程離れた場所に着地し、ビル影に身を隠す透。その間も、癒えることのない痛みとの戦いであった。
「……クソッタレ。まるで呪い|《カース》みてぇに痛みが粘着して付きまとって来やがる。質の悪いストーカーかよ、全く」
相手、あるいは概念を恨んでいれば恨んでいるほど固定ダメージが上昇する、何とも理不尽な能力。透はもちろん、鍾馗とは初対面。それなのに、理不尽な仇扱いされているために、何より面倒くさかった。
粘着質な怒り。憎しみ。それを晴らすほどの明るさはない。礼安が相対したところで、光と闇は相容れない。故に、鍾馗の怒りや憎しみは収まることが無いだろう。
(というより……アイツは一生あのままだ、今までの人生経験上そう言える。改心なんかしねえ、そんな奴にしか見えねえ)
改心して、もう一度こちら側に……なんて幻想は絶対叶わない。あの闇は、掃える気がしないのだ。どこまで行っても、どちらかが死ぬまで終わらない。英雄になれないはぐれ者は、その道を潔く諦めるか、あるいは敵になるか。そのどちらかでしかないのだ。
それと同時に。勝てるヴィジョンが浮かばないのだ。修行の成果を見せるのもいいが、それだけで本当に勝てるのか。正直透には分からなかったのだ。
今自分が振るっている力の、数段上。段階を飛ばしてもなお、その力を効率的に扱える相手に、自分は勝てるのか。正直自信が無かった。
「――本当、こんな自信の無さでよくもまあ、俺は入学当初『最強』だと名乗ったよ」
世界は広い。血の繋がりの無い弟妹のために、自らを『最強』と取り繕うことは必要な手段であったが、今となっては。自分は大したことのない、矮小な存在であることを思い知らされる。
グラトニーに一度負け、信一郎に修行とはいえ何度も負け、礼安に負け。彼女の自信は、地に堕ちていたのだ。
(――俺は、どうしたらいいんだろうな。本当)
ネガティブになっていた中、ある人物の笑顔を想起する。それこそ、明と礼安の存在であった。
(お姉ちゃん! 私もお姉ちゃんのトレーニング手伝う! お姉ちゃんの思う、『最強』を目指そうよ!)
(強みも弱みも、理解して受け入れる。そこからが、英雄として強くなれる第一歩だよ。一緒に『最強』の英雄、目指そうよ!)
透の心の中に在る、ふたつの太陽。どれほど透が思い悩み曇ろうと、その暗雲を晴らす存在こそ、その二人であった。
かつて、透はワンマンプレイが目立っていた。それは、『誰かに頼る』ことを一時的にとはいえ忘れてしまったから。エヴァに叱咤され、礼安に諭されてからは、死んだ明の笑顔と、今を生きる礼安の笑顔が離れない。まるで瓜二つ、透に勇気をくれる、光そのものであった。
「――本当、俺ってバカだよ。いつだって……一人きりで抱えて、んで背負えきれなくなって圧し潰される。いつだってそうだった、あん時だってそうだった」
自信が無くなったのなら、互いに高め合えばよかったのだ。鍾馗には、そんな存在がいなかった。闇を共有し合って少しでも軽くし合える存在がいなかった。だからこそ、今の彼女が存在する。
共に何かをする、そんな痛みも喜びも共有し合える存在がいたとしたら、今の彼女はいなかったのだろう。
院に電話を掛ける透。現在位置を聞きたかった、というのもあるが、『別の目的』もある。
「……それが、お前ってことかよ」
『中途半端に小綺麗な纏め方をされるの、イラつくなァ』
影から出でたのは、まさに怒りを露わにした鍾馗であった。
咄嗟にその場から飛び退くも、その透の速度に追いつくように攻撃を加える。
風のバリアにより何とか防ぐも、肉体にはダメージが行く。
「クッソ……影と影を移動も出来んのか――滅茶苦茶面倒くせぇ相手だな全く」
『私はね? いつだってお前ら恵まれた存在を憎み続けた。入学前からね。ボッチだろうとボッチじゃなかろうと、私は私。これこそが辿り着いた結論なの。他人にとやかく言われる筋合いなくない??』
「ならよ――少しくらいそのレールを曲げてやろうって気にはならねえか!? 少しでも軌道修正しようってのは考えねえか!?」
『元から歪んでいる人間に対しての皮肉かな、それは』
どれほど話し合おうと、この歪みは解消されない。対象を殲滅しない限り、鍾馗蓮という女は、止まりはしない。ブレーキがとうに壊れた、暴走列車であるのだ。目的後へ辿り着くまで、一生止まらない。それが皆殺しというゴール。
『いつだってね? 両親からも『恨みはみっともない』『優れているなら優れている風体を保て』とか言われてもね? 自分よりも上の存在がごまんといる中で、自身を頂点と据え置き続けろだなんて、どだい無理な話なんだよ』
上には上がいる。その言葉は実にその通り。どんな富豪にも、それ以上の大富豪は存在する。どんな強い英雄であろうと、現状最強は信一郎であることに変わりはない。
上を見ることをせず、下を見下し続けることに、鍾馗は疲れたのだ。ならば、上でふんぞり返る存在を下から引きずり下ろす。まっさらになった概念の頂点に君臨するならば、それは真の意味で頂点である。
信一郎は、英雄という概念を作り上げ、さらに今もなお圧倒的強者であるため、『原初の英雄』として崇められている。それと同じことを、奪い殺すことで実現させようとしていたのだ。一種の革命行為、あるいはテロリズム的思考であった。
『だから、君たちには消えてもらわなければいけないんだ。死んで?』
「――お前の主義主張は、実にばかばかしいもんだよ。殺すことで得られる歓びなんて……たかが知れている」
根っからの恨み。その理由は自尊心に満ち溢れた英雄が気にくわないから。そのために、全ての英雄を虐殺し、英雄よりも優れた存在であることを『教会』と共に、世の中に知らしめることを道として動く。その結論は別に否定はしない。
しかし、透にとって、導線が決めつけられていることが何よりもの疑問であったのだ。
「――何でよォ、『虐殺』にこだわる? 英雄よりも優れた存在になりてえんなら……それこそ別分野で上回ればいいじゃあねえか。言っちまうなら、俺はパズルが苦手だ。ごちゃごちゃとしたルービック・キューブとか、チビたちがよくやっているが俺にはさっぱりだ。料理は得意だけどよ、恐らく礼安とかは料理苦手だろうぜ」
それぞれの英雄だけに限らず、一般人それぞれに輝ける舞台、というものは確実に存在する。ゲームや小説、イラストや運動・勉学方面。それだけに限らず、とんでもないほどにニッチな分野であったとしても、一位でなくとも輝ける舞台が存在する。
仮にドロップアウトしたとしても、それ以外に道はあるはず。元英雄の卵、というブランドは一般人には得られない称号である。いくら成績が振るわなくても、そのブランドは付いて回るため、それを利用し芸能界デビューする人間も、少なからず存在するのだ。
「……ひょっとして、逃げているのか。それ以外の『選択』から。殺すことはぱっと見楽だろうが……その先に何がある? うちの学園長とぶつかり合うのか? 『教会』を世界展開させたいのか?? それとも、『教会』トップとして君臨したいのか?? 俺には――ただ殺すって快楽を優先して、その先が見えてねえように思えるぜ」
鍾馗の攻撃の手が完全に止まる。しかしそれは諭されたからではなく、徹底的に間違った言葉をぶつけられているからであった。
『――じゃあ、何も優れていない私はどうなるの?? それ以外の道を選ばざるを得なかった私は、一体何が残るの??』
向けられた瞳は、まさに深淵そのもの。彼女の心を窺い知ることなど、本人が許さない。的外れな言葉など、情けの言葉などいらないのだ。ただそこにあるのは闘争のみ。血で血を洗う、最悪の殺し合い以外にないのだ。
『何かが優れているから、別分野で活躍すればいい、なんていうのは強者の戯言だよ? 本当に何もない、何も残せない、何も成せない人間というのも存在するんだよ?? 殺しでしか、真っ当に生きる道はないんだよ?? どれだけ人生の『底』を知ろうが、『そこ』に居続けるなんてことはなかった貴女たちに、何も語る余地はないんだよ??』