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本章2

ー/ー



 次に私が目を覚ます時には、時計は翌日の朝10時を指していた。だいぶ眠っていたようだった。

「紫月、起きたの? じゃあ、昨日のこと決めてね」
 
 朱夏の言葉で昨日の出来事が現実だと思い知らされる。あんなことがあったのに、病室はいつも通りで。
 皆それぞれに自分の時間を過ごしている。私は、どうしたいのだろう。
 その時、二宮さんが私に話しかけた。

「紫月ちゃん、急がなくていいからね。あんなこと急に言われて動揺しない方が無理だろうし」
「ありがとうございます……二宮さんは……その、本当にいいんですか?」
「死ぬことが?」
「あ、えっと、はい……」

 この病室にいる人たちはどれだけ死に慣れているのだろう。

「そうだねぇ、よくはないけれど。僕は入院して5年経つんだ。毎日毎日病室で同じような時間を繰り返している。だから、最後の一年が三日になったって変わらないだろう?」
「そんなこと……!」
「そうだね、言い方が悪かった。でも、なんて言うんだろうか。そう言う意味じゃなくて、もっと朱夏ちゃんや紫月ちゃん、長田くんに生きてほしいんだ。だって、まだ若いんだから何があるか分からないだろう?」

 私は二宮さんの言葉につい苦しい表情を作ってしまう。

「病室で何があるというんですか……」
「あはは、そうだねぇ。もしかしたら、格好良い看護師や医者が入ってきて、紫月ちゃんが一目惚れするかもしれないよ?」
「そんなことあるわけないです」
「あるわけないけど、何が起こるか分からないのが人生だろう?」
「それは二宮さんだって……!」

 私の言葉に二宮さんは「紫月ちゃんは優しいねぇ」と笑った。その言葉や雰囲気から私の言葉など何も響いていないことが伝わってきて逆に悲しかった。

「紫月ちゃん、死ぬのは一人だけでいいんだよ」

 その二宮さんの言葉は、自分でいいと言っているようで。勝手に手が震えた。慌てる二宮さんの横から、朱夏が顔を出した。

「あー、二宮さんが紫月を泣かせたー」
「違うから、朱夏。まず泣いてない」
「分かってるって。紫月は泣かないもんね。二宮さん、紫月をちょっと借りるね」

 朱夏が私を朱夏のベッド横の引き出しへ連れて行く。

「紫月、これあげる」

 朱夏が引き出しから何かを取り出した。

「昨日から何も食べてないでしょ。これ食べなよ」

 朱夏が取り出したのは、飴玉一粒。

「ごめん、私いま食事制限されてるから」
「これくらい良いでしょ」
「ダメだよ」
「じゃあ、持ってて」

 朱夏から貰った飴を見て、私はふと思った。昨日病室から出られないか調べようとドアに手をかけたら、外から鍵がかかっていた。
 看護師さんも来ないので誰も食事を取れていない。それでも、昨日の放送があったのは夕食後だった。部屋は5階で窓から出るのは不可能。
 三日という制限時間なのに、早く決めさせようとする朱夏。誰も焦っていない現実。それでも、みんな死期を悟っていて。
 昨日、私の呼吸がおかしくなった時、朱夏がこう口走った。



「紫月、大丈夫!? ナースコール……!」



 朱夏はどうやって看護師さんを呼ぼうと思っていたの?
 来てくれるわけないのに。
 それに私の体調は最近悪かったけれど、他の三人の体調が悪いのを聞いたのは自己申告だけ。
 

「朱夏、ナースコール押してもいい?」


 私の言葉に朱夏がパッと顔を上げた。その反応で全てを察した。
 私はベッドの横のナースコールを押す。すぐにパタパタと音が聞こえて、鍵が開く。
 看護師さんたちが入ってくる。



「何あったの!? やっぱり、こんな提案危ないからやめようって何度も!」



 看護師さんの言葉で、朱夏は悲しそうに笑った。

「あーあ、ばれちゃったね」
「朱夏、どうして……?」
「でも、まだばれてないことがあるから」
「え……?」


「紫月、私ね、余命一年じゃないの。もういつ死んでもおかしくないの。私も二宮さんも長田さんも。だから、わがままを言って紫月と同じ病室にして貰った。それで馬鹿げたデスゲームの放送を作って、馬鹿げたことにみんなを付き合わせた。毒薬も全部嘘。最近の紫月の体調の悪さを利用しただけ。三日って言ったけれど、看護師さんからの本当のリミットは今日の午後一時までだったの。それと、何かあったら絶対にすぐにナースコールを押すって言う約束」


 「許されるわけないけどね、本当はこんなこと」と朱夏は続けた。


「ねぇ、紫月。教えて。あと三日で死ぬって言われた時、どんな気持ちだった? どうせ紫月のことだから、やっと楽になれるって思ったでしょ?」

 看護師さんも二宮さんも長田さんも私のことを見ている。

「最近、紫月の数値が悪いんだって。まるで身体が諦めているみたいだって、紫月の主治医の先生が言ってた」

 その瞬間、朱夏が私の頬を軽くペチンと叩いた。痛かったはずなのに……目の前に涙をいっぱい溜めている朱夏がいて、そのことしか目に入らない。


「ふざけないで。どれだけ紫月に生きてほしいと願っていると思っているの。病室が違う時も、紫月だけが私の話を笑顔で聞いて、どれだけ私が素を出しても嫌わないでいてくれた。私が手術の時も、家族が泣いている時でも、貴方だけが泣かずに私を待っていた。陰でどれだけ泣こうとも、朱夏が泣かないから泣かないと私の前では笑ってくれた」


 私の目に溜まった涙に朱夏がそっと触れる。



「やっと私が泣いてあげたんだから、紫月も泣いていいよ」



 朱夏の言葉に反応すら出来ないのに、涙だけがポロポロと溢れ始めた。

 余命一年ってどれだけ残酷の言葉なんだろう。
 あと一年で死ぬんだよ? まだ全然楽しく生きれていないのに。

「ねぇ、紫月。私、いつ死ぬか分からないけど、生きれるだけ生きるよ。だって、生きたいから。理由なんてない。本当は死にたいなんて微塵も思ってない」

 朱夏は涙でぐちゃぐちゃの顔で笑うのだ。

「私は今泣けるし、笑えるんだよ。どんな表情をすることも出来るくせに、笑わないなんて損な気がするから」

 朱夏が私の頬を両手でムニっと掴んで、無理やり私の口角を上げさせる。

「もう私は泣き止んだから。次は紫月の番」

 朱夏の手は震えていた。



「もし次にあと三日で死ぬって言われたら、『嫌だ! 私だけでも生き残る!』ってすぐに言い返せる人になって。だって、全員が『私は死んでもいいよ』なんていうデスゲームは面白くないでしょ?」


 
 朱夏の優しさを受け止められる人間になりたいと思った。
 もっと自分に素直になりたいと思った。

「朱夏」
「何?」
「私、死にたくない……余命一年も本当は怖いし、朱夏がいなくなるかもしれないことも怖い。死にたくなんてないの……」
「あっそ。私だって死にたくないわ!」
「朱夏が冷たいー!」

 私がそう喚くと、朱夏が「でも、多分私が先に死ぬわ」と笑った。

「悲しいけれど、多分事実だと思う。だから、一緒に一杯笑いましょ。次にデスゲームが起きたら、私と紫月で『生きる枠を取り合うくらい人生を諦めない人でいたい』だけ」

 そして、朱夏は続けるのだ。


「明日生きているか分からない私も、少なくとも『今』生きていることだけは確かだから」





「だから、紫月。一緒に今、笑おう?」



 

 その朱夏の言葉に私は笑顔を返せたかな?

 返せたんだっけな?

 もう思い出せないけれど……



「紫月ー! 今日、外は成人式なんだよ。振袖着たかったね」



 その声が、今日も隣から聞こえるから。



「じゃあ、お母さんに持って来てもらお! 折角なら、着ようよ!」



 今日を精一杯楽しむんだ。



fin.





みんなのリアクション

 次に私が目を覚ます時には、時計は翌日の朝10時を指していた。だいぶ眠っていたようだった。
「紫月、起きたの? じゃあ、昨日のこと決めてね」
 朱夏の言葉で昨日の出来事が現実だと思い知らされる。あんなことがあったのに、病室はいつも通りで。
 皆それぞれに自分の時間を過ごしている。私は、どうしたいのだろう。
 その時、二宮さんが私に話しかけた。
「紫月ちゃん、急がなくていいからね。あんなこと急に言われて動揺しない方が無理だろうし」
「ありがとうございます……二宮さんは……その、本当にいいんですか?」
「死ぬことが?」
「あ、えっと、はい……」
 この病室にいる人たちはどれだけ死に慣れているのだろう。
「そうだねぇ、よくはないけれど。僕は入院して5年経つんだ。毎日毎日病室で同じような時間を繰り返している。だから、最後の一年が三日になったって変わらないだろう?」
「そんなこと……!」
「そうだね、言い方が悪かった。でも、なんて言うんだろうか。そう言う意味じゃなくて、もっと朱夏ちゃんや紫月ちゃん、長田くんに生きてほしいんだ。だって、まだ若いんだから何があるか分からないだろう?」
 私は二宮さんの言葉につい苦しい表情を作ってしまう。
「病室で何があるというんですか……」
「あはは、そうだねぇ。もしかしたら、格好良い看護師や医者が入ってきて、紫月ちゃんが一目惚れするかもしれないよ?」
「そんなことあるわけないです」
「あるわけないけど、何が起こるか分からないのが人生だろう?」
「それは二宮さんだって……!」
 私の言葉に二宮さんは「紫月ちゃんは優しいねぇ」と笑った。その言葉や雰囲気から私の言葉など何も響いていないことが伝わってきて逆に悲しかった。
「紫月ちゃん、死ぬのは一人だけでいいんだよ」
 その二宮さんの言葉は、自分でいいと言っているようで。勝手に手が震えた。慌てる二宮さんの横から、朱夏が顔を出した。
「あー、二宮さんが紫月を泣かせたー」
「違うから、朱夏。まず泣いてない」
「分かってるって。紫月は泣かないもんね。二宮さん、紫月をちょっと借りるね」
 朱夏が私を朱夏のベッド横の引き出しへ連れて行く。
「紫月、これあげる」
 朱夏が引き出しから何かを取り出した。
「昨日から何も食べてないでしょ。これ食べなよ」
 朱夏が取り出したのは、飴玉一粒。
「ごめん、私いま食事制限されてるから」
「これくらい良いでしょ」
「ダメだよ」
「じゃあ、持ってて」
 朱夏から貰った飴を見て、私はふと思った。昨日病室から出られないか調べようとドアに手をかけたら、外から鍵がかかっていた。
 看護師さんも来ないので誰も食事を取れていない。それでも、昨日の放送があったのは夕食後だった。部屋は5階で窓から出るのは不可能。
 三日という制限時間なのに、早く決めさせようとする朱夏。誰も焦っていない現実。それでも、みんな死期を悟っていて。
 昨日、私の呼吸がおかしくなった時、朱夏がこう口走った。
「紫月、大丈夫!? ナースコール……!」
 朱夏はどうやって看護師さんを呼ぼうと思っていたの?
 来てくれるわけないのに。
 それに私の体調は最近悪かったけれど、他の三人の体調が悪いのを聞いたのは自己申告だけ。
「朱夏、ナースコール押してもいい?」
 私の言葉に朱夏がパッと顔を上げた。その反応で全てを察した。
 私はベッドの横のナースコールを押す。すぐにパタパタと音が聞こえて、鍵が開く。
 看護師さんたちが入ってくる。
「何あったの!? やっぱり、こんな提案危ないからやめようって何度も!」
 看護師さんの言葉で、朱夏は悲しそうに笑った。
「あーあ、ばれちゃったね」
「朱夏、どうして……?」
「でも、まだばれてないことがあるから」
「え……?」
「紫月、私ね、余命一年じゃないの。もういつ死んでもおかしくないの。私も二宮さんも長田さんも。だから、わがままを言って紫月と同じ病室にして貰った。それで馬鹿げたデスゲームの放送を作って、馬鹿げたことにみんなを付き合わせた。毒薬も全部嘘。最近の紫月の体調の悪さを利用しただけ。三日って言ったけれど、看護師さんからの本当のリミットは今日の午後一時までだったの。それと、何かあったら絶対にすぐにナースコールを押すって言う約束」
 「許されるわけないけどね、本当はこんなこと」と朱夏は続けた。
「ねぇ、紫月。教えて。あと三日で死ぬって言われた時、どんな気持ちだった? どうせ紫月のことだから、やっと楽になれるって思ったでしょ?」
 看護師さんも二宮さんも長田さんも私のことを見ている。
「最近、紫月の数値が悪いんだって。まるで身体が諦めているみたいだって、紫月の主治医の先生が言ってた」
 その瞬間、朱夏が私の頬を軽くペチンと叩いた。痛かったはずなのに……目の前に涙をいっぱい溜めている朱夏がいて、そのことしか目に入らない。
「ふざけないで。どれだけ紫月に生きてほしいと願っていると思っているの。病室が違う時も、紫月だけが私の話を笑顔で聞いて、どれだけ私が素を出しても嫌わないでいてくれた。私が手術の時も、家族が泣いている時でも、貴方だけが泣かずに私を待っていた。陰でどれだけ泣こうとも、朱夏が泣かないから泣かないと私の前では笑ってくれた」
 私の目に溜まった涙に朱夏がそっと触れる。
「やっと私が泣いてあげたんだから、紫月も泣いていいよ」
 朱夏の言葉に反応すら出来ないのに、涙だけがポロポロと溢れ始めた。
 余命一年ってどれだけ残酷の言葉なんだろう。
 あと一年で死ぬんだよ? まだ全然楽しく生きれていないのに。
「ねぇ、紫月。私、いつ死ぬか分からないけど、生きれるだけ生きるよ。だって、生きたいから。理由なんてない。本当は死にたいなんて微塵も思ってない」
 朱夏は涙でぐちゃぐちゃの顔で笑うのだ。
「私は今泣けるし、笑えるんだよ。どんな表情をすることも出来るくせに、笑わないなんて損な気がするから」
 朱夏が私の頬を両手でムニっと掴んで、無理やり私の口角を上げさせる。
「もう私は泣き止んだから。次は紫月の番」
 朱夏の手は震えていた。
「もし次にあと三日で死ぬって言われたら、『嫌だ! 私だけでも生き残る!』ってすぐに言い返せる人になって。だって、全員が『私は死んでもいいよ』なんていうデスゲームは面白くないでしょ?」
 朱夏の優しさを受け止められる人間になりたいと思った。
 もっと自分に素直になりたいと思った。
「朱夏」
「何?」
「私、死にたくない……余命一年も本当は怖いし、朱夏がいなくなるかもしれないことも怖い。死にたくなんてないの……」
「あっそ。私だって死にたくないわ!」
「朱夏が冷たいー!」
 私がそう喚くと、朱夏が「でも、多分私が先に死ぬわ」と笑った。
「悲しいけれど、多分事実だと思う。だから、一緒に一杯笑いましょ。次にデスゲームが起きたら、私と紫月で『生きる枠を取り合うくらい人生を諦めない人でいたい』だけ」
 そして、朱夏は続けるのだ。
「明日生きているか分からない私も、少なくとも『今』生きていることだけは確かだから」
「だから、紫月。一緒に今、笑おう?」
 その朱夏の言葉に私は笑顔を返せたかな?
 返せたんだっけな?
 もう思い出せないけれど……
「紫月ー! 今日、外は成人式なんだよ。振袖着たかったね」
 その声が、今日も隣から聞こえるから。
「じゃあ、お母さんに持って来てもらお! 折角なら、着ようよ!」
 今日を精一杯楽しむんだ。
fin.


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