懐中電灯の明かりを頼りに、墓石の間を縫うように辿っていくと、墓前に備えられた缶ジュースが見えたり、溢れんばかりの向日葵が花筒に咲いているのが見えた。そんなふうに弔いで満ちた墓地を抜けた先には、『鵺の歌会』の会場となる廃墟があった。
所々ひびの入った二階建てで、黒く変色した看板に病院の名前が見える。一階の吹き抜けから洩れる蝋燭の明かりが雑草群を照らし、その一角だけが燃えているように感じた。じっと目を凝らすと、蝋燭を囲んで車座になる人の姿が見える。木戸は草木を掻き分けて、玄関らしき場所から中へ入った。
「おや、新人さんですか?」
気配に気づいた一人が木戸に声を掛けた。
顔にちらちらと炎の反射を煌めかせた顔は、初老の男のものである。
「突然すみません。友人からこちらで短歌の会があると聞いて伺ったのですが‥‥その、ご一緒してもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろん。紹介なら大歓迎ですよ」
そうして木戸は車座へ混じり『鵺の歌会』の席に参加したのである。
北川と名乗る男に礼を言ったあと、木戸は俯く他の参加者を見回した。歌会の参加者は八人で、全員が黒い浴衣を着ていた。動画に映っていた子どもの姿は無かったが、高校生風の女から老人まで年齢はまちまちで、木戸は病院の待合室を連想した。この歌会では北川の出したテーマに沿って、自身の感じた恐怖を三十一字で詠む。それが唯一の決まりであった。
「今宵のテーマは『最期』。三十一音はあくまで原則ですので、音数に当てはまらなくても構いません」
「それでは、私から左回りでいきましょう」北川の一言で歌会が幕を開けた。
『最期』とはいったい何を指しているのか。
短歌の中に『最期』を入れなくてはいけないのか。木戸が質問するタイミングを伺っている間に、北川が口を開いた。
「口づけの、合間にきらり銀色の、甘美な夢の後背中にナイフ」
薄く口角を上げた北川は、バトンを渡すように隣の女の肩を叩いた。すると女は俯いたまま「疲れたね、もう飛ばなくていいんだね、柘榴が弾けた私の姿」と歌を披露した。
「私、ずっと学校でいじめられてて‥‥」
女がそんなふうに泣き始めると、そこから妙な方向へ話題が膨らんでいった。
北川が身振り手振りを交えて「僕は女性関係にだらしなくて、こう、愛人にグサりとね」と話せば、「私なんか息子が帰ってきたかと思ったら強盗だったのよ。ほんとビックリしちゃって」と中年の女が笑い出し、ちょうど自分の番だからと言って、「おかえりなさい、はいごはん、振り向くと知らない男」続けて短歌を詠む。
さっきからいったい何を詠んでいるというのだ。木戸が訊ねようとすると、それを制止するように若い男が手を挙げて言った。
「廃墟に面白い噂、目がくらんだ男、ミイラ取りがミイラ‥‥‥」
そのとき脳裏に浮かんだのは、面白い記事を書きたいがために、怪談師の忠告を振り切って歌会に乗り込み、行方不明になった村井のことだった。
まさか、と木戸は思う。
やがて男はその視線に気づき、虚な目で木戸を見た。
「どうかしましたか?」
抑揚のない声で訊ねられ、木戸は動揺のあまり「あ、いや、とくになにも」とぎごちなく答えた。すぐに顔を伏せ、此処から逃げる手段を考えていると、「次は私の番ですね」と、か細い声がして横の女が立ち上がった。
その直後だった。
全身に鳥肌が立ったのは。
木戸は信じがたい気持ちで顔を上げ、声の主を見る。女が前屈みになって徐々に近づいてくるせいで、その顔がはっきりと確認できた。
顔半分には、抉られたような傷がある。目を覆いたくなるような顔面だが、視線が引きつけられて離れない。
「な、なんでお前がいるんだよ」
長い金髪の隙間から女の目が見える。
歌会で詠まれる最期も、行方不明になったはずの村井がいることも、まだ勘違いで片付けられる範疇だ。しかし、たった今目の前にいる女はその次元を超えていた。
女の顔には見覚えがあった。二ヶ月前に死んだはずの、いや、
殺したはずの桜の唇から、ふっ、と笑いが溢れ落ちる。
「お金なら、直ぐに返すと言ったのに、笑うあなたと背を押す右手」
木戸はついに堪えきれなくなり、腹の底から叫び声を上げた。