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依頼

ー/ー



 三十一(みそひと)文字で恐怖を詠むものを『怪談短歌』と呼ぶ。

 その年の八月、木戸泰雅(きどたいが)は、高円寺の自宅で懊悩していた。
 怖い記事というものが分からなかったのである。オカルト系のライターを始めて六年。樹海に潜入したり、最強と謳われる心霊スポットに突撃したり、カルト教団を取材したり、一般的に『怖い』と呼ばれる場所は散々行ってきたが、自分自身が『怖い』と感じることはなかった。

 故に「実話怪談をもつ人を取材し、実際に現場に行き、あわよくば体験して欲しい。そして身に迫るような怖い記事を書いて欲しい」という、出版社からの依頼に頭を抱えていたのだ。
 そもそも、木戸は幽霊を信じてないので、怪談に明るい知り合いがいない。賭け事の記事であれば、予想屋や飲み屋にいくらでもツテがあるのに。どうしたもんかな、と悩んでいたところ、突然、示し合わせたかのように、その出版社に勤める常盤隼人(ときわはやと)から連絡が入ったのである。


 三日後の猛暑日、木戸は高円寺から練馬へ出かけた。
 その日は、夕方から常盤と会う予定になっていた。初めて会ったのは出版関係の飲み会で、都市伝説の話題で意気投合してから、たびたび食事に行くようになった。当時はゴシップ誌でライターをやっていたが、今は文芸の編集者をしているらしい。知り合ってからもう三年の月日が経っていた。

 夕方、待ち合わせ場所の大衆居酒屋を訪れると、奥の座敷で大学生の一団が騒いでいた。おそらくサークルの飲み会だろう。賑やかな店内に視線を漂わせていると、カウンター席に常盤の姿を見つけた。
 「木戸、こっちこっち」と常盤が手を振る。木戸は隣の席に腰掛ける。入り口のほうで、泥酔した女子学生を男が介抱している。

千景(ちかげ)さんも意地悪な人だよな。幽霊を信じてない木戸に、怪談の記事を依頼するなんて」
「いや、意地悪なのは、ライターを探す千景さんにおれを紹介したお前だよ」
「そう言うなって。仕事があったほうが助かるだろ?」

 常盤は手をあげて生ビールを二つ注文してした。しばらくして、作務衣を着た店員が生ビールと御通しを運んでくる。木戸は生ビールで喉を潤しながら、「(ぬえ)歌会(かかい)だっけ?」と常盤に訊ねた。
 それは三日前の電話で常盤が教えてくれたネタだった。心霊ものに疎い木戸が困ると思って、自分の怪談を提供してくれたらしい。

「そう。人怖でも心霊でも、グロい話しでもいい。三十一文字で恐怖を詠む、怪談短歌の集いだ」

 常盤は仕事に実直な人間だが、人脈の広さでも有名だった。どこで知り合っているのかは分からないが、ホステスや医者、社長やライターに漫画家という変幻自在ぶりである。「鵺の歌会」の噂も、村井というオカルト専門のライターから聞いたものだった。
 「でも、普通じゃないんだよ」と常盤は語る。
 場所は関東の山奥。墓地に隣接した廃墟で開かれる。村井は日本で起こった凶悪殺傷事件の取材をする過程で、何故かその墓地に被害者の殆どが埋葬されていることを知ったという。さらに犯罪被害者に限らず、自殺、孤独死という不幸な死に方をした人々も埋葬されており、墓地のいわくを調べている途中で「鵺の歌会」を知ったのである。奇妙なのは、そんな場所の近くで歌会を開いていることだ。さらに参加者や企画者の素性が知れないことから、村井はその歌会を「鵺の歌会」と呼んでいた。

「で、それのどこが怖いんだ?」

 御通しをつまみながら木戸が問うと、常盤は苦々しい顔をした。

「去年、歌会に行った村井さんが行方不明になっている」
「いやでもさ。存在を知っているんだから、行ったのは初めてじゃないよな」

 噂自体は知っていたが、歌会に行ったのはその日が初めてだったと常盤は言った。
 村井が噂を耳にしたのは、都内の怪談ライブバー。そこで語られる怪談の中に「墓地で開かれる歌会」の話があったという。

「どうやら怪談師の間では有名らしいんだ。新月の夜、墓地に隣接した廃墟で歌会が開かれると。黒い浴衣を着た人々が、蝋燭の火を囲んで短歌を詠むんだ。暗いから顔も見えないし、もちろん素性も分からない。怪談師はそう語っていたらしい。村井さんが場所を訊くと、怪談師は関東近郊の墓地の名を口にした。それが彼の取材していた墓地だったんだよ。あまりの偶然に嬉しくなって、すぐに行こうとしたんだけど、村井さんは怪談師に止められたんだ」
「どうして?」
「行ったら帰って来られなくなるから」

 常盤の話しが妙に引っかかって、木戸は考え込んだ。もし、本当に行った者が行方不明になるとして、誰がこの噂を広げているのだろう。矛盾していないか?———そう思いながら木戸は店内を見回した。奥の座敷の一団は、先ほどより静かだった。

「そうは言っても、噂が広まるのは帰ってきたやつがいるからだろう?」

 木戸が灰皿に煙草を押し付けると、常盤はかぶりを振った。

「違うんだよ———まあ、口で説明するより見せたほうが早いか」

 そして常盤はスマートフォンを取り出し、画面を木戸に向ける。
 流れてきたのは『ガチでヤバい墓地に行ってみた』という動画だった。若い男が一人で深夜の墓地を歩き回り、故人の名前を読み上げるという内容だ。時折男が「これ、あの事件の被害者じゃね?」などと言ったりして、事件のネット記事を読み上げたりもする。炎上しそうなことを除けば、なんてことはない心霊スポット動画だった。
 
「なあ。この動画いつまで続くんだよ」

 話しの流れからして、噂の核心に触れるようなものが見れると思っていたのに。「つまんな」と木戸が欠伸をした直後だった。

『え? あれ、人?』

 配信者の声が響いて視線を戻す。
 慌てているのか喜んでいるのか、結構なスピードで走っているらしく、画像が揺れていた。

『すみませーん!』

 息を切らす配信者の前には建物があり、一階の吹抜け部分に人が映っている。黒い浴衣を着た男が二人。女が二人。子どもが三人。蝋燭の火を囲んで座っている。顔は滲んでいてよく見えない。そういえば、歌会は廃墟で開かれると聞いた。それがこの廃墟なのか。
 建物はコンクリート製の二階建てで、すべての窓が割れている。長い間雨風に晒されていたようで、壁の至るところにヒビが入っており、外観の印象では廃病院のように見えた。そして、カメラは左右に大きく揺れながら一人の男に近づいていった。

『あのー。僕、心霊系のチャンネルやってて、今ライブ配信してるんですけど。みなさん、こんなところでなにやってるんですか?』

 配信者が訊ねると、男は撮影を嫌がるように右手を振った。カメラが下ろされ、雑草の生い茂る地面が映る。そして『怪談短歌の会です』という男の低い声が響いた。

『へぇ、面白そうっすね。僕も混ぜてくださいよ』
『‥‥でもライブ配信ということは、あなた■■■■ますよね』

 「今こいつなんて言った?」木戸の声に、常盤は首を傾げる。「何度再生してもわからないんだよね」常盤が動画を巻き戻し、動画の音量を上げた。『あなた———ますよね』ノイズ混じりの男の声が大きくなる。そして『え、ああ、はい』と配信者が答えたところで動画が止まり、真っ黒な画面が映し出された。

「この動画を最後に更新が途絶えている状態で、SNSのほうも投稿なし———これが怪談師の言う噂の元ネタだよ」

 常盤はそう言ってポケットにスマートフォンをしまった。「こんな動画を見せた後で言うのもなんだけど、木戸が取材してくれれば、二人の手掛かりが掴めるかもしれない」そう畳み掛ける常盤の横で、木戸はビールを呷った。

「そうだな。他に宛てもないし行ってみるか」


 


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 |三十一《みそひと》文字で恐怖を詠むものを『怪談短歌』と呼ぶ。
 その年の八月、|木戸泰雅《きどたいが》は、高円寺の自宅で懊悩していた。
 怖い記事というものが分からなかったのである。オカルト系のライターを始めて六年。樹海に潜入したり、最強と謳われる心霊スポットに突撃したり、カルト教団を取材したり、一般的に『怖い』と呼ばれる場所は散々行ってきたが、自分自身が『怖い』と感じることはなかった。
 故に「実話怪談をもつ人を取材し、実際に現場に行き、あわよくば体験して欲しい。そして身に迫るような怖い記事を書いて欲しい」という、出版社からの依頼に頭を抱えていたのだ。
 そもそも、木戸は幽霊を信じてないので、怪談に明るい知り合いがいない。賭け事の記事であれば、予想屋や飲み屋にいくらでもツテがあるのに。どうしたもんかな、と悩んでいたところ、突然、示し合わせたかのように、その出版社に勤める|常盤隼人《ときわはやと》から連絡が入ったのである。
 三日後の猛暑日、木戸は高円寺から練馬へ出かけた。
 その日は、夕方から常盤と会う予定になっていた。初めて会ったのは出版関係の飲み会で、都市伝説の話題で意気投合してから、たびたび食事に行くようになった。当時はゴシップ誌でライターをやっていたが、今は文芸の編集者をしているらしい。知り合ってからもう三年の月日が経っていた。
 夕方、待ち合わせ場所の大衆居酒屋を訪れると、奥の座敷で大学生の一団が騒いでいた。おそらくサークルの飲み会だろう。賑やかな店内に視線を漂わせていると、カウンター席に常盤の姿を見つけた。
 「木戸、こっちこっち」と常盤が手を振る。木戸は隣の席に腰掛ける。入り口のほうで、泥酔した女子学生を男が介抱している。
「|千景《ちかげ》さんも意地悪な人だよな。幽霊を信じてない木戸に、怪談の記事を依頼するなんて」
「いや、意地悪なのは、ライターを探す千景さんにおれを紹介したお前だよ」
「そう言うなって。仕事があったほうが助かるだろ?」
 常盤は手をあげて生ビールを二つ注文してした。しばらくして、作務衣を着た店員が生ビールと御通しを運んでくる。木戸は生ビールで喉を潤しながら、「|鵺《ぬえ》の|歌会《かかい》だっけ?」と常盤に訊ねた。
 それは三日前の電話で常盤が教えてくれたネタだった。心霊ものに疎い木戸が困ると思って、自分の怪談を提供してくれたらしい。
「そう。人怖でも心霊でも、グロい話しでもいい。三十一文字で恐怖を詠む、怪談短歌の集いだ」
 常盤は仕事に実直な人間だが、人脈の広さでも有名だった。どこで知り合っているのかは分からないが、ホステスや医者、社長やライターに漫画家という変幻自在ぶりである。「鵺の歌会」の噂も、村井というオカルト専門のライターから聞いたものだった。
 「でも、普通じゃないんだよ」と常盤は語る。
 場所は関東の山奥。墓地に隣接した廃墟で開かれる。村井は日本で起こった凶悪殺傷事件の取材をする過程で、何故かその墓地に被害者の殆どが埋葬されていることを知ったという。さらに犯罪被害者に限らず、自殺、孤独死という不幸な死に方をした人々も埋葬されており、墓地のいわくを調べている途中で「鵺の歌会」を知ったのである。奇妙なのは、そんな場所の近くで歌会を開いていることだ。さらに参加者や企画者の素性が知れないことから、村井はその歌会を「鵺の歌会」と呼んでいた。
「で、それのどこが怖いんだ?」
 御通しをつまみながら木戸が問うと、常盤は苦々しい顔をした。
「去年、歌会に行った村井さんが行方不明になっている」
「いやでもさ。存在を知っているんだから、行ったのは初めてじゃないよな」
 噂自体は知っていたが、歌会に行ったのはその日が初めてだったと常盤は言った。
 村井が噂を耳にしたのは、都内の怪談ライブバー。そこで語られる怪談の中に「墓地で開かれる歌会」の話があったという。
「どうやら怪談師の間では有名らしいんだ。新月の夜、墓地に隣接した廃墟で歌会が開かれると。黒い浴衣を着た人々が、蝋燭の火を囲んで短歌を詠むんだ。暗いから顔も見えないし、もちろん素性も分からない。怪談師はそう語っていたらしい。村井さんが場所を訊くと、怪談師は関東近郊の墓地の名を口にした。それが彼の取材していた墓地だったんだよ。あまりの偶然に嬉しくなって、すぐに行こうとしたんだけど、村井さんは怪談師に止められたんだ」
「どうして?」
「行ったら帰って来られなくなるから」
 常盤の話しが妙に引っかかって、木戸は考え込んだ。もし、本当に行った者が行方不明になるとして、誰がこの噂を広げているのだろう。矛盾していないか?———そう思いながら木戸は店内を見回した。奥の座敷の一団は、先ほどより静かだった。
「そうは言っても、噂が広まるのは帰ってきたやつがいるからだろう?」
 木戸が灰皿に煙草を押し付けると、常盤はかぶりを振った。
「違うんだよ———まあ、口で説明するより見せたほうが早いか」
 そして常盤はスマートフォンを取り出し、画面を木戸に向ける。
 流れてきたのは『ガチでヤバい墓地に行ってみた』という動画だった。若い男が一人で深夜の墓地を歩き回り、故人の名前を読み上げるという内容だ。時折男が「これ、あの事件の被害者じゃね?」などと言ったりして、事件のネット記事を読み上げたりもする。炎上しそうなことを除けば、なんてことはない心霊スポット動画だった。
「なあ。この動画いつまで続くんだよ」
 話しの流れからして、噂の核心に触れるようなものが見れると思っていたのに。「つまんな」と木戸が欠伸をした直後だった。
『え? あれ、人?』
 配信者の声が響いて視線を戻す。
 慌てているのか喜んでいるのか、結構なスピードで走っているらしく、画像が揺れていた。
『すみませーん!』
 息を切らす配信者の前には建物があり、一階の吹抜け部分に人が映っている。黒い浴衣を着た男が二人。女が二人。子どもが三人。蝋燭の火を囲んで座っている。顔は滲んでいてよく見えない。そういえば、歌会は廃墟で開かれると聞いた。それがこの廃墟なのか。
 建物はコンクリート製の二階建てで、すべての窓が割れている。長い間雨風に晒されていたようで、壁の至るところにヒビが入っており、外観の印象では廃病院のように見えた。そして、カメラは左右に大きく揺れながら一人の男に近づいていった。
『あのー。僕、心霊系のチャンネルやってて、今ライブ配信してるんですけど。みなさん、こんなところでなにやってるんですか?』
 配信者が訊ねると、男は撮影を嫌がるように右手を振った。カメラが下ろされ、雑草の生い茂る地面が映る。そして『怪談短歌の会です』という男の低い声が響いた。
『へぇ、面白そうっすね。僕も混ぜてくださいよ』
『‥‥でもライブ配信ということは、あなた■■■■ますよね』
 「今こいつなんて言った?」木戸の声に、常盤は首を傾げる。「何度再生してもわからないんだよね」常盤が動画を巻き戻し、動画の音量を上げた。『あなた———ますよね』ノイズ混じりの男の声が大きくなる。そして『え、ああ、はい』と配信者が答えたところで動画が止まり、真っ黒な画面が映し出された。
「この動画を最後に更新が途絶えている状態で、SNSのほうも投稿なし———これが怪談師の言う噂の元ネタだよ」
 常盤はそう言ってポケットにスマートフォンをしまった。「こんな動画を見せた後で言うのもなんだけど、木戸が取材してくれれば、二人の手掛かりが掴めるかもしれない」そう畳み掛ける常盤の横で、木戸はビールを呷った。
「そうだな。他に宛てもないし行ってみるか」