてずっと部屋にこもって小声でしか読んでいない私には、まだ人前で演じるビジョンが全く見えなかった。
「じゃあ葛西さんは、見た目も別人として演じようか」
そう言って監督さんは、段ボールの中から金髪ロングのカツラと赤いフレームの眼鏡を取り出した。
「え、監督ちゃん。初めての子にそんな急に」
「大丈夫だよ。これを被れば、君は完全に葛西さんではなくニイカワになる。それだったら恥ずかしさも減るんじゃない?」
「そういうもの、ですか?」と先輩たちを見ると、水上先輩が懐かしそうに目を細めて「そういうものだったよ。私も最初は演技が苦手で、これを付けてやってたから」と言った。
先輩もそうだったんだ。まったく想像がつかない。
「じゃあ、そう、します」
「でも、一つだけ条件がある」
監督さんは金髪と眼鏡を段ボールの上に置いて、私に向き直った。
「まずは葛西さん本人としてシーンを撮って、その後ニイカワとして演技してみようか。たとえば泣くシーンなら」
「泣くシーンあるんですか!?」
「ないよ。あくまでたとえだ。もし葛西さんが泣かなきゃいけない時がきたら、何を想像して泣く? 過去、一番悲しかった記憶は?」
「……飼ってた犬が死んじゃった時、です」
「じゃあ、まずは葛西さんが犬のことを思い出しながら泣くシーンを撮る。そうしたら、泣きたくなる時の心情がわかるだろう? その後ニイカワとしてもう一度同じシーンを撮る」
「でも、それだと、倍の時間が掛かっちゃうんじゃ」
「問題ないよ。むしろ二回で終わるなら時短さ」
度胸をつける練習だと思って。そう言って監督さんは、決してリハーサルとは思えない緊張感を持ってカメラを構えた。
前に監督さんは、演技の才能は騙す能力だと言っていた。自分を騙して別人に成りきり、観客をも騙す能力。
先輩たちはその能力が著しく高い。彼らは私のことも騙す。リハーサルのはずなのに、意識はすぐに映研の部室から引きはがされることになる。
「それじゃいってみようか。よーい、アクション!」