お説教

ー/ー



「翔子さん、こんにちは」
「日奈ちゃん、いらっしゃい。また遊んでくれるようになったのね。嬉しいわ」

 彼女は絵美ちゃんのお母さん。保育園の頃からの知り合いで、子供の頃はしょっちゅうお世話になった人だ。

「大学でひとり暮らしを始めちゃったんで。今は夏休みだからこっちに戻ってきてたんです」
「そのひとり暮らしのお部屋にお泊りさせてもらってもいいの? ズボラな子だから心配」

 そう、『作戦』とは、絵美ちゃんを私の部屋に泊めて、フロンティアに集中してもらうこと。

「気にしないでください。私も似たようなもんですから」
「お母さん、大丈夫。いい子にするからさ」

 ゲーム機の入ったリュックとお泊りセットのバックを持った絵美ちゃんが階段を下りてきた。

「学校の課題はちゃんと終わらせたから問題ないでしょ」
「そうだけど。長々と泊まるとなるとねぇ」

 靴を履いてそそくさと出ようとする絵美ちゃんと私に、翔子さんは返答しずらい質問を口にした。

「隼人君も一緒なの?」

 ドッキン!

「いえ、隼人は友達のところに泊まってるんです」

 咄嗟に出た言葉だけど、自宅にはいないのだから仕方ない。嘘を吐いた後ろめたさに胸がチクチクと痛む。こんなことがいつまで続くのだろう。

「じゃぁ行ってきまーす」

 絵美ちゃんに手を引かれ、私も挨拶して玄関を出た。

 お盆が過ぎても夏の勢いは止まらない。汗をかいたりエアコンで冷やされたりしながらマンション前に到着すると、お隣さんの親子が出てきた。

「お姉さん、こんにちは。先日はすみませんでした」

 変わらず丁寧な物言いに、私の汚れ始めた大人の心が洗われるようだ。

「こんにちは」
「あら、うちの子が何かご迷惑を?」

 お母さんも穏やかで、うちのマザーとはタイプの違う素敵な人だ。そして若い。歳の離れたお姉さんに見える。

「いえ、ちょっとここでぶつかったことがあって。お互い怪我が無くて良かったです」
「そうでしたか。おっとりしてるのにおっちょこちょいなところがあるので。ごめんなさいね」
「そんなことないもん」

 仲良さげな親子にほっこりしちゃうね。

「では失礼します。咲楽、急ぎましょ。遅れちゃうわ」

 ふたりは会釈をし、手を繋いで出かけていった。

「弁償させようなんて思ったことを恥じてます?」
「うっさいわね。さっさと入って準備して。サーラちゃんもサクさんもいない日だから、絵美ちゃんに頑張ってもらうわよ」

 ゲーム機のセッティングを済ませると、私はすぐに彼女にログインをお願いした。そして、ハヤトと合流したエナコが最初にしたことは、レベリングでもクエストでもなく、お説教だった。

「いいですかハヤト君、よく聞いてください」
「はい」
「君が死んでしまった理由は大きく分けてふたつあります」

 キラボシ食堂の隅の席で向かい合って座るエナコとハヤトの会話に、リディアちゃんが聞き耳を立てている。君はエナコたちが来ると仕事してないけど大丈夫?

「まずひとつめは、積極的にフレンドを作らずにサポート仲間でパーティーを組んでいたことです。そちらを選ぶメリットもありますが、やはりプレイヤーと組むほうが大きなメリットがあります。もちろん戦術的相性や人間的な相性がありますが、自分の置かれた状況を考えれば気の合う人を見つけるまで探すべきでした」
「エナコさん?」
「エナコでけっこう」
「あぁ、じゃぁエナコは俺の置かれた状況を知って……」
「知っています!」

 いや、知らないでしょ!

「蘇生などの一部のシステムがバグを起こしているんですよね?」

 そっちのことか。

「キャラクターデリートも同然の状況におちいるのが嫌なら、もう少し考えるべきです」

 ハヤトの複雑な表情は、エナコがゲーム召喚について知っていると思ったからだろうか。

「ふたつめは、自分のレベルに不釣り合いのクエストやダンジョンに挑んでいたことです。その理由はわかっています。あなたは不思議な現象によって助けられていると感じているんじゃないですか?」

「まぁ、なんとなくそんな気が」
「それはガン積みした幸運値によるものではありません。女神の御業によるものです」
「女神の御業? それってあいつが俺を助けてるてこと?」
「その力を当てにしたがために、あなたは無茶な攻略をし始めました。どうにかやっていたのでしょうけど、あの事件によってサーラちゃんも巻き込んで、彼女にデスペナルティを与えてしまったのです」
「エナコはなんでそんなに詳しく知ってるんだ? 君は誰なんだ?」
「あたしは女神の使徒です」

 完全に女神の使徒に成りきってる。

「その女神って、もしかしてアドミスって名前?」
「そのとおりです。それがあなたの守護女神であり、あたしの主です」

 ハヤトの表情が険しくなった。その理由を私は理解している。

「アドミス。あの女神が俺を助けてた? 嘘だろ? だってあいつは俺をこの世界に……」

 ここまで言ってハヤトは動かなくなった。

「女神ヒナコ」

 直後にアドミスが例の音を響かせて私のスマホに現れたので、スマホを引っ掴んでトイレに駆け込んだ。

「ちょっと、絵美ちゃんがそばにいるのよ!」
「そのエミさんに詳しく話していないとはいえ、ワタシの名前を使ってあんなふうに言わせたらハヤトさんが勘違いしちゃいます。今、エナコさんが言ったアドミスはゲームの世界の女神であって、ワタシとは別物だとカレに伝えました」
「あんた、この世界の人に信仰されてる女神ってホントなの?」
「厳密には違うんですけど、この世界の女神のひとりだというのは本当のことです」
「女神のひとり?」
「そこは気にしないでください」
「気になるわよ!」
「女神ヒナコからもカノジョにうまく言っておいてくださいね。秘密がバレたらペナルティですよ」

 一方的にそう告げてチュルリ~ンと消えた。

「だったら急に出てくんな!」

 アドミスが消えたスマホに文句を言ってから部屋に戻ると、エナコがハヤトに呼びかけていた。

「ちょっとハヤト君? どうしたの? ラグ? バグ? ねぇねぇ!」

 意識が飛んだように固まっているハヤトにリディアちゃんが寄ってきた。

「ハヤトさんは今、女神アドミスと交信しています。きっとすぐに意識は戻りますよ」
「おう、まいがっ!」

 リディアちゃんがお水のお代わりを注いですぐに、ハヤトは動き出して深く座りなおした。

「いや、なんでもない。続けて」

 ハヤトの表情がすぐれない。何か大きなペナルティで脅されたのか?

「ということで、フレンドを作らなかったこと、不思議な力に頼って無茶な攻略をしたこと、どちらも一緒に戦ってくれたサーラちゃんに迷惑をかけていたのだと、しっかり理解してください」
「そうだな。だけど、俺はフレンドを作るのが……」
「どんな理由かは存じませんが心配ご無用。今、挙げたふたつの問題点の解決方法はあります。いえ、もう解決してますから」
「そうなの?」
「わからないんですか? あなたは、サーラさん、サクさん、それにあたしと言う素晴らしいフレンド兼パーティーメンバーを手に入れたじゃないですか。女神様は見えない力に頼って無茶な戦いをする者に手を差し伸べたりはしません。ですが、これまでのことを改め、仲間と共に戦うあなたになら、きっと力を貸してくれます。ですので、これからはあたしたちと一緒にダンジョンやメインストーリーを進めましょう」
「わかった。気にしてくれてありがとう」

 ハヤトの表情が少し緩んだ気がする。真の仲間ができて安心したか?

 サーラちゃんとサクさんがいないときを狙って話をしてもらったけど、絵美ちゃんのアドリブが凄い。女神の使徒というロールプレイはゲームが現実になっているハヤトが本気にしそうだ。

 このときは、蘇生不能バグが解消される条件についてはハヤトに話さなかった。それはすなわち、隼人の帰還条件であり、仲間たちがそのことを知っているのは不自然であるから。そこから話が大きくなって、ゲーム召喚の秘密がバレてしまうことを懸念してのこと。

 ゲーム世界からの解放の件は機を見てアドミスから伝えてもらい、ハヤトからみんなに協力を要請する流れが自然だろう。

 アドミスの存在は私たちの理解の外にある。そう考えた場合、変に勘ぐらないに越したことはない。余計なトラブルはごめんだからね。



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「日奈ちゃん、いらっしゃい。また遊んでくれるようになったのね。嬉しいわ」
 彼女は絵美ちゃんのお母さん。保育園の頃からの知り合いで、子供の頃はしょっちゅうお世話になった人だ。
「大学でひとり暮らしを始めちゃったんで。今は夏休みだからこっちに戻ってきてたんです」
「そのひとり暮らしのお部屋にお泊りさせてもらってもいいの? ズボラな子だから心配」
 そう、『作戦』とは、絵美ちゃんを私の部屋に泊めて、フロンティアに集中してもらうこと。
「気にしないでください。私も似たようなもんですから」
「お母さん、大丈夫。いい子にするからさ」
 ゲーム機の入ったリュックとお泊りセットのバックを持った絵美ちゃんが階段を下りてきた。
「学校の課題はちゃんと終わらせたから問題ないでしょ」
「そうだけど。長々と泊まるとなるとねぇ」
 靴を履いてそそくさと出ようとする絵美ちゃんと私に、翔子さんは返答しずらい質問を口にした。
「隼人君も一緒なの?」
 ドッキン!
「いえ、隼人は友達のところに泊まってるんです」
 咄嗟に出た言葉だけど、自宅にはいないのだから仕方ない。嘘を吐いた後ろめたさに胸がチクチクと痛む。こんなことがいつまで続くのだろう。
「じゃぁ行ってきまーす」
 絵美ちゃんに手を引かれ、私も挨拶して玄関を出た。
 お盆が過ぎても夏の勢いは止まらない。汗をかいたりエアコンで冷やされたりしながらマンション前に到着すると、お隣さんの親子が出てきた。
「お姉さん、こんにちは。先日はすみませんでした」
 変わらず丁寧な物言いに、私の汚れ始めた大人の心が洗われるようだ。
「こんにちは」
「あら、うちの子が何かご迷惑を?」
 お母さんも穏やかで、うちのマザーとはタイプの違う素敵な人だ。そして若い。歳の離れたお姉さんに見える。
「いえ、ちょっとここでぶつかったことがあって。お互い怪我が無くて良かったです」
「そうでしたか。おっとりしてるのにおっちょこちょいなところがあるので。ごめんなさいね」
「そんなことないもん」
 仲良さげな親子にほっこりしちゃうね。
「では失礼します。咲楽、急ぎましょ。遅れちゃうわ」
 ふたりは会釈をし、手を繋いで出かけていった。
「弁償させようなんて思ったことを恥じてます?」
「うっさいわね。さっさと入って準備して。サーラちゃんもサクさんもいない日だから、絵美ちゃんに頑張ってもらうわよ」
 ゲーム機のセッティングを済ませると、私はすぐに彼女にログインをお願いした。そして、ハヤトと合流したエナコが最初にしたことは、レベリングでもクエストでもなく、お説教だった。
「いいですかハヤト君、よく聞いてください」
「はい」
「君が死んでしまった理由は大きく分けてふたつあります」
 キラボシ食堂の隅の席で向かい合って座るエナコとハヤトの会話に、リディアちゃんが聞き耳を立てている。君はエナコたちが来ると仕事してないけど大丈夫?
「まずひとつめは、積極的にフレンドを作らずにサポート仲間でパーティーを組んでいたことです。そちらを選ぶメリットもありますが、やはりプレイヤーと組むほうが大きなメリットがあります。もちろん戦術的相性や人間的な相性がありますが、自分の置かれた状況を考えれば気の合う人を見つけるまで探すべきでした」
「エナコさん?」
「エナコでけっこう」
「あぁ、じゃぁエナコは俺の置かれた状況を知って……」
「知っています!」
 いや、知らないでしょ!
「蘇生などの一部のシステムがバグを起こしているんですよね?」
 そっちのことか。
「キャラクターデリートも同然の状況におちいるのが嫌なら、もう少し考えるべきです」
 ハヤトの複雑な表情は、エナコがゲーム召喚について知っていると思ったからだろうか。
「ふたつめは、自分のレベルに不釣り合いのクエストやダンジョンに挑んでいたことです。その理由はわかっています。あなたは不思議な現象によって助けられていると感じているんじゃないですか?」
「まぁ、なんとなくそんな気が」
「それはガン積みした幸運値によるものではありません。女神の御業によるものです」
「女神の御業? それってあいつが俺を助けてるてこと?」
「その力を当てにしたがために、あなたは無茶な攻略をし始めました。どうにかやっていたのでしょうけど、あの事件によってサーラちゃんも巻き込んで、彼女にデスペナルティを与えてしまったのです」
「エナコはなんでそんなに詳しく知ってるんだ? 君は誰なんだ?」
「あたしは女神の使徒です」
 完全に女神の使徒に成りきってる。
「その女神って、もしかしてアドミスって名前?」
「そのとおりです。それがあなたの守護女神であり、あたしの主です」
 ハヤトの表情が険しくなった。その理由を私は理解している。
「アドミス。あの女神が俺を助けてた? 嘘だろ? だってあいつは俺をこの世界に……」
 ここまで言ってハヤトは動かなくなった。
「女神ヒナコ」
 直後にアドミスが例の音を響かせて私のスマホに現れたので、スマホを引っ掴んでトイレに駆け込んだ。
「ちょっと、絵美ちゃんがそばにいるのよ!」
「そのエミさんに詳しく話していないとはいえ、ワタシの名前を使ってあんなふうに言わせたらハヤトさんが勘違いしちゃいます。今、エナコさんが言ったアドミスはゲームの世界の女神であって、ワタシとは別物だとカレに伝えました」
「あんた、この世界の人に信仰されてる女神ってホントなの?」
「厳密には違うんですけど、この世界の女神のひとりだというのは本当のことです」
「女神のひとり?」
「そこは気にしないでください」
「気になるわよ!」
「女神ヒナコからもカノジョにうまく言っておいてくださいね。秘密がバレたらペナルティですよ」
 一方的にそう告げてチュルリ~ンと消えた。
「だったら急に出てくんな!」
 アドミスが消えたスマホに文句を言ってから部屋に戻ると、エナコがハヤトに呼びかけていた。
「ちょっとハヤト君? どうしたの? ラグ? バグ? ねぇねぇ!」
 意識が飛んだように固まっているハヤトにリディアちゃんが寄ってきた。
「ハヤトさんは今、女神アドミスと交信しています。きっとすぐに意識は戻りますよ」
「おう、まいがっ!」
 リディアちゃんがお水のお代わりを注いですぐに、ハヤトは動き出して深く座りなおした。
「いや、なんでもない。続けて」
 ハヤトの表情がすぐれない。何か大きなペナルティで脅されたのか?
「ということで、フレンドを作らなかったこと、不思議な力に頼って無茶な攻略をしたこと、どちらも一緒に戦ってくれたサーラちゃんに迷惑をかけていたのだと、しっかり理解してください」
「そうだな。だけど、俺はフレンドを作るのが……」
「どんな理由かは存じませんが心配ご無用。今、挙げたふたつの問題点の解決方法はあります。いえ、もう解決してますから」
「そうなの?」
「わからないんですか? あなたは、サーラさん、サクさん、それにあたしと言う素晴らしいフレンド兼パーティーメンバーを手に入れたじゃないですか。女神様は見えない力に頼って無茶な戦いをする者に手を差し伸べたりはしません。ですが、これまでのことを改め、仲間と共に戦うあなたになら、きっと力を貸してくれます。ですので、これからはあたしたちと一緒にダンジョンやメインストーリーを進めましょう」
「わかった。気にしてくれてありがとう」
 ハヤトの表情が少し緩んだ気がする。真の仲間ができて安心したか?
 サーラちゃんとサクさんがいないときを狙って話をしてもらったけど、絵美ちゃんのアドリブが凄い。女神の使徒というロールプレイはゲームが現実になっているハヤトが本気にしそうだ。
 このときは、蘇生不能バグが解消される条件についてはハヤトに話さなかった。それはすなわち、隼人の帰還条件であり、仲間たちがそのことを知っているのは不自然であるから。そこから話が大きくなって、ゲーム召喚の秘密がバレてしまうことを懸念してのこと。
 ゲーム世界からの解放の件は機を見てアドミスから伝えてもらい、ハヤトからみんなに協力を要請する流れが自然だろう。
 アドミスの存在は私たちの理解の外にある。そう考えた場合、変に勘ぐらないに越したことはない。余計なトラブルはごめんだからね。