第1章 ~Yearn~
ー/ー
人は意識だけで変わることはできない。
「明日から頑張ろう」は逃げの手段だと、これまで何度も思い知ってきた。
本当に自分を変えたいなら、身を置く環境からガラッと変えてしまうべきだ。
その中で私は、細胞が入れ替わるように、関節が痛みながらも少しずつ成長するように変体する。
私が今さなぎに徹しているのは変体の途中だからだと、私は私に言い聞かせている。
――
「映画に出演してはくれまいか! 君が最後のピースなんだ!」
紅葉が一斉に色付くように校内全員の衣更えが済んだ十月、私は昇降口で熱烈な勧誘を受けていた。
映画研究会がエキストラを探しているという噂は入学して六か月の私の耳にも届いていたが、まさか声をかけられるとは。
ミーハーな生徒は「私もいつか映画に出られるかも!」とキャーキャー言い合っているし、昼休みや放課後の度に構内全域を“通りかかる”そわそわした集団がいるという話も聞く。
なのに、むしろそういった機会を避けて生活していた私?
「え、っと。エキストラって、断るとか、できますか」
「エキストラで声をかけた訳じゃないぞ。今日は映画研究会の部員として勧誘しに来たんだ」
「ひぇ、あの、なおさら、む、無理です。私、演技なんてできません」
「そうか……残念だなぁ」
声をかけてきた先輩が深くため息をつく。いつも遠目でしか見ていないからピンと来なかったけれど、そういえば撮影場所でカメラを構えていた人に似ている、とその時点で気が付いた。
「かくなるうえは……」
先輩はそうつぶやくと、おもむろにハンカチを私の腕にそえてから掴み「ちょっと来てくれ」と引っ張った。展開があまりに目まぐるしくてついていけない。
「あの、だから、私は」
「いいからいいから」
力はないのに、恐怖で振り払うことができない。あれよあれよという間に昇降口から最も遠い教室にたどり着き、先輩が扉をガラッと開ける。
「映研へようこそ」
開いた扉から風が一斉に飛び出してくる。
教室の中には、山のようなダンボール。所々から小道具のようなものがはみ出ている。そして、そこをがちゃがちゃと漁る男女。二人は手を止めてゆっくりこちらを振り返った。
「監督ちゃん、また無理やり連れてきたでしょ。ごめんね。僕は如月進、二年生だよ、よろしく」
「唐突に自己紹介しないの。この子ビビってるじゃない。私は水上基。二年生。よろしくね」
「水上ちゃんもしてるじゃん」
如月と名乗った男の先輩は頭の先から吊られているかのように背筋がぴしっと伸びた長身で、水上と名乗った女の先輩はフィクションでしか見たことがないような綺麗な黒髪が腰元まで伸びていた。
上手く言い表せないけれど、蝶のよう、と表現したくなる華やかさがある。
「僕は監督だよ。姓は監、名は督。だから監督って呼んでね」
私をおいてけぼりにして、するすると序章は進む。
「二人に紹介しよう。この子が新しく入部する……名前聞いてなかった。お名前は?」
監督さんが私に聞く。名前も知らず、本当に何で私に声をかけたんだろう。思い当たる節は「断れなさそうに見えた」しかない。でもそれを否定できない。まさに今私は、名乗る以外の選択肢を持っていなかった。
「葛西、新菜です」
「葛西さんだ。ちなみに葛西さんは映画やドラマは観る?」
「え、いや、どちらもあまり観ません。小さい頃はすきだった、と思うんですけど……」
返答が何もないので、顔を上げる。
三人の目を見ると、全員が次の言葉を待っていることが瞬時にわかった。沈黙が流れているはずなのに、はっきりと頭の中に「続きは? 話していいよ」と声が聞こえてくる。それほど雄弁な目だ。三人とも、自分が人生の主役だと主張する目をしている。
私とは、違う。
「私は、主人公じゃない、から。別に憧れている訳でもないんですけど。私が登場する物語には、まだ主役が登場すらしていない、って思うんです。だから、主役がちゃんといる世界が、嫌いで、観れないんです」
また俯きながらぼそぼそと話してしまう。また沈黙が下りたので、気になって顔を上げると、監督さんの顔が間近にあった。
「話してくれてありがとう! やっぱり僕の目に狂いはなかった。ところで、もう映画は撮影が進んでいてね。君が出てくれなければお蔵入りになる可能性もあるんだ……」
おーいおいおい、と監督さんが下手な泣き真似をする。腕で覆いきれていない目の奥からは、決して涙ではないぎらついた光が見えた。
「僕は決して、断られる可能性が低そうだから君を選んだ訳じゃない。別にこのまま帰ってくれても構わないよ。でも、ここには『舞台側へ上がれるチケット』がある」
チケット、と言いながらに監督さんはハンカチをヒラヒラと揺らし、そのまま左手に巻いて手を差し出してきた。
「この二人なら、君の人生の主役に適していると思うけれど」
三人の顔を順番に見る。私の知らない世界が、私を迎えに来ている。手が自然と伸びてしまう。そちら側のチケットをちらつかせるなんて卑怯だ。
「監督ちゃんは優しいね」
「私にはドSにしか見えないけど」
ハンカチに包まれた監督さんの手を、おずおずと掴む。
「改めて、映研へようこそ、葛西さん」
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人は意識だけで変わることはできない。
「明日から頑張ろう」は逃げの手段だと、これまで何度も思い知ってきた。
本当に自分を変えたいなら、身を置く環境からガラッと変えてしまうべきだ。
その中で私は、細胞が入れ替わるように、関節が痛みながらも少しずつ成長するように変体する。
私が今さなぎに徹しているのは変体の途中だからだと、私は私に言い聞かせている。
――
「映画に出演してはくれまいか! 君が最後のピースなんだ!」
紅葉が一斉に色付くように校内全員の衣更えが済んだ十月、私は昇降口で熱烈な勧誘を受けていた。
映画研究会がエキストラを探しているという噂は入学して六か月の私の耳にも届いていたが、まさか声をかけられるとは。
ミーハーな生徒は「私もいつか映画に出られるかも!」とキャーキャー言い合っているし、昼休みや放課後の度に構内全域を“通りかかる”そわそわした集団がいるという話も聞く。
なのに、むしろそういった機会を避けて生活していた私?
「え、っと。エキストラって、断るとか、できますか」
「エキストラで声をかけた訳じゃないぞ。今日は映画研究会の部員として勧誘しに来たんだ」
「ひぇ、あの、なおさら、む、無理です。私、演技なんてできません」
「そうか……残念だなぁ」
声をかけてきた先輩が深くため息をつく。いつも遠目でしか見ていないからピンと来なかったけれど、そういえば撮影場所でカメラを構えていた人に似ている、とその時点で気が付いた。
「かくなるうえは……」
先輩はそうつぶやくと、おもむろにハンカチを私の腕にそえてから掴み「ちょっと来てくれ」と引っ張った。展開があまりに目まぐるしくてついていけない。
「あの、だから、私は」
「いいからいいから」
力はないのに、恐怖で振り払うことができない。あれよあれよという間に昇降口から最も遠い教室にたどり着き、先輩が扉をガラッと開ける。
「映研へようこそ」
開いた扉から風が一斉に飛び出してくる。
教室の中には、山のようなダンボール。所々から小道具のようなものがはみ出ている。そして、そこをがちゃがちゃと漁る男女。二人は手を止めてゆっくりこちらを振り返った。
「監督ちゃん、また無理やり連れてきたでしょ。ごめんね。僕は|如月進《きさらぎすすむ》、二年生だよ、よろしく」
「唐突に自己紹介しないの。この子ビビってるじゃない。私は|水上基《みずがみもと》。二年生。よろしくね」
「水上ちゃんもしてるじゃん」
如月と名乗った男の先輩は頭の先から吊られているかのように背筋がぴしっと伸びた長身で、水上と名乗った女の先輩はフィクションでしか見たことがないような綺麗な黒髪が腰元まで伸びていた。
上手く言い表せないけれど、蝶のよう、と表現したくなる華やかさがある。
「僕は監督だよ。姓は監、名は督。だから監督って呼んでね」
私をおいてけぼりにして、するすると序章は進む。
「二人に紹介しよう。この子が新しく入部する……名前聞いてなかった。お名前は?」
監督さんが私に聞く。名前も知らず、本当に何で私に声をかけたんだろう。思い当たる節は「断れなさそうに見えた」しかない。でもそれを否定できない。まさに今私は、名乗る以外の選択肢を持っていなかった。
「|葛西《かさい》、|新菜《にいな》です」
「葛西さんだ。ちなみに葛西さんは映画やドラマは観る?」
「え、いや、どちらもあまり観ません。小さい頃はすきだった、と思うんですけど……」
返答が何もないので、顔を上げる。
三人の目を見ると、全員が次の言葉を待っていることが瞬時にわかった。沈黙が流れているはずなのに、はっきりと頭の中に「続きは? 話していいよ」と声が聞こえてくる。それほど雄弁な目だ。三人とも、自分が人生の主役だと主張する目をしている。
私とは、違う。
「私は、主人公じゃない、から。別に憧れている訳でもないんですけど。私が登場する物語には、まだ主役が登場すらしていない、って思うんです。だから、主役がちゃんといる世界が、嫌いで、観れないんです」
また俯きながらぼそぼそと話してしまう。また沈黙が下りたので、気になって顔を上げると、監督さんの顔が間近にあった。
「話してくれてありがとう! やっぱり僕の目に狂いはなかった。ところで、もう映画は撮影が進んでいてね。君が出てくれなければお蔵入りになる可能性もあるんだ……」
おーいおいおい、と監督さんが下手な泣き真似をする。腕で覆いきれていない目の奥からは、決して涙ではないぎらついた光が見えた。
「僕は決して、断られる可能性が低そうだから君を選んだ訳じゃない。別にこのまま帰ってくれても構わないよ。でも、ここには『舞台側へ上がれるチケット』がある」
チケット、と言いながらに監督さんはハンカチをヒラヒラと揺らし、そのまま左手に巻いて手を差し出してきた。
「この二人なら、君の人生の主役に適していると思うけれど」
三人の顔を順番に見る。私の知らない世界が、私を迎えに来ている。手が自然と伸びてしまう。そちら側のチケットをちらつかせるなんて卑怯だ。
「監督ちゃんは優しいね」
「私にはドSにしか見えないけど」
ハンカチに包まれた監督さんの手を、おずおずと掴む。
「改めて、映研へようこそ、葛西さん」