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赤ちゃんが来た(1)

ー/ー



 ジムルグ語が出来ないことを理由に研究を禁止されてしまったユージは、一日も早くその縛りを解除してもらうべく奮闘の日々を送っていた。
 日中は語学学校に行って魔界人向けのジムルグ語講座を受講し、帰宅後はネット上で無料公開されている子供番組を視聴した。子供向けの番組は言葉を覚える上で何かと役に立つのだ。
 そして、居酒屋ではテーブルの片付けや洗い物をする傍ら、なるべくカオルにくっついて、彼女と客の会話を聞き取ろうと心掛けた。

 さて。
 そんなユージが片言のジムルグ語でどうにか接客が出来るようになった頃。
 魔界の『コウノトリ』で、ユージとサクラの子供が産まれた。
 
 
 「ユージ、これから赤ちゃん貰ってくるね」
 サクラは、ジムルグに居る夫に向けてメッセージを送った。
 ユージと最後にタブレット端末越しに会話したのは、1週間前の15時頃だった。その時に赤ちゃんを受け取りに行く日取りは伝えてある。
 この日も同じ時刻にユージの方から連絡をくれる手筈になっていた。
 サクラはタクシーを拾って『コウノトリ』へ向かった。今日は新生児センターが目的地だ。
 残念ながら当初の思惑が外れ、ひとり親支援サービスの申請は却下されたが、サクラには何の不安もなかった。
 サクラには、手を貸すと申し出てくれた、頼りになる友人がいるのだ。
 (ユージ。あなたはここにいないけど、あたしたちの子供はみんなで育てるのよ)
 
 『コウノトリ』の新生児センターの前では、クワンとアルファが待っていた。
 「クワンさん、アルファちゃん」
 サクラが駆け寄ると、二人は笑顔で出迎えた。そして、
 「サクラさん、おめでとう」
 「サクラお姉様、おめでとうございます。さっき見てきたんですけど、とっても可愛い赤ちゃんですよ」
 と、口々に祝いの言葉を述べた。
 「ありがとうございます!ああ、あたしたちの赤ちゃん、早く抱っこしたいわ」
 サクラは高揚感を隠すことなく、満面の笑みで応えた。
 そんな彼女の基に、新生児センターのロボットコンシェルジュが近づいてきた。
 「サクラ様。事務手続きをお願いします。どうぞこちらへ」
 「あっ、手続きがあるんだったわ――クワンさん、アルファちゃん、さっさと済ませて来ますね」
 ロボットコンシェルジュの案内で、サクラは新生児センターの窓口に向かう。
 ここで必要事項の確認をした上でサインすれば、赤ちゃんに会えるのだ。
 (あたし、お母さんになるんだ)
 サクラは改めてその覚悟を持って、ゆっくりと慎重に自分の名をサインした。
 「ありがとうございます。では、スタッフがお子様をお連れするまでお待ち下さい」
 と、ロボットコンシェルジュは新生児センターの奥へと消えて行った。
 

 赤ちゃんを待つサクラの右側を、ふわり、と風が通過した。
 (?)
 サクラは、何となく人の気配を感じて、そちらに視線を向けた。
 「!」
 そして、そこに立っていたその人の姿を見て、サクラは仰天する。
 「えっ?!し、師匠?!」
 そこに居たのは、長い間行方知れずだった、彼女の師匠・カオルそのひとだったのだ。

 
 「久し振りだねえ、サクラ。お前とユージの子の顔を拝みに来たよ」
 サクラの動揺をよそに、カオルはにっこりと微笑んだ。
 「あの、師匠はどうしてそれを?」
 サクラが困惑気味に問いかけたのへ、
 「ふふ、仮にも師匠なんだから、弟子のことは大体分かるってものさ」
 と、カオルは冗談とも本気ともつかぬ口調で回答した。
 「では、ユージがジムルグに居ることも、ですか?」
 「ああ、知ってるよ」
 このことも、あっさりと認めた。
 カオルがどこでどのように自分たち夫婦の事情を知ったのかはわからないが、
 (師匠はきっと、姿が見えなくてもあたしたちのことを見守って下さっているんだわ)
 と、理解することにした。
 そこへ、
 「サクラさん、お待たせ致しました。とっても可愛い赤ちゃんですよ」
 新生児センターのスタッフが、真白のおくるみに包まれた新生児を抱っこして現れた。
 「わあ、ちっちゃい!」
 サクラはためらいがちに我が子へと手を伸ばした。
 「性別は内緒で、と伺っておりますので、後でゆっくりご確認下さいね」
 「はい、ありがとうございます!」
 そして、スタッフの手からサクラの腕へと、慎重に子供が引き渡された。
 (ちっちゃいけど、呼吸してる。この子、生きてる。当たり前だけど、なんか凄い)
 サクラに抱かれた赤ちゃんはむずむずと口を動かした。
 (可愛い……)
 サクラは微笑んで我が子を見つめた。
 「おや、目元がサクラで、口元はユージだね。うん、正真正銘お前たちの子だ」
 カオルはサクラの肩越しに赤ちゃんを覗き込んでいる。
 「そ、そうですか……あたしには正直、よくわからないんですけど」
 サクラは何故か照れながらそんなことを口にした。
 そして、
 (あっ……そうだわ。折角師匠が来て下さったのだから)
 サクラは唐突にそのことに思い至り、
 「あの、師匠。お願いがあります」
 「何だい」
 「突然で申し訳ないのですが、どうか、この子の名付け親になってもらえないでしょうか?」
 思い切って、心に浮かんだことを願い出た。
 「おや、あたしなんかでいいのかい?」
 カオルは優しい表情でサクラの顔を見た。
 「はい。ユージも喜ぶと思います」
 「そりゃ光栄だね。わかったよ」
 カオルは笑顔で承諾すると、
 「どれ、赤ん坊の顔をよく見せとくれ」
 サクラに抱っこされた赤ちゃんの顔をじっと見つめた。そして、
 「サクラ。性別をばらしちまうようだが、この子は『サトル』だ」
 と、さっぱりと名付けした。
 「サトル……ふふ、男の子なんですね」
 サクラは改めて我が子を見つめ、母になった喜びを嚙み締めた。そして、
 「師匠、素敵な名前をありがとうございます」
 と、カオルの方を振り向いた。
 
 (……?)
 しかし、サクラが我が子を見つめていたほんの数秒の間に、カオルは忽然と姿を消していた。
 
 「あら?師匠……?」
 サクラはきょろきょろしながら新生児センターの外に出た。
 そんなサクラの姿を、クワンとアルファが不思議そうに見つめている。
 「サクラお姉様、どうしたんです?」
 アルファに声を掛けられ、サクラは困惑した表情を向けた。
 「クワンさん、アルファちゃん。ここに師匠、来ませんでした?」
 「いや、こちらには……サクラさん。もしかして、師匠と会っていたのかね?」
 「はい、この子の顔を見に来たと仰って……」
 「そうですか。では、用が済んだらさっさと帰ってしまったんですな。実にあの人らしい」
 したり顔でクワンは頷いた。どうやら、彼にとっては慣れっこの状況のようだ。
 「お父様。私、また小母さまにお会い出来ませんでした」
 アルファは残念そうに肩を落とした。
 「仕方ないだろう。今回の用向きは我々ではなく、サクラさんだったのだからね」
 クワンは娘を慰めるように声を掛けた。そして、
 「サクラさん。折角なので写真撮りましょう。アルファも一緒に――ああ、ここでは背景が面白くないから、中庭に行きましょうか」
 と、眼鏡をずり上げてサクラに提案した。



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 そして、居酒屋ではテーブルの片付けや洗い物をする傍ら、なるべくカオルにくっついて、彼女と客の会話を聞き取ろうと心掛けた。
 さて。
 そんなユージが片言のジムルグ語でどうにか接客が出来るようになった頃。
 魔界の『コウノトリ』で、ユージとサクラの子供が産まれた。
 「ユージ、これから赤ちゃん貰ってくるね」
 サクラは、ジムルグに居る夫に向けてメッセージを送った。
 ユージと最後にタブレット端末越しに会話したのは、1週間前の15時頃だった。その時に赤ちゃんを受け取りに行く日取りは伝えてある。
 この日も同じ時刻にユージの方から連絡をくれる手筈になっていた。
 サクラはタクシーを拾って『コウノトリ』へ向かった。今日は新生児センターが目的地だ。
 残念ながら当初の思惑が外れ、ひとり親支援サービスの申請は却下されたが、サクラには何の不安もなかった。
 サクラには、手を貸すと申し出てくれた、頼りになる友人がいるのだ。
 (ユージ。あなたはここにいないけど、あたしたちの子供はみんなで育てるのよ)
 『コウノトリ』の新生児センターの前では、クワンとアルファが待っていた。
 「クワンさん、アルファちゃん」
 サクラが駆け寄ると、二人は笑顔で出迎えた。そして、
 「サクラさん、おめでとう」
 「サクラお姉様、おめでとうございます。さっき見てきたんですけど、とっても可愛い赤ちゃんですよ」
 と、口々に祝いの言葉を述べた。
 「ありがとうございます!ああ、あたしたちの赤ちゃん、早く抱っこしたいわ」
 サクラは高揚感を隠すことなく、満面の笑みで応えた。
 そんな彼女の基に、新生児センターのロボットコンシェルジュが近づいてきた。
 「サクラ様。事務手続きをお願いします。どうぞこちらへ」
 「あっ、手続きがあるんだったわ――クワンさん、アルファちゃん、さっさと済ませて来ますね」
 ロボットコンシェルジュの案内で、サクラは新生児センターの窓口に向かう。
 ここで必要事項の確認をした上でサインすれば、赤ちゃんに会えるのだ。
 (あたし、お母さんになるんだ)
 サクラは改めてその覚悟を持って、ゆっくりと慎重に自分の名をサインした。
 「ありがとうございます。では、スタッフがお子様をお連れするまでお待ち下さい」
 と、ロボットコンシェルジュは新生児センターの奥へと消えて行った。
 赤ちゃんを待つサクラの右側を、ふわり、と風が通過した。
 (?)
 サクラは、何となく人の気配を感じて、そちらに視線を向けた。
 「!」
 そして、そこに立っていたその人の姿を見て、サクラは仰天する。
 「えっ?!し、師匠?!」
 そこに居たのは、長い間行方知れずだった、彼女の師匠・カオルそのひとだったのだ。
 「久し振りだねえ、サクラ。お前とユージの子の顔を拝みに来たよ」
 サクラの動揺をよそに、カオルはにっこりと微笑んだ。
 「あの、師匠はどうしてそれを?」
 サクラが困惑気味に問いかけたのへ、
 「ふふ、仮にも師匠なんだから、弟子のことは大体分かるってものさ」
 と、カオルは冗談とも本気ともつかぬ口調で回答した。
 「では、ユージがジムルグに居ることも、ですか?」
 「ああ、知ってるよ」
 このことも、あっさりと認めた。
 カオルがどこでどのように自分たち夫婦の事情を知ったのかはわからないが、
 (師匠はきっと、姿が見えなくてもあたしたちのことを見守って下さっているんだわ)
 と、理解することにした。
 そこへ、
 「サクラさん、お待たせ致しました。とっても可愛い赤ちゃんですよ」
 新生児センターのスタッフが、真白のおくるみに包まれた新生児を抱っこして現れた。
 「わあ、ちっちゃい!」
 サクラはためらいがちに我が子へと手を伸ばした。
 「性別は内緒で、と伺っておりますので、後でゆっくりご確認下さいね」
 「はい、ありがとうございます!」
 そして、スタッフの手からサクラの腕へと、慎重に子供が引き渡された。
 (ちっちゃいけど、呼吸してる。この子、生きてる。当たり前だけど、なんか凄い)
 サクラに抱かれた赤ちゃんはむずむずと口を動かした。
 (可愛い……)
 サクラは微笑んで我が子を見つめた。
 「おや、目元がサクラで、口元はユージだね。うん、正真正銘お前たちの子だ」
 カオルはサクラの肩越しに赤ちゃんを覗き込んでいる。
 「そ、そうですか……あたしには正直、よくわからないんですけど」
 サクラは何故か照れながらそんなことを口にした。
 そして、
 (あっ……そうだわ。折角師匠が来て下さったのだから)
 サクラは唐突にそのことに思い至り、
 「あの、師匠。お願いがあります」
 「何だい」
 「突然で申し訳ないのですが、どうか、この子の名付け親になってもらえないでしょうか?」
 思い切って、心に浮かんだことを願い出た。
 「おや、あたしなんかでいいのかい?」
 カオルは優しい表情でサクラの顔を見た。
 「はい。ユージも喜ぶと思います」
 「そりゃ光栄だね。わかったよ」
 カオルは笑顔で承諾すると、
 「どれ、赤ん坊の顔をよく見せとくれ」
 サクラに抱っこされた赤ちゃんの顔をじっと見つめた。そして、
 「サクラ。性別をばらしちまうようだが、この子は『サトル』だ」
 と、さっぱりと名付けした。
 「サトル……ふふ、男の子なんですね」
 サクラは改めて我が子を見つめ、母になった喜びを嚙み締めた。そして、
 「師匠、素敵な名前をありがとうございます」
 と、カオルの方を振り向いた。
 (……?)
 しかし、サクラが我が子を見つめていたほんの数秒の間に、カオルは忽然と姿を消していた。
 「あら?師匠……?」
 サクラはきょろきょろしながら新生児センターの外に出た。
 そんなサクラの姿を、クワンとアルファが不思議そうに見つめている。
 「サクラお姉様、どうしたんです?」
 アルファに声を掛けられ、サクラは困惑した表情を向けた。
 「クワンさん、アルファちゃん。ここに師匠、来ませんでした?」
 「いや、こちらには……サクラさん。もしかして、師匠と会っていたのかね?」
 「はい、この子の顔を見に来たと仰って……」
 「そうですか。では、用が済んだらさっさと帰ってしまったんですな。実にあの人らしい」
 したり顔でクワンは頷いた。どうやら、彼にとっては慣れっこの状況のようだ。
 「お父様。私、また小母さまにお会い出来ませんでした」
 アルファは残念そうに肩を落とした。
 「仕方ないだろう。今回の用向きは我々ではなく、サクラさんだったのだからね」
 クワンは娘を慰めるように声を掛けた。そして、
 「サクラさん。折角なので写真撮りましょう。アルファも一緒に――ああ、ここでは背景が面白くないから、中庭に行きましょうか」
 と、眼鏡をずり上げてサクラに提案した。