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赤ちゃんが来た(2)

ー/ー



 その日、ユージは語学学校の授業を終えた足で、浮き立つように魔界政府の出張所に向かった。
 魔界の端末はフリースペースでも使えるが、端末越しに会話をする場合は専用ブースを予約する必要がある。
 ユージは先週サクラと会話した後で、早速この日の15時に予約を入れていた。ユージとサクラにとって、大事な大事なイベントだったからだ。
 
 (いよいよ、俺たちの子供に、会える!)
 
 ユージとしては、そんなに急いで歩いたつもりはなかったが、出張所には予約時間よりも大分早く着いてしまった。
 (珈琲でも飲みながら時間潰すか)
 ユージはドリップ珈琲の自動販売機でブラックの珈琲を買い、フリースペースに座ると端末を起動した。まずは溜まった未読メッセージに目を通すところからだ。
 (あ、殆どサクラからだ)
 今回はサクラからの、それもちょこっとした独り言のようなメッセージが多い。そこからは、子供を迎えるにあたり、気持ちが高ぶっている様子が伺える。
 (サクラ、すっかり舞い上がっちゃってるじゃん)
 ユージはふふっと笑みを浮かべた。
 
 『ユージ、これから赤ちゃん貰ってくるね!楽しみー!』
 
 サクラのメッセージは、この一言で終わっていた。
 (続きはこの後、だね。了解)
 そのまま最近の魔界での話題などを漁っているうちに、15時を知らせるアラームが鳴った。
 (やっとだ)
 ユージは待ちかねたように専用ブースに移動する。
 
 (うわ、なんか、緊張してきた)
 ドアを閉めたところで、ユージはぶるっと武者震いした。
 そして、着席するのももどかしく、タブレット端末越しにサクラに語り掛けた。
 「サクラ、聞こえる?」
 『やっほー、ユージ!こちら、まだ『コウノトリ』に居まーす!』
 ややあって、タブレット端末にハイテンションな様子のサクラの姿が映し出された。
 『今、赤ちゃん見せるわね。ちょっと待ってて―』
 「はーい」
 (いよいよだ。どんな子かなあ。俺とサクラ、どっちに似てるんだろ)
 ドキドキしながら、端末の画面が切り替わるのを待つ。
 『はい、この子でーす。可愛いでしょ?』
 サクラの声と共に、赤ん坊の顔がアップで映し出された。
 アップ過ぎて、正直よくわからないぐらいだ。
 「うわ、もうちょっと引いて映してくれる?」
 『もう、しょうがないわね。これぐらいでどう?』
 今度は、赤ん坊の胸から上ぐらいの範囲が映し出された。
 「へえ……これが、俺たちの……?」
 ユージは、戸惑ったような声を上げた。自分でもおかしいとは思うが、何だか実感が沸いてこないのだ。
 『もう、何ぼやっとした声出してんのよ』
 サクラが不機嫌な声を上げた。
 ユージの反応が薄いのが気に入らないのだ。
 「ご、ごめん」
 『サクラお姉様。ユージお兄様だけじゃなくって、男の人って最初はみんなそんな感じですよ』
 と、アルファが取りなす声が聞こえてくる。
 『そうなの?でも、もうちょっと何かあってもいいんじゃない?』
 それでもサクラはまだ不満たらたらだ。
 「サクラ。そこに、アルファちゃんもいるんだね?」
 『そうよ。さっきまでクワンさんも居たんだけど、お仕事があるとかで』
 「そっか」
 話をしながら赤ん坊を見ていると、目は閉じたままだが口をむずむずと動いたりしているのがわかる。
 (わあ、なんか、ちゃんと動いてる。当たり前だけど)
 ユージは我知らず笑顔になっていた。
 「正直、俺とサクラのどっちに似てるってわかんないけど、俺たちの子供なんだな」
 『目元はあたしで、口元はユージだって、師匠が――あっ、ユージ、さっき師匠が赤ちゃんを見に来て下さったの。もう帰っちゃったみたいだけど』
 「え!そ、そうなの?」
 サクラの報告に、ユージは仰天した。
 (家を出る時には、カオルさんキッチンに居たのに。何で?)
 中道界から魔界へは、短時間で、しかも気軽に行き来出来るものではない筈だ。
 『そうなのよ。あたしもびっくりしたんだけど――やっぱり師匠は師匠ね。何処に居てもちゃんとあたし達のことを見守って下さっていたんだわ』
 ユージが驚いた理由を知らないサクラは、嬉しそうに言葉を繋いだ。
 「あ……そうか。そうかも知れないね」
 (確かに、カオルさんには全部お見通しなのかも)
 ユージは、先だってハネダに到着した際、何も知らせていないのにカオルが自分を出迎えてくれたことを思い出していた。
 『それでね。折角だから、師匠にこの子の名前を付けて頂いたの』
 「え、ホント?何て名前なの?」
 ユージは身を乗り出した。
 『この子の名前は、サトルよ』
 「サトルか……男の子だったんだね」
 『ふふ、あたしがちゃんと確認する前に、師匠に性別ばらされちゃったの。でも、ちっとも残念じゃないわ。師匠に名付け親になってもらえたんだもん』
 タブレット端末に映るサクラは、母親の顔で我が子を抱いていた。どうやらアルファが撮影してくれているようだ。
 (なんか、幸せがあふれてるな)
 ユージは、それを何の混じり気もなしに嬉しく思うと同時に、心がちくりと痛んだ。
 (俺は、研究のためにこの二人を捨てようとしていたんだ)
 魔界と中道界で離れて生活しているけれども、こうして夫婦の絆を繋いでいられるのはサクラのお陰だ、とユージは思う。
 だから、
 「サクラ。本当にありがとう」
 と、タブレット端末に向けて深く頭を下げた。
 
 さて。
 我が子との対面を果たしたユージは、足取りも軽く居酒屋に戻って来た。
 正直なところ、自分が父親になったことについてはまだピンと来ていなかったが、ただサクラが幸せそうにしていたのが何よりも嬉しかったのだ。
 「ただいま帰りました」
 勝手口から中に入ると、割烹着姿のカオルが当たり前のように仕込みに取り掛かっていた。
 (やっぱり、戻ってた)
 予想通りの結果だ。
 「おかえり。帰ったばかりのところ済まないが、一息ついたら手伝っておくれな」
 カオルは魔法で包丁たちに食材をカットさせながら、ユージを振り返った。
 「あの、カオルさん」
 「なんだい」
 「サクラから聞きました。僕たちの子供の名付け親になって下さってありがとうございます」
 ユージは感謝の思いを込めて、深々と頭を下げた。
 「お前、赤ん坊の顔を見てきたんだね」
 ふと、カオルは優しく微笑んだ。
 「お前も父親になったんだ。気を引き締めて頑張んな」
 「はい」
 ユージは、まだその実感は沸かないけど、という余計な一言は言わずに置いた。そして、
 「あのう、カオルさんは、もしかして魔界と中道界を自由に行き来出来るんですか……?」
 サクラとの会話の中で仰天したそのことを、思い切って尋ねてみた。
 「ん?」
 「あっ、僕達魔界人は、中道界と行き来するのってそんなに簡単じゃないので。もしかしたら、カオルさんにはその縛りはないのかなって思って」
 ユージは慎重に言葉を選びながら、質問の背景を説明した。
 「そうだねえ。あたしにとっては、魔界も天界も隣町みたいなものさね」
 カオルは、あっさりと肯定した。
 (やっぱり、この人は特別な人なんだ)
 ユージはごくり、と唾を飲んだ。
 「それが、どうかしたのかい?」
 「いえ。僕が出かける時にここで見送って下さったカオルさんが魔界にいらっしゃったと聞いて、びっくりしただけです」
 ユージは正直に答えると、暖簾を潜って二階に上がっていった。



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 魔界の端末はフリースペースでも使えるが、端末越しに会話をする場合は専用ブースを予約する必要がある。
 ユージは先週サクラと会話した後で、早速この日の15時に予約を入れていた。ユージとサクラにとって、大事な大事なイベントだったからだ。
 (いよいよ、俺たちの子供に、会える!)
 ユージとしては、そんなに急いで歩いたつもりはなかったが、出張所には予約時間よりも大分早く着いてしまった。
 (珈琲でも飲みながら時間潰すか)
 ユージはドリップ珈琲の自動販売機でブラックの珈琲を買い、フリースペースに座ると端末を起動した。まずは溜まった未読メッセージに目を通すところからだ。
 (あ、殆どサクラからだ)
 今回はサクラからの、それもちょこっとした独り言のようなメッセージが多い。そこからは、子供を迎えるにあたり、気持ちが高ぶっている様子が伺える。
 (サクラ、すっかり舞い上がっちゃってるじゃん)
 ユージはふふっと笑みを浮かべた。
 『ユージ、これから赤ちゃん貰ってくるね!楽しみー!』
 サクラのメッセージは、この一言で終わっていた。
 (続きはこの後、だね。了解)
 そのまま最近の魔界での話題などを漁っているうちに、15時を知らせるアラームが鳴った。
 (やっとだ)
 ユージは待ちかねたように専用ブースに移動する。
 (うわ、なんか、緊張してきた)
 ドアを閉めたところで、ユージはぶるっと武者震いした。
 そして、着席するのももどかしく、タブレット端末越しにサクラに語り掛けた。
 「サクラ、聞こえる?」
 『やっほー、ユージ!こちら、まだ『コウノトリ』に居まーす!』
 ややあって、タブレット端末にハイテンションな様子のサクラの姿が映し出された。
 『今、赤ちゃん見せるわね。ちょっと待ってて―』
 「はーい」
 (いよいよだ。どんな子かなあ。俺とサクラ、どっちに似てるんだろ)
 ドキドキしながら、端末の画面が切り替わるのを待つ。
 『はい、この子でーす。可愛いでしょ?』
 サクラの声と共に、赤ん坊の顔がアップで映し出された。
 アップ過ぎて、正直よくわからないぐらいだ。
 「うわ、もうちょっと引いて映してくれる?」
 『もう、しょうがないわね。これぐらいでどう?』
 今度は、赤ん坊の胸から上ぐらいの範囲が映し出された。
 「へえ……これが、俺たちの……?」
 ユージは、戸惑ったような声を上げた。自分でもおかしいとは思うが、何だか実感が沸いてこないのだ。
 『もう、何ぼやっとした声出してんのよ』
 サクラが不機嫌な声を上げた。
 ユージの反応が薄いのが気に入らないのだ。
 「ご、ごめん」
 『サクラお姉様。ユージお兄様だけじゃなくって、男の人って最初はみんなそんな感じですよ』
 と、アルファが取りなす声が聞こえてくる。
 『そうなの?でも、もうちょっと何かあってもいいんじゃない?』
 それでもサクラはまだ不満たらたらだ。
 「サクラ。そこに、アルファちゃんもいるんだね?」
 『そうよ。さっきまでクワンさんも居たんだけど、お仕事があるとかで』
 「そっか」
 話をしながら赤ん坊を見ていると、目は閉じたままだが口をむずむずと動いたりしているのがわかる。
 (わあ、なんか、ちゃんと動いてる。当たり前だけど)
 ユージは我知らず笑顔になっていた。
 「正直、俺とサクラのどっちに似てるってわかんないけど、俺たちの子供なんだな」
 『目元はあたしで、口元はユージだって、師匠が――あっ、ユージ、さっき師匠が赤ちゃんを見に来て下さったの。もう帰っちゃったみたいだけど』
 「え!そ、そうなの?」
 サクラの報告に、ユージは仰天した。
 (家を出る時には、カオルさんキッチンに居たのに。何で?)
 中道界から魔界へは、短時間で、しかも気軽に行き来出来るものではない筈だ。
 『そうなのよ。あたしもびっくりしたんだけど――やっぱり師匠は師匠ね。何処に居てもちゃんとあたし達のことを見守って下さっていたんだわ』
 ユージが驚いた理由を知らないサクラは、嬉しそうに言葉を繋いだ。
 「あ……そうか。そうかも知れないね」
 (確かに、カオルさんには全部お見通しなのかも)
 ユージは、先だってハネダに到着した際、何も知らせていないのにカオルが自分を出迎えてくれたことを思い出していた。
 『それでね。折角だから、師匠にこの子の名前を付けて頂いたの』
 「え、ホント?何て名前なの?」
 ユージは身を乗り出した。
 『この子の名前は、サトルよ』
 「サトルか……男の子だったんだね」
 『ふふ、あたしがちゃんと確認する前に、師匠に性別ばらされちゃったの。でも、ちっとも残念じゃないわ。師匠に名付け親になってもらえたんだもん』
 タブレット端末に映るサクラは、母親の顔で我が子を抱いていた。どうやらアルファが撮影してくれているようだ。
 (なんか、幸せがあふれてるな)
 ユージは、それを何の混じり気もなしに嬉しく思うと同時に、心がちくりと痛んだ。
 (俺は、研究のためにこの二人を捨てようとしていたんだ)
 魔界と中道界で離れて生活しているけれども、こうして夫婦の絆を繋いでいられるのはサクラのお陰だ、とユージは思う。
 だから、
 「サクラ。本当にありがとう」
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 さて。
 我が子との対面を果たしたユージは、足取りも軽く居酒屋に戻って来た。
 正直なところ、自分が父親になったことについてはまだピンと来ていなかったが、ただサクラが幸せそうにしていたのが何よりも嬉しかったのだ。
 「ただいま帰りました」
 勝手口から中に入ると、割烹着姿のカオルが当たり前のように仕込みに取り掛かっていた。
 (やっぱり、戻ってた)
 予想通りの結果だ。
 「おかえり。帰ったばかりのところ済まないが、一息ついたら手伝っておくれな」
 カオルは魔法で包丁たちに食材をカットさせながら、ユージを振り返った。
 「あの、カオルさん」
 「なんだい」
 「サクラから聞きました。僕たちの子供の名付け親になって下さってありがとうございます」
 ユージは感謝の思いを込めて、深々と頭を下げた。
 「お前、赤ん坊の顔を見てきたんだね」
 ふと、カオルは優しく微笑んだ。
 「お前も父親になったんだ。気を引き締めて頑張んな」
 「はい」
 ユージは、まだその実感は沸かないけど、という余計な一言は言わずに置いた。そして、
 「あのう、カオルさんは、もしかして魔界と中道界を自由に行き来出来るんですか……?」
 サクラとの会話の中で仰天したそのことを、思い切って尋ねてみた。
 「ん?」
 「あっ、僕達魔界人は、中道界と行き来するのってそんなに簡単じゃないので。もしかしたら、カオルさんにはその縛りはないのかなって思って」
 ユージは慎重に言葉を選びながら、質問の背景を説明した。
 「そうだねえ。あたしにとっては、魔界も天界も隣町みたいなものさね」
 カオルは、あっさりと肯定した。
 (やっぱり、この人は特別な人なんだ)
 ユージはごくり、と唾を飲んだ。
 「それが、どうかしたのかい?」
 「いえ。僕が出かける時にここで見送って下さったカオルさんが魔界にいらっしゃったと聞いて、びっくりしただけです」
 ユージは正直に答えると、暖簾を潜って二階に上がっていった。