「おはよ! 奈保!」
朝の教室、見覚えのある後姿を見つけ、私は勢いよく飛び込んで親友の背中を叩いた。
「……美穂?」
私の親友である筑田奈保は長い髪を振り乱して驚いていた。パチパチと目を瞬いて私を見ている。
「どしたの? 元気ないよ?」
ニコニコ笑いながらポンポンと肩を叩く。奈保は私の元気いっぱいな姿におっかなびっくりしているようで、耳に填めていたイヤホンをゆっくりとしまった。
「美穂は、随分元気みたいだけど」
奈保がおそるおそるといった調子で言葉を返してくる。最近私が眠れてないことは知っているから疑っているのだろう。それとも、心配してくれてるのか。
「うん、昨日はよく眠れたから」
「そう、そうなんだ。それなら良かった。うん、ほんとに」
「しばらくは大丈夫かも。部活にも復帰しなきゃ。監督とキャプテンにも謝らなきゃね」
「いいんじゃない? キャプテンはともかく監督は美穂の身体のこと、あの体質っていうか……あれ、知ってるんでしょ?」
「うん、伝えてはいるけど。でもほら、一応ね。迷惑かけちゃったし」
言いながら私は自分の席に着く。カバンの中に入れている教材を机に詰めていると、さっきまで自分の席に座っていた奈保が目の前にいた。
グッと眉間に皺を寄せて私の顔を覗き込んでいる。
「怪しい」
どうしたの奈保という前に、ぼそりと奈保が呟く。あぁ、これは多分めんどくさいやつだ。
「怪しいってなにが?」
「これまでずっと眠れてなかったのに、急にぐっすりって、なにがあったの?」
「なにがって……まぁ、あったといえばあったけど」
「なにがあったの!?」
バンッと机に手をついて奈保が迫る。あまりの勢いにびっくりして自分の身を守るようにのけぞると、奈保がハッとして体勢を直した。
「ご、ごめん急に。でも、なにがあったの?」
奈保が改めて訊ねてくる。うーん、こうなった奈保はしつこいから誤魔化しきれそうにない。
「あったというか、出会ったというか」
「出会った?」
「再会したというか」
「誰と!?」
再び迫ってくる奈保。中学生の頃からの友達はひどく心配性だ。私が抱えている事情も相まって、若干過保護気味ですらある。
まぁ心配してくれるのはありがたい。私はこの身体のせいで危機察知能力が低いから。
とりあえずここまで言ってしまった以上隠すことはできないだろう。私は日之太さんと初めて出会ったときから、昨日のネカフェで一緒に過ごしたところまで包み隠さず話した。
「――計画性なさすぎ! 警戒心なさすぎ!」
やっぱり怒られた。整った顔立ちをカッと歪めて奈保が声を張り上げる。
まぁ怒るだろうな。奈保の性格だったら。うん、大体予想はできてた。
「もう、そんなに怒んないでよ。別になんにもないんだし」
「今まではね!? これから色々されるかもしれないじゃん!」
「日之太さんは、そんな人じゃないよ」
キッパリと言っておく。そう、あの人はそんなことするような人じゃない。手を出すつもりならとっくに出していると思う。
真剣な表情で伝えたが奈保は納得いってない。頭を掻いてはぁーっと大きなため息を吐いた。
「美穂、それ絶対騙されてるから」
「騙されてない。実際日之太さんと一緒にいたとき眠れたし」
「その人に薬盛られたとかは? ほら、ネカフェでドリンク飲んだでしょ? そのときに」
「私が自分でドリンクバーからとってきて、そこからずっと持ってたよ。飲む前も日之太さんは近づいてすらいなかったし」
「じゃ、じゃあそのネカフェの店員とグルで、ドリンクバーに予め入れられてたとか」
「私がなに飲むのか分かんないのに?」
グゥっと奈保が歯を食いしばって身を引く。なんでそんな日之太さんを悪者にしたいのか。
「ねぇ奈保。心配してくれるのは嬉しいし、助かるけど、日之太さんは本当にそんな人じゃないよ。いい人なの、もうすっごい優しい人なんだって」
私の釈明に奈保は複雑な表情を見せる。うーん困った。どう言えば納得してくれるんだろう。
そんな風に私が困っていると、奈保も察してくれたのかグッと腕を組んで鼻から息を抜いた。
「……分かった。美穂の言葉を信じる」
「ほんと? 良かった。それならいいんだけど」
「信じるけど、私もその人に会ってみたい。美穂を預けてもいいのか、私が審査するから」
「審査って……まぁ会わせるのは別に……別に……」
いいけどという言葉が出ない。奈保を日之太さんに会わせる。なんの話をするんだろう。
私について話すのかな。私がいるところで。いや、きっと私抜きで話すかもしれない。
でもそうなったら奈保は日之太さんと一対一で会うことになる。それはなんか――
「なんか嫌かも」
ボソッと呟いて慌てて口元を抑える。今私なんて言った。
パッと、口をおさえたまま顔をあげる。奈保が目を真ん丸にして私を見ている。
「美穂……今なんて言ったの?」
「……なにが?」
ヒクヒクと、奈保の口角が動いている。取り調べが激しくなりそうだと思ったところで、朝のホームルームを告げるチャイムが鳴った。