三日後の午前一時。
木戸は常盤の運転で墓地に向かった。
墓地の駐車場がしまっていたので、近くのコインパーキングに車を停める。適当な荷物を持ち、懐中電灯の明かりを頼りに歩き出す。月が出ていないせいで、いつもより闇の密度が濃い。
「内容はともかく、こうやって仕事をしていれば少しは気が紛れるんじゃない?」
常盤はそう言いながら、穢れを知らぬような目で木戸を見た。「桜が死んでまだ二ヶ月だろう」
マンションのベランダから飛び降りた大幡桜は常盤の同期で、木戸の恋人だった。
いつも男だらけの飲み会に来て、お酌をして、つまみを取り分けて、空のグラスを下げて、にこにこと相槌を打つ、お淑やかな女だった。そして、常盤に紹介された頃の桜は真面目で前途有望な編集者だったという。
しかし、木戸と付き合ってすぐ、桜は仕事を辞めた。
「お前には悪いことをしたと思ってる。同期を退社させた挙げ句、精神的に病んだ桜を助けてやれなかった‥‥おれが自殺に追い込んだようなもんだ」
「きみだってショックで葬儀に行けなくなるほど苦しんだじゃないか」
「まあ、そうだけど」
「墓参りにはちゃんと行きなよ。桜も会いたがってるだろうし」
「落ち着いたらな」
木戸と常盤は足場の悪い山道を下り、やがて墓地の前に差し掛かる。大小さまざまな墓石が並ぶさまは、まるで見捨てられた街のように思える。肉体が土に還るのと同じように、記憶からも風化していくのだろう。立ち止まる木戸の背後から生暖かい風が吹き抜けていった。
「あ、ヤバい。スマホ忘れたかも」
振り返ると、懐中電灯の明かりがポケットを探る常盤を照らし出す。
「こんなときに何してんだよ」
「ごめんごめん。ちょっと取りにいってくる」
そう言って走り出した常盤が数歩先で立ち止まり、「一人で大丈夫?」と振り返った。
心配しているように見せかけて、値踏みしているような表情。まるで、一人で廃墟に行くぐらいなんてことないだろう、とでも言いたげな。
数秒ののち、木戸は思い出したかのように「バカにすんなよ。むしろ一人の方が捗るわ」と笑う。それは強がりではなく、恐怖を感じたことがない木戸の本心だった。