河合音叉《かわい おとさ》は小説を書き終えると、パソコンを閉じて深いため息をつく。「終わった……」
長い執筆が終わりを迎え、安堵したのか、カレンダーに書かれた「締め切り予定」の文字を見て、彼女はニヤリと笑う。
昨日、音叉は夢を見た。両親を殺されたあの夜の悪夢だ。彼女はその記憶に囚われながらも、復讐の意志を胸に秘める。
最近、シリコン製の精巧なマスクを被った強盗誘拐事件が多発しているらしい。名のある家の子供を誘拐し、人身売買するグループが存在するという。殺人鬼を雇い、襲わせて誘拐する手口だ。音叉は、自分と両親がその標的だったことを知る。
音叉の両親はイベントプロデューサーとヴァイオリニストだった。彼女は両親の仕事について深く知らなかったが、有名な人物と関わる仕事だと気づく。
裏では、名前を聞けば誰もが知るような人物の子供に価値を見出し、求める富豪がいるらしい。彼らは才能を食らうことを趣味とし、そんな悪趣味な金を持て余した成功者が海外に多く存在する。
才能ある子供を利用し、何か大きなことを企んでいるようだが、警察にも詳細は掴めていない。世の中には金を出して自分にない才能を買おうとする者がいるということだ。
音叉は警察に保護され、そこで元アイドルの母を持つ可愛らしい少女、美沙と出会う。美沙の両親も同じ夜に殺害されたという。
その後、音叉は両親が殺された夜の真相を追い始める。あの夜、父と母は偽物に成りすました何者かに命を奪われた。シリコンのマスクがその鍵だと気づいたのは、警察での保護が解けた後だった。
両親の葬式の日、音叉は母が打ち合わせをしていた雑誌の記者から笑顔で挨拶される。彼女はその挨拶を無視し、ふいと一瞥して立ち去るが、その瞳には決意が宿っていた。自宅を売り払い、美沙と暮らすこと。そして、両親の仇を討つことだ。
柊と柊の母はかろうじて生きていたが、あの夜に受けた傷が深く、病院に入院している。柊の父は命を落としていた。音叉にとって、幼馴染の柊はあの夜を共に生き延びた唯一の存在だった。
音叉は雑誌の記者にあの夜のことを尋ねる。そして、両親の関係者にも聞き込みを始めた。
葬儀は殺人鬼に依頼した人物を探るための舞台だった。音叉はある人物に目星をつける。話を聞く中で、雑誌の記者が汗をかきながら目を逸らすなど、妙に挙動不審であることに気づいた。
その夜、音叉は事件後から世話になっている警部補の家に匿われており、美沙も一緒に身を寄せていた。
警部補の家に着いた音叉と美沙は、警部補の妻に迎え入れられる。夕食の準備が進む中、突然、妻の携帯電話が鳴る。電話に出た妻が顔をこわばらせると、警部補の声が漏れ聞こえた。「誰も入れるな。インターホンが鳴っても、俺でも開けるな。俺は鍵を持っているから、インターホンを鳴らすことはない」
その言葉が終わるや否や、玄関のドアノブがガチャガチャと音を立て、誰かが「開けてくれ!」と叫び始める。インターホンは鳴っていない。音叉は一瞬、あの夜の恐怖が脳裏をよぎり、凍りつく。美沙が音叉の手を握り、妻が警部補に連絡すると、「そのまま待機」と短い指示が返ってくる。三人は玄関からの異音に固唾を飲み、息を潜めた。
しばらくすると、パトカーのサイレンが近づいてくる。玄関の男は警察官に確保される。警部補が男の被っていたマスクを外すと、それは編集者だった。
「音叉は高く売れるんだ。音楽一家の娘の才能が欲しいという奴がたくさんいるんだ」
記者は笑いながら叫び、持っていたカッターナイフで自らの首を切り裂く。音叉はその言葉を聞き、あの夜の真相が編集部に隠されていると確信した。
音叉は編集部に探りを入れることにする。音楽家の小説を書くという名目で、何度も原稿を持ち込んだ。両親の顔が利いたのか、記者が殺人犯である後ろめたさからか、彼女はすぐに小説家として採用され、編集部に潜り込むことに成功する。
今、音叉が書いているこの小説は、犯人にたどり着くための自伝であり、ノンフィクションだ。彼女を求める富豪達に向けたメッセージでもある。
すでに目星はついている。出版社の社長と、彼女を狙うすべての富豪に向けて宣戦布告する小説を書き上げ、音叉は階下へ行き、美沙と朝食をとる。
その日の午後、編集部へ向かう前に両親の墓前へ立ち寄る。「私を狙う殺人鬼はもういない。私が終わらせる」と報告し、笑顔でその場を後にした。
――以下は、小説の中で音叉が描いた物語の結末である。
音叉は編集部に潜り込み、出版社の社長が事件の黒幕である証拠をつかむ。シリコンのマスクを使った誘拐計画の全貌を暴き、警察に通報する。社長は逮捕され、音叉を狙っていた富豪たちも次々と摘発された。彼女は自らの才能を武器に、悪を打ち砕いた。そして、美沙と共に、新しい人生を歩み始める。
数年後、音叉は人気小説家として名を馳せていた。彼女の作品は過去の悲劇を乗り越え、未来に希望を抱く人々に勇気を与えている。音叉は美沙と共に静かに暮らしている。二人の間には確かな絆が生まれていた。
音叉は時折、両親の墓を訪れる。墓前で静かに微笑む彼女。その微笑みは過去への鎮魂歌であり、才能を武器に正義を貫く未来への誓いだった。